スイートピー(クンヴィ)

 一面にスイートピーが広がる花畑。月の王女に器用に花束を作ったり、団子を解いて編み込みにしたりする彼女を見て、あいつも女だったか。手合わせする時の勇猛果敢な愛の女神との雰囲気の違いに密かに胸を掴まれながら思った。

「いつもの花畑よりもずっと輝いて見えるな」
 そう微笑むマスターに、まるで心を見透かされた気がして僅かに動揺する。
「かしましいだけですよ」
 そんな風にしか答えられない存外幼い自分に、呆れて息を吐いた。
 
 四天王として邪魔でしかないこの想いは、いつか思い出になるのだろうか。
 もともと、仮初でしかないこの平和がいつまでも続くとは思っていない。それなのに願ってしまう己の身勝手さに逃げ出したくなる。
 こんな弱さを持っていたなんて知らなかったし、知りたくなかった。だが……

「クンツァイト! あなたも手伝って」
「は?」
「この花畑でいっちばん綺麗な花を見つけるのよ。プリンセスのお髪に挿して差し上げたいの!」
「それなら俺が……」
 マスターが笑顔でそう答えるが、いいえときっぱり断るヴィーナス。
「王子のお手を煩わせる訳にはいきませんので」
「待て。俺の手は煩わせてもいいのか?」
「クンツァイトはいーの。どうせ暇でしょ?」
「……」
 俺の横で笑いを堪えきれない主人とプリンセスが肩を震わせているのを見て、大袈裟に息を吐くと不承不承、了解したと答えた。


「どこまで行く気だ」
「あー、この辺でいいわ。少しくらいプリンセス達を二人きりにして差し上げようと思ってね」
「珍しいな、いつもは毛を逆立てんばかりに護衛しているのに」
「だって、きっともう……そんなに時間がないから」
「ヴィーナス」
「お二人は王位継承者。もうじき今みたいな自由な時間なんてなくなるわ。だから、そう。思い出作りよ」
 そう言う彼女は、吹き抜ける風に髪をおさえて耳に掛ける。何事もなかったかのような振る舞いの中に、その手が小刻みに揺れているのを見た。
「ヴィーナス」
「さてと! 花、見付けなきゃね」
 全てを受け入れ、多くのものを諦めた笑顔がそこにあった。
「ああ、そうだったな」
 俺自身の胸の中は裂けるように痛んでいたが、彼女がそう望むなら、俺も多くは語らないし、問いただすこともしない。
 ならばせめて、今望んでいる事を共にしようと思った。


 けれどヴィーナス、俺は本当はもう見付けていた。この花畑の中で一番美しく、高潔で、可憐な花を。
 スイートピーが霞んでしまうほどの光を。
 
 凛とした背中が、今だけは震えてもいいから。
 俺はその肩に手を軽く乗せて微笑むと、彼女の前を歩いた。


おわり
2022.5.23

※スイートピーの花言葉 思い出
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