My sunshine

 瑛二とレイ


 TA女学院の近くで、俺はポケットにしまっているものをそっと確認した。そしてマーズ、今は火野レイを見つけた瞬間胸を押さえる。
「まさか本当に俺の高校の隣だったなんて」
 いつも通学で利用しているバスで一駅違いだと分かった時には驚いた。
  昨日、衛に会いにマンションに行ったらそこに一緒にいたうさぎからこの事を聞いて、思わず飲んでいた炭酸飲料を音を立てて置いて立ち上がってしまった。
「え、瑛二くん?」
 うさぎに呼ばれたその名前は、かつてジェダイトだった今の俺のもの。
「運命だ!」
「は?」
 紅潮した頬の俺を呆気に取られて見る衛とうさぎに「お邪魔したな!」と満面の笑みを浮かべると、その場を後にした。そして、とあるものを用意するために全速力で十番街に向かったのだった。
 訪れたのはアンティークショップ。数日前ここで彼女にぴったりなバレッタを見つけて、何かのきっかけに渡せればと思っていたんだ。
「この白いユリのデザインのものを……」
 そこまで言い掛けて、ふと、闇夜の中で仄かに灯る明かりのような笑顔をそっと浮かべた彼女の顔を思い出す。
 その視線の先には風に揺れる花々があった。エリュシオンでの決戦後に降り立った高台の公園で、目覚めないうさぎに対してみんなが消沈している中、マーズだけはどこか違った。
「良かった」
「マーズ?」
「ほら、この花壇。みんな綺麗に咲いてる。うさぎはこの公園の花を見るのが大好きだから。あんな事があっても、ここは去年と変わらなくてホッとしたの」
 そう言って俺に向けた笑顔は次第に歪んでいき、ぱっと逸らす。泣き顔を見られたくない。誰かに寄り掛かって楽をしようとは思わない。そんな彼女の懸命な意思が伝わってくる。うさぎが目覚めなくて辛いのは他の戦士たちと同じなんだ。そして彼女たちの間には、俺なんかでは入り込めない不可侵の絆を感じていた。抱きしめる事などもちろんできなくて、ただ掌に力を込めて彼女がそのまま横切るのを見守るしかない。通り過ぎた後、空を仰いで様々な感情が瞳から流れそうになるものをぐっと堪えたんだ。

「すみません、これをお願いします。包みはいりません」
 俺はバレッタを棚に戻して、改めて店内を二周し、あるものを購入すると丁寧に鞄にしまった。

「あなた……」
 俺に気付いた下校中の彼女が立ち止まり、困惑した表情でそれきり言うと黙ってしまう。しまった、と思った。不審に思われたかもしれない。転生してからは片手で足りるほどしか会っていなくて、二人で会話するのはそれこそ、あの高台の公園以来なのだから。
「マーズごめん、俺」
「ちょっと! その呼び方はやめてちょうだい」
 小声で諌められて慌てる。
「あ、そうだよね。レイ、さん」
「それで瑛二さん、何かご用?」
「これを、君に!」
「え?」
 俺が差し出したのは白いレースのついたハンカチだった。
「君にとっては、うさぎが一番大事だってことは知ってるよ」
「ええそうね」
 冷ややかにすら聞こえてしまうその声に、俺の体も急激に冷えてしまうけれど、気持ちには火が灯ったままだ。
「急に贈り物をされて嫌かもしれないけれど」
「別にあなたからだからって訳じゃないの。私、男の人って信用していないのよ」
「そ、そうなんだ」
「そうですわ。それで?」
「俺は、君の一番になれなくてもいい。だけど、君が泣きたくなった時は涙を拭ってあげたい。そう思った」
 見つめ合う。強い意志を秘めた切れ長の美しい瞳は、前世の頃と何も変わっていなくて、俺の胸を焦がし続ける。
「いらないわ」
「えっ」
 ふいっと背を向けて髪をすっと指で流した彼女に、さすがに落ち込んで肩を落とした。
「そういう理由ならあなたが持っているべきでしょう?」
 しかし振り向かずに投げかけられた言葉に勢いよく顔を上げる。
「あ、ああ! 分かった!」
 横顔をちらりと見せた彼女には、少しだけ笑みが浮かんでいた。
「そうだ、あの公園に今から行かないか?」
「行かない」
 そうやってすぐに断られるが、全然辛くはなかった。なぜなら彼女がとても楽しそうに笑っていたから。まるで真昼に咲く、カサブランカのように。

 
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