boys & girls(年齢逆転パロ)
4.
私よりも背がずっと高くなった。
声もずっと低くなった。
肩幅も背中も広くなって
いつの間にか。
男の子だった彼が『男の人』になっていた。
二月ももう少しで終わり。短大もあと数週間で卒業。忙しかった就活も終わって奇跡的に内定ももらった。春から私は新米保育士になる予定だ。三月半ばからは研修も始まる。
ドジで自分の始末もうまく出来ない私が子供達を保育する仕事なんてできるのかと弟や友人たちには散々言われたけれど。
「うさぎさんにぴったりだと思うよ。俺は子供達が羨ましいけどね。」
彼はそう言ってくれたから。
この仕事をやっていける自信と勇気をもらったの。
だから保育士になるためのお勉強も頑張れたし、就活も乗り越えることができた。
彼、衛くんと付き合い始めてから三年。三つ年下の彼は当時まだ中学生だったけれど、もうこの春からは高校生活も最終学年になる。
私と違って頭のいい彼はKO大学の医学部を目指していて成績もずっと上位をキープ。衛くんは本当にすごい。
だから時々思う。三つも年上なのにいつまでもおバカでドジな私が彼女で本当にいいのかなって。
でも、いつだって真っ直ぐにその蒼い瞳で穏やかな…だけど確かな熱を持って見つめてくれる彼が。甘えるみたいに、痛いくらいにぎゅっと抱き締めてくれるから。
想いはいつも繋がってる。
その事実にほっとして、広くなった彼の胸に身を委ねていたの。
そんな心地良い体温を感じることができなくなって数ヶ月。
もうずっと忙しくてなかなか会えなかった。だから今日はすごく久し振りに彼の家に行けることが、約束を決めたときから嬉しくて待ちきれなくて。
そして少しだけ、ドキドキ。緊張していたんだ。
付き合って三年になるけれど、私たちはキスするだけで…それ以上に進んだことは一度もなかった。
ううん、一度だけそういう雰囲気になったことがあったんだけど…私の気持ちも追いついてなかったし、まだまだ男の子だった衛くんとそういうことをするのはなんだか…だめだよって感じがしちゃってできなかったし。会うだけで、キスやハグだけで私は充分に満たされていたから。
でも、衛くんが高校生になったころから、段々と別の理由がその先に進めない原因になっていった。
私に触れる手の大きさとか、抱き締められるときの腕の長さとか。私を呼ぶ声とか。
彼を取り巻く雰囲気全てが…どんどん男の人になっていくのを感じる度に、意識しすぎてしまう自分。そんな思いが頭の中を占めていたからだ。
「久し振り!衛くん!!」
玄関が開かれて、緊張から抜け出すようにおっきな声で私が言うと、部屋の主の彼はみるみる笑顔になった。
どうしよう。そんな表情を見ただけで胸がどきどき苦しいよ……
「うん。久し振り。」
どうぞと中へ促されて玄関に入ると、肩に彼の手が触れる。思わずどきっとしてしまった私はそのままさっと横切ってブーツを脱いだ。
「お邪魔しまーす!わあっ相変わらず片付いてるねえ!あ、本読んでたの??」
部屋に進む私は彼の顔をろくに見れずにそんなことを言って高鳴る心臓をごまかす。
テーブルに置いてあった本を手に取ると、後ろからああと静かな声で返事をされる。そんな落ち着いた彼の声にすらドキドキして。私は一層声を張り上げた。
「あ、この作者、私でも知ってるよっ!衛くんて恋愛小説も読むの!?」
「前にうさぎさんがその人の原作のドラマの話してたから。」
「そ、そっかー!じゃああの主人公はやっぱりイメージ通り?私は小説読んでないからさ!」
「俺はドラマを観てないからな。」
「あ!じゃあ今からそのDVD借りに行く?!」
まだ顔が見れない私は唐突にそんな提案をしてしまって。さすがに変だと思われたのだろう。衛くんにもう一度肩を今度は少し強く掴まれてはっとした。
「うさぎさん。どうしてこっち見ないの?」
言われて慌てて振り向いて笑顔を作る。
「そんなことないよ!」
「…」
黙った彼はそのままキッチンに入ってしまった。
どうしよう…怒らせちゃったのかな…
「コーヒー飲むよな?」
「あ…うん、いただきます。」
それきり、気まずい雰囲気を漂わせたまま電気ケトルに水を入れる音、コーヒー豆を挽く音、お湯が沸く音。それ以外は無音が続いて。
私は自己嫌悪に陥った。
彼がコーヒーを運んでくれてきた時にはすっかり気持ちがしぼんでて。ありがとうも言えずに自分の膝小僧を見つめていた。
そんな中彼の手が私の手に触れる。驚きで反射的に振り払ってしまった私は動転して彼を見た。
「うさぎさん…」
驚きの中に滲ませた、悲しそうな、酷く傷ついた表情。
「あ…ごめ…」
うまく言葉が出せない。色んな気持ちが溢れてどうしていいのか分からない。
「もう、帰りたい?」
「え、なんで
「俺と一緒にいたくないみたいだから。」
そう言うと彼は立ち上がって背を向けた。
「まもるく…
「俺の顔、見たくないくらい…他に、好きな奴でもできたとか…?」
違う!!違うよっ!!ただ、私は…!!
言葉が出ない。けれどその代わりに立ち上がってしがみ付くようにその背中を必死に掴んで顔を埋めた。
「うさぎ、さん…?」
「…あいたかったの……っ」
涙が溢れる。
「会いたかったのに…まもるくんにすごく、すごく会いたかったのに…!久しぶりに会えたらどきどきして…っちゃんと話せなくて…っ!」
それ以上は言えなくて。ふええっともうハタチも過ぎたのに子どもみたいに声を出して泣いてしまった。
私に向き直った彼が頬を伝う涙を優しく拭ってくれる。
「良かった……俺も、うさぎさんにすごく…会いたかったよ。」
ほっとしたように溜め息を付いた衛くんはそう言って、いつもみたいに私のことを強く強く抱き締めてくれた。
帰ってきた。大好きな彼の腕の中に。
安心した私の頬にはまた涙が伝っていた。
「就職内定、おめでとう。」
「えへへっありがとう!」
衛くんと二人で作ったお料理の上で乾杯する私達。
普段はあんまり飲まないけれど、今日は特別だからと押し切って、心配する彼を説得して私はスーパーで買ってきたカクテル系のお酒を飲んでいた。
お料理を食べて、衛くんが用意してくれたケーキを食べたら今日はお開きの予定。
でも、私はどうしても…衛くんにお願いしたいことがあった。それはお酒の力を少し借りなければ到底言い出せないだろう『お願い』。
私はなんだか慌てている衛くんを視界の隅に捕えながらもコップに注いだ分だけ一気に飲み干した。
「おいしい♪おかわりっ!」
「ちょっと、うさぎさん大丈夫?」
「だいじょうぶだいじょうぶ!もう二十歳も過ぎた立派な大人なんだから♪」
そうして美味しいお料理とお酒を目一杯楽しんでいった。
頭の中がとろんとしてきて、無性に温もりが恋しくて。衛くんの横に座り直すと腕に頬を摺り寄せた。
「んー…まもーるくーん…」
「ちょ、うさぎさん、ダメだって!」
「だめなんてひどいっいじわるしないでよー…」
「やっぱり飲みすぎ!ほら一回離れて。横になったら?」
そう言いながら引き剥がそうとする衛くんに構わずにしがみ付き、座る彼の膝に跨って抱きついた。
「うさぎさ…
「まも…くん、すき……」
「うさぎさん…酔ってるよ。あんまり俺を煽んないで。」
ふうっと大きな溜め息を付いてからそう言う衛くんは全然私のことを抱き締め返してくれない。寂しくなった私は、もっと彼との距離を縮めたくて埋めていた首筋に唇を当ててみる。
「…っ」
初めて聞いた衛くんの何かを耐えるような小さなうめき声。もっと聞きたくて今度はちゅうっと吸い付いてみる。
「ん…っだ、めだってうさぎさん…!」
がばっと両肩を掴まれて今度こそ引き剥がされた。
だけど私を見つめるその顔は赤くて、嫌がっているようには見えなかった。
だから。
「…!!」
衛くんの両頬に手を添えた私は一呼吸も置かずにキス。
衛くんが好きで、好きがあふれて、リップ音を響かせながら角度を変えて何度も何度もキスを繰り返す。こんな風に私からしたことなんて、一度もない。
だけど今はなんでか止まらない。
「…うさぎさん…」
唇が触れ合いながら衛くんが熱い吐息混じりに私を呼んで、抱き締めてくれていなかった腕が引き寄せるように強く背中と腰に回されて。薄く開いていた私の唇にすぐさま彼の舌が入ってくる。
深いキス。頭の中が蕩けそう。もっと欲しくて彼の舌に応えると、その濃度は激しさを増した。
嬉しい。衛くんが、私のことを求めてくれてる――――
頭の中が痺れて意識を全部持っていかれそうになるほど、衛くんとのキスは…気持ち良かった。
長いキスのあと、整わない息で呼吸して、彼の熱を含んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。衛くんは私の前髪、額、耳、頬、顎を指先で触れて唇を引き結んで黙っていた。
「わたし…きょうは…かえらない。」
ずっと決めてたこと。私のお願い。私の我儘。
今夜はずっと…大好きな衛くんと一緒にいたい。
彼は目を見開く。その表情は今まで見たことのないくらい…『男の人』の顔。
「お願い…まもるくん。きょうは……かえさないで…?」
彼の返事は、その直後に降ってきた更に深いキスだった。
※※※
~衛side~
うさぎさんが就活で忙しくなり会えなくなって二ヶ月近くが経った。
こんなに会えないのは付き合ってから初めてで、前の年は一緒に過ごせたクリスマスも年越しもお正月もバレンタインも今回はどれも会うことができず、二月も終わりに差し掛かっていた。
それでもクリスマスプレゼントは送り合って、俺も就活を励ますメッセージを添えてみたりした。電話も何度もし合っていた。
けれど直接会わないでいることがこれほどきついことだとは思わなかった。
勉強をしている間、本を読んでいる間は考えずに過ごすことが何とかできたけれど。それ以外は全くダメだった。
朝起きた瞬間や、眠るまでの時間が特に辛い。早くうさぎさんに会いたくて、直接声が聞きたくて…触れたくて。
堪らなく抱き締めたくなった。
俺自身が思春期真っ盛りから付き合い始めた為、無防備で可愛い年上の彼女の前で理性を保つのは本当に苦労した。正直、決壊しそうになったことも何度もある。キス以上進まなかったのは無防備でいながらも天使のような微笑みでやんわりと距離を置かれているような感じがしたから。うさぎさんは無意識かもしれない。でも、その先はまだダメだという雰囲気が何となく流れていたからだ。
嫌われたくない。うさぎさんとはこのままずっと付き合っていきたい。そう思う俺は、彼女を傷付けるような真似は絶対にしたくなかった。
だからとにかく理性をめちゃくちゃコントロールして。性欲を抑え込むという術を多分他の男子中高生よりもずっと、この数年で習得したような気がする。まあ…自慢にもならないけれど。
高校に上がってからは以前よりもそういう欲求が全身全霊を使って抑えなければいけないものでもなくなっていき、漸く俺は彼女にとって色々な意味で安心できるような恋人になれたと安堵していた。三つの年の差は埋まらないけれど、大切な彼女を包み込んで守れるような男になりたかった。きっと、そんな恋人にこれからはなれると…思っていた。
それなのに何故か以前よりも彼女との距離が遠くなってしまったように感じることが多くなってしまって。そんな中で就活が本格化してしまったから、正直この会えない期間はかなり不安だったんだ。
だけど今日は久し振りにうさぎさんが家に来る。会えばきっと、この不安も消えるだろう。
うさぎさんが大好きだという苺のショートケーキも買ってきたし、掃除も昨日からしていて完璧だ。夕飯の買い物は一緒にしたいと言っていたからいくつかメニューの候補も考えておいた。コーヒーシュガーも切れていたから買った。
それでも約束の時間にはまだならない。じっとしていても落ち着かないから、書棚から既に読んでしまった一冊の本を抜き出す。
うさぎさんが面白いと言っていたドラマの原作のそれは、年下の彼氏をもつキャリアウーマンの女性が主人公の話だった。
普段は恋愛小説なんて読まない俺も、この会えない期間少しでも彼女のことを感じていたくて思わず買ってしまった。そんな自分の行動を思い出しその女々しさに苦笑する。
このままじゃまたどんどん格好悪い男になりそうだ。
だからうさぎさん、早く来て。
本を閉じて溜め息を付いた。
私よりも背がずっと高くなった。
声もずっと低くなった。
肩幅も背中も広くなって
いつの間にか。
男の子だった彼が『男の人』になっていた。
二月ももう少しで終わり。短大もあと数週間で卒業。忙しかった就活も終わって奇跡的に内定ももらった。春から私は新米保育士になる予定だ。三月半ばからは研修も始まる。
ドジで自分の始末もうまく出来ない私が子供達を保育する仕事なんてできるのかと弟や友人たちには散々言われたけれど。
「うさぎさんにぴったりだと思うよ。俺は子供達が羨ましいけどね。」
彼はそう言ってくれたから。
この仕事をやっていける自信と勇気をもらったの。
だから保育士になるためのお勉強も頑張れたし、就活も乗り越えることができた。
彼、衛くんと付き合い始めてから三年。三つ年下の彼は当時まだ中学生だったけれど、もうこの春からは高校生活も最終学年になる。
私と違って頭のいい彼はKO大学の医学部を目指していて成績もずっと上位をキープ。衛くんは本当にすごい。
だから時々思う。三つも年上なのにいつまでもおバカでドジな私が彼女で本当にいいのかなって。
でも、いつだって真っ直ぐにその蒼い瞳で穏やかな…だけど確かな熱を持って見つめてくれる彼が。甘えるみたいに、痛いくらいにぎゅっと抱き締めてくれるから。
想いはいつも繋がってる。
その事実にほっとして、広くなった彼の胸に身を委ねていたの。
そんな心地良い体温を感じることができなくなって数ヶ月。
もうずっと忙しくてなかなか会えなかった。だから今日はすごく久し振りに彼の家に行けることが、約束を決めたときから嬉しくて待ちきれなくて。
そして少しだけ、ドキドキ。緊張していたんだ。
付き合って三年になるけれど、私たちはキスするだけで…それ以上に進んだことは一度もなかった。
ううん、一度だけそういう雰囲気になったことがあったんだけど…私の気持ちも追いついてなかったし、まだまだ男の子だった衛くんとそういうことをするのはなんだか…だめだよって感じがしちゃってできなかったし。会うだけで、キスやハグだけで私は充分に満たされていたから。
でも、衛くんが高校生になったころから、段々と別の理由がその先に進めない原因になっていった。
私に触れる手の大きさとか、抱き締められるときの腕の長さとか。私を呼ぶ声とか。
彼を取り巻く雰囲気全てが…どんどん男の人になっていくのを感じる度に、意識しすぎてしまう自分。そんな思いが頭の中を占めていたからだ。
「久し振り!衛くん!!」
玄関が開かれて、緊張から抜け出すようにおっきな声で私が言うと、部屋の主の彼はみるみる笑顔になった。
どうしよう。そんな表情を見ただけで胸がどきどき苦しいよ……
「うん。久し振り。」
どうぞと中へ促されて玄関に入ると、肩に彼の手が触れる。思わずどきっとしてしまった私はそのままさっと横切ってブーツを脱いだ。
「お邪魔しまーす!わあっ相変わらず片付いてるねえ!あ、本読んでたの??」
部屋に進む私は彼の顔をろくに見れずにそんなことを言って高鳴る心臓をごまかす。
テーブルに置いてあった本を手に取ると、後ろからああと静かな声で返事をされる。そんな落ち着いた彼の声にすらドキドキして。私は一層声を張り上げた。
「あ、この作者、私でも知ってるよっ!衛くんて恋愛小説も読むの!?」
「前にうさぎさんがその人の原作のドラマの話してたから。」
「そ、そっかー!じゃああの主人公はやっぱりイメージ通り?私は小説読んでないからさ!」
「俺はドラマを観てないからな。」
「あ!じゃあ今からそのDVD借りに行く?!」
まだ顔が見れない私は唐突にそんな提案をしてしまって。さすがに変だと思われたのだろう。衛くんにもう一度肩を今度は少し強く掴まれてはっとした。
「うさぎさん。どうしてこっち見ないの?」
言われて慌てて振り向いて笑顔を作る。
「そんなことないよ!」
「…」
黙った彼はそのままキッチンに入ってしまった。
どうしよう…怒らせちゃったのかな…
「コーヒー飲むよな?」
「あ…うん、いただきます。」
それきり、気まずい雰囲気を漂わせたまま電気ケトルに水を入れる音、コーヒー豆を挽く音、お湯が沸く音。それ以外は無音が続いて。
私は自己嫌悪に陥った。
彼がコーヒーを運んでくれてきた時にはすっかり気持ちがしぼんでて。ありがとうも言えずに自分の膝小僧を見つめていた。
そんな中彼の手が私の手に触れる。驚きで反射的に振り払ってしまった私は動転して彼を見た。
「うさぎさん…」
驚きの中に滲ませた、悲しそうな、酷く傷ついた表情。
「あ…ごめ…」
うまく言葉が出せない。色んな気持ちが溢れてどうしていいのか分からない。
「もう、帰りたい?」
「え、なんで
「俺と一緒にいたくないみたいだから。」
そう言うと彼は立ち上がって背を向けた。
「まもるく…
「俺の顔、見たくないくらい…他に、好きな奴でもできたとか…?」
違う!!違うよっ!!ただ、私は…!!
言葉が出ない。けれどその代わりに立ち上がってしがみ付くようにその背中を必死に掴んで顔を埋めた。
「うさぎ、さん…?」
「…あいたかったの……っ」
涙が溢れる。
「会いたかったのに…まもるくんにすごく、すごく会いたかったのに…!久しぶりに会えたらどきどきして…っちゃんと話せなくて…っ!」
それ以上は言えなくて。ふええっともうハタチも過ぎたのに子どもみたいに声を出して泣いてしまった。
私に向き直った彼が頬を伝う涙を優しく拭ってくれる。
「良かった……俺も、うさぎさんにすごく…会いたかったよ。」
ほっとしたように溜め息を付いた衛くんはそう言って、いつもみたいに私のことを強く強く抱き締めてくれた。
帰ってきた。大好きな彼の腕の中に。
安心した私の頬にはまた涙が伝っていた。
「就職内定、おめでとう。」
「えへへっありがとう!」
衛くんと二人で作ったお料理の上で乾杯する私達。
普段はあんまり飲まないけれど、今日は特別だからと押し切って、心配する彼を説得して私はスーパーで買ってきたカクテル系のお酒を飲んでいた。
お料理を食べて、衛くんが用意してくれたケーキを食べたら今日はお開きの予定。
でも、私はどうしても…衛くんにお願いしたいことがあった。それはお酒の力を少し借りなければ到底言い出せないだろう『お願い』。
私はなんだか慌てている衛くんを視界の隅に捕えながらもコップに注いだ分だけ一気に飲み干した。
「おいしい♪おかわりっ!」
「ちょっと、うさぎさん大丈夫?」
「だいじょうぶだいじょうぶ!もう二十歳も過ぎた立派な大人なんだから♪」
そうして美味しいお料理とお酒を目一杯楽しんでいった。
頭の中がとろんとしてきて、無性に温もりが恋しくて。衛くんの横に座り直すと腕に頬を摺り寄せた。
「んー…まもーるくーん…」
「ちょ、うさぎさん、ダメだって!」
「だめなんてひどいっいじわるしないでよー…」
「やっぱり飲みすぎ!ほら一回離れて。横になったら?」
そう言いながら引き剥がそうとする衛くんに構わずにしがみ付き、座る彼の膝に跨って抱きついた。
「うさぎさ…
「まも…くん、すき……」
「うさぎさん…酔ってるよ。あんまり俺を煽んないで。」
ふうっと大きな溜め息を付いてからそう言う衛くんは全然私のことを抱き締め返してくれない。寂しくなった私は、もっと彼との距離を縮めたくて埋めていた首筋に唇を当ててみる。
「…っ」
初めて聞いた衛くんの何かを耐えるような小さなうめき声。もっと聞きたくて今度はちゅうっと吸い付いてみる。
「ん…っだ、めだってうさぎさん…!」
がばっと両肩を掴まれて今度こそ引き剥がされた。
だけど私を見つめるその顔は赤くて、嫌がっているようには見えなかった。
だから。
「…!!」
衛くんの両頬に手を添えた私は一呼吸も置かずにキス。
衛くんが好きで、好きがあふれて、リップ音を響かせながら角度を変えて何度も何度もキスを繰り返す。こんな風に私からしたことなんて、一度もない。
だけど今はなんでか止まらない。
「…うさぎさん…」
唇が触れ合いながら衛くんが熱い吐息混じりに私を呼んで、抱き締めてくれていなかった腕が引き寄せるように強く背中と腰に回されて。薄く開いていた私の唇にすぐさま彼の舌が入ってくる。
深いキス。頭の中が蕩けそう。もっと欲しくて彼の舌に応えると、その濃度は激しさを増した。
嬉しい。衛くんが、私のことを求めてくれてる――――
頭の中が痺れて意識を全部持っていかれそうになるほど、衛くんとのキスは…気持ち良かった。
長いキスのあと、整わない息で呼吸して、彼の熱を含んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。衛くんは私の前髪、額、耳、頬、顎を指先で触れて唇を引き結んで黙っていた。
「わたし…きょうは…かえらない。」
ずっと決めてたこと。私のお願い。私の我儘。
今夜はずっと…大好きな衛くんと一緒にいたい。
彼は目を見開く。その表情は今まで見たことのないくらい…『男の人』の顔。
「お願い…まもるくん。きょうは……かえさないで…?」
彼の返事は、その直後に降ってきた更に深いキスだった。
※※※
~衛side~
うさぎさんが就活で忙しくなり会えなくなって二ヶ月近くが経った。
こんなに会えないのは付き合ってから初めてで、前の年は一緒に過ごせたクリスマスも年越しもお正月もバレンタインも今回はどれも会うことができず、二月も終わりに差し掛かっていた。
それでもクリスマスプレゼントは送り合って、俺も就活を励ますメッセージを添えてみたりした。電話も何度もし合っていた。
けれど直接会わないでいることがこれほどきついことだとは思わなかった。
勉強をしている間、本を読んでいる間は考えずに過ごすことが何とかできたけれど。それ以外は全くダメだった。
朝起きた瞬間や、眠るまでの時間が特に辛い。早くうさぎさんに会いたくて、直接声が聞きたくて…触れたくて。
堪らなく抱き締めたくなった。
俺自身が思春期真っ盛りから付き合い始めた為、無防備で可愛い年上の彼女の前で理性を保つのは本当に苦労した。正直、決壊しそうになったことも何度もある。キス以上進まなかったのは無防備でいながらも天使のような微笑みでやんわりと距離を置かれているような感じがしたから。うさぎさんは無意識かもしれない。でも、その先はまだダメだという雰囲気が何となく流れていたからだ。
嫌われたくない。うさぎさんとはこのままずっと付き合っていきたい。そう思う俺は、彼女を傷付けるような真似は絶対にしたくなかった。
だからとにかく理性をめちゃくちゃコントロールして。性欲を抑え込むという術を多分他の男子中高生よりもずっと、この数年で習得したような気がする。まあ…自慢にもならないけれど。
高校に上がってからは以前よりもそういう欲求が全身全霊を使って抑えなければいけないものでもなくなっていき、漸く俺は彼女にとって色々な意味で安心できるような恋人になれたと安堵していた。三つの年の差は埋まらないけれど、大切な彼女を包み込んで守れるような男になりたかった。きっと、そんな恋人にこれからはなれると…思っていた。
それなのに何故か以前よりも彼女との距離が遠くなってしまったように感じることが多くなってしまって。そんな中で就活が本格化してしまったから、正直この会えない期間はかなり不安だったんだ。
だけど今日は久し振りにうさぎさんが家に来る。会えばきっと、この不安も消えるだろう。
うさぎさんが大好きだという苺のショートケーキも買ってきたし、掃除も昨日からしていて完璧だ。夕飯の買い物は一緒にしたいと言っていたからいくつかメニューの候補も考えておいた。コーヒーシュガーも切れていたから買った。
それでも約束の時間にはまだならない。じっとしていても落ち着かないから、書棚から既に読んでしまった一冊の本を抜き出す。
うさぎさんが面白いと言っていたドラマの原作のそれは、年下の彼氏をもつキャリアウーマンの女性が主人公の話だった。
普段は恋愛小説なんて読まない俺も、この会えない期間少しでも彼女のことを感じていたくて思わず買ってしまった。そんな自分の行動を思い出しその女々しさに苦笑する。
このままじゃまたどんどん格好悪い男になりそうだ。
だからうさぎさん、早く来て。
本を閉じて溜め息を付いた。