嫉妬シリーズ(前サイトからの移行作品集)

『時の彼方へ』(エンセレ)


先の無い自分たちの関係。


それでも彼女が微笑んでくれるから。






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1.予兆



いつもの隠れ家で行われる交わりには、焦げるような熱情、愛しさ、幸福だけが存在していて。



このひと時は忘れられるんだ。俺たちのこと、俺たちの未来を。





「お願い…もっと…もっと…貴方を感じさせて…!!」

ぎゅっと背中に回す腕の力を強くする彼女は涙を零しながら掠れた声で懇願する。

体も心も俺のことを求めてくれていることを全身で感じる。

それが更に本能を突き動かしていって熱に浮かされたかのように愛しい彼女を濡れた瞳で見つめると桜色の唇を噛み付くように奪った。

歯列をなぞって舌を絡めて真っ赤になって苦しそうにしている彼女の口内を激しく、激しく。

漸く離して銀糸が二人の間を繋いでぷつりと切れたとき、セレニティは声に出せずに口を動かして一言呟くと涙を流した。


――アイシテル――


その言葉は俺の理性とか全てをどこかに飛ばしてしまうには充分だった。



「俺も愛してる…愛してる…!セレニティ…!!」


荒い呼吸でぐったりとしている彼女にいつものように用意した熱い湯できつく絞ったタオルで、体を綺麗に拭いていく。

「ごめん…無理させたかな。」

「いいえ、平気。でも…」

言ってから沈黙する彼女の顔を覗き込むと、そこには悲しげな瞳があった。

「セレニティ…」

俺はそんな彼女の頬をそっと撫でて名を呼ぶ。

「寂しいの…。貴方が最後まで私のことを抱いてくれないのが…」

躊躇いがちに紡ぐ彼女の言葉に俺の思考が一時止まる。

「分かってるわ。私たちは本当はこんなことすらしてはいけない関係だって。貴方が私のことを考えてそうしてくれているんだって。でも…」

そこまで言ってじわっと瞳に涙を滲ませると枕に顔を埋めてしまった。

「ごめんなさい…忘れて、今言ったこと…」

そのままの状態でか細い声で言う彼女の背中は小さく震えていて。

俺は堪らずその白い背中に唇を寄せてから覆い被さり抱き締めた。

「俺も…最後までちゃんと君を…だけど…」

「いいの…言わないで…」

「…ごめん…」



あんなに繋がっている時に得ていたはずの幸福感は、いつもこうして夢が覚めてしまった時のように不確かなものに変わってしまって。

切なさと苦しさと、例えようもない罪の意識が現実となって押し寄せてくる。



それでもこの腕に抱く彼女を失うことなど考えられなくて。


その存在をもう一度しっかりと感じたくて、時間の許す限り愛しい人を抱き締めていた。







「エンディミオン、今日ずっと言わなくちゃいけないって思ってたことがあるんだけど…」

小屋を出て月のゲートまで送ると、彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめ、ふと逸らして眉を下げて口元に手を持っていく。

「何?」

「私、しばらく地球に来られなさそうなの。」

「…え?」

「よく分からないのだけど、私のために大きなパーティーが何日か行われるみたいで…私がいないわけにはいかないの。」


彼女を中心に置いたパーティー。

それが何を意味するのか、ある一つの答えが浮かんだがすぐには認めたくなくて気付かないふりをする。


「…そうか。それは仕方がないよ。」

微かに笑みを作って言うと、キュッと切なそうな顔になった彼女が胸に飛び込んでくる。


「終わったら真っ先に貴方の下に行くから。それまで…待っていて?」

「ああ。もちろん。」

頭をゆっくりと撫でながら答える俺に幾らか安心した彼女は顔を上げると漸く少し笑った。


そして触れ合うだけのキスを交わすと光るゲートの中に吸い込まれて消えていく。

俺はセレニティが消えてしまった後も、心の中を覆い始める不安を隠し切れずに暫くその場に佇んで、彼女の幻影を追うように見つめ続けていた。

※※※


2.泡沫




セレニティが地球に姿を見せなくなって七日が過ぎた。


今までどんな障害があったとしても三日と空けずに逢瀬を重ねていたから、覚悟していたつもりだったのにこの数日は想像以上に辛かった。


胸が痛い


苦しい


何も考えたくない




彼女のことだけを思っていたい




けれど寂しさが全てを押し退けて広がって心の中を冷たくしていく





思い出すのは最後に見た悲しそうな微笑み





そのことが自分の負の思考に拍車を駆けていくようだった




夜もなかなか寝付くことが出来ない。

目を閉じれば彼女の温もりや、会えない寂しさでおかしくなってしまいそうだ。

けれど君の事を愛する気持ちを止める事なんて…もうできないんだ。


早く…早く会いたい。


早く俺の不安を打ち消して。


君の笑顔を見ればどんな暗い気持ちも塗り替えることが出来るのに…




セレニティの顔を見ることが出来なくなって10日が過ぎた頃、俺は全く身に入らない公務の相談をしに書類を持ってクンツァイトの部屋に向かっていた。

しかし近くまで来たときに、口論しているような話し声が聞こえてきてはっとなる。


「いいから王子に会わせて!私から話すから。」

「声が大きいぞ。お前はもう帰れ。マスターには私からお伝えする。」

「プリンセス守護戦士リーダーの私がちゃんと話したいの。もう、最後なんだから!」

「ヴィーナス!」


目の前の扉が金星の守護者によって開かれた。


俺の存在を認めるなり二人は目を見開いて立ち尽くす。


「どういうことだ?…最後って?」

「マスター、申し訳ありません。月の者をこのような場所にまで通してしまい…」

「今はそんなことは聞いていない!!第一、咎める権利など俺はとうに無くしているのだからな。」

「王子、実は…」

「待てヴィーナス。マスター、とりあえず中にお入りください。」

クンツァイトはヴィーナスの肩を掴み奥へ引き入れると、廊下に人気が無いのを確認して小声でそう言った。




心の中で、不安の原因をまだ聞きたくないという気持ちと、セレニティが今どうしているのか早く知りたいという気持ちがない交ぜになる。

しかしヴィーナスは俺のそんな臆病さを気付くこともなく、すぐに本題を切り出した。




「プリンセスの婚約者が正式に決まりました。」

「………え?」

ヴィーナスの言葉にクンツァイトは横から何か言っているようだったが、俺の頭には最早入ってこなかった。




な…に?




今、何て言った?





婚…約者?




いや、いい加減そんな風に逃げるのはもうやめろ。

俺は気付いていたんだ。でも気付かないふりをしていただけだ。

受け入れたくなかった、ただそれだけなんだ。

まだ、まだあと少し、俺の恋人であって欲しいと…願っていただけなのに。



だけどこうして第三者から現実としてそれを知らされて、足元から真っ暗になっていくようだった。





「ですからもう、今までのように会うことは容認出来ません。ただでさえ掟を破っていらっしゃるのですから、殊更ご自分の立場や身分を弁えて頂きたいのです。」

ヴィーナスは事務事項を告げるように淡々と話す。その後の話で、やはりパーティーは婚約者を決める為のものだったということも聞かされる。

当たって欲しくない確信に近かった予感は的中し、いつの間にか俺は自嘲気味に歪に微笑んでいた。

「ヴィーナス、もういいだろう?お前は早く主の下へ帰れ。」

クンツァイトが声を低くして彼女を諭す。

「セレニティは…」

俺が溢した小さな声は彼らの動きを止める。

「セレニティは元気にしているか?今、幸せか?」

逆の事を願いながらもそう聞いたのは、やはり否定して欲しかったからかもしれない。


悲しみに暮れていて欲しい。

一緒になれない運命を呪って己の不幸を嘆いて欲しい。


俺と、同じ様に。




「プリンセスは…幸せになるんです。私は貴方様もそうであることを願います。それが、プリンセスの代わりに私が伝えるべき最後の言葉です。」

――私は大丈夫。だからエンディミオンも幸せになって――

そういうことなのだろうか。


君無しで…幸せに……?




ヴィーナスはそれだけ言うと、呆然としている俺に様々な思惑を映した瞳で一瞥し、やがて最後にふさわしく深々と頭を下げて最拝のポーズを取ると静かに部屋を去っていった。


彼女の声は、震えていたかもしれない。


そしてクンツァイトは閉じた扉の先のそんな彼女のことを、見つめているようだった。







「マスター、今日の公務は私が引き継ぎます。」

「え?」

暫く沈黙が流れたあと、クンツァイトの言葉に顔を上げる。

「今日だけ、です。」

何も語らなくても彼の真意は眼差し、表情からも伝わってきて、俺は再び視線を落とした。

きっと今の俺は相当酷い顔をしているのだろう。

彼の気遣いからもそれがよく分かる。

分かるからこそ辛かった。

「…すまない。」

「いえ。」

彼は俺の手から書類を受け取り背を向けた。

「しばらくこの部屋を自由に使って下さって構いません。私は執務補佐室で仕事をしますから。」

「…ああ。」


彼が俺の事を見つめる気配を落とした視界の中で数秒感じた後、パタリと扉の閉まる音がした。



「セレニティ…」



名を呟けば彼女の姿、声、笑った顔、泣いた顔、甘い吐息、抱き締める体温…。

それらが全てが感覚に、頭の中に蘇って…






俺はその場に立ち尽くして声を押し殺し、泣いた。








自室に戻ってベッドに重い体を沈ませる。


セレニティは俺以外の誰かに微笑みを向けるのだろうか。

婚約者だというその男といずれ結婚して、彼女は全てを捧げるのだろうか。



そこまで考えると、言いようもない気持ちが膨れ上がってくる。




俺は――――――


※※※


3.時の彼方へ





俺は―――――――それでもどうすることもできないのかもしれない





吐き気がするほど、彼女の隣に他の誰かがいることを嫌だと思う自分がいるのに、それでも。


彼女の本当の幸せを願うのなら、もう何も出来るなど、無いのではないだろうか。

俺が、この手で幸せにしたかったけれど。

いつだって本当の笑顔にしてあげたかったけれど。



それは自分たちが掟を破っている時点で出来ないということは分かっていた。

いつかは自分もセレニティと同じように誰かと結婚して国をもっと栄えていかなければならなくて。



そう。頭では分かっているのに……






「それでもセレニティ…君に会いたいと願う俺は…本当に馬鹿だよね。」

気付かないうちに流れていた涙を拭うこともせずに窓辺に立って美しい三日月を見つめて呟いた。



セレニティ…今君は、笑ってる?






セレニティに会わなくなって1ヵ月が経った。

さすがにクンツァイトも何も言ってこなくなった。

それが、自分がある程度普通に見えるように出来ていることを示しているように思う。



月に繋がるゲートが無くなってしまったわけではない。

会いに行こうと思えばいつだって会いに行けたはずだ。

でもそうしなかった。


また会ってしまえば、抑えられない気持ちが溢れ出てきてしまうということがよく、分かっていたから。


こうやって会わずにいれば、いつか本当に大丈夫になる日がくるのだろうか。


今だって体中が彼女を記憶していて求めてやまないのに…そんな、日が。




公務に没頭して、王子として学ばなければならないことを休まずに行い、忘れよう忘れようと努力してどれほどの月日が流れただろう。

いつしか季節が二つ変わっていた。

今日は新月だった。新月の日には彼女と会う日も多かった。罪悪感が少し薄れるからだと思う。

そんなことを思い出して俺は力なく微笑んだ。




―忘れることなんて、できない―




それならせめて、あの頃の様にあの場所に行き、少しの間自分と彼女の時間を感覚だけでもいいから取り戻しに行ってもいいだろうか。

胸の中の苦しさや、どうしようも出来ない辛さを抱いて、それでも失うことの出来ない彼女を愛する想いと共に。










彼女と初めて出会った場所は変わらずに清らかな小川のせせらぎが聞こえてくる。

月が見えないため沢山の星々の輝きだけで森は静かに光を受けていた。

草原に寝転んでその数多の星を見上げた。


神は、どうして俺たちにこんな試練を与えたのだろうか。

この気持ちを一生抱いていくことが罪を犯してしまった罰なのか。

そっと目を閉じると、いつも左隣で寝転んでいた彼女の温かくて小さな手が重なってくるような気がして…すぐにそんなことはもう無いのだと…思い知る。

光が霞む。星が…見えない。

「セレニティ」

左手を強く握り締めて掠れた声で呼ぶ。

「愛してる…よ…」

今なら。誰も聞いていないから。

誰も見ていないから。

彼女への想いを吐き出しても…許される気がして。

とめどなく溢れる涙がいつしか枯れた時、ちゃんと前に進むから。

だから、今だけは……。



どれほどの間泣いていただろう。森の夜はそんな一人の男を包み込むように静かに更けていく。


俺は体を起こして両手の平を開いてぼんやりと見つめる。そしてそっと草原にそれを下ろして柔らかい草を撫でる。


彼女のことを忘れることはできないけれど、彼女を愛した軌跡と、溢れる想いは、この思い出の場所に置いていこう。


会わなくても、いつまでも俺にとって最愛の人はセレニティ、君だけだ。



俺は両手を月があるはずのその方向に伸ばして、そっと握りしめる。



永遠に君の幸せを、願うよ―――――

※※※




―20年後―





「父上!早く早くー!」

覚えたての馬術を巧みに操って先に駆け出した我が子に微笑む。

「今行くよ。」

「マスター、若君は少々無鉄砲すぎます。私が先導いたしましょう。」

隣で昔と変わらずにはらはらしている側近に苦笑した。

息子には母親がいなかった。俺と結婚してこの子を身ごもった女性は、出産のときに亡くなってしまったから。

だから彼も必要以上に甘やかしてしまうのは仕方が無いことだと思う。

「大丈夫。俺の子だ。」

「だから心配しているのですが。」

「それも、そうだな。」

彼の真面目で皮肉混じりの言葉に笑ってから間を置かずに馬を走らせる。

「マスター!若君!!」

そしていつもの様に側近たちと差を付けて俺たちは風の如く去っていった。







しかしほどなくして息子の姿を見失ってしまう。俺は幼い頃からこの森を知っているから庭のように地形を熟知しているが、さすがにまだ7歳の息子にはそのような知識はない。だから流石に心配になり、何度か名前を大声で呼んで更に奥に進んでいった。





「ここは…」



辿り着いた先は、あの日から一度も訪れていなかったあの場所だった。

わが子の馬があの時の俺がしていたように木の幹に手綱が付けられている。

「父上!」

頬を高潮した息子がこちらに駆け寄ってきて息を切らしてその手に何かを持っていた。

俺は馬から下りて息子の目の高さまで腰を落として向かい合う。

「今、見たこともないような白くて綺麗なドレスを着た女の人に会いました!」

「……え」

「父上のお知り合いみたいで、これを渡して欲しいって。」

それは、四葉のクローバーだった。





いつかの記憶がクローバーを見た瞬間に蘇る。


『ねえエンディミオン』

いつもの好奇心いっぱいの瞳で俺を見る愛しい君。
俺はそんな君の額に掛かる髪をそっと挙げて三日月の印にキスを落とす。

『なんだい?セレニティ。』

俺の行為に驚き少し照れたような表情を浮かべ、その頬をピンクに染める。

俺の大好きな表情の一つだ。

『あのね、地球の草花の本でクローバーっていう素敵な植物を見付けたの。』

『ああ、四つ葉の?』

ロマンチストな彼女らしいと思った。

『そう。願い事が叶う四つ葉のクローバー。私…絶対見付けるわ!』

彼女の目は少し潤んでいるように見えた。


『見つけ出して貴方に贈るわ。』

既に瞳に一杯になっていた涙は溢れて頬を伝っていた。
俺はそっとそれを拭って抱き締め、今度は唇にキスを落とした。
そっと、労るように…

『俺も、君に贈るよ。』

彼女は俺の背中に腕を回してぎゅっとしがみつく。

『約束ね。』

『ああ、約束だ』






―私の願いは、貴方の幸せ―







「父上?泣いてるの?」

「大丈夫だよ。」

俺の様子を見て泣きそうになるわが子を抱き締める。




見上げれば、真昼の月が俺たちを見守るように浮かんでいた。



おわり
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