嫉妬シリーズ(前サイトからの移行作品集)
『金木犀』(まもうさ)
「アメリカにはキンモクセイってあった?」
腕を組んでいる彼女が不意に尋ねてくる。
街の至る所から金木犀の香りがしてきて、季節はすっかり秋に移り変わったのだということを毎年感じる。…去年の秋以外は。
去年は日本から遠く離れたアメリカで移ろう季節を感じる余裕も無いくらい忙しく過ごしていた。
今だって忙しいことには変わりないのだけれど、こうして肩を並べて一緒に歩くかけがえの無い存在がいるだけで小さな変化も感じることができるのだから驚きだ。
「あったかもしれないけれど、去年のことは覚えてないな。」
俺は率直な感想を述べた。
「ええ!?こんなにいい香りを嗅いだかもしれないのに覚えてないの!?」
心底驚いた表情でそう言う彼女に微笑み返す。
―君が隣にいなかったから―
そう思ったけれど敢えて口にするのは何となく気恥ずかしくて、そうやって笑って曖昧にごまかしたのだった。
「私はね、この香りがするたびに思い出すの…」
遠くを見るような眼差しでポツリと呟く彼女は俺の知らない誰かを考えているようだった。
「何を…思い出すんだ?」
隠し切れない不安が自身の表情を強張らせていた。
「んー…内緒!」
笑顔でそう言い返す彼女とは対照的に俺はいつに無く険しい顔になっていく。
思わず手を離してしまって視線も落とす。
キンモク星からやってきた彼らのことは少しだけ美奈たちから聞いたことがあった。
俺がいない間うさを守ってくれてくれていた彼の存在のことも。
「まもちゃん?」
俺の不安が彼女にも伝染したかのように辛そうな表情で聞いてくる。
少し前の俺なら、聞くのが怖くて逃げて…また適当にごまかしてしまったかもしれない。
だけどやっぱりどうしても確認せずにはいられなかった。
「うさが思い出すのは…星野くんのことだろ…?」
その名前を言うのに一呼吸置いてしまうのは、本当は自分から言いたい言葉では無かったから。
自分の器の小ささに呆れる。
「え?星野…?」
顔も見れずに聞いた言葉に、まるで見当違いなふうに聞き返してくる彼女の様子に再び目を向ける。
「…違うのか?」
うさと同様に目を丸くしてそう聞くと、彼女はポンと手を叩いて明るい表情になる。
「あ~!!そっかー!星野たち、キンモク星の人間だもんね!!もう!まもちゃんたら上手いんだから~♪」
は?上手いって…
「ホント、キンモクセイとキンモク星を掛けるなんて!え~と、こういうのってオヤジギャグっていうんだっけ??」
大真面目に質問してくるから、そこで初めて気が緩んで吹き出した。
不思議そうな顔をした彼女の手を再び握ると公園を歩き始める。
「で?本当は何を思い出してたんだ?」
「まもちゃん!!」
今度は即答するその言葉に反射的に彼女を見る。
すると頬を染めてキラキラした目で俺を見ていた。
「桜が散るときも、暑くて死にそうなときもキンモクセイの香りを通り過ぎるときも、雪が降ったときも…いつだってまもちゃんのこと、思い出してた。」
「うさ…」
「皆が傍にいてくれたのに、私って我儘で欲張りなの。いつもいつもまもちゃんがいてくれたらって思ってたよ。」
そして更に顔を赤くすると目を伏せた。
その長い睫毛の震えとか
揺らめく瞳とか
薄紅色の頬とか
全部全部が愛しくて
俺は言葉も無く抱き寄せた。
「えへへ♪これでキンモクセイのこと見ても寂しくなんないや。」
ぎゅっと抱きついてくるうさは嬉しそうにそう言った。
「うん。もう、寂しくないよ。」
一年の全ての季節をいつまでも君と感じていたい―――
金木犀のオレンジ色の絨毯が風に舞ってその香りを運んでいった。
おわり(初出2013年)
「アメリカにはキンモクセイってあった?」
腕を組んでいる彼女が不意に尋ねてくる。
街の至る所から金木犀の香りがしてきて、季節はすっかり秋に移り変わったのだということを毎年感じる。…去年の秋以外は。
去年は日本から遠く離れたアメリカで移ろう季節を感じる余裕も無いくらい忙しく過ごしていた。
今だって忙しいことには変わりないのだけれど、こうして肩を並べて一緒に歩くかけがえの無い存在がいるだけで小さな変化も感じることができるのだから驚きだ。
「あったかもしれないけれど、去年のことは覚えてないな。」
俺は率直な感想を述べた。
「ええ!?こんなにいい香りを嗅いだかもしれないのに覚えてないの!?」
心底驚いた表情でそう言う彼女に微笑み返す。
―君が隣にいなかったから―
そう思ったけれど敢えて口にするのは何となく気恥ずかしくて、そうやって笑って曖昧にごまかしたのだった。
「私はね、この香りがするたびに思い出すの…」
遠くを見るような眼差しでポツリと呟く彼女は俺の知らない誰かを考えているようだった。
「何を…思い出すんだ?」
隠し切れない不安が自身の表情を強張らせていた。
「んー…内緒!」
笑顔でそう言い返す彼女とは対照的に俺はいつに無く険しい顔になっていく。
思わず手を離してしまって視線も落とす。
キンモク星からやってきた彼らのことは少しだけ美奈たちから聞いたことがあった。
俺がいない間うさを守ってくれてくれていた彼の存在のことも。
「まもちゃん?」
俺の不安が彼女にも伝染したかのように辛そうな表情で聞いてくる。
少し前の俺なら、聞くのが怖くて逃げて…また適当にごまかしてしまったかもしれない。
だけどやっぱりどうしても確認せずにはいられなかった。
「うさが思い出すのは…星野くんのことだろ…?」
その名前を言うのに一呼吸置いてしまうのは、本当は自分から言いたい言葉では無かったから。
自分の器の小ささに呆れる。
「え?星野…?」
顔も見れずに聞いた言葉に、まるで見当違いなふうに聞き返してくる彼女の様子に再び目を向ける。
「…違うのか?」
うさと同様に目を丸くしてそう聞くと、彼女はポンと手を叩いて明るい表情になる。
「あ~!!そっかー!星野たち、キンモク星の人間だもんね!!もう!まもちゃんたら上手いんだから~♪」
は?上手いって…
「ホント、キンモクセイとキンモク星を掛けるなんて!え~と、こういうのってオヤジギャグっていうんだっけ??」
大真面目に質問してくるから、そこで初めて気が緩んで吹き出した。
不思議そうな顔をした彼女の手を再び握ると公園を歩き始める。
「で?本当は何を思い出してたんだ?」
「まもちゃん!!」
今度は即答するその言葉に反射的に彼女を見る。
すると頬を染めてキラキラした目で俺を見ていた。
「桜が散るときも、暑くて死にそうなときもキンモクセイの香りを通り過ぎるときも、雪が降ったときも…いつだってまもちゃんのこと、思い出してた。」
「うさ…」
「皆が傍にいてくれたのに、私って我儘で欲張りなの。いつもいつもまもちゃんがいてくれたらって思ってたよ。」
そして更に顔を赤くすると目を伏せた。
その長い睫毛の震えとか
揺らめく瞳とか
薄紅色の頬とか
全部全部が愛しくて
俺は言葉も無く抱き寄せた。
「えへへ♪これでキンモクセイのこと見ても寂しくなんないや。」
ぎゅっと抱きついてくるうさは嬉しそうにそう言った。
「うん。もう、寂しくないよ。」
一年の全ての季節をいつまでも君と感じていたい―――
金木犀のオレンジ色の絨毯が風に舞ってその香りを運んでいった。
おわり(初出2013年)