かわたれ時、宵闇眠る(遠うさ)

 まだ朝になりきれてない、紫色の空がカーテンの隙間から見える。
 私あのまま、寝ちゃったんだ……。
 
 昨日の夜のことを思い出すと、思わずキュッと自分のカラダを抱き締めてしまう。


 冷たい笑みを持った遠藤さんの体は、それとは反対にとても熱かった。肌が重なり合うと、自然と涙が溢れて。どうしてこんなにぴったりなのかは分からない。けれど彼とそうしていると、気持ちがよくて、どうしようもなく切なくなるの。

「泣き虫」
 
 そんな風に意地悪に言う彼の言葉が、耳について離れない。

 そんなあやふやな意識の中、肌身離さずネックレスに付けている銀水晶に彼が触れた。制服も下着も靴下もいつの間にか脱がされて、どこにいっちゃったのか分からない。だからすごく無防備で落ち着かない。銀水晶は誰の目にも触れないようにちゃんと守らなくちゃいけないのに、私は彼がそうするのを許してる。
 それまでの激しさがウソみたいに、遠藤さんは銀水晶をじっと見たまま動かない。

 どうしたの?
 
 声を掛けようとした時。彼は突然銀水晶をぎゅっと掴んで引っ張った。
「痛っ……!」
 留め具と細いチェーンが首に引っ掛かって声を上げる。そしたら、パッと動きを止めた彼が顔を歪ませて私を見た。
 遠藤さんのこんなカオ、初めて。
 銀水晶と私を思いつめた表情で見つめた後、ふっと何かを諦めたような顔をして笑う。
「遠藤さ……っんんっ」
 様子がおかしい彼を呼ぼうとしたら、私の後ろ髪をぐっと掴んで深いキスをしてきた。途端に荒い息と熱に頭の中がぐずぐずに溶けていく。
「やっぱり俺は、こっちがいい」
 唇が離れた合間に掠れた声で言われて、意味がよく分からなかった私は聞き返そうとするけれど、また激しく塞がれて言葉ごと飲み込まれてしまった。
 恋を知る前に夢見ていたような甘くて柔らかいキスとは正反対の、乱暴で噛み付くようなキスなのに。
 彼の気持ちがそのまま伝わってくるみたいで……確かにシアワセを感じていたの。

「可愛い」

 そう言ったのを最後に、彼はケモノのように私の全部を暴いていった。


 そこまで思い出して熱くなった両頬を手で抑える。そして横で眠る彼を見つめた。
 こうして寝ている遠藤さんを見るのは初めて。まるで、まもちゃんが寝てるみたい。ドキドキしながら見つめ続ける。
 このドキドキは、遠藤さんにしてるの? それともまもちゃんにしているの?
 まもちゃんが目を閉じている姿を見たのは、攻撃を受けて倒れてしまった時だ。そんな辛くて悲しい記憶しかなくて。だからこんな風に穏やかな寝息を立てながら眠る彼の姿が見られるのが……嬉しかったの。
 ほらね、私って……ズルイ女。

 遠藤さんは最後までシなかった。どうしてって聞いたら。
「最後までしたら、ここから一歩も出したくなくなるから。うさぎちゃんを閉じ込めて、俺だけを見つめさせて、俺だけを愛させて、俺からの愛だけを注ぎ続けたいって思ってしまうだろうからね」
 銀水晶にそっと口付けて、闇をまとった瞳で薄暗く笑う。からかっているようにも見えるけれど、本気だったと思う。だって、甘い毒みたいな空気が私の肌を包み込んでいくのを……感じたから。

 アナタは悪いヒトなの? 優しいヒトなの?

 私にはそれがどうしても分からないけれど、今はただ静かに眠っている。
 
 黒くてしっとりした前髪をそっと撫でる。そしたらゆっくりと目が開いて、私の手を取って小さく笑う。けれどまたすぐに眠ってしまった。

「おはよう」

 そう言ったのは、遠藤さんだったのか、まもちゃんだったのか。
 
 薄暗くてよく見えなかったから
 
 声も、表情も、触れる手の熱さも同じだったから 
 

 私の心は決められなかった





おわり
2022.9.21

※かわたれ時
 あれはだれだとはっきり見分けられない頃。はっきりものの見分けのつかない、薄暗い時刻。明け方。《goo辞書より》


つづき→レグルスの鼓動
 
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