居酒屋にて
俺。土屋貴士。KO大学四年の貧乏医学生。
友人の地場衛は相変わらずクールなエリートだが、恋人にかける愛情は俺の知り合いの中では右に出るものがいないほど深い。おそらくこの大学でそのことを知っているのは俺くらいだろう。
自分のことはあまり話さない衛。けれど俺には一番心を砕いてくれているという自負がある。
彼がこっそり手帳の中に自分と彼女の実に仲睦まじい写真を忍ばせて一人(と思っている)の時に柔らかーな笑顔で見つめているのを知っているくらいには親しい。しかしこれは奴には黙っておこう。
そんな友人と、仲のよろしすぎる恋人二人のことを考えたら、今のこの状況は非常に申し訳ないことくらい分かっている。
しかし、だ。厳しい医学の道を進み、下手したら勉強のみに埋もれる日常の中。心許せる恋人が欲しいと思うのは20歳そこらの男の願望としては当然のことだと思う。
俺自身の名誉のために言っておくが、今まで恋人がいなかったわけじゃない。ただそのどの子とも長続きしなかっただけだ。
そう。ここは居酒屋。大学生ならどんな人間でも一度は出たことがあるであろう『合コン』の席に俺と衛、そしてゼミのメンバーが、他学部の女子と共に座っていた。
今度は念の為に言っておく。衛を何とか合コンに参加させようと説き伏せるゼミの奴らを俺は止めた。衛には大事な大事な恋人がいるからと。しかし奴らの猛攻は凄まじい物があったのだ。
『人数が合わないんだから強制参加!』これはまだいい。
『地場だけいい思いしてんのは許さん俺達に協力して然るべき』これは一理あるのか無いのか。
『お前の会費は俺らが持つから!』お前らそんなに必死か。
さすがにそこまで言われて衛も同情したのだろう。「一杯飲んだら帰るからな。」と渋々了承したのだった。
開始30分。やはりというか何と言うか。女達の視線と質問は衛に集中していた。まあそうだろう。見た目王子だし。頭脳も運動神経も性格も折り紙つきだからな。
案の定、ゼミの奴らはそんな事態にじりじりしていた。全く勝手な奴らだ。こうなることも分かってたから俺は止めたんだぞ。
しかしそんな彼女たちの質問にも衛は実に爽やかにスルーして微笑を返すだけだった。
いや、この場合、その微笑みすら彼女たちにとってはやばいんだろうが。
彼女らを見るとやはりポーっと頬を染めている。
解せぬ。ここにもいい男がいますよ君たち。
俺は若干諦めの境地に入りながら心の中で呟き本日二杯目のビール(大ジョッキ)を喉に流し込んだ。
「今日は暑いからビールが美味しいよね」
不意に、正面に座る相模薫さん(20歳/教育学部三年生)が俺に言葉を投げかけてきて目線を上げる。すると彼女も女の子には珍しく生中を片手ににっこりと笑い俺を見ていた。
「そうだね」
微笑み返せば彼女も嬉しそうに頷いた。
ん?なんかいい雰囲気じゃん俺ら。
そう思った時だった。
「じゃあ俺そろそろ帰るから」
義理は果たしたと謂わんばかりの衛の言葉が降ってきた。相模さん以外の女性陣は明らかに不平不満の声を上げ、男性陣は残られても女取られるだけだしでも帰られたら自分達の面目も潰れるしで非常に複雑な表情で言葉を掛けていた。
そんな中、俺は心の中で「よし!」と自身を奮い起こして、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干す。そして衛が退場しやすいように立ち上がり、用意していたゲームを始めようと決めた。
みんなの注目を集めたところで小声で「今のうちに帰れよ」と友人の背中を押すと「ありがとな」と肩に手を置かれながら言われた。
しかし去ろうとする友人の気配を感じた瞬間。座っていた時には見えなかった位置に見覚えのあるお団子頭を発見し思わず友人の腕をがっと掴み戻らせた。衛は驚きで無言で見つめ返してくる。
「え?土屋先輩?どうしたの?」
相模さんが、立ち上がったままで固まり衛の腕を掴んだままの状態の俺に声を掛けた。皆もきょとんとして見上げている。
「あーごめん俺らトイレ行って来るわ!」
後から考えたら男が一緒にトイレって何だそれ気持ちわるっ!とか思ったけど、とにかくおそらく緊急事態な現場に衛を急行すべくそんなことを言ってその場を離れた。ゼミの奴らの「俺達だけにすんなよクソ貴士~!!」という痛いほどの視線を感じながら。
状況を落ち着かせるために本当にトイレ近くまで衛を連れて手を離すと、訳が分からないに加えて若干引き気味に言ってきた。
「なんだよ貴士。トイレなら一人で行け」
「違う違う! いんの!」
多少酒が入り、主語もない結論だけを言う俺に更に眉間に皺を寄せる友人。あー飲まなきゃ良かった。理詰めの友人に物事を伝えるには今の自分の思考回路は実に歯痒い。
「は?」
「衛、お前の彼女何歳だっけ?」
「18歳だけど……なんだよ急に」
「だから! いんの!! ここに! お前の彼女がっ!」
「そんなわけ無いだろ。うさはまだ未成年だ。というか、トイレ前で喚くなよ」
漸く伝えても信じない衛に身を乗り出す。
「うさぎちゃん、短大入ったんだよな? そうなると強引に誘ってくる輩なんていくらでもいるぜ?」
「……」
空気が変わった感のある友人の腕をまた掴んで自分らの合コンメンバーからは死角の。しかしうさぎちゃんのグループが見える場所に連れて行った。酔っていても身体能力は頭の中ほど鈍らない。これはテニスで鍛えている賜物か否か。とにかく早く衛を連れて行かなければという使命感に駆られたのだ。
そして。彼女が見えると衛はいよいよ黙り込む。
何かのサークルのコンパだろうか。うさぎちゃんは男女20人ほどの大所帯の席で、焼き鳥を美味しそうに頬張っていた。警戒心ゼロ。しかしその彼女の両脇を固めている二人が巧妙に男たちからの酒を断っている様が伺えた。てか。うさぎちゃんも可愛いと思ったけど、その友達も美人揃いだなおい。ポニーテールのすらっとした左隣の女の子はサラダとか取り分けてさり気ない気配りをするあたりスペック高いだろ。
右隣の赤いリボンの女の子も元気溌剌な飾らない感じが話しやすさも手伝ってもてそうだし。
「衛、ちょっとあの子達紹介して欲しいんだけど……」
当初の目的からずれたことをぽろりと零せば、むすっとした顔のまま「あの子達みんな恋人いるから」と低い声で早口で一刀両断してきた。
あーそうですかへいへい。とやさぐれつつも、相模さんのほうが気になる俺としてはそれ以上突っ込むのをやめた。
そんな中、とうとううさぎちゃんの正面の男が酒を注いで彼女に強引に飲ませようと騒ぎ始める。
「うさぎちゃんほんっと可愛い! ねえねえ俺と付き合おうよ! ほらほら飲んでっ」
「だーかーらー! 私達未成年だって言ってるでしょ! それにこの子、ちゃーんとカレシいるから!」
赤いリボンの子が噛み付く。
「そんなの関係ないって! 年上の言葉には従うもんだぞ! いいから飲もうよ! 楽しいよ~!」
既に相当量飲んでいることが伺えるその男の勝手な振る舞い、発言にうさぎちゃんの眉が下がり目も潤んできていた。
「やばいぜ衛っ! って、衛?」
横にいるはずの友人に声を掛けるも既にその姿が無く。前を向き直した時には、猛然と突き進む彼の背中が見えた。
「そこまでにしとけよ」
衛が低い声でそう言いうさぎちゃんに絡む男の手からあっさりとグラスを奪った。
「まもちゃん……!?」
「なんだあ?お前」
目が据わりいかにも酔っ払いの反応を示す男の質問を無視して「うさ連れてくから。」とうさぎちゃんの両脇にいた二人に言った衛は展開に追い付けていない彼女の手を取って自分の元へと引き寄せる。
「君、大分飲んでいるようだけど大丈夫か?20歳過ぎてそこそこ経ってるなら自分のアルコール摂取量のコントロールくらいはある程度出来ないと、下手したら急性アルコール中毒で病院に厄介になる可能性もあるぞ」
正論。全くもって正論をうさぎちゃんに絡んでいた男に淀みなく低い声で吐く衛。だがしかしその表情は目が合っただけで凍りつくんじゃないかと思われるほどの威力があった。怖い。凄く、怖い。肩を抱かれているうさぎちゃんはおそらくそれには気付いていない。
友人は本当に恋人が絡むと人が変わりすぎる。それだけ彼女のことが大事だということなのだが。見ていて飽きない。
結局そんな新たな一面を見せる友人を面白がってしまう辺り、俺も『衛研究家(自称)』が随分板に付いてきてしまったように思う。
「きゅ、急に出てきて何盛り下がったこと抜かしてんだよっ! 勝手に俺らの女子連れ出そうとしてんじゃねえ!」
標的にされて予想通り凍り付いている男の横にいた、衛の静かなる攻撃に気付かない別の男が食って掛かった。
おいお前……俺らの女子って……その発言、死ぬぞ?
俺がそう思うのとほぼ同時に、辺りの温度が更に低くなったように感じた。そしてそこから一呼吸置くと衛が再び口を開く。まるで死刑宣告でも言い渡すかのような重々しさで。
「未成年をこんな夜にこういう店に連れてくる時点で問題だが、更に、未成年と分かってて酒を勧めるのは明らかに法律を違反している。
そもそも嫌がる彼女たちに酒を無理やり飲まそうとするなんて……人としてどうなんだ?」
『彼女たちに』の言葉には『俺のうさに』
そして、『どうなんだ』という言葉に『最低だな』が多分に含まれていて、眉目秀麗の男が一切の表情を無くして冷たく放ったその言葉は相当な殺傷能力を持っていた。
あ、やっぱり死んだわ。俺は硬直している男たちを見てそんな事を思った。
「それと美奈」
「……ひ、ひぃっわ、私!!??」
そんなテンションのまま衛に話題を振られたうさぎちゃんの友達は明らかに狼狽している。まあ無理もない。
「お前の言葉を一つ訂正したい。俺は、うさの彼氏じゃない」
「へ?」
「俺はうさの、『婚約者』だ」
「あ、あー…そうでした! あはっあはははっ」
こ、婚約者ーーー!!??
俺を含めた周りの連中がその言葉に仰天している間に衛はうさぎちゃんの手を引いてその場を後にしていった。
うさぎちゃんの顔は真っ赤で。それは衛の、婚約者という言葉に反応したのは明らか。そしてよく見れば確かに彼女の左手の薬指にはきらりと光るものがはめられていたのだった。
翌日。
「おい衛。お前いつの間に婚約してたんだよ」
「うさが高校卒業したときだけど?」
「…へー。
ソレハオメデトウゴザイマス」
あまりに当然のように返されて俺の返事も棒読みになる。
「結婚は短大卒業してからだからまだ祝うのは早いぞ」
「へいへい」
研究資料を準備しながら言う衛のその表情は穏やかそのものだった。昨日の真っ黒王子の片鱗はどこにも見当たらない。
「ところであの後うさぎちゃん大丈夫だったか?」
「ああ大丈夫。あのサークルには入らないって約束させたし、今日は午後から講義だからまだ寝てる」
満足そうにきらきらと微笑む友人。
てか。二日酔い明けにその極上笑顔はやめてくれ。眩しすぎるから。
「あ、そー」
げんなりしながらそれだけ返す。
サークル入らせないんだ。とか、寝てるって、地場さんの家でですか?とか。そんな危険かつ野暮なことは言うまい聞くまいそうだそうだ触らぬ神にたたりなし。
そんな相当な独占欲を持った友人に呆れつつも、当人同士が幸せならまあいいかと適当に自己完結すると、昨日ゲットした薫ちゃんのアドレスを呼び出すために携帯を白衣の内ポケットから取り出した。
友人の地場衛は相変わらずクールなエリートだが、恋人にかける愛情は俺の知り合いの中では右に出るものがいないほど深い。おそらくこの大学でそのことを知っているのは俺くらいだろう。
自分のことはあまり話さない衛。けれど俺には一番心を砕いてくれているという自負がある。
彼がこっそり手帳の中に自分と彼女の実に仲睦まじい写真を忍ばせて一人(と思っている)の時に柔らかーな笑顔で見つめているのを知っているくらいには親しい。しかしこれは奴には黙っておこう。
そんな友人と、仲のよろしすぎる恋人二人のことを考えたら、今のこの状況は非常に申し訳ないことくらい分かっている。
しかし、だ。厳しい医学の道を進み、下手したら勉強のみに埋もれる日常の中。心許せる恋人が欲しいと思うのは20歳そこらの男の願望としては当然のことだと思う。
俺自身の名誉のために言っておくが、今まで恋人がいなかったわけじゃない。ただそのどの子とも長続きしなかっただけだ。
そう。ここは居酒屋。大学生ならどんな人間でも一度は出たことがあるであろう『合コン』の席に俺と衛、そしてゼミのメンバーが、他学部の女子と共に座っていた。
今度は念の為に言っておく。衛を何とか合コンに参加させようと説き伏せるゼミの奴らを俺は止めた。衛には大事な大事な恋人がいるからと。しかし奴らの猛攻は凄まじい物があったのだ。
『人数が合わないんだから強制参加!』これはまだいい。
『地場だけいい思いしてんのは許さん俺達に協力して然るべき』これは一理あるのか無いのか。
『お前の会費は俺らが持つから!』お前らそんなに必死か。
さすがにそこまで言われて衛も同情したのだろう。「一杯飲んだら帰るからな。」と渋々了承したのだった。
開始30分。やはりというか何と言うか。女達の視線と質問は衛に集中していた。まあそうだろう。見た目王子だし。頭脳も運動神経も性格も折り紙つきだからな。
案の定、ゼミの奴らはそんな事態にじりじりしていた。全く勝手な奴らだ。こうなることも分かってたから俺は止めたんだぞ。
しかしそんな彼女たちの質問にも衛は実に爽やかにスルーして微笑を返すだけだった。
いや、この場合、その微笑みすら彼女たちにとってはやばいんだろうが。
彼女らを見るとやはりポーっと頬を染めている。
解せぬ。ここにもいい男がいますよ君たち。
俺は若干諦めの境地に入りながら心の中で呟き本日二杯目のビール(大ジョッキ)を喉に流し込んだ。
「今日は暑いからビールが美味しいよね」
不意に、正面に座る相模薫さん(20歳/教育学部三年生)が俺に言葉を投げかけてきて目線を上げる。すると彼女も女の子には珍しく生中を片手ににっこりと笑い俺を見ていた。
「そうだね」
微笑み返せば彼女も嬉しそうに頷いた。
ん?なんかいい雰囲気じゃん俺ら。
そう思った時だった。
「じゃあ俺そろそろ帰るから」
義理は果たしたと謂わんばかりの衛の言葉が降ってきた。相模さん以外の女性陣は明らかに不平不満の声を上げ、男性陣は残られても女取られるだけだしでも帰られたら自分達の面目も潰れるしで非常に複雑な表情で言葉を掛けていた。
そんな中、俺は心の中で「よし!」と自身を奮い起こして、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干す。そして衛が退場しやすいように立ち上がり、用意していたゲームを始めようと決めた。
みんなの注目を集めたところで小声で「今のうちに帰れよ」と友人の背中を押すと「ありがとな」と肩に手を置かれながら言われた。
しかし去ろうとする友人の気配を感じた瞬間。座っていた時には見えなかった位置に見覚えのあるお団子頭を発見し思わず友人の腕をがっと掴み戻らせた。衛は驚きで無言で見つめ返してくる。
「え?土屋先輩?どうしたの?」
相模さんが、立ち上がったままで固まり衛の腕を掴んだままの状態の俺に声を掛けた。皆もきょとんとして見上げている。
「あーごめん俺らトイレ行って来るわ!」
後から考えたら男が一緒にトイレって何だそれ気持ちわるっ!とか思ったけど、とにかくおそらく緊急事態な現場に衛を急行すべくそんなことを言ってその場を離れた。ゼミの奴らの「俺達だけにすんなよクソ貴士~!!」という痛いほどの視線を感じながら。
状況を落ち着かせるために本当にトイレ近くまで衛を連れて手を離すと、訳が分からないに加えて若干引き気味に言ってきた。
「なんだよ貴士。トイレなら一人で行け」
「違う違う! いんの!」
多少酒が入り、主語もない結論だけを言う俺に更に眉間に皺を寄せる友人。あー飲まなきゃ良かった。理詰めの友人に物事を伝えるには今の自分の思考回路は実に歯痒い。
「は?」
「衛、お前の彼女何歳だっけ?」
「18歳だけど……なんだよ急に」
「だから! いんの!! ここに! お前の彼女がっ!」
「そんなわけ無いだろ。うさはまだ未成年だ。というか、トイレ前で喚くなよ」
漸く伝えても信じない衛に身を乗り出す。
「うさぎちゃん、短大入ったんだよな? そうなると強引に誘ってくる輩なんていくらでもいるぜ?」
「……」
空気が変わった感のある友人の腕をまた掴んで自分らの合コンメンバーからは死角の。しかしうさぎちゃんのグループが見える場所に連れて行った。酔っていても身体能力は頭の中ほど鈍らない。これはテニスで鍛えている賜物か否か。とにかく早く衛を連れて行かなければという使命感に駆られたのだ。
そして。彼女が見えると衛はいよいよ黙り込む。
何かのサークルのコンパだろうか。うさぎちゃんは男女20人ほどの大所帯の席で、焼き鳥を美味しそうに頬張っていた。警戒心ゼロ。しかしその彼女の両脇を固めている二人が巧妙に男たちからの酒を断っている様が伺えた。てか。うさぎちゃんも可愛いと思ったけど、その友達も美人揃いだなおい。ポニーテールのすらっとした左隣の女の子はサラダとか取り分けてさり気ない気配りをするあたりスペック高いだろ。
右隣の赤いリボンの女の子も元気溌剌な飾らない感じが話しやすさも手伝ってもてそうだし。
「衛、ちょっとあの子達紹介して欲しいんだけど……」
当初の目的からずれたことをぽろりと零せば、むすっとした顔のまま「あの子達みんな恋人いるから」と低い声で早口で一刀両断してきた。
あーそうですかへいへい。とやさぐれつつも、相模さんのほうが気になる俺としてはそれ以上突っ込むのをやめた。
そんな中、とうとううさぎちゃんの正面の男が酒を注いで彼女に強引に飲ませようと騒ぎ始める。
「うさぎちゃんほんっと可愛い! ねえねえ俺と付き合おうよ! ほらほら飲んでっ」
「だーかーらー! 私達未成年だって言ってるでしょ! それにこの子、ちゃーんとカレシいるから!」
赤いリボンの子が噛み付く。
「そんなの関係ないって! 年上の言葉には従うもんだぞ! いいから飲もうよ! 楽しいよ~!」
既に相当量飲んでいることが伺えるその男の勝手な振る舞い、発言にうさぎちゃんの眉が下がり目も潤んできていた。
「やばいぜ衛っ! って、衛?」
横にいるはずの友人に声を掛けるも既にその姿が無く。前を向き直した時には、猛然と突き進む彼の背中が見えた。
「そこまでにしとけよ」
衛が低い声でそう言いうさぎちゃんに絡む男の手からあっさりとグラスを奪った。
「まもちゃん……!?」
「なんだあ?お前」
目が据わりいかにも酔っ払いの反応を示す男の質問を無視して「うさ連れてくから。」とうさぎちゃんの両脇にいた二人に言った衛は展開に追い付けていない彼女の手を取って自分の元へと引き寄せる。
「君、大分飲んでいるようだけど大丈夫か?20歳過ぎてそこそこ経ってるなら自分のアルコール摂取量のコントロールくらいはある程度出来ないと、下手したら急性アルコール中毒で病院に厄介になる可能性もあるぞ」
正論。全くもって正論をうさぎちゃんに絡んでいた男に淀みなく低い声で吐く衛。だがしかしその表情は目が合っただけで凍りつくんじゃないかと思われるほどの威力があった。怖い。凄く、怖い。肩を抱かれているうさぎちゃんはおそらくそれには気付いていない。
友人は本当に恋人が絡むと人が変わりすぎる。それだけ彼女のことが大事だということなのだが。見ていて飽きない。
結局そんな新たな一面を見せる友人を面白がってしまう辺り、俺も『衛研究家(自称)』が随分板に付いてきてしまったように思う。
「きゅ、急に出てきて何盛り下がったこと抜かしてんだよっ! 勝手に俺らの女子連れ出そうとしてんじゃねえ!」
標的にされて予想通り凍り付いている男の横にいた、衛の静かなる攻撃に気付かない別の男が食って掛かった。
おいお前……俺らの女子って……その発言、死ぬぞ?
俺がそう思うのとほぼ同時に、辺りの温度が更に低くなったように感じた。そしてそこから一呼吸置くと衛が再び口を開く。まるで死刑宣告でも言い渡すかのような重々しさで。
「未成年をこんな夜にこういう店に連れてくる時点で問題だが、更に、未成年と分かってて酒を勧めるのは明らかに法律を違反している。
そもそも嫌がる彼女たちに酒を無理やり飲まそうとするなんて……人としてどうなんだ?」
『彼女たちに』の言葉には『俺のうさに』
そして、『どうなんだ』という言葉に『最低だな』が多分に含まれていて、眉目秀麗の男が一切の表情を無くして冷たく放ったその言葉は相当な殺傷能力を持っていた。
あ、やっぱり死んだわ。俺は硬直している男たちを見てそんな事を思った。
「それと美奈」
「……ひ、ひぃっわ、私!!??」
そんなテンションのまま衛に話題を振られたうさぎちゃんの友達は明らかに狼狽している。まあ無理もない。
「お前の言葉を一つ訂正したい。俺は、うさの彼氏じゃない」
「へ?」
「俺はうさの、『婚約者』だ」
「あ、あー…そうでした! あはっあはははっ」
こ、婚約者ーーー!!??
俺を含めた周りの連中がその言葉に仰天している間に衛はうさぎちゃんの手を引いてその場を後にしていった。
うさぎちゃんの顔は真っ赤で。それは衛の、婚約者という言葉に反応したのは明らか。そしてよく見れば確かに彼女の左手の薬指にはきらりと光るものがはめられていたのだった。
翌日。
「おい衛。お前いつの間に婚約してたんだよ」
「うさが高校卒業したときだけど?」
「…へー。
ソレハオメデトウゴザイマス」
あまりに当然のように返されて俺の返事も棒読みになる。
「結婚は短大卒業してからだからまだ祝うのは早いぞ」
「へいへい」
研究資料を準備しながら言う衛のその表情は穏やかそのものだった。昨日の真っ黒王子の片鱗はどこにも見当たらない。
「ところであの後うさぎちゃん大丈夫だったか?」
「ああ大丈夫。あのサークルには入らないって約束させたし、今日は午後から講義だからまだ寝てる」
満足そうにきらきらと微笑む友人。
てか。二日酔い明けにその極上笑顔はやめてくれ。眩しすぎるから。
「あ、そー」
げんなりしながらそれだけ返す。
サークル入らせないんだ。とか、寝てるって、地場さんの家でですか?とか。そんな危険かつ野暮なことは言うまい聞くまいそうだそうだ触らぬ神にたたりなし。
そんな相当な独占欲を持った友人に呆れつつも、当人同士が幸せならまあいいかと適当に自己完結すると、昨日ゲットした薫ちゃんのアドレスを呼び出すために携帯を白衣の内ポケットから取り出した。
