月野家のクリスマス(貴士は少しだけ、まもうさと月野家メイン)
夜になると天気予報通り空から白いものが落ちてきて、雪だと喜ぶ者もいれば寒いと言い続ける者もいる等、研究メンバーの五人の感想は様々だ。
衛は彼らより少し後ろを歩き初雪を眺めていた。きっと雪を見て可愛い笑顔を浮かべるに違いない恋人が横にいたらいいのにと、寒さで人恋しさが増す思いで本気で願ってしまう。
うさぎは今頃仲間達と楽しくパーティーをしているだろう。それでもこの雪を見て自分と同じように思ってくれていたらと願わずにはいられない位には、衛の頭の中は恋人の存在が占めている。
教授、瀬川の家は立派な門構えで衛は小さく息を飲んだ。
しかし同じ研究仲間の佐竹は躊躇い無くインターホンを押す。そういえば彼の家は三代医者だったということをいつかの会話から思い出していた。きっと佐竹の家もまた負けずに豪邸なのだろう。
「すごい家だな」
隣にいた土屋が小声で衛の腕を軽く小突きながら言った。
「ああ、そうだな」
「貧乏苦学生の俺としては色々とあやかっておかないと。」
「ははっ」
土屋貴士とは秋の学園祭の一件以来以前よりも砕けた仲となっていた。鉄面皮の衛が見せた恋人に向ける表情や行動が信じられないほど普通の青年に思え、目の当たりにしたその時は唖然としたものだが、それ以降は衛に対して随分と話しかけやすくなったようだ。彼女を語る衛の変化を見るのが面白くて土屋から飲みに誘ったりするようにもなっていた。
瀬川教授の妻は高級そうな香水の匂いを散らしながら学生達を歓迎する。言い方が悪いかもしれないが嘘か本当か分からないような笑顔を貼り付けて。
十中八九嘘だろう。衛はそれを見抜く。それは彼自身も感情を閉ざし、ごまかして過ごす日々が長かったこともあるが、たくさんの靴が玄関を濡らしているのを若干顔をしかめて見ていたのを目にしてしまったから。しかし衛以外は特に何も気付かずに上がり込んでいった。
早く明日になればいいのに
衛は瀬川夫人よりも完璧な笑顔を作ってそう思い、リビングのほうへ案内されるまま歩いていった。
出てくる料理はみな豪勢で、ワインも年代物を惜し気もなくグラスに並々と注いでいく教授に学生たちは感嘆の声を上げていた。
衛はしばし思考を飛ばしていたかったのだが、教授に色々と話題を振られてワインも次々に注がれる為そうも言っていられなくなる。
漸く解放された彼は烏龍茶を片手に少し離れた窓際のソファーに腰を下ろす。するとそれに気付いた土屋が苦笑しながら近付いてきた。
「地場は教授のお気に入りだから大変だな。」
残りのメンバーが教授を囲んで盛り上がっている様子を背後にちらりと見つつ土屋は友人を労う。
「いや、いいんだけど教授の酒の強さには正直…な。」
衛も決して弱くは無いのだが瀬川のペースに付いていくにはかなりのアルコール耐性がなければ難しいらしい。珍しく酔って赤くなっていることを土屋は楽しそうに指摘した。
「まあそれはいいとして。イブの日に予定入ってお団子頭の彼女、怒ったんじゃないか?」
小声で話す土屋に明らかに憮然とした表情を見せる衛。
「…なかった。」
「ん?」
「怒らなかったんだ。泣きもしなかった。それは大事な用だから仕方がないよね行ってらっしゃいって。笑って納得したんだあいつ。」
「へえ?じゃあ良かったな。」
「…ああ。」
ちっとも良くないという思考がだだ漏れの友人が一気に烏龍茶をあおる姿はもう何と言うか面白すぎる。寂しん坊かお前は。と思ってしまうのは土屋自身も酒が入っている頭でものを考えているからか否か。
いやおそらく素面でも面白がったに違いない。
「地場くん」
そこで教授からまたしてもお呼びが掛かり、何も無かったかのように返事をした衛が再び輪の中へ戻っていった。
そんな彼が若干気の毒に思えた土屋は以降、教授に酒を愛想よく注ぎまくったり話題を変えたりとさり気ないフォロー役に回ったのだった。