君とゆく夏

#君とゆく夏

暑い日だった。六歳の誕生日のあの年も。
あの日の出来事は憶えていないけれど、目覚めた後の、嫌にエアコンの効いた病室のひんやりとした空間と、窓の外の強い日射しに目を覆いたくなった幼い自分のことはよく憶えているから。

「ねえまもちゃん、あの……」
陽の光が照り付けてアスファルトから湯気が立ち上って見えるほどの猛暑。年々地球の気温は上がっている。
そんな中、俺は彼女と繋いでいる手を終始離そうとはしなかった。
うさはその手を見て、俺に問い掛ける。
「ごめん」
さすがに熱いよな……
俺は熱くても、いいんだけど。
むしろ、繋いでいたい。
そう思いながらも謝って手を離した。
「あ……」
うさは何か言い掛けたけれど黙ってしまう。
「どこか店でも入るか」
この時期は独りになってしまったあの頃を思い出してしまうから、つい隣にいる恋人に無意識に甘えてしまっていたみたいだ。
でもそんな小さな我儘でうさを困らせたくない。
俺は笑い掛けながら少し涼むために提案した。
「まもちゃん」
そう言う彼女に俺の作った笑顔はいとも簡単に消え去る。
うさは真っ直ぐに俺の心までも見るような眼差しを送っていた。
言葉も出ずにただ視線を交えていると、彼女はすっと手を差し出した。
うさは笑っていた。温かい、いつものほっとする笑顔で。
「手、繋ごう?」
そう、言った。
「私の手、熱いかなって思ったんだけど……そうじゃないって分かったから。まもちゃん、同じこと思って謝ったでしょ~?」
珍しく俺の心を言い当てたことが嬉しいのか得意気に話してくる。そんな彼女に笑いかけるけれど、やっぱり少しだけ心配で。
「いいのか?」
躊躇いながら手を差し出した。
すると、すぐにうさはその手をぎゅっと掴んで軽快にブンブン振った。
「もちろん!私は、まもちゃんと繋ぎたいんだよ!」

俺は暑さなんか忘れてしまうくらいに、目の前の彼女がただ愛おしくて、幸せで。力に任せて抱きしめてしまっていた。

うさ
君は自分では気付いていないかもしれないけれど、俺の心を何度もそうやって救ってくれるんだ。
本当に、何度も―――
「ずっと繋いでいこうね」
「ああ」
照り付ける夏の日射しは暑いままだけど
無くした記憶はもう戻らないけれど
俺は君とずっとこうして手を繋いで歩いていく。
ずっと一緒に。


おわり
2022.8.3
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