上司部下まもうさ、モブ、賢人



 上司と内緒のお付き合いをしている。

 仕事のできる課内一の美女高嶺先輩は女子トイレで絶対地場主任を落としてみせる!って同期の人と綺麗にメイクを直しながら言ってたのを聞いた。そんな彼女は今地場さんと話している。お似合い。あ、やば。主任と目が合っちゃった。慌ててPCに向き直る。
 スマホが鳴って『ヘマする前に俺に相談しろ』の文字。てんで的外れな内容を送ってくる地場さんにムカムカしてきた。というか仕事中にLINEしてこないでよっ!よゆーですか?!
 彼は自分がどれだけモテているのか分かってるのかな。前は公私きっちり分けて言いよる女性社員のことも冷たくあしらってたのに、最近は包むオーラが柔らかくなっている気がする。だから隙ができちゃうんだ。それなのに、私にはといえば……
「おい月野っ!ここの資料どうなってる!」
「えっ」
「えじゃない。確認したのか?」
「い、今からやります」
「遅い!」
 ほら。ねえ、これ。パワハラじゃない??私、恋人なのに一番扱いが酷い気がする。そりゃ、高嶺先輩程優秀じゃないけれど前よりはミスも無くなったし、私なりに精一杯やってるんだよ?
 でも……分かってる。
 実力が伴ってないのに文句だけは一丁前だなんて思われたくない。
 社会人としてのプライドくらい、私にだってあるよ。
「すみませんすぐに確認します!!」
 仕事はとにかく頑張る。一つ一つしっかりやっていくしか道はない。私にできることなんて限られてる。だから必死にやるけれど……
 くすっ
 彼女に笑われて私の中の何かが音を立てて崩れた気がした。
「地場主任、その資料は僕も目を通していなければいけなかったんです。ここの所、自分も営業続きでちゃんと月野に擦り合わせできていませんでした。すみません。このあと僕らでまとめますから少しお時間頂けませんか?」
 隣の先輩が頭を下げる。そしたら
「守ってもらえていいわね、楽ができて」
 後ろを横切る時私にだけ聞こえる声で高嶺先輩が怖いくらい優しく囁いてきた。
 対する地場主任は。
「分かった田山。取引先が来るまでに二人でしっかりまとめておいてくれ」
 さっきの勢いをなくしていつもの調子に戻っていた。
 もう! なんなのよっ。

「ありがとうございます、田山先輩」
「いいよ。しっかし主任て月野にだけ当たり強いよなぁ……まあとにかく、気にせず一個一個やってこ」
「はい」
 笑顔で返す。
 私は気づかなかった。一瞬だけ、何か含んだような目でこっちを見てた地場さんに。

※※※

「職場での接し方が分からないにしてもお前のやり方は愚策としか思えん」
「……分かる。分かるが、もうちょっとオブラートに包めよ賢人」
 大学からの友人で同じ会社の違う部署に配属されているこの男と行きつけの店で飲んでいたのだが。日本酒を水のようにさらさらと飲みながらも顔色ひとつ変えずにそう言われて頭を抱える。
「愚策に愚策と言って何が悪い。この愚図が」
「くそっ!そーだよ俺はクズ男だよ」
 ヤケクソにビールを一気に煽る。
「そこまでは言っていない。お前はクズではないぞ、衛。愚かなだけで」
 肩に手を置かれ、恋人にでも見せるような柔い笑みで諭され、つまみを咽せそうになる。実は酔ってるな? 賢人。
「大体月野は……ずっと前から俺が一方的に惚れてて……あんなに可愛くていい子で。そんな彼女が俺の恋人になってくれたのもまだ信じられないのに。それが職場でうろちょろしてんだぞ?」
「同僚だからな」
「隣の田山ともよく喋ってるし」
「同僚だからな」
「俺のLINEは無視するし」
「勤務中だからな」
「あの笑顔を、他の男に見せたくない」
「表情筋死んでる俺としては見習うべきところだな」
「とにかくだ。俺の恋人が可愛すぎてつらい!!」
「まずは彼女に謝れよこの愚図」
「〜〜っっ!賢人ーっっ!!」
 俺の叫びも意に介さず、同じ銘柄の酒を追加注文する賢人の涼やかな顔に一周回って冷静になる。

 俺だって分かってる。部下が恋人になって、特別扱いしないようにしないようにと思っているうちに、大声で指摘しなくてもいいような事を言ってしまったり、必要以上に冷たく接したり。少し勘のいい人間には分かってしまう位には、逆に特別な扱いをしてしまっている。
 そしてそれが彼女を傷付けてしまっているのだとしたら、本当に…馬鹿だとしか言いようがない。社会人としても終わってる。
 こんなにペースを乱された事がないから、解決策もすぐに見つけることができなくて友人に相談したのだが。俺のダメさがよりハッキリしただけだった。
「一度ちゃんと…うさぎと話して謝る」
「だから、そうしろと言ってる」
 大しておいしくもなさそうに肴を口にする賢人だが食べかたは綺麗で育ちの良さが窺える。
「そうだよな。俺は、色々と複雑に考え過ぎるから……シンプルな答えに辿り着くのに時間がかかるみたいだ」
「まあな。だが、そういうお前だからきっと月野さんに惚れたんだろ」

 まっすぐで、嘘がなくて。いつも欲しい言葉で俺を救ってくれた、大切な女の子。

「ああ。すまんな、ありがとう賢人」
「なんの。王子のお世話には慣れてる」
「だからそれやめろ」
 ことあるごとにからかってそう呼ぶ親友を小突き、皿を下げに来た店員にお猪口を一つ追加した。


つづく?かも??
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