喧嘩して仲直りする小話

 二人の間に会話はない。普段から衛の家では彼は大抵本を読んでいるため静かな時間は多いのだが、流れる空気はそうではなかった。うさぎはソファーでクッションを抱えて足の先を見つめ、衛はダイニングテーブルで肘をついて冷めてしまった二人分のコーヒーを眺めている。

「……帰ろっかな」
 その言葉に衛の肩がぴくりと上がった。
「………送ってく」
「…いい。送っていらない」
 目線は変わらないままだが、クッションを抱く力が強くなっていく。
「そういう訳にはいかない」
 立ち上がってゆっくり移動し、指先が冷たくなっている彼女の手に触れた。
「やだ」
 そう言いながらも跳ね除けずクッションに顔を埋める。
「うさ」
呆れた声が降ってきてますますその心はズキズキ痛んだ。
「帰るのか帰らないのかどっちなんだ」
 冷静に聞こえる言葉に自分ばかりが熱くなっている気がして涙が決壊する。
「まもちゃんはっ!あたしに帰って欲しいの?!」「帰ってほしくない!!」
「……え?」
「…帰るなよ……」
 触れているだけだった手をぎゅうっと握りながら拗ねるような衛の表情は少し幼くて。けれど眼差しは彼女のチクチクしていた心を射抜くように小さな炎を灯している。
 
 うさぎはがんじがらめの苦しさを胸の中から吐き出すように「うぅ」と唸ると、その腕に抱きついた。

 二人の唇が重なるのと、「あたしだって、帰りたくないもん」と告げられるのは殆ど同時だった。


おわり
2024.7.19
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