覚めない夢はないけれど(クンヴィ)

偶然? それならたった一度でいい。
その奇跡をただ一度。
俺にくれないか?
 
ーーー

 呼ばれた気がして視線の先を見れば、甲冑とマントを外して長い白銀の髪を後ろに結った、ただの青年にしか見えないクンツァイトが私に向かって微笑んでいた。
 嘘でしょ。なんで? なんであの人がここにいるのよ。
 慌てて目を逸らしたけど、もう遅い。だって向こうは私に気付いてる。王子の側近以外には私の容姿は見られていないから油断していた。だから変装もそこまで完璧にしていなかったことを激しく後悔する。
 だってこんな場所に四天王が来るだなんて思わないじゃない! しかもよりによってリーダーが!!
 そんな風に考えてる間に私の目の前がふっと暗くなった。
「ヴィーナス」
「その名前で呼ばないで」
「なぜだ」
「分からない? 今はまずいのよ」
 あなた、休暇なの? いつもの冴え渡る勘は王子のとこに置いてきた? それともただの間抜け? 
 あまりにも普通の青年のように疑問を投げかけてくる彼に気持ちが全く落ち着かない。
 目だって合わせられない。合わせたら負ける。何に? 分からないがとにかく負けるのだ。それだけは分かる。
「あのかどが見えるか?」
 男が指差す方向を横目でチラと見る。その角には赤い屋根の店。そして奥には薄暗い路地が見えた。
「俺が先に行くから、少し後にお前も来い」
「ちょっと!」
 反射的に顔を上げてしまった。しまったと思った時にはもう遅くて。心臓が勝手にバカみたいに騒ぎ出した。
 そこには出会ったあの時と同じ。労わるように優しく微笑むクンツァイトがいたから。
「……待ってるぞ」
 彼の手が頭巾に触れる。
 何よ、今までそんなこと、一度だってしたことないじゃない。やめてよ……。
 これは、夢?
 真昼間なのに立ったまま、私は夢を見ているのだろうか。

 それなら、一度だけ。心のままに彼のそばに行ってもいいだろうか。
「いいでしょうか……プリンセス」
 胸元の白いリボンをきゅっと掴む。それはここへ来る時プリンセスが結んでくれたモノ。
 
 当たり前だけれど、そのリボンは何も返事なんてしてくれなかった。
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