月野家のクリスマス(貴士は少しだけ、まもうさと月野家メイン)



区立図書館で本の返却を済ませた謙之は、編集者としての原点回帰という訳でもないが雑誌コーナーに行き、興奮したまま家を出て来てしまった自分の頭を冷やそうと目に付いた数冊を適当に選んでいく。そして手近の椅子に腰掛けた。

しかしいざ一冊目を読もうとしたときふと視界の隅に見たことのある人物を捕えて勢いよくそちらに目を向けた。

はっきり言ってこの図書館で一番目立っているその人物は男の目から見てもそつなくカッコいい。
その事実は彼が娘の恋人だという理由だけで少々むっとしてしまう。

あんなに見た目が良くて変な女に言い寄られて浮気なんてしてみろ。僕は死んでも絶対許さないからな。

そうは思うものの、彼が誠実で中身も申し分ないということも、悔しいが知っている。現に今初老の男性が本の場所に迷っているのに気付き、さり気なく声を掛けて優しい笑みで教えてあげている一部始終を見てしまった。

いい青年なんだよなあ…

そんな感想を噛み締める。

実はこの場所で彼と会うのは少なくない。雑誌編集者をしている謙之はもともと活字好きで図書館に今日のように来ることが多いのだ。

謙之はあまり読む気も無かった雑誌を書棚に戻すと娘の恋人が立っている新書のコーナーへと向かっていった。




「やあ衛君。」

「謙之さん!おはようございます。」

なるべく余裕の笑みを浮かべて声を掛けると衛は少し驚いてすぐに微笑んだ。

「おはよう。今日は何を借りるのかい?」

「久し振りにまたこの人の本が読みたくなって。」

「ああ!彼の本は分かりやすいよね。僕もそのシリーズは好きだよ。はっきり言って哲学とかは前まで少し倦厭してたんだけど、これを読んでからは随分認識が変わったなあ。」

「そうなんですよね。」

そう言って本当に嬉しそうに笑った衛を見て謙之もつられて笑った。同じように読書が好きで同じ本に対して共通の感想を抱いている者と話すのはとても心地が良かったから。

けれど先ほどの娘の寂しそうな顔を思い出すと謙之は言葉を濁し始めた。

「謙之さんは何を借りに…?」

彼の様子を不思議がりながらも衛は聞き返した。

「いや、僕は今日は返しに来ただけなんだ。それより…」

「はい?」

まっすぐな蒼い瞳は恋人の父親の返答を待っている。

いや、なに。うーん、どうしたものか…等とまた一人でぶつぶつと言った後眼鏡に手をやり漸く謙之は衛を正面から見た。

「君は料理は何が好きかね?」

「え???」

一瞬何の質問をされたのか分からなかった衛はその思い通りの表情で聞き返す。するとそんな雰囲気を察した謙之が少しばかり気まずそうに咳払いを一つして言った。

「あー、突然すまない。明日我が家で君を招いてクリスマスパーティーをしようということが決まってね。それで君の好きな料理を聞いておこうと思って。」

「明日、ですか?」

今夜は会えない恋人に明日は必ずと約束したことが思い起こされる。衛が困惑しているのが分かっている上で努めて平静に謙之は尚も続けた。

「そうだよ。今夜は先約があるとうさぎに聞いたからね。明日も他に予定でもあるかな?」

「いや、うさ…うさぎさんは何て?」

「もちろんうさぎも了解してるよ。」

これは嘘…だが、はっきりと否定の言葉は娘からは聞いていないので間違いとも言い切れない。

「そう、ですか。ではお言葉に甘えてお邪魔します。」

少し思案した後控えめな笑みと共に軽く会釈する衛に少しだけ肩透かしを食らう。

しかし思いの外自分の思惑通りに事が運びそうと踏んだ謙之は満足そうに頷いた。

「うんうん。待ってるよ。で?料理は何がいいかな?」

「そうですね…僕は一人で食べることが多いのであまりやらないんですが、鍋とか…食べたいですね。」

そうか…彼は小さいときからずっと一人だったんだっけな。
家族、か…

一瞬、幼い衛が広い部屋で一人。寂しそうな背中を想像してしまいぎゅっと胸が苦しくなった。

「そうかそうか。上手い鍋料理をご馳走しよう!皆でわいわい楽しいぞ!」

「すみません。ありがとうございます。」


こうなったら大学教授に負けないパーティーにするぞー!!


そんな風に心の中で拳を握り締めて決意した謙之の思いを、衛は知る由も無かった。
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