月野家のクリスマス(貴士は少しだけ、まもうさと月野家メイン)


「今日は冷えるな…。」

衛は今年一番の寒さにベッドから出てまずエアコンを付け、窓に幾筋も付いた水滴を見つめながら一人ごちる。

そしてカレンダーに目をやり今日の日付と可愛い恋人のことを思って、どこかやりきれない思いを抱えたように溜め息を付いた。



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東京。うさぎたちの住むこの大都会はクリスマスの時期に雪が降ることは稀で、降ったとしてもみぞれ。積もったとしても1cmくらいですぐに行き交う車や人で黒く濁り、履いている靴を濡らしてしまう。ちなみに雪に慣れていないこの地の人々は普段と同じ靴を履いている為中の足はどうしようもなく冷たくなり泣けてくる。

12月24日土曜日。クリスマスイブのこの日は朝から雨が降っていて天気予報では夜には雪になるそうだ。先に述べたようにあまり幻想的な風景は望めないだろうが。

月野家では、二学期が終わりなんとか追試を免れたうさぎが綺麗さっぱり爽やかな気持ちで冬休みを迎えて悪天など吹き飛ばすかのように絶好調だ。タイムリミットの無い朝の時間は実にのんびりとしていて、育子の作ったプレーンオムレツを美味しそうに次々と口に運んでいる。

「うさぎー?今日はお夕飯どうするの?」

「あ、いらない!」

朝食をとっくに終え、コーヒーをソファーで飲んでいた謙之が母子二人のやりとりにその肩をぴくりと揺らして横目で娘を見る。

「今日はみんなとクリスマスパーティーなの。まこちゃんのケーキ楽しみだなー♪♪」

よし、いいぞうさぎ。それが高校生の正しい青春というものだ。

そんな風に思い一人うんうんと頷き、ほっと一息付いて残りのコーヒーを飲もうとする父であったが。

「皆と?衛君とデートじゃないの??」

妻の言葉にマグカップを音を立ててテーブルに置いて思いっきり振り返った。

ママめ・・・余計なことを・・・!!

という言葉がその顔に張り付いている。

「まもちゃんはね、大学の教授にホームパーティーに誘われてて、どうしても断れなかったんだって。なんだか研究室の皆が行くから自分だけ抜けるのは難しいみたい。」

しかし寂しそうに言う娘の表情を見てしまったら今度は衛に対しての怒りを若干覚えるのだった。

可愛い娘との時間を差し置いて他の予定を優先させるなんて。それでも彼氏か!!うさぎが可哀相じゃないか!!

といった具合だろうか。


本当に娘を持つ父親というのは単純なようでいて複雑だ。要するに厄介。

それでも謙之としても衛の立場を考えれば彼の言い分も分からなくは無いわけで。例えば日頃世話になっている大事な上司にどうしても来いと言われれば自分だって断れる自信は無い。悲しくもそれが社会というものなのだから。

「あら寂しいわねえ。甘えん坊さんのうさぎとしては。」

「ううん!平気!明日には会えるもん。」

それは本当に憂いの無い微笑みに見え、そんな健気な愛娘の表情は謙之の胸の内に痛みを与えた。

「うさぎ!」

「!?…ど、どうしたのパパ!?」

とうとう背後に立った父がうさぎの両肩に手を置いて大声で呼びかけた。そんな彼の行動にうさぎは飲んでいた牛乳を噴きそうになりつつ何とか堪えて振り返る。

「明日衛君に会うなら家に連れて来なさい!!」

「…へ?」

「な、何言ってるのパパ。クリスマスは恋人二人で過ごしたいに決まってるでしょ?この子達はいつもそうじゃない。」

育子が苦笑して夫を宥めるように言う。しかし。

「いーや、駄目だ。今決めた。明日は月野家で衛君も一緒にパーティーだ!!」

「ちょ、ちょっとパパ!!」

「俺は明日予定あるからな。」

うさぎの混乱が反論に変わろうとした時、丁度リビングに入ってきた朝のジョギング帰りの弟の進悟がタオルで汗を拭きながら会話に割って入った。中学二年になった彼はこの冬休み、サッカーのための体作りとして毎朝のジョギングを課したらしい。

「進悟も参加だ!!」

「はーあ!?何でだよ!」

「進悟ったら、まさか彼女でもできた?」

「ち、ちげーよ!俺はサッカーチームの仲のいい奴等と夕方からカラオケ五時間クリスマスパーティーをするんだよ!」

母親の唐突な質問に真っ赤になりながら何となく物悲しいクリスマスの過ごし方について大声でぶちまける進悟。その内容に育子はにっこりと微笑んだ。

「なーんだそうなの。じゃあ進悟は「進悟も参加だ。」

育子が言い終わらない内に彼女の前に乗り出した謙之が息子に向けてもう一度きっぱりと宣言する。

「ねえちょっとどうしたのよパパ!」

「いつものパパとは違うぞ!今回は譲らないからな!明日は衛君と僕達家族四人でパーティーだっ!!以上!」

立ち上がったまま残りのコーヒーをぐいと飲むと「図書館に本を返してくる」と、そんなに語気を上げるほどの内容でもないことを息巻いて言いながら家を出て行ってしまった。

嵐が去った月野家には未だコーヒーのいい香りと、完全にフリーズしている三人が取り残されていた。
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