嫉妬シリーズ(前サイトからの移行作品集)

『CUTする男』(まもうさ+モブ)


「あれ?うさ髪切った?」

休日。俺の部屋に遊びに来たうさを後ろから抱きしめて一緒にテレビを観ていたのだが、いつものようにその長い髪を梳いていたらふと気づいて問い掛ける。

「あ!気付いた?そうそう毛先のにっくき枝毛ちゃんを切って欲しくて2センチくらい!昨日美容院行ってきたの。」

振り向いて笑顔で答える彼女がやっぱり可愛くて頬に唇を寄せるとくすぐったそうに笑う。

「いつも行ってる…江崎さんだったよな?」

たしか、ベテランの腕のいい女性スタッフだと前に聞いた気がする。

「すっごーい!まもちゃんよく私の担当さんの名前覚えてるね!」

「一度聞けば大抵覚えちまうんだ。」

「わー♪さっすがまもちゃん!」

うさはその言葉と同時に首に抱き着いてきて頬にキスを返してくる。ので、俺も腰を抱いて額にキスを贈った。

ソファーの下でルナが

(会話の合間にやたらキスするのやめたら?まあもう慣れましたけどね)

という目で見ているが今は横に置いておく。

俺はそのまま本命の唇に口づけを落とそうとしたのだが。

「でもねー残念でした。江崎さん、他の店舗に移っちゃって違う人にしてもらったんだ。」

なぜかそのタイミングで少し悲しそうに伝えてくるうさに俺もとりあえず同調してそれはちょっと寂しかったな、と頭を撫でてやる。

「うん、けど新しい担当さん、もうすっごく楽しくて私の髪のことも綺麗だってすっごい褒めてくれて、とってもいい人だったんだ~♪」

「よかったじゃないか。」

俺は続きを再開しようとしたが…

「うん!それでね、友達も良ければ紹介してサービスしますよって…あ!!」

急に立ち上がるうさの頭が顎に当たりそうになるのを緊急回避して色んな意味で早まってしまった胸を抑える。

「ど、どうした…?」

「これ、紹介状なの。よかったらまもちゃん使って?あと担当さんの名刺!」

鞄の中から取り出してきたそれを嬉しそうに渡してくる。

「うーん、だけど俺は別のとこに行ってるしなあ…」

「あ、そっかー…美奈Pたちにも聞いてみよっかなあ…」

少ししょんぼりしたうさの持つ名刺の名がちらりと視界に入る。

「ちょっと貸して。」

「え?うん!」

無性にざわつく胸の内を悟られないようにそれを受け取った。

『 Top stylist

店長 音成 太一 』


「この人がうさの新しい担当?」

「そうだよ♪すっごくおしゃべりが楽しくて、ほら、上手に切ってくれたよ!」

それは俺も梳いていたから分かる。

「まだ若いのに店長さんなんてすごいよね!」

「まあ、そうだな。」


つまりだ。今度は若い男がうさの担当で。

店長で。

やたらと会話術に長けていて。

うさの髪の毛を綺麗だなんだと褒めそやし。

このサラサラで金糸のような美しい俺のうさの髪をやたらと触りまくった。

こういうことか―――


「まもちゃん?」

「いや、せっかくだから、やっぱり使わせてもらうよ。」

完璧な笑顔を作ってそう返すとうさは本当に嬉しそうに頷いてくれた。


俺はまた自分のどうしようもない黒い感情が胸の内に渦巻いているのを感じながら、にこやかにその名刺にもう一度目を落とした。


仕事の範疇ならいい。

けど、それ以上の、下心でもあろうものなら…


俺のほうから切ってやる。



ソファーの下のルナはやはり何かを感じ取ったらしく毛を逆立てて俺とうさのことを交互に見ていた。

※※※

俺の名前は音成太一。この美容室の店長だ。



今日はこの後、先週来たお客さんの紹介の方が来る予定だ。

先週に来た月野うさぎちゃん。可愛かったし、本当に綺麗な髪だったよなー。職業柄髪質がいいお客さんて印象に残るんだよな。

まあ言っても女子高生だから色々とアウトだって分かってるけど、あんな子と付き合ったら毎日髪の毛弄って遊びたい、なんて思ったりもしてしまった。

そんな風に思いを馳せている時だった。受付で対応しているお客さんに自然と目が行く。

…ん?なんかものすっげえ王子様系イケメンがご来店なんですけど??

「店長!ご予約のお客様です。」

ええ!?彼があの子の紹介の!?

「いらっしゃいませ地場様。初めまして、本日担当させていただく音成です。」

お兄さん?いやいや苗字が違うぞ。じゃあ…友達?

「どうも、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いいたします。ではご案内いたしますので、どうぞこちらへ。」

驚きを隠して営業スマイルで対応するが、彼の微笑みもまた隙が無く麗しく、同時にその髪にも視線が行く。

うっわ、彼もツヤツヤの綺麗な黒髪だなあ。

シャンプーの前にヘアスタイルの確認のため一度スタイリングチェアに案内してそんな事を思っているとふと視線。

鏡に映る彼を見た瞬間、背筋に氷を落とされたような冷気が体を走った。



鏡の中の男は俺の事を射落とすかのように鋭く見つめていたのだった。



な、なんだこの空気。時が止まったみたいな…目…逸らせねえ…っ



しかし。

「今日はこのままヘアスタイルはあまり変えずに前髪はこのまま流して、少しだけ後ろを切ってください。あ、ツーブロックとかはやめてくださいね。」

ははっと笑いながらそう注文してくる彼には、もうさっきの冷気は微塵も感じられない。


そ、そうだよな。気のせいだきっと。
初対面なのに目で殺される筋合いなんて無いしな。うんうん。

「か、かしこまりました。では、シャンプー台にご案内いたします。」


しかし俺はこの後更なる冷水を浴びせられることになるなど…この時点ではまだ知る由もなかった。

※※※

「じゃあ始めますね。」

「よろしくお願いします。」

シャンプーが終わりカットが始まると、さすが店長と言うだけあって手際よく切られていった。

「本日はご来店、本当にありがとうございます。月野さんにもよろしく伝えてください。」

「ええ。彼女も喜んでいましたよ。あなたのカットがとても上手くて話も面白いって。」

「ありがとうございます。」

笑みを混ぜて言った俺の言葉に謙遜もしないところも逆にこの商売に絶対の自信を持ってやっているという感じで好印象だ。

「それにしても地場さんも綺麗でいい黒髪ですよね。ツヤツヤだしサラサラで。切り甲斐があります!」

けれどものすごくいい笑顔で言われて正直戸惑う。
親しくもないのに突然自分の懐に入り込まれるようなコミュニケーションをしてくる人物が個人的には苦手な俺は、作り笑いにも少しだけ綻びが出てきてしまう。しかしそれ以上に気になる表現に聞き返した。

「はあ、どうも。あの、俺もって…?」

「いやあ、月野さんもすっごく綺麗な金髪じゃないですか!明るいしいい子で。きっと学校でも人気者でしょうね。」

自分の恋人を褒められて悪い気はしないが、なんだろう。やはりどこか含みのあるその表情に俺はこの男に対しての警戒色が徐々に強くなるのを感じていた。

「可愛いし。地場さんはもしかしてあの子の…」

「はい、恋び「いとことか?」

俺の言葉に被せて言ってくる見当外れな問いにピクッと眉が上がる。

「…なんでそう思うんですか?」

笑みながらも後ろ髪を集中して切っている男に鋭い視線を当てて低い声で聞き返す。

「友人にしては年や学校も違いますし、当然兄妹では無いですし、あ!それとも家庭教師とかバイト関係?」

あえて避けているのかこの男。

「ここだけの話、髪の毛も中身もすごい好みなんですよね、うさぎちゃん。」



………は?



相変わらずの笑顔で小声でそんなことを言ってのける美容師に完全に警戒色が赤になった俺は、牽制の手を緩めることをやめた。

冗談めかして言っているが明らかに本気の色を感じたからだ。

「音成さん、彼女みたいな子がタイプなんですか?」

相変わらず俺の髪に集中している男に顔だけ笑って尋ねる。

「まあ、もしも同級生であんな子がいたら間違いなくいってましたねー。」

「…へえ。」

「地場さんはイメージ的に知的美人な子とかタイプなんじゃないですか?」

再び鏡越しに目が合う。

すると今度こそ俺の冷気を確信した鏡の中の男は目を見開き、はさみの手を止めた。

「俺は、好みとかそういうのは無いです。」

「え…っと…?」


「俺は月野うさぎが、彼女が彼女だから好きなんだ。」


「…!」

「俺も彼女の髪、好きですよ。もうずっと…昔から。」

沈黙が流れる。俺はもちろん目を逸らさない。




うさの髪の毛も笑顔も中身も


全部俺だけのもの



どんなに欲しいと思ってもあの頃は一つ一つを諦めるしかなかった俺の全て





やっと一緒になれたんだ



誰にも渡さない。



「恋人の髪を褒めて下さってありがとうございます。」

「…あ、は、はい…」

何も言えなくなっている美容師にそれ以上は立ち入るなということを暗に示しながらそう言うと、小さな声でそれだけ返してしばらく停止していた時が正常に動き始めたかのように、彼のはさみを持つ手が再び俺の毛を切っていく。けれどその後はしばらく何も言葉を発することができないようだった。

※※※

「まもちゃん!こっちこっちー!」

パーラークラウンで待ち合わせていたうさが俺を見つけると大きく手を振って呼んでくる。俺が右手を挙げてそれに答えると本当に嬉しそうに笑顔になる彼女。

早く家に連れて帰りたい。

「ごめんな、待たせたか?」

「んーん!まもちゃんのこと待つのってなかなか無いから楽しかったよ!」

ソファーに座って謝ればそんな風に言ってくれる彼女にますます愛しさが沸く。

堪らずに頭を撫でていると、頬を染めて俺を見たうさがあ、と声を上げた。

「まもちゃん髪カッコよくなってるー!」

あの美容師、流石に仕事は最後まできっちりやり、もちろんツーブロックになることもなく軽くスタイリングまで施し俺を送り出した。

うさをそういう対象に見る事を諦めた彼がとにかく目の前の素材に集中した結果らしい。

「どうしよう…これ以上カッコよくなったら困る!!」

「何言ってるんだ。」

「だって他の女の子がみーんなまもちゃんの事好きになっちゃうよ…」

「バカだなうさは。」

不安げに目を潤ませながら言ってくる眉間の辺りをつんと突くとそう言って微笑みかける。

「俺がうさしか見てないんだから大丈夫だよ。」

「まもちゃん…!!」

感極まったのかうさはそのまま正面の席から俺の横へと座り直して腕にぎゅっと抱き着いてきた。

「やあだもー二人とも!相変わらずラブラブなんだから!お客さんみーんな見てるわよ?」

宇奈月ちゃんがそう声を掛けてきてはっとなる。そうだったここはまだ外だったな…
そうは思うが特に離れない俺たちにもう慣れているのか、ご注文は?としっかり聞いてくる所はさすがここのオーナーの娘だけあって抜かり無い。

「あ!衛さん美容院行ってきたんですか?」

「そうなの!私の行ってるところ紹介したんだ♪」

コーヒーを注文するとそう問われてうさが俺の代わりに答えた。

ねっ?と肩にもたれたうさに笑顔で言われ俺も頷いて宇奈月ちゃんを見る。


「そうなんだ。
ちょっと…CUTしにね。」



おわり(初出2016年)
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