答えを求める(ワンライお題)

「うさぎ、好きだ。俺と……付き合ってくれないか?」
「ごめんなさい!!」
「え、早……もうちょっとゆっくり考えてくれても」
「私、大好きで大事な大事な彼氏がいるの! だから、付き合えません!」
「は……そう、なんだ。了解」
「ごめんね」
「いや。いいって。でもさ、俺月野のこと友達としても好きだから、これからも今まで通りしてくれると助かる」
「……うん! ありがと」
 安心したようにホッと息をついてからふわっと笑う彼女に頬を染めつつ指でかきながら、俺こそありがとな。と返すクラスメート。それを陰から見守っていた美奈子がギリィっと奥歯を噛み締めた。
「あのバカうさぎっ! あれじゃあアイツも簡単に諦められないでしょ?! はぁあ……これをまもちゃんに報告すんの、胃が重すぎる」
「それを言うなら荷が重すぎるよ、美奈」
 横からそう助言したのは亜美だ。
「しっかしうさぎもモテるよな。二年に上がってから告られるの、これで何回目だ?」
「ふっふーん、五回目よ」
 ふうっと大きなため息を吐いてから呟くまことに、なぜか得意げに右手を開いて答える美奈子。
 うちのお姫様は可愛いし優しいし性格二重丸の上にスタイルもいいし愛嬌も抜群だし、お勉強苦手なのは玉にキズだけどそれさえも帳消しにするくらいの天使な笑顔でございますからっ! と流麗に話す美奈子に苦笑しながらも頷くあとの二人。
 告白現場の渦中の二人がこちらに気付くこともなく教室に戻る様子を見届けてから、うーーん、と首を捻る美奈子はポロッと疑問を溢した。
「でもさー、なんであの子……」

※※※

「え? なんで私がまもちゃんのことそんなに好きなのか?」
 放課後。帰り道で美奈子に直接疑問をぶつけられたうさぎは目を丸くしてほっぺたを真っ赤にする。
「あ! 前世が恋人だったからってーのはナシよ! あたしはねあの時の色々は全然消化できてないんですからね! まぁ、この話は長くなるから置いといて。そう。あたしが聞きたいのは今の話。なーんで、うさぎは地場衛がそんなに好きなのよ!?」
「うーん、あまり考えた事なかったなぁ」
「へ?」
「だってさぁ、気付いたらもう、スキ……♡ だったんだもん」
 俯いて耳まで赤くしてごにょごにょ答えるうさぎに美奈子の中の何かが弾けた。
「鬼可愛いっ!!!」
「み、美奈P」
 いけない。守護戦士リーダーのあたしったら取り乱してしまったわっ! 今はあたしが心を鬼にしなくちゃならん時! 
 そう決意した美奈子は拳に力を込めて、強い瞳で親友を見つめる。
「ダメよ! ちゃんと答えてくれなきゃあたしは納得しないし、これからもあんたのことさっきの男子みたいに言い寄ってくる奴がいたらそれを話して追っ払おうって思ってるんですからね!」
「そ、そうなの? えと、私だけじゃ分からないから、まもちゃんと相談してくる!」
「え?」
 きゅっと眉を凛々しく上げて見つめ返してきたプリンセスの可愛さに少し惚けてしまった美奈子は反応が遅くなってしまった。気付けば、じゃあまた明日報告するねー! と道路の向こうで手を振るうさぎが彼のマンションへと向かうところで。
「え、待った! 告られた事もそのまままもちゃんに話すの?! ちょ、大丈夫?!」
 美奈子の慌てたその言葉は、恋人に会えるウキウキした気持ちが心を占めているうさぎにはもう既に届かなかった。

※※※

「うさが俺の事を好きな理由??」
 ものすごく真剣な顔をして詰め寄られたから何事かと思ったが、うさぎの想い人である自分に直接聞いてくるなんて。
(変だろ。何があったんだ? 俺が、うさを好きな理由を聞いてくるなら分かるが)
「普通は逆だろ」
「だってね、自分ではどれが理由なのか分からなくなっちゃって。ほら! まもちゃん頭がいいでしょう? だから私の分まで分かるかなって」
「無茶苦茶だな」
「だって、分からないと美奈Pが困るってゆーんだもん」
「美奈?」
「私がまた告白された時に、追い払うための理由が欲しいんだって」
「……告白」
 衛の声が一段低くなった事でうさぎはハッとなる。何となく、これは今言うのは良くなかった気がした。
「あ、あー! 答え分かった! あのねまもちゃんの」
「俺は、うさの全部が好きだよ」
 ものすごく自然に視界が変化したからうさぎは一瞬何が起こったのか分からなかった。けれど、カーペットの感触とか彼越しに見える天井だとかで、今自分が置かれている状況を遅れて理解する。
 しかし理解した時には、その彼に唇を重ねられていた。
「キスしたら濡れる瞳も、ピンク色になる頬も。俺の事を見上げる顔も、心ごと包み込んでくれる白くて華奢な手も」
「ま、まもちゃ」
 突然雄弁に語りだす恋人に全身がカッと熱くなるのを感じる。これから待っている展開にふるっと体が震えた。
 二年生に上がってから告白される頻度が上がったのは、衛とのこうした関係が一気に深くなった事と比例していた。今までは抑え込まれていた色香や天真爛漫な少女の笑顔の中に隠されていた憂いのある切ない表情。そんな一面が、ふとしたところでこぼれ落ち、多くの人間を魅了してしまっていたのだ。
「甘えん坊なところも、俺にだけ甘えてればいいって思うし、大切な誰かのために一生懸命な姿を見ると、俺が一番大切な人であればいいのにって思う。けれど、そんな優しくて気高い心を持つ君を、俺はいつだって支えていきたいって思うんだ」
「まもちゃん……」
 指先をキスされて告白する衛に、昼間のクラスメートの事などもうどこにも無くなってしまった彼女は、惚けて彼からの全身へのキスに溺れていた。
「うさは?」
「え?」
「俺のどこが好きなの?」
「え、えっと、かっこよくて、優しいところ……」
「かっこよくなんてない。うさの前では情けないとこばっか見せてる。それに……」
「あっ」
 首筋に強く吸い付いて、最後にかりっと歯を立てて印を残す。痛くはない絶妙なラインで。
「こんな事する彼氏は、優しくなんてないだろ」
 余裕なく見つめてくる恋人に、胸が苦しいほどに満たされて、心では受け止めきれなかった想いが瞳から甘い雫となって溢れ落ちた。
「情けなくても、弱くても、意地悪でも、まもちゃんが好き! だいすき……!!」
「うさは、人が良過ぎるよ。……心配だな」
 言葉に反して、ものすごく嬉しそうに笑う衛は、目の前のどうしようもなく愛しい存在に覆いかぶさった。


※※※

「で? 好きな理由、分かったの?」
 翌日の昼休み。お弁当を広げて最初の一口を頬張ろうとしていたうさぎに、ずいっと顔を近づけて聞く。
「へっふぁっええっ」
突然のことにフォークから卵焼きが落ちてしまい、真っ赤な顔して固まった。うさぎの白く細い首には二枚の絆創膏。それを朝から気付いている美奈子はこめかみをピクピクさせながら深いため息をついた。
「もういーわ。今度言い寄ってくる男子がいたら、うさぎの彼氏はそりゃもう凶悪な狼だから生半可な覚悟で近付くんじゃねえ! って言っとくわ」
「きょーあくって」
 はははと苦笑するうさぎに、ずびしいっ! と首筋を指差して美奈子は叫んだ。
「こんな強烈なマーキングする男が凶悪以外のなんだってーのよっ?!」
「でも、でも! 痛くなかったもん!!」
「かーーっっ!!!」
 
 この二人に答えを求めるだけ野暮だと言う事を骨の髄まで理解した美奈子なのであった。


おわり




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