嫉妬シリーズ(前サイトからの移行作品集)
『冷たい指先、灯る心』(まもうさ)
二月に入ると俄かに教室内の空気がそわそわしてくるのは、きっと気のせいではないと思う。
珍しく早く起きた私は朝の学校でそんな気配を感じていた。席に着くとなるちゃんが笑顔で駆け寄ってくる。
「うさぎおはよう!今日はすごい早いじゃない。」
「おはよ!今日はちょっと夢見が悪くてさ~。でも夜遅くまで漫画読んでたから眠くて眠くて…。」
人目も憚らず大きく欠伸をする私に苦笑して、「この分じゃうさぎは今年もお目当て無しか…」とぽつりと言うなるちゃん。
私は始めこそ何のことだか分からずにいたけれど、そこかしこから『バレンタイン』という単語が会話の中から聞こえてきて、流石にピンと来た。
学校中のそわそわした雰囲気はそのせいだったのだとようやく気付く。
「バレンタインか~。うん。私はいないかな。渡す人なんて。」
頭の中に、気障で嫌味で鼻持ちならない奴が何故か浮かんだけれどすぐに打ち消す。
いやいや。ありえないでしょあんな奴。
「なんだあ残念。ま、私もいないんだけどね。」
「えーー!なるちゃんたら美人なのにもったいないよ。」
「そういううさぎこそ、ホントは好きな人いるんじゃないの~?」
「い…いないよそんな人!!」
なるちゃんの言葉に勢いよく立ち上がって否定する。
「何ムキになってるのよ。」
「あ…。」
何やらいたたまれなくなって顔を赤くして座り直す。
「ふ~ん?いいけどね。頑張って。」
含んだ言い方をして肩をポンと叩いたなるちゃんは、ニヤニヤしながら席に戻っていった。
「頑張ることなんて無いもん!」
「はいはい。」
既に席に着いた彼女は妙に嬉しそうに手をひらひら振って見せていた。
そんな親友の対応に膨れ面をして前に向き直す。
だけどすぐ横のクラスメイトの女の子二人がきゃあきゃあと雑誌のバレンタイン特集のところを見ているのが視界に入ると、まあ確かに。とも思う。
バレンタインか~…。
花も恥じらう中学二年生のオ・ト・メがこんなイベントを何もしないで過ごすのは寂しい気もしなくはない。
考え始めると腕を組んで唸る私。
帰りにお店を覗いてみるだけ行ってみようかな。
でもきっと自分が食べたくなっちゃうのよね…。
多分私はチョコをあげるよりも自分で食べた方がよっぽど幸せになれるんだ。
だからきっとこのイベントもいまいち乗りきれないのだと思った。
そこまで考えると不意に過る憎たらしい声。
『そんなに食べると太るぞお団子頭。』
だーかーらー!!
なんであいつのことなんか思い出すのよ!!
「もう!うるさい!!」
ドン!
両手で拳を握りしめて机を盛大に叩く。
すると嫌に静かな周囲の気配にヒヤリと背中に汗が流れた。
「月野さん?だーれがうるさいですって?」
教壇を見るとひくひく青筋を立てた担任、春だがいた。
「やっ、あの、あははは!うるさいのは私で~す!」
「…あなたって子は。たまに早く来たかと思えば。」
「すみません…。」
担任の大きな溜め息にしょぼんと謝る。
ああもう!こんな時にまで出てこないでよ地場衛!
私は意地悪く微笑むアイツを想像して心の中で悪態をついた。
※※※
放課後、結局私は商店街にあるバレンタイン特設コーナーに来ていた。
乗り気では無かったけれど、「自分の為に買っちゃえばいいじゃない!」というなるちゃんの私の心を読んだかのような言葉に付いて来てしまったのだ。
さすが小学校から親友なだけあるわ。
「ねえでもなるちゃんもあげる人いないんじゃなかった?」
「うーん。実は毎年パパにはあげてるのよね。何だかんだで楽しみにしちゃってるからさ。」
「あらあら、なるちゃんてば良いムスメ♪」
「うさぎも今年はあげれば?おじさんきっと泣いて喜ぶと思うけど。」
私が少し茶化してなるちゃんを褒めると半ば呆れ顔で、でも最もなご意見を頂いた。
頭の中にチョコを貰って飛び回って喜ぶパパの顔が浮かんで苦笑い。
それにしてもこんなにチョコレートってたくさんあるのね。
どれもこれも美味しそうで迷っちゃうなあ。
こうやって見てるだけでも楽しくなっちゃう。
私の心がフワフワと夢見心地になっていた時だった。
不意に歩みを止めるチョコが目に入って思わずそれを手に取る。
五つほどのバラの形をモチーフにしたお洒落なチョコが、小さな箱に可愛らしく収まっているものだった。
あいつ、そもそもチョコとか好きなのかな。
でもこれ、なんだかとても…
「あ!それ可愛い!でも父親にあげる感じではないかも。」
別の場所を見ていた親友が後ろから声を掛けてきてびくっと肩が揺れた。
「そ…そうだよね!うん!こっちにしよう!」
慌てて見もせずにその隣の物を掴んでレジに向かう。
私、今何考えてた!?
なんでいつの間にあいつに渡すものを考えてるのよ!
本当、意味分かんない!!
一人で怒りながら鼻息も荒くレジを済ませると、後はなるちゃんの買うチョコを一緒に選んで家に帰った。
そして翌日、バレンタインデー。
もちろん私は学校であげる人なんていなくて周りの甘い空気をよそに淡々と過ごし、非常に淡々と補習も受けて学校を出た。
あーあ。昨日のチョコレート、中身は見てないけど結構高くて今月のお小遣いが寂しくなっちゃったなあ。
あのバラのチョコはもう買えない、か。
いや!別に誰にあげるとかじゃなくて、自分が食べたかっただけっていうか!!
て、何一人で必死に弁解してんのよ!
意味も無く顔を赤くして頭を振りわしわしと掻く。
「おい、ついに頭が変になったかお団子頭。」
「変になんかなってないわよ!!あんたね、毎回毎回喧嘩吹っ掛けてきて楽しい!?」
振り向きざまに一気にそこまで大声で返した。
「別に喧嘩を吹っ掛けている覚えは無いぞ。事実を言ってるだけだ。」
想像通り、意地悪な笑みを浮かべていつもの調子で言う彼にプチンと何かが切れた。
「うっさいわね!あんたなんか―…!」
でも言い掛けて両手にぶら下がる大きな紙袋が目に留まる。
「ん?これか。チョコだけど。」
「は?はあ!?あんた、こんなにチョコ買ってどうすんのよ!!」
「……。」
て、待って。男がこんなに買う訳が無い。だとすれば答えは一つで。
何も答えず少し気まずそうな顔をしている彼に、その答えがより明確になってどういうわけか心が騒ぐ。
※※※
「あ…あんたみたいな嫌味な奴がこんなにもてるなんて世も末だわね。」
顔の筋肉がピリピリして表情がうまく作れない。
どうしてしまったんだろう。
「別に。こんなに貰っても嬉しくないからな。」
「じゃあ返せばよかったじゃない!!」
「仕方ないだろ。校門出た途端に大量に押し付けられてあっという間に逃げ出されたんだから。ご丁寧にこの大きな袋まで置いていかれて。」
「ああそう!良かったわね!」
ぷいと顔を背けてむしゃくしゃしたままそう言った。
「何をそんなに怒ってるんだ。」
「怒ってません!それではどうも、さ・よ・う・な・ら!!」
ベーっと舌を出してひと睨みするとその場を走り去った。
そのまま勢いで走っていると、小さな公園が目に入る。
私はどうにも静まらない頭を冷やそうと入り口から一番近いブランコに乗ってみた。
「さすがにこんなに寒いと子供も遊んでないわよね…。」
溜め息を付くとその息がやたら白いことに気付いて呟いた。
キイキイと緩くこぐブランコの音が乾燥した空気に鈍く響く。
それがなんだか寂しくて、胸の中がひんやりと冷たくなった。
あれ?なんだろこの気持ち。
「おい。」
突然背後からさっきまで聞いていた声と、頭にこつんと何かが当たって驚いて振り向いた。
「え!?あんたどうして!?」
そこには缶飲料を二つ持った地場衛がやや不機嫌そうな顔をして立っていた。
頭に当たったのは片方の手に持っている缶だったようだ。
「いくらお前でも流石に風邪引くんじゃないか?」
そう言いながら缶を差し出してきた。
その行動が意外すぎていまいち付いていけない。
だって、これって、私を心配してくれてるって…ことよね?
「いらないのか。だったらいいけど…」
「な!!いるわよ!!」
ひったくるようにして缶を受け取る。
触れた瞬間、少しだけかじかんでしまっていた指先が一気に温まっていくのを感じて思わず頬が緩んだ。
隣のブランコに断りも無く座って至ってマイペースにホットコーヒーを飲んでいる彼をじっと見つめる。
こいつ、一体どういうつもりなんだろ。
「あんたってコーヒー派なのね。」
「ん?ああ。お子様なお前にはココアにしといたぞ。」
「お子様って何よ!三つしか違わないでしょ?」
「そーだっけ?」
しれっと答える彼に腹を立てながらも、実際コーヒーよりもココアが好きな私は結局何も言えず、黙って飲み始めた。
「あったかい…」
「そりゃ良かったな。」
相変わらず小馬鹿にした様子で言う彼にむっとして隣を見る。
でもその横顔はいつもよりも少しだけ優しく微笑んでいたから吐こうと思っていた悪態も喉の奥に引っ込んだ。
本当に、どういうつもり?
やっぱり悔しいけどまだまだお子様な私には分からないよ。
結局、飲み終えるまでお互いそれきり喋らずに時が静かに過ぎていった。
それでもさっきまでの胸の奥の冷たさが消えていることに私自身、戸惑いながらも認めていた。
※※※
「まだブランコこいでるつもりか?」
飲み終えた彼が立ち上がり何となく呆れた様子で聞いてくる。
「帰るわよ!」
慌てて立ち上がってそう返す。
そこで初めてあることに気付く。
「そういえばあんた、チョコレートはどうしたのよ。」
「あげた。」
「は?」
「お団子と同じ中学の制服着てたぐるぐる眼鏡の男子生徒ががたまたま通りかかったから、そいつにやった。なんかかなり暗く歩いてたからさ。」
「そんなのって…聞いたことも無いわよ!!」
「いいんじゃないか?受け取ったらすごく嬉しそうにしてたし。」
彼のとんでもない話に驚きながらも、どこかでほんの少しほっとしてるような変な気分になる。
「ますますあんた(と自分)が分からない…。」
「何か言ったか?」
ぼそりと呟いた言葉に不思議そうに聞き返してくる彼に「何でもない」と跳ね退けた。
「あ、ココア代、払うわよ。」
「いい。」
「いいって、確かにお小遣いはピンチだけど、それくらいは払えるんだから!」
財布を取り出してムキになって言う私を余所に随分と真面目な表情で話し出す。
「来年からはもう貰わない。」
「来年?何意味分かんない事言ってるのよ!今の話でしょ今の!」
「チョコレート、来年からは誰にも貰わない。」
「………へ?」
「だからココア代の代わりはチョコでいいよ。来年の今日、払ってくれ。」
ん?
それって
それって
つまりどういう
「じゃあな。お団子。」
私の考えがまとまらないうちに彼は別れを告げると、その長い足よろしく大きな歩幅であっという間に公園から出て行ってしまった。
「なんなの?あいつ。」
そう言いつつも、去り際の彼の笑顔が何度もリフレインして勝手に顔が熱くなっていたのは多分きっと、気のせいではないと思う。
おわり
二月に入ると俄かに教室内の空気がそわそわしてくるのは、きっと気のせいではないと思う。
珍しく早く起きた私は朝の学校でそんな気配を感じていた。席に着くとなるちゃんが笑顔で駆け寄ってくる。
「うさぎおはよう!今日はすごい早いじゃない。」
「おはよ!今日はちょっと夢見が悪くてさ~。でも夜遅くまで漫画読んでたから眠くて眠くて…。」
人目も憚らず大きく欠伸をする私に苦笑して、「この分じゃうさぎは今年もお目当て無しか…」とぽつりと言うなるちゃん。
私は始めこそ何のことだか分からずにいたけれど、そこかしこから『バレンタイン』という単語が会話の中から聞こえてきて、流石にピンと来た。
学校中のそわそわした雰囲気はそのせいだったのだとようやく気付く。
「バレンタインか~。うん。私はいないかな。渡す人なんて。」
頭の中に、気障で嫌味で鼻持ちならない奴が何故か浮かんだけれどすぐに打ち消す。
いやいや。ありえないでしょあんな奴。
「なんだあ残念。ま、私もいないんだけどね。」
「えーー!なるちゃんたら美人なのにもったいないよ。」
「そういううさぎこそ、ホントは好きな人いるんじゃないの~?」
「い…いないよそんな人!!」
なるちゃんの言葉に勢いよく立ち上がって否定する。
「何ムキになってるのよ。」
「あ…。」
何やらいたたまれなくなって顔を赤くして座り直す。
「ふ~ん?いいけどね。頑張って。」
含んだ言い方をして肩をポンと叩いたなるちゃんは、ニヤニヤしながら席に戻っていった。
「頑張ることなんて無いもん!」
「はいはい。」
既に席に着いた彼女は妙に嬉しそうに手をひらひら振って見せていた。
そんな親友の対応に膨れ面をして前に向き直す。
だけどすぐ横のクラスメイトの女の子二人がきゃあきゃあと雑誌のバレンタイン特集のところを見ているのが視界に入ると、まあ確かに。とも思う。
バレンタインか~…。
花も恥じらう中学二年生のオ・ト・メがこんなイベントを何もしないで過ごすのは寂しい気もしなくはない。
考え始めると腕を組んで唸る私。
帰りにお店を覗いてみるだけ行ってみようかな。
でもきっと自分が食べたくなっちゃうのよね…。
多分私はチョコをあげるよりも自分で食べた方がよっぽど幸せになれるんだ。
だからきっとこのイベントもいまいち乗りきれないのだと思った。
そこまで考えると不意に過る憎たらしい声。
『そんなに食べると太るぞお団子頭。』
だーかーらー!!
なんであいつのことなんか思い出すのよ!!
「もう!うるさい!!」
ドン!
両手で拳を握りしめて机を盛大に叩く。
すると嫌に静かな周囲の気配にヒヤリと背中に汗が流れた。
「月野さん?だーれがうるさいですって?」
教壇を見るとひくひく青筋を立てた担任、春だがいた。
「やっ、あの、あははは!うるさいのは私で~す!」
「…あなたって子は。たまに早く来たかと思えば。」
「すみません…。」
担任の大きな溜め息にしょぼんと謝る。
ああもう!こんな時にまで出てこないでよ地場衛!
私は意地悪く微笑むアイツを想像して心の中で悪態をついた。
※※※
放課後、結局私は商店街にあるバレンタイン特設コーナーに来ていた。
乗り気では無かったけれど、「自分の為に買っちゃえばいいじゃない!」というなるちゃんの私の心を読んだかのような言葉に付いて来てしまったのだ。
さすが小学校から親友なだけあるわ。
「ねえでもなるちゃんもあげる人いないんじゃなかった?」
「うーん。実は毎年パパにはあげてるのよね。何だかんだで楽しみにしちゃってるからさ。」
「あらあら、なるちゃんてば良いムスメ♪」
「うさぎも今年はあげれば?おじさんきっと泣いて喜ぶと思うけど。」
私が少し茶化してなるちゃんを褒めると半ば呆れ顔で、でも最もなご意見を頂いた。
頭の中にチョコを貰って飛び回って喜ぶパパの顔が浮かんで苦笑い。
それにしてもこんなにチョコレートってたくさんあるのね。
どれもこれも美味しそうで迷っちゃうなあ。
こうやって見てるだけでも楽しくなっちゃう。
私の心がフワフワと夢見心地になっていた時だった。
不意に歩みを止めるチョコが目に入って思わずそれを手に取る。
五つほどのバラの形をモチーフにしたお洒落なチョコが、小さな箱に可愛らしく収まっているものだった。
あいつ、そもそもチョコとか好きなのかな。
でもこれ、なんだかとても…
「あ!それ可愛い!でも父親にあげる感じではないかも。」
別の場所を見ていた親友が後ろから声を掛けてきてびくっと肩が揺れた。
「そ…そうだよね!うん!こっちにしよう!」
慌てて見もせずにその隣の物を掴んでレジに向かう。
私、今何考えてた!?
なんでいつの間にあいつに渡すものを考えてるのよ!
本当、意味分かんない!!
一人で怒りながら鼻息も荒くレジを済ませると、後はなるちゃんの買うチョコを一緒に選んで家に帰った。
そして翌日、バレンタインデー。
もちろん私は学校であげる人なんていなくて周りの甘い空気をよそに淡々と過ごし、非常に淡々と補習も受けて学校を出た。
あーあ。昨日のチョコレート、中身は見てないけど結構高くて今月のお小遣いが寂しくなっちゃったなあ。
あのバラのチョコはもう買えない、か。
いや!別に誰にあげるとかじゃなくて、自分が食べたかっただけっていうか!!
て、何一人で必死に弁解してんのよ!
意味も無く顔を赤くして頭を振りわしわしと掻く。
「おい、ついに頭が変になったかお団子頭。」
「変になんかなってないわよ!!あんたね、毎回毎回喧嘩吹っ掛けてきて楽しい!?」
振り向きざまに一気にそこまで大声で返した。
「別に喧嘩を吹っ掛けている覚えは無いぞ。事実を言ってるだけだ。」
想像通り、意地悪な笑みを浮かべていつもの調子で言う彼にプチンと何かが切れた。
「うっさいわね!あんたなんか―…!」
でも言い掛けて両手にぶら下がる大きな紙袋が目に留まる。
「ん?これか。チョコだけど。」
「は?はあ!?あんた、こんなにチョコ買ってどうすんのよ!!」
「……。」
て、待って。男がこんなに買う訳が無い。だとすれば答えは一つで。
何も答えず少し気まずそうな顔をしている彼に、その答えがより明確になってどういうわけか心が騒ぐ。
※※※
「あ…あんたみたいな嫌味な奴がこんなにもてるなんて世も末だわね。」
顔の筋肉がピリピリして表情がうまく作れない。
どうしてしまったんだろう。
「別に。こんなに貰っても嬉しくないからな。」
「じゃあ返せばよかったじゃない!!」
「仕方ないだろ。校門出た途端に大量に押し付けられてあっという間に逃げ出されたんだから。ご丁寧にこの大きな袋まで置いていかれて。」
「ああそう!良かったわね!」
ぷいと顔を背けてむしゃくしゃしたままそう言った。
「何をそんなに怒ってるんだ。」
「怒ってません!それではどうも、さ・よ・う・な・ら!!」
ベーっと舌を出してひと睨みするとその場を走り去った。
そのまま勢いで走っていると、小さな公園が目に入る。
私はどうにも静まらない頭を冷やそうと入り口から一番近いブランコに乗ってみた。
「さすがにこんなに寒いと子供も遊んでないわよね…。」
溜め息を付くとその息がやたら白いことに気付いて呟いた。
キイキイと緩くこぐブランコの音が乾燥した空気に鈍く響く。
それがなんだか寂しくて、胸の中がひんやりと冷たくなった。
あれ?なんだろこの気持ち。
「おい。」
突然背後からさっきまで聞いていた声と、頭にこつんと何かが当たって驚いて振り向いた。
「え!?あんたどうして!?」
そこには缶飲料を二つ持った地場衛がやや不機嫌そうな顔をして立っていた。
頭に当たったのは片方の手に持っている缶だったようだ。
「いくらお前でも流石に風邪引くんじゃないか?」
そう言いながら缶を差し出してきた。
その行動が意外すぎていまいち付いていけない。
だって、これって、私を心配してくれてるって…ことよね?
「いらないのか。だったらいいけど…」
「な!!いるわよ!!」
ひったくるようにして缶を受け取る。
触れた瞬間、少しだけかじかんでしまっていた指先が一気に温まっていくのを感じて思わず頬が緩んだ。
隣のブランコに断りも無く座って至ってマイペースにホットコーヒーを飲んでいる彼をじっと見つめる。
こいつ、一体どういうつもりなんだろ。
「あんたってコーヒー派なのね。」
「ん?ああ。お子様なお前にはココアにしといたぞ。」
「お子様って何よ!三つしか違わないでしょ?」
「そーだっけ?」
しれっと答える彼に腹を立てながらも、実際コーヒーよりもココアが好きな私は結局何も言えず、黙って飲み始めた。
「あったかい…」
「そりゃ良かったな。」
相変わらず小馬鹿にした様子で言う彼にむっとして隣を見る。
でもその横顔はいつもよりも少しだけ優しく微笑んでいたから吐こうと思っていた悪態も喉の奥に引っ込んだ。
本当に、どういうつもり?
やっぱり悔しいけどまだまだお子様な私には分からないよ。
結局、飲み終えるまでお互いそれきり喋らずに時が静かに過ぎていった。
それでもさっきまでの胸の奥の冷たさが消えていることに私自身、戸惑いながらも認めていた。
※※※
「まだブランコこいでるつもりか?」
飲み終えた彼が立ち上がり何となく呆れた様子で聞いてくる。
「帰るわよ!」
慌てて立ち上がってそう返す。
そこで初めてあることに気付く。
「そういえばあんた、チョコレートはどうしたのよ。」
「あげた。」
「は?」
「お団子と同じ中学の制服着てたぐるぐる眼鏡の男子生徒ががたまたま通りかかったから、そいつにやった。なんかかなり暗く歩いてたからさ。」
「そんなのって…聞いたことも無いわよ!!」
「いいんじゃないか?受け取ったらすごく嬉しそうにしてたし。」
彼のとんでもない話に驚きながらも、どこかでほんの少しほっとしてるような変な気分になる。
「ますますあんた(と自分)が分からない…。」
「何か言ったか?」
ぼそりと呟いた言葉に不思議そうに聞き返してくる彼に「何でもない」と跳ね退けた。
「あ、ココア代、払うわよ。」
「いい。」
「いいって、確かにお小遣いはピンチだけど、それくらいは払えるんだから!」
財布を取り出してムキになって言う私を余所に随分と真面目な表情で話し出す。
「来年からはもう貰わない。」
「来年?何意味分かんない事言ってるのよ!今の話でしょ今の!」
「チョコレート、来年からは誰にも貰わない。」
「………へ?」
「だからココア代の代わりはチョコでいいよ。来年の今日、払ってくれ。」
ん?
それって
それって
つまりどういう
「じゃあな。お団子。」
私の考えがまとまらないうちに彼は別れを告げると、その長い足よろしく大きな歩幅であっという間に公園から出て行ってしまった。
「なんなの?あいつ。」
そう言いつつも、去り際の彼の笑顔が何度もリフレインして勝手に顔が熱くなっていたのは多分きっと、気のせいではないと思う。
おわり