第三話 王子の涙
森の中でそれまでに見たどれよりも樹齢がありそうな巨木の前にその人物はいた。
『こんにちはプリンセス』
まるで最初から来ることを知っていたかのように嬉しそうにその人は言った。濃いブラウンのウェーブがかった長い髪の毛と更に長身な彼はどことなく大樹を思わせる。
「こんにちは!パパが病気で、王子の涙っていうお花を探してるの。どこに咲いてるかお兄さん知ってる?」
ドキドキしながらスモールレディは尋ねた。
『そりゃ随分懐かしい名前の花だな。もちろん知ってるよ』
「ホント!?」
瞳を輝かせて聞き返す。一点の濁りも無く咲く場所を知っていると言う彼は自信たっぷりに頷いた。
『良かったですねスモールレディ』
隣にいた銀髪の青年もそう言ってプリンセスと微笑み合う。
『ただし』
今まで笑顔だった長身の彼は、ここで一転して真顔になりプリンセスを見る。
『今から俺が案内する場所は決して誰にも言わないこと。約束、守れるか?』
真剣な彼の表情につられるようにプリンセスはごくりと息を呑んで頷いた。
「うん! 絶対言わない! 約束するよ!!」
『よ~しいい子だ!』
クシャリと顔を先程までの気さくな雰囲気に戻して笑う。そしてその視線はスモールレディが抱えているルナPへと向けられた。
その視線に気付いて彼女はルナPを二人に紹介して、何やら具合も悪そうなことも言ってみる。すると、顎に手を当ててまじまじとボールを見ていた長身の彼はその手をポンと叩いて話し始めた。
『花を探しに行く前にそのボール』
「ボールじゃないよ! ルナPだもん!」
『あははごめん! その、ルナPを直せる奴の所に寄っていかないか?』
ちょっとした剣幕で訂正してくるプリンセスに少々たじろぎながら提案する。
『ああそうかあの男ならあるいは……』
彼の言葉に銀髪の青年も一人納得したように呟いている。
「うん。そうしたい! だって、ルナPは私の大事な友達だもん。パパも心配だけど、ルナPにもちゃんと元気になって欲しいよ!」
『了解♪ じゃ、行こうぜ』
こうして、二人から三人になった彼女たちは森の更に奥に向かっていったのである。不思議なことに、さっきまで薄暗く感じていた森が奥に進むに連れて明るくなっていくようだった。それは小さなプリンセスの心の中の希望が、道を明るく照らしているのかも知れない。しかし彼女の両隣にいる男達からも温かなオーラが発せられていたのだった。
歩きながらどこからか水の音が聞こえてくる。プリンセスはキョロキョロと辺りを見回した。
『この先の泉に仲間がいるんだ。この音はそこから聞こえてくるんだよ』
スモールレディの様子に気付いた大樹の彼は教える。
彼らは一体何者なんだろう。素朴な疑問がスモールレディの頭に浮かぶ。
どうしてこの森にいるのだろう。なぜここまで自分に親切にしてくれるのだろう。そして彼らはどうして名を明かさないのだろう。
一度考え出すといくつもの不思議な点が湧き上がってきて、スモールレディは神妙な顔付きで黙り込んでしまった。
三歳の子供にしては少々気が回りすぎているのかもしれないが、利発なのはキングである父親譲りなのだろう。そして苦しんでいる人を助けたい。そのために一人で突っ走ってしまうのは、言わずもがな。母親譲りなのである。
水の音が近くなってきた頃、プリンセスは思い切って口を開く。
「ねえ、お兄さんも名前を教えてくれないの?」
『知りたいのか?』
大樹の彼は突然の言葉に眉を上げて聞き返す。
「知りたいよ! だって名前を知らなくちゃお友達になれないでしょ?」
プリンセスの発言にキョトンと残りの二人は顔を見合わせ、どちらからともなく嬉しそうに笑い始めた。
『そうだよな。確かに、名前が分からなくちゃ仲良くはなれねえよな』
大樹の彼はそう言うけれどすぐに少し寂しげな表情になる。
『だけどごめんな。今は言えないんだ』
「どうして!?」
自分の気持ちを分かってくれたはずなのにそれでも言えない理由が分からなくてプリンセスは眉を下げて聞く。
『そういう決まりなんだよ。』
「決まり?」
『だから……』
『おい! 喋り過ぎだぞ。』
プリンセスの問いかけに答えそうになった彼に白銀の青年が止めに入る。
そしてなにやら二人で小声でやり取りをすると二人して辛そうに溜息を漏らしていた。その様子を見て何だか寂しくなったプリンセスはぎゅっとルナPボールを抱きしめる。
「いいよ、もう。早くルナP直してくれる人の所に行こう」
胸の中にツンツンと痛みを感じていたけれど、幼い少女はそれをはぐらかすように無理やり笑顔を作ってそう言った。
『申し訳ありません、スモールレディ』
そう言う白銀の青年は本当に辛そうな顔をして彼女を見つめてくる。
スモールレディは幼いながらも、これ以上は聞いてはいけない。きっと訳があるんだということをその真剣な瞳の奥に感じ取ったのである。
「いいよ。でも、いつか教えてね!」
『はい。必ず』
いつか。それが本当にいつなのかは分からなかったけれど、『必ず』と言った彼の言葉を信じることにした彼女は、今度は嬉しそうに微笑むのであった。
透明に澄み切った水が湧き出る泉に辿り着く。泉の周りにある岩はよく見ると美しく輝いており、まるでクリスタルのようだ。
「うわあぁ……!! キレイ!!」
クリスタルパレスとも違う自然の水晶の輝きにスモールレディは感嘆の声を上げていた。水辺に近づき水面を見れば、水晶のきらめきが反射して七色に次々に色を変えて波紋を広げている。
『待ってたわよプリンセス』
顔を上げると水面に立つ美しい顔立ちの女性のような男性のような人物がプリンセスを見下ろしていた。
「お姉さん……? ルナPを直してくれるのって」
綺麗な顔に緊張しながら確認してみる。
『そうよ。「お姉さん」じゃ、ないけどね』
ウインクして笑う泉の人は、三歳の子供からは女性にしか見えなかった。それ以前に水面を歩いていること自体が不思議なのだが。そんな人間離れしたことを普通にやってのけるその人を見て、プリンセスは一つの答えを導き出した。
「分かった!! お兄さんたちは森の妖精さんね!?」
いつの間にか自分の傍らにいた白銀の青年。巨木と同化しそうに不思議なオーラをまとった大樹の彼。重力に逆らって水の上を美しく歩く泉の人。
それまでの三人の様子を考えると、自分の推理がますます正しく思えてくる。
彼らは一瞬視線を交えた後、静かに頷いてプリンセスを見る。
『スモールレディがそう思われるのならば、きっと私たちはそうなのでしょう』
白銀の青年がそう言うと、プリンセスは大きく頷く。
「そうだよ! あなたたちは妖精さんなんだよ! だって王子の涙の絵本の中にも妖精が出てきたもの。きっとお兄さんたちはその妖精さんなんだわ!!」
彼女は満面の笑みを彼らに向ける。
そして三人もいかにも幼い子供らしい彼女の想像力に愛おしげに笑みを作った。
プリンセスは頭を下げて泉の人にルナPを差し出す。
「泉のお姉さん、ルナPをよろしくお願いします」
再びお姉さんと呼んでしまうのだが、彼はさして気にすることもなく『承知しました』とボールを受け取った。
『少し時間がかかると思うから、プリンセスたちは先に王子の涙を探して頂戴。例の場所で待ってるから、またそこで会いましょう』
泉の人が言う例の場所がどこなのかもちろんプリンセスには分からなかったが、あとの二人が了解と頷いたのを見て、彼女も真似して自信満々に頷いた。
「じゃあまたね! 泉のお姉さん!」
手を大きくブンブン振りながら元気にそう言う彼女に泉の人は嬉しそうに手を振り返して彼女たちを見送った。
『こんにちはプリンセス』
まるで最初から来ることを知っていたかのように嬉しそうにその人は言った。濃いブラウンのウェーブがかった長い髪の毛と更に長身な彼はどことなく大樹を思わせる。
「こんにちは!パパが病気で、王子の涙っていうお花を探してるの。どこに咲いてるかお兄さん知ってる?」
ドキドキしながらスモールレディは尋ねた。
『そりゃ随分懐かしい名前の花だな。もちろん知ってるよ』
「ホント!?」
瞳を輝かせて聞き返す。一点の濁りも無く咲く場所を知っていると言う彼は自信たっぷりに頷いた。
『良かったですねスモールレディ』
隣にいた銀髪の青年もそう言ってプリンセスと微笑み合う。
『ただし』
今まで笑顔だった長身の彼は、ここで一転して真顔になりプリンセスを見る。
『今から俺が案内する場所は決して誰にも言わないこと。約束、守れるか?』
真剣な彼の表情につられるようにプリンセスはごくりと息を呑んで頷いた。
「うん! 絶対言わない! 約束するよ!!」
『よ~しいい子だ!』
クシャリと顔を先程までの気さくな雰囲気に戻して笑う。そしてその視線はスモールレディが抱えているルナPへと向けられた。
その視線に気付いて彼女はルナPを二人に紹介して、何やら具合も悪そうなことも言ってみる。すると、顎に手を当ててまじまじとボールを見ていた長身の彼はその手をポンと叩いて話し始めた。
『花を探しに行く前にそのボール』
「ボールじゃないよ! ルナPだもん!」
『あははごめん! その、ルナPを直せる奴の所に寄っていかないか?』
ちょっとした剣幕で訂正してくるプリンセスに少々たじろぎながら提案する。
『ああそうかあの男ならあるいは……』
彼の言葉に銀髪の青年も一人納得したように呟いている。
「うん。そうしたい! だって、ルナPは私の大事な友達だもん。パパも心配だけど、ルナPにもちゃんと元気になって欲しいよ!」
『了解♪ じゃ、行こうぜ』
こうして、二人から三人になった彼女たちは森の更に奥に向かっていったのである。不思議なことに、さっきまで薄暗く感じていた森が奥に進むに連れて明るくなっていくようだった。それは小さなプリンセスの心の中の希望が、道を明るく照らしているのかも知れない。しかし彼女の両隣にいる男達からも温かなオーラが発せられていたのだった。
歩きながらどこからか水の音が聞こえてくる。プリンセスはキョロキョロと辺りを見回した。
『この先の泉に仲間がいるんだ。この音はそこから聞こえてくるんだよ』
スモールレディの様子に気付いた大樹の彼は教える。
彼らは一体何者なんだろう。素朴な疑問がスモールレディの頭に浮かぶ。
どうしてこの森にいるのだろう。なぜここまで自分に親切にしてくれるのだろう。そして彼らはどうして名を明かさないのだろう。
一度考え出すといくつもの不思議な点が湧き上がってきて、スモールレディは神妙な顔付きで黙り込んでしまった。
三歳の子供にしては少々気が回りすぎているのかもしれないが、利発なのはキングである父親譲りなのだろう。そして苦しんでいる人を助けたい。そのために一人で突っ走ってしまうのは、言わずもがな。母親譲りなのである。
水の音が近くなってきた頃、プリンセスは思い切って口を開く。
「ねえ、お兄さんも名前を教えてくれないの?」
『知りたいのか?』
大樹の彼は突然の言葉に眉を上げて聞き返す。
「知りたいよ! だって名前を知らなくちゃお友達になれないでしょ?」
プリンセスの発言にキョトンと残りの二人は顔を見合わせ、どちらからともなく嬉しそうに笑い始めた。
『そうだよな。確かに、名前が分からなくちゃ仲良くはなれねえよな』
大樹の彼はそう言うけれどすぐに少し寂しげな表情になる。
『だけどごめんな。今は言えないんだ』
「どうして!?」
自分の気持ちを分かってくれたはずなのにそれでも言えない理由が分からなくてプリンセスは眉を下げて聞く。
『そういう決まりなんだよ。』
「決まり?」
『だから……』
『おい! 喋り過ぎだぞ。』
プリンセスの問いかけに答えそうになった彼に白銀の青年が止めに入る。
そしてなにやら二人で小声でやり取りをすると二人して辛そうに溜息を漏らしていた。その様子を見て何だか寂しくなったプリンセスはぎゅっとルナPボールを抱きしめる。
「いいよ、もう。早くルナP直してくれる人の所に行こう」
胸の中にツンツンと痛みを感じていたけれど、幼い少女はそれをはぐらかすように無理やり笑顔を作ってそう言った。
『申し訳ありません、スモールレディ』
そう言う白銀の青年は本当に辛そうな顔をして彼女を見つめてくる。
スモールレディは幼いながらも、これ以上は聞いてはいけない。きっと訳があるんだということをその真剣な瞳の奥に感じ取ったのである。
「いいよ。でも、いつか教えてね!」
『はい。必ず』
いつか。それが本当にいつなのかは分からなかったけれど、『必ず』と言った彼の言葉を信じることにした彼女は、今度は嬉しそうに微笑むのであった。
透明に澄み切った水が湧き出る泉に辿り着く。泉の周りにある岩はよく見ると美しく輝いており、まるでクリスタルのようだ。
「うわあぁ……!! キレイ!!」
クリスタルパレスとも違う自然の水晶の輝きにスモールレディは感嘆の声を上げていた。水辺に近づき水面を見れば、水晶のきらめきが反射して七色に次々に色を変えて波紋を広げている。
『待ってたわよプリンセス』
顔を上げると水面に立つ美しい顔立ちの女性のような男性のような人物がプリンセスを見下ろしていた。
「お姉さん……? ルナPを直してくれるのって」
綺麗な顔に緊張しながら確認してみる。
『そうよ。「お姉さん」じゃ、ないけどね』
ウインクして笑う泉の人は、三歳の子供からは女性にしか見えなかった。それ以前に水面を歩いていること自体が不思議なのだが。そんな人間離れしたことを普通にやってのけるその人を見て、プリンセスは一つの答えを導き出した。
「分かった!! お兄さんたちは森の妖精さんね!?」
いつの間にか自分の傍らにいた白銀の青年。巨木と同化しそうに不思議なオーラをまとった大樹の彼。重力に逆らって水の上を美しく歩く泉の人。
それまでの三人の様子を考えると、自分の推理がますます正しく思えてくる。
彼らは一瞬視線を交えた後、静かに頷いてプリンセスを見る。
『スモールレディがそう思われるのならば、きっと私たちはそうなのでしょう』
白銀の青年がそう言うと、プリンセスは大きく頷く。
「そうだよ! あなたたちは妖精さんなんだよ! だって王子の涙の絵本の中にも妖精が出てきたもの。きっとお兄さんたちはその妖精さんなんだわ!!」
彼女は満面の笑みを彼らに向ける。
そして三人もいかにも幼い子供らしい彼女の想像力に愛おしげに笑みを作った。
プリンセスは頭を下げて泉の人にルナPを差し出す。
「泉のお姉さん、ルナPをよろしくお願いします」
再びお姉さんと呼んでしまうのだが、彼はさして気にすることもなく『承知しました』とボールを受け取った。
『少し時間がかかると思うから、プリンセスたちは先に王子の涙を探して頂戴。例の場所で待ってるから、またそこで会いましょう』
泉の人が言う例の場所がどこなのかもちろんプリンセスには分からなかったが、あとの二人が了解と頷いたのを見て、彼女も真似して自信満々に頷いた。
「じゃあまたね! 泉のお姉さん!」
手を大きくブンブン振りながら元気にそう言う彼女に泉の人は嬉しそうに手を振り返して彼女たちを見送った。
