嫉妬シリーズ(前サイトからの移行作品集)
『誰よりも君を愛す 衛side』
その日は、うさは仲間たちと放課後に約束があると聞いていたから、俺は大学が終わると家に真っ直ぐ帰って研究発表のレポート制作をしていた。
研究グループのリーダーの俺を含めたメンバー全員が今までしてきたことの成果を伝えるため、これの発表をする今度の土曜の特別授業は正念場となりそうだった。
レジュメが中盤に差し掛かった頃、家の呼び鈴が鳴る。郵便か何かだと思いインターホンに出ると、今日は会えないと思っていた彼女の元気な声が聞こえて驚く。
だけど同時に嬉しくて顔が緩む。誰であれ、どんな時でも好きな相手に会えるのは嬉しいはずで。俺も例外無く笑顔で彼女を迎え入れた。
次の瞬間、うさは腕の中に飛び込んできて、たちまち彼女の甘い香りが玄関と俺の心に広がる。
それを逃さないようにうさを優しく抱き締めて、そのまま唇を奪った。
コーヒーを淹れて彼女に差し出すと、分かりやすくソワソワして俺の顔をじっと見つめてくる。
「ねね!まもちゃん!ライブのチケットがあるんだけど。」
期待を込めた表情。上目遣いのこの顔に俺は弱い。それでも平静を装って聞き返す。
「ライブ?いつ?」
「今週の土曜日!」
笑顔でそう言う彼女だったが、その日付を聞いた途端、俺の表情が曇ったのを感じたのか眉を少しひそめた。
「あーその日は駄目だな。」
「え!なんで!?」
「その日は大学の特別授業なんだ。ごめんな。」
うさとデートしたいという気持ちは山々だったけれど、やはり研究リーダーである俺が抜けることは出来ないと思ったし、正直女性たちの黄色い悲鳴に囲まれて音楽を聴くのは苦手なところもあった。こんなに楽しみにしている彼女を前にして、申し訳ない気持ちが広がったが、ここは心を鬼にして断るしかない。
「そっかあ…仕方ないよね…」
一瞬泣きそうな顔をしたから、その頬に触れようと思ったが、彼女はその気配に全く気付かずに何やら思案を始めると、すぐに明るい表情に戻る。
そんなクルクル変わる表情が可愛くて、彼女の頭を二、三度叩いた。
「何のライブだったんだ?」
すると、今日一番のキラキラとした表情を浮かべてにっこりと微笑んでくる。
その笑顔に見惚れたのも束の間。次の彼女の言葉で一気に自分の表情が強張るのを感じた。
「スリーライツだよ!星野たち、今地球に来てるんだって!」
今まで、うさの口から彼の名前が出てくることは全く無い訳ではなかった。
その名前を聞く度に僅かばかり、面白くない気持ちを抱いていた。
だけど、自分の意思ではないにしてもあの時うさを独りにしてしまったのは事実で、そんなうさを彼が支えてくれていたことも…事実だった。
だから俺のつまらない嫉妬心を晒すことなどできない。そう思ったから今までうさに対して彼のことを聞いたり言ったりすることは無かった。
それに、彼らはもうキンモク星に帰ってしまっていたから会うこともないだろうと思っていた。
彼のうさに対する想いを薄々気づいてはいたけれど、そのことが俺を安心させていたことは否定できない。
だけど、彼がこの星に来ているのなら…話は随分と変わってくる。
「まもちゃん?」
「…行く。」
「え?」
「チケットくれ。」
そうやって手を差し出す。
「大丈夫なの?だって特別授業は!?」
特別授業。そうだ。いつもだったら責任を放棄することなど有り得ない。
けれど、俺は今こうしてうさと一緒にいられる状況なのに、星野くんとうさが俺のいないところで会うなんて…させたくない。
嫌だ。絶対に。
俺を大好きだと言ってくれる彼女の言葉を信じてはいるけれど、こんなに独占欲が強くてつまらない男である自分から誰かに心が移ってしまうのではないかという不安がいつもあって。
もしもその相手が、俺のいない数ヵ月を共にした彼だとしたら…耐えられない。
何をするか分からない。
「大丈夫だ。」
「ありがとうまもちゃん!まもちゃんもスリーライツ好きだったんだね!」
うさは俺の思考など露知らず、本当に嬉しそうにそんなことを言ってくる。
「…まあな。」
そう答えるしかない俺は、笑顔を作ってもう一度彼女の頭をポンポン叩いた。
うさには見せたくない。嫉妬にまみれた表情なんて―――――――
※※※
デートの時は滅多にうさの家まで迎えに行くことなんて無かったけれど、今日だけはどうしてもそうしたかった。
知らないところでライヴに行くのを―――星野くんに会うのを楽しみにしている姿を想像したくなかったから。
自分でも子供じみてると思った。だけど俺以外に会うのを嬉しそうにしているうさに対して、黙って変わらぬ笑顔を向けられる自信が無かったのだ。
母親に呼ばれて嬉しそうに真っ直ぐ俺に向かって階段から駆け降りてくるうさを見て、目を細める。
「まもちゃん!迎えに来てくれてありがと~!」
玄関でいつものように抱き付いてくる彼女に対して、愛しい気持ちと、どこにも行かないで欲しいという気持ちが心をすり抜ける。
「あらあら、衛くん、うさぎったらいつまでも甘えん坊さんでごめんなさいね。」
俺達のそんな光景を見てもマイペースに苦笑する彼女の母親に微笑み返す。
「いえ…甘えているのは俺の方ですから。」
その言葉に嘘偽りは無かったけれど、うさと母親は目を丸くして俺のことを見つめていた。
玄関を出て、ふとうさの部屋の出窓を見れば、彼女のパートナーでもあるルナと目が合う。
そして眉を下げてゆっくりと頭を下げてきた。
『鈍感なご主人様でごめんね衛さん』
そんな気持ちが伝わってきて…。俺は苦笑混じりにうさに気付かれないように首を軽く横に振る。
窓越しのルナは深い溜め息を付いて手を振って俺達を見送った――――――――
「今日は…」
駅までの道のり。手を繋いだ隣の彼女に言い掛けて口ごもる。
「なあに?まもちゃん。」
うさはぎゅっと手を握り、笑顔で問い掛けてくる。
「今日はライヴが終わったら…そのまま家に泊まりにおいで。」
こんな風に誘ったことは無かった。いつも彼女の方から家に遊びに来ていてそのまま流れで泊まるということが殆んどだったから。
でも今日はどうしても…そう言いたかった。
うさが帰ってくる場所は俺の所であって欲しいという願いを込めて。
耳まで赤くした彼女は、黙ってコクリと頷いた。瞳も僅かに潤ませている。
ああ…その顔。
どうか他の奴には見せないで…。
「うん。じゃあ急ぐか。美奈たちが待ってる。」
うさの返答に鼓動が早くなっているのを隠すように彼女の手をグイと引いて、足早に待ち合わせ場所に向かった―――――
※※※
俺達全員がライヴ会場に入ると、すぐに出入口のスタッフに声を掛けられる。
どうやら楽屋に特別に通されるらしい。
うさに一緒に入るように誘われたが、俺は廊下で待つと告げた。
ここへ来て逃げている自分に呆れ、どうしても踏み出せない一歩が恨めしかった。
うさは残念そうにしていたけれど、仲間たちにあっという間に押し流されて扉の向こうに消えてしまった。
扉が閉まった途端に孤独感に襲われる。
彼には正々堂々と会えばいいだけのこと。
それなのにこの恐れはなんなのだろう…。
モヤモヤとした気持ちを抱えながらうさたちが出てくるのを待つ。
数分後、楽屋の扉が開く。ずっと頭の中に存在していた張本人の手によって―――――
俺の姿を見て固まっている星野くんの脇からひょこりとうさが出てきて、間に入る。
「あ!星野。ちゃんと紹介してなかったよね?こちら地場衛さん。私の…」
「恋人だろ?紹介なんてしなくても、前に嫌というほど聞かされたぜ。」
気心知れた会話。
俺のいなかった数ヵ月間…。
2人が共有した時間を思うと嫌でも表情が歪む――――
「で、こっちが星野光くん!」
「ああ。うさが世話になったな。」
心の変化が気取られないように明るく握手を求める。
俺はそんな自分が堪らなく嫌になる。
幼い頃から感情を押し殺すという悲しい習性を身に付けてしまった自分自身を…。
「いいえ。」
さっきから一度も逸らすことのない彼の瞳は明らかに俺の心を探っていて…。途端に自分の気持ちが丸裸にされた気分になる。
君がどんなにうさのことを好きだとしてもこれだけは譲れない。
渡したくないんだ。
誰にも。
「衛さん!」
うさの手を取って去ろうとすると、彼は俺の名を叫ぶ。
「…何?」
本当は一分一秒でも早くこの場から去りたかったから後ろを向いたまま顔だけ少し振り向いて短く返事をする。
「話、あるんですけど。ちょっとだけいいですか?」
「俺は君に話すことは何もないけど。」
「5分でいいですから!」
彼は俺が逃げることを許さなかった。
だけどそれがいい。
俺だって、本当は…どうしても伝えたいことがあったから。
これだけ真っ直ぐな彼は…きっとうさのことも真っ直ぐに想っているのだろう。
だとしたら、俺も自分の気持ちをしっかりと話さなければ。
きっと彼の中でも俺の中でも何も終わらないし、何も始まらない。
俺は、小さく深呼吸して星野くんに促されるまま楽屋へと入っていった。
※※※
「俺はお団子が好きだ。」
俺がドアを閉めるなり彼は真っ先にそう告げてきた。
実際に彼の気持ちを聞いてドクリと胸が鳴る。
だけどそれは分かっていたことだったから冷静に受け止めている自分がいた。
うさを愛している俺達二人にとって…来たるべき時が来たのだ。
俺は全てを受け入れて静かに返事をする。
「余裕…なんだな?俺、アンタのいない間、ずっとあいつと一緒だったんだぜ?自分の恋人に気のある奴がそばにいたこと、気になんねえのかよ!?」
気にならない訳ない。
余裕なんてある訳ない。
だけど
それでも俺はやっぱりうさが好きで。
自分ではどうしようもないくらい愛していて。
そんなかけがえのない存在が側にいてくれる事が奇跡みたいに思えるけれど。
俺はこの幸せを奇跡で終わらせるのではなくて、ずっと…ずっと続けていきたい。いや、続けていく。
そう、心に誓っているから。
「うさは今、俺と一緒にいる。それが全てだ。」
そう
それこそが俺の中の全てなんだ。
「ああ…そうだよな。あの頃も今も。俺の入り込める隙間なんて、全然無かったよ。」
ここにきて初めて、彼は視線を逸らして呟いた。
君の気持ちも痛いほど分かる。
分かるけれど
ごめん。やっぱり彼女だけは譲れない―――――
「衛さん!」
「何?」
「これからもアイツの笑顔、ずっと守ってやって下さいよ?」
真っ直ぐに寂しげな瞳を向けたかと思えば、人懐っこい笑顔を浮かべてくる。
その顔を見て思った。
うさのことが無かったら…コイツとはいい友人になれたかもしれない、と。
そんな思いからか俺はついクールに徹していた仮面を脱ぎ去っていた。
「君に言われなくても。」
一番大好きな笑顔を守らない訳がないだろ?
そんな意味を込めながら。
「お前ようやく本性だしたか!?お団子は知ってるのかね~。彼氏がこんなんだってこと。」
「知っても知らなくても、俺はうさを離すつもりなんて無いからな。」
結局俺はこれを言いたかったんだ。
何があろうと渡さない。
ただそれだけを――――
やはり最後には嫉妬心を晒してしまった自分に小さく笑う。
口をぽかんと開けて見ている彼に短く別れを告げると、ドアを開けてうさの待つ場所へと駆け出した。
その足取りはさっきまでとは比べ物にならないくらい軽くて。
それは俺の心をそのまま表しているかのようだった――――――
※※※
俺の部屋。ベッドに腰掛けて、その腕の中には愛しい彼女。
帰ってきてからずっと何も話さずにその状態。
「うさ、ライヴのあと、2人で何話してたんだ?」
ようやく掠れた声で語り掛ける。
「まもちゃんこそ!星野と2人で何話してたの?」
俺が話し出したことに安堵したのか明るい声で聞いてくる。
「先に質問に答えてくれ。」
「うーん…。まもちゃん、何か意地悪なこと言ったの?」
「は?」
「う…だってね!?星野ったら酷いんだよ!?あんな性格曲がった奴と付き合うのなんかやめちまえって言うんだもん!!」
俺の顔を見て、怒りながら言う彼女の言葉になぜか笑いが込み上げてくる。
「笑うってことは、やっぱり何か言ったの!?」
今度は泣きそうになっている。
「うさ、ごめん。」
「うう~…。ごめんはいいから、何言ったか教えて??」
上目遣いで涙目。
俺はこの顔に弱い。
もう平静を取り繕うのはやめにしよう。
そのまま彼女の唇に自分のを重ねて、ベッドに押し倒す。
「まもちゃ…」
「好きだ。」
俺の言葉に顔を赤くして目を見開く。
「うさが好きで…好きでどうしようもないんだってことを伝えただけだよ。」
「そ…なの?そしたら星野は何で…」
うさの口をそっと手で覆う。
「今夜はその名前を呼ぶな。」
もしかしたら彼女の言う、意地悪な表情を浮かべているかもしれなかった。
だけど今夜は、こんな俺もいるんだということを隠したく無かった。
「うさ、俺のこと…呼んで?」
ゆっくりと手を離す。
「ま…もちゃん…」
首筋にキスを落とす。
「もっと…」
「…っ!まもちゃん…っ」
力が抜けているうさから衣服をするすると解いていく。
「もっと」
手は柔らかい膨らみへ。
「あ…っやあ!」
「や、じゃない。」
「もう…まもちゃんやっぱり意地悪…。」
吐息を甘いものに変えながら軽く睨んでくる。
「意地悪じゃないよ。愛してるだけ。」
今度は深いキスを落とす。
トロトロに蕩けた瞳、上気した頬。全てが愛しい。
「可愛いよ」
「ずるい…」
真っ赤になりながらそう言う彼女は本当に可愛くて。
全ての理性が崩れ去った俺は、深く深く彼女を愛していった。互いの名を何度も呼び合いながら。
一際高い声でうさが名前を呼んだ時、返事の代わりに激しく抱き寄せて…俺も意識を手放した――――――
おわり
その日は、うさは仲間たちと放課後に約束があると聞いていたから、俺は大学が終わると家に真っ直ぐ帰って研究発表のレポート制作をしていた。
研究グループのリーダーの俺を含めたメンバー全員が今までしてきたことの成果を伝えるため、これの発表をする今度の土曜の特別授業は正念場となりそうだった。
レジュメが中盤に差し掛かった頃、家の呼び鈴が鳴る。郵便か何かだと思いインターホンに出ると、今日は会えないと思っていた彼女の元気な声が聞こえて驚く。
だけど同時に嬉しくて顔が緩む。誰であれ、どんな時でも好きな相手に会えるのは嬉しいはずで。俺も例外無く笑顔で彼女を迎え入れた。
次の瞬間、うさは腕の中に飛び込んできて、たちまち彼女の甘い香りが玄関と俺の心に広がる。
それを逃さないようにうさを優しく抱き締めて、そのまま唇を奪った。
コーヒーを淹れて彼女に差し出すと、分かりやすくソワソワして俺の顔をじっと見つめてくる。
「ねね!まもちゃん!ライブのチケットがあるんだけど。」
期待を込めた表情。上目遣いのこの顔に俺は弱い。それでも平静を装って聞き返す。
「ライブ?いつ?」
「今週の土曜日!」
笑顔でそう言う彼女だったが、その日付を聞いた途端、俺の表情が曇ったのを感じたのか眉を少しひそめた。
「あーその日は駄目だな。」
「え!なんで!?」
「その日は大学の特別授業なんだ。ごめんな。」
うさとデートしたいという気持ちは山々だったけれど、やはり研究リーダーである俺が抜けることは出来ないと思ったし、正直女性たちの黄色い悲鳴に囲まれて音楽を聴くのは苦手なところもあった。こんなに楽しみにしている彼女を前にして、申し訳ない気持ちが広がったが、ここは心を鬼にして断るしかない。
「そっかあ…仕方ないよね…」
一瞬泣きそうな顔をしたから、その頬に触れようと思ったが、彼女はその気配に全く気付かずに何やら思案を始めると、すぐに明るい表情に戻る。
そんなクルクル変わる表情が可愛くて、彼女の頭を二、三度叩いた。
「何のライブだったんだ?」
すると、今日一番のキラキラとした表情を浮かべてにっこりと微笑んでくる。
その笑顔に見惚れたのも束の間。次の彼女の言葉で一気に自分の表情が強張るのを感じた。
「スリーライツだよ!星野たち、今地球に来てるんだって!」
今まで、うさの口から彼の名前が出てくることは全く無い訳ではなかった。
その名前を聞く度に僅かばかり、面白くない気持ちを抱いていた。
だけど、自分の意思ではないにしてもあの時うさを独りにしてしまったのは事実で、そんなうさを彼が支えてくれていたことも…事実だった。
だから俺のつまらない嫉妬心を晒すことなどできない。そう思ったから今までうさに対して彼のことを聞いたり言ったりすることは無かった。
それに、彼らはもうキンモク星に帰ってしまっていたから会うこともないだろうと思っていた。
彼のうさに対する想いを薄々気づいてはいたけれど、そのことが俺を安心させていたことは否定できない。
だけど、彼がこの星に来ているのなら…話は随分と変わってくる。
「まもちゃん?」
「…行く。」
「え?」
「チケットくれ。」
そうやって手を差し出す。
「大丈夫なの?だって特別授業は!?」
特別授業。そうだ。いつもだったら責任を放棄することなど有り得ない。
けれど、俺は今こうしてうさと一緒にいられる状況なのに、星野くんとうさが俺のいないところで会うなんて…させたくない。
嫌だ。絶対に。
俺を大好きだと言ってくれる彼女の言葉を信じてはいるけれど、こんなに独占欲が強くてつまらない男である自分から誰かに心が移ってしまうのではないかという不安がいつもあって。
もしもその相手が、俺のいない数ヵ月を共にした彼だとしたら…耐えられない。
何をするか分からない。
「大丈夫だ。」
「ありがとうまもちゃん!まもちゃんもスリーライツ好きだったんだね!」
うさは俺の思考など露知らず、本当に嬉しそうにそんなことを言ってくる。
「…まあな。」
そう答えるしかない俺は、笑顔を作ってもう一度彼女の頭をポンポン叩いた。
うさには見せたくない。嫉妬にまみれた表情なんて―――――――
※※※
デートの時は滅多にうさの家まで迎えに行くことなんて無かったけれど、今日だけはどうしてもそうしたかった。
知らないところでライヴに行くのを―――星野くんに会うのを楽しみにしている姿を想像したくなかったから。
自分でも子供じみてると思った。だけど俺以外に会うのを嬉しそうにしているうさに対して、黙って変わらぬ笑顔を向けられる自信が無かったのだ。
母親に呼ばれて嬉しそうに真っ直ぐ俺に向かって階段から駆け降りてくるうさを見て、目を細める。
「まもちゃん!迎えに来てくれてありがと~!」
玄関でいつものように抱き付いてくる彼女に対して、愛しい気持ちと、どこにも行かないで欲しいという気持ちが心をすり抜ける。
「あらあら、衛くん、うさぎったらいつまでも甘えん坊さんでごめんなさいね。」
俺達のそんな光景を見てもマイペースに苦笑する彼女の母親に微笑み返す。
「いえ…甘えているのは俺の方ですから。」
その言葉に嘘偽りは無かったけれど、うさと母親は目を丸くして俺のことを見つめていた。
玄関を出て、ふとうさの部屋の出窓を見れば、彼女のパートナーでもあるルナと目が合う。
そして眉を下げてゆっくりと頭を下げてきた。
『鈍感なご主人様でごめんね衛さん』
そんな気持ちが伝わってきて…。俺は苦笑混じりにうさに気付かれないように首を軽く横に振る。
窓越しのルナは深い溜め息を付いて手を振って俺達を見送った――――――――
「今日は…」
駅までの道のり。手を繋いだ隣の彼女に言い掛けて口ごもる。
「なあに?まもちゃん。」
うさはぎゅっと手を握り、笑顔で問い掛けてくる。
「今日はライヴが終わったら…そのまま家に泊まりにおいで。」
こんな風に誘ったことは無かった。いつも彼女の方から家に遊びに来ていてそのまま流れで泊まるということが殆んどだったから。
でも今日はどうしても…そう言いたかった。
うさが帰ってくる場所は俺の所であって欲しいという願いを込めて。
耳まで赤くした彼女は、黙ってコクリと頷いた。瞳も僅かに潤ませている。
ああ…その顔。
どうか他の奴には見せないで…。
「うん。じゃあ急ぐか。美奈たちが待ってる。」
うさの返答に鼓動が早くなっているのを隠すように彼女の手をグイと引いて、足早に待ち合わせ場所に向かった―――――
※※※
俺達全員がライヴ会場に入ると、すぐに出入口のスタッフに声を掛けられる。
どうやら楽屋に特別に通されるらしい。
うさに一緒に入るように誘われたが、俺は廊下で待つと告げた。
ここへ来て逃げている自分に呆れ、どうしても踏み出せない一歩が恨めしかった。
うさは残念そうにしていたけれど、仲間たちにあっという間に押し流されて扉の向こうに消えてしまった。
扉が閉まった途端に孤独感に襲われる。
彼には正々堂々と会えばいいだけのこと。
それなのにこの恐れはなんなのだろう…。
モヤモヤとした気持ちを抱えながらうさたちが出てくるのを待つ。
数分後、楽屋の扉が開く。ずっと頭の中に存在していた張本人の手によって―――――
俺の姿を見て固まっている星野くんの脇からひょこりとうさが出てきて、間に入る。
「あ!星野。ちゃんと紹介してなかったよね?こちら地場衛さん。私の…」
「恋人だろ?紹介なんてしなくても、前に嫌というほど聞かされたぜ。」
気心知れた会話。
俺のいなかった数ヵ月間…。
2人が共有した時間を思うと嫌でも表情が歪む――――
「で、こっちが星野光くん!」
「ああ。うさが世話になったな。」
心の変化が気取られないように明るく握手を求める。
俺はそんな自分が堪らなく嫌になる。
幼い頃から感情を押し殺すという悲しい習性を身に付けてしまった自分自身を…。
「いいえ。」
さっきから一度も逸らすことのない彼の瞳は明らかに俺の心を探っていて…。途端に自分の気持ちが丸裸にされた気分になる。
君がどんなにうさのことを好きだとしてもこれだけは譲れない。
渡したくないんだ。
誰にも。
「衛さん!」
うさの手を取って去ろうとすると、彼は俺の名を叫ぶ。
「…何?」
本当は一分一秒でも早くこの場から去りたかったから後ろを向いたまま顔だけ少し振り向いて短く返事をする。
「話、あるんですけど。ちょっとだけいいですか?」
「俺は君に話すことは何もないけど。」
「5分でいいですから!」
彼は俺が逃げることを許さなかった。
だけどそれがいい。
俺だって、本当は…どうしても伝えたいことがあったから。
これだけ真っ直ぐな彼は…きっとうさのことも真っ直ぐに想っているのだろう。
だとしたら、俺も自分の気持ちをしっかりと話さなければ。
きっと彼の中でも俺の中でも何も終わらないし、何も始まらない。
俺は、小さく深呼吸して星野くんに促されるまま楽屋へと入っていった。
※※※
「俺はお団子が好きだ。」
俺がドアを閉めるなり彼は真っ先にそう告げてきた。
実際に彼の気持ちを聞いてドクリと胸が鳴る。
だけどそれは分かっていたことだったから冷静に受け止めている自分がいた。
うさを愛している俺達二人にとって…来たるべき時が来たのだ。
俺は全てを受け入れて静かに返事をする。
「余裕…なんだな?俺、アンタのいない間、ずっとあいつと一緒だったんだぜ?自分の恋人に気のある奴がそばにいたこと、気になんねえのかよ!?」
気にならない訳ない。
余裕なんてある訳ない。
だけど
それでも俺はやっぱりうさが好きで。
自分ではどうしようもないくらい愛していて。
そんなかけがえのない存在が側にいてくれる事が奇跡みたいに思えるけれど。
俺はこの幸せを奇跡で終わらせるのではなくて、ずっと…ずっと続けていきたい。いや、続けていく。
そう、心に誓っているから。
「うさは今、俺と一緒にいる。それが全てだ。」
そう
それこそが俺の中の全てなんだ。
「ああ…そうだよな。あの頃も今も。俺の入り込める隙間なんて、全然無かったよ。」
ここにきて初めて、彼は視線を逸らして呟いた。
君の気持ちも痛いほど分かる。
分かるけれど
ごめん。やっぱり彼女だけは譲れない―――――
「衛さん!」
「何?」
「これからもアイツの笑顔、ずっと守ってやって下さいよ?」
真っ直ぐに寂しげな瞳を向けたかと思えば、人懐っこい笑顔を浮かべてくる。
その顔を見て思った。
うさのことが無かったら…コイツとはいい友人になれたかもしれない、と。
そんな思いからか俺はついクールに徹していた仮面を脱ぎ去っていた。
「君に言われなくても。」
一番大好きな笑顔を守らない訳がないだろ?
そんな意味を込めながら。
「お前ようやく本性だしたか!?お団子は知ってるのかね~。彼氏がこんなんだってこと。」
「知っても知らなくても、俺はうさを離すつもりなんて無いからな。」
結局俺はこれを言いたかったんだ。
何があろうと渡さない。
ただそれだけを――――
やはり最後には嫉妬心を晒してしまった自分に小さく笑う。
口をぽかんと開けて見ている彼に短く別れを告げると、ドアを開けてうさの待つ場所へと駆け出した。
その足取りはさっきまでとは比べ物にならないくらい軽くて。
それは俺の心をそのまま表しているかのようだった――――――
※※※
俺の部屋。ベッドに腰掛けて、その腕の中には愛しい彼女。
帰ってきてからずっと何も話さずにその状態。
「うさ、ライヴのあと、2人で何話してたんだ?」
ようやく掠れた声で語り掛ける。
「まもちゃんこそ!星野と2人で何話してたの?」
俺が話し出したことに安堵したのか明るい声で聞いてくる。
「先に質問に答えてくれ。」
「うーん…。まもちゃん、何か意地悪なこと言ったの?」
「は?」
「う…だってね!?星野ったら酷いんだよ!?あんな性格曲がった奴と付き合うのなんかやめちまえって言うんだもん!!」
俺の顔を見て、怒りながら言う彼女の言葉になぜか笑いが込み上げてくる。
「笑うってことは、やっぱり何か言ったの!?」
今度は泣きそうになっている。
「うさ、ごめん。」
「うう~…。ごめんはいいから、何言ったか教えて??」
上目遣いで涙目。
俺はこの顔に弱い。
もう平静を取り繕うのはやめにしよう。
そのまま彼女の唇に自分のを重ねて、ベッドに押し倒す。
「まもちゃ…」
「好きだ。」
俺の言葉に顔を赤くして目を見開く。
「うさが好きで…好きでどうしようもないんだってことを伝えただけだよ。」
「そ…なの?そしたら星野は何で…」
うさの口をそっと手で覆う。
「今夜はその名前を呼ぶな。」
もしかしたら彼女の言う、意地悪な表情を浮かべているかもしれなかった。
だけど今夜は、こんな俺もいるんだということを隠したく無かった。
「うさ、俺のこと…呼んで?」
ゆっくりと手を離す。
「ま…もちゃん…」
首筋にキスを落とす。
「もっと…」
「…っ!まもちゃん…っ」
力が抜けているうさから衣服をするすると解いていく。
「もっと」
手は柔らかい膨らみへ。
「あ…っやあ!」
「や、じゃない。」
「もう…まもちゃんやっぱり意地悪…。」
吐息を甘いものに変えながら軽く睨んでくる。
「意地悪じゃないよ。愛してるだけ。」
今度は深いキスを落とす。
トロトロに蕩けた瞳、上気した頬。全てが愛しい。
「可愛いよ」
「ずるい…」
真っ赤になりながらそう言う彼女は本当に可愛くて。
全ての理性が崩れ去った俺は、深く深く彼女を愛していった。互いの名を何度も呼び合いながら。
一際高い声でうさが名前を呼んだ時、返事の代わりに激しく抱き寄せて…俺も意識を手放した――――――
おわり