ドクターパロ
衛は大きな溜息をついた。
自分で選んだ仕事。人の命を左右する重大な責任を持った医師という道。
研修期間を終え、銀河病院に配属が決まった時はいよいよその第一歩が始まるのだと緊張しつつも高揚していた。
両親を事故で亡くした彼は叔父夫婦に育てられながらも決して豊かではなかった暮らしと迷惑はかけられないという思いからバイトをしながら奨学金で学生時代を過ごしていたため、医師として大成したい。出世して叔父夫婦へ恩を返したいという気持ちが強かった。
そして自分のように両親を不慮の事故で亡くす子どもを少しでも減らしたいという思いも勿論あった。
簡単に言えば猛烈に燃えていたのである。見た目はクールそのもののため医局の者は旧知の仲の賢人以外は誰も気付いてはいなかったが。
しかし赴任早々この仕事量はいかがなものだろう。
オペは勿論の事、カンファレンスにも参加できていない。何故ならば膨大な書類のデータ化とカルテの編成、オペ後の残務整理。とにかく書類書類で何処かのドラマの女医なら「医師免許がなくてもできる仕事は致しません。」と言いたくなるような雑務全てを衛一人が担っていたのだった。
その上、先輩医師であり先程の旧知の仲である北崎賢人に付いてオペの第一助手に初めて決まっていたから予習、下調べも怠らなかった。
要するに赴任してからこの一ヶ月で衛の身体は疲れに疲れていたのである。
「まも…地場先生。きついなら他のやつにも仕事を回すぞ。」
北崎は下の名前で呼びそうになりながらもPCの前で半ば死人の幼馴染に声を掛けた。
「いや、他の先生方もそれぞれの仕事で忙しいって分かってる。ここはおれ…僕が仕上げます。」
「お前は本当に昔から変わらんな…」
「それよりも来週のオペのことで聞きたいことが。」
「なんだ?」
そうして二人の医師は201号室に入院している少女のオペについて話を始めた。
「少し外の空気を吸ってくるか…」
当直の医師がいる以外は皆が帰った後。衛は残業していた作業が一区切りして伸びをしてから呟くと、医局を後にした。
(今日は、いるだろうか…)
衛は自動販売機でコーヒーを買うと廊下のガラスに映る自分をぼんやりと見つめながら思った。
「会いたいな…」
業務中には決して見せない色を孕んだ表情でそんなことをぽつりと零すと赴任初日の夜の出来事を思い出していた。