第三話 王子の涙
ここはクリスタルパレスから南に少し進んだところにある広大な森。スモールレディはルナPを連れてただ一人でその入り口に佇んでいた。
絵本の中で森と聞いてプリンセスの頭の中に真っ先に浮かんだのは、以前親子三人でピクニックに出掛けたこの場所だった。この森はパレスの敷地内にあるため、ほとんど人間が出入りすることもない。そのため自然の姿がそのまま残されている。
「きっとここにあるよね」
プリンセスは一人呟く。そしてルナPをぎゅっと抱えるとその地へ足を踏み入れたのだった。
以前両親と来たときに美しい花畑があったことを思い出す。しかしまだこの小さい彼女にとって、記憶を辿ることは難しく、ただ思いつくままに直感で歩いていくしかなかった。
「ねえルナP、こっちでいいんだっけ?」
しばらくして、段々不安になってきたプリンセスはルナPを離すと向かい合って聞いてみる。しかし、先ほどの浮遊で力を使いすぎたのかいまいち反応が悪い。その様子にスモールレディは一層の不安の色を浮かべた。
「どうしよぉ……わかんなくなっちゃた……」
その瞬間、カラスのような鳴き声が大きく響き渡る。それから逃げるように大量の小鳥の羽音も続く。
プリンセスは普段あまり聞いたことの無い音にビクリと体を揺らして驚いて空を見上げていた。
見上げて気付く。森に入る前はあんなに広がっていた青空も、鬱蒼と生えている木々によって少ししか見えないことを。
それによって、今自分に置かれている状況が酷く危険なのではないのかということを若干三歳にして本能的に理解したのである。
「戻らなきゃ……!」
急いで森を駆け抜ける。もと来た道を全速力で。
しかし走っている間にも向こうの茂みが何かで動いたような気がしたり、得体の知れない何かに追われているような気持ちになってしまう。
そしてとうとう自分が今どこを走っているのかが分からなくなってしまったのだった。
「えぇ~んっ! ママ~!!」
(探したかったのに。パパのためにお花を探したかったのに…分からなくなっちゃたよ……!
お花畑にも行けないし、パレスにも行けない。どうしたらいいの……?)
枯れ草の上にしゃがみ込んで涙をポロポロ流して動けなくなってしまったスモールレディ。
どれくらいそうしていただろうか。始めは辺り一面が闇のように暗く感じていたはずなのだが、少し経つと、視界の隅に温かい光が灯るのを捕らえる。不思議に思い涙に濡れた顔のままそちらを見た。
そこには見たことも無い人物が彼女を見つめて微笑んでいた。
「だれ? あなたは……だれなの?」
呼びかけた彼女の心の中に恐怖は無かった。知らないはずなのに何故か知っているような。自分の意識ではなく体中の細胞が記憶しているような、そんな感じがどういうわけだかしていたから。
その人物は一歩、また一歩と彼女に近づいていった。
スモールレディの部屋の前に、木星の守護者であるセーラージュピターが明るい表情で立っている。
彼女の手には、以前プリンセスが興味を持った植物についての資料が抱えられていた。
「プリンセス、失礼いたします」
コンコンとノックをした後ドアを開いた。
「プリンセス、この前知りたがっていた花の……?!」
言いかけたところでスモールレディが部屋にいないことを確認する。彼女の表情は蒼白に変わる。
「プリンセス?! どこいったんだ……?!」
彼女は部屋の中をざっと見渡す。すると一冊の絵本が目に入った。
「これは……まさか!」
王子の涙という花のことはもちろんジュピターも知っていた。けれどこれはもう絶滅してしまった花で、研究すれば蘇るかもしれないが野生では到底見ることが出来ないものであることも知っていた。
キングの病のことは守護戦士である彼女にも知らされていたため、プリンセスがおそらくとったであろう行動も、この絵本を見た瞬間に理解した。
「大変だ……! スモールレディは一人で森に!!」
それからの彼女は持っていた資料と絵本を持ち帰ると、それこそ電光石火のような速さで彼女の仲間たち、そして主のもとへと向かっていった。
「何ですって!? スモールレディがいなくなった!?」
執務室で公務を行っていたクイーンは勢いよく立ち上がってそう言う。机上の書類がその振動でバラバラと床に落ちていく。
「探しに行くわ!!」
「クイーン落ち着いて!」
ドレスを翻して行こうとする彼女の前を金髪の守護戦士リーダーが制する。
「だってあの子はまだ三歳なのよ?!」
「クイーン、とにかく私は心当たりのある森をマーズと捜索部隊を作成して探してきます!」
ジュピターはそう言って直ちにマーズと去る。
「私も行くわ! 行かせてヴィーナス!!」
「クイーン、私たちと一緒にパレスの中をまず探しましょう」
ヴィーナスはクイーンを宥めるように落ち着いた調子でそう促す。
「パレス内をくまなく探して、それでも見つからなければジュピターたちに合流したほうが皆で初めから同じ場所で探すよりも効率がいいと思います」
マーキュリーも続けて言った。
「そうね……」
クイーンはそう答えるものの、やはり動揺した心は収まらない。
ヴィーナスがそんな主の肩を優しく叩く。
「大丈夫。きっと見つかるわ。だって私たちセーラー戦士が探すんだから♪」
Vサインをしてみせるヴィーナスは愛野美奈子の時のままの笑顔で目の前の友人を勇気付ける。
そこでようやくクイーンも笑顔を見せて落ち着きを取り戻していった。
主と守護戦士という関係である前に彼女たちは強い友情という絆で結ばれている。
「キングにもお伝えしますか?」
マーキュリーはクイーンに尋ねる。しかしクイーンは首を横に振った。
「今はあの人には休んでいて欲しいの。心配は掛けたくないわ。だから……一刻も早く私たちであの子を探さなければ」
「そうね」
ヴィーナスも同意してマーキュリーも頷く。そして三人は執務室を出るとそれぞれ分かれてスモールレディを探しに向かった。
『道に迷われましたか?スモールレディ』
スモールレディの目の前に現れた人物は穏やかな声でそう尋ねる。白銀の髪に長身で整った顔立ち。口元には笑みを浮かべていて瞳は優しく揺れていた。そこでプリンセスはこれまでのことをたどたどしくも一生懸命に話す。
『そうでしたか。その花ならば私の仲間がよく知っていたはずです。よろしければ連れていって差し上げましょう』
「ホントに!? じゃあ……」
彼の言葉に嬉しそうに首を縦に振ろうとしたところでプリンセスは黙り込んだ。知らない人には付いていってはいけない。両親はもちろん、パレスにいる大人たちに耳にタコができるほど聞かされていたことを思い出したからだ。
「お兄さんは……誰なの?」
『今は答えることはできません』
「じゃあどうしてあたしの名前を知ってるの?」
『以前あなたにはお会いしたことがあるのですよ』
「そうなの? あたし、おぼえてないよ?」
その言葉に眉を下げて笑う彼は、それにと続けた。
『あなたのご両親、とりわけお父上の事をよく知っています。その方がご病気とあらばなんとしてもお助けしたい。そう思いました』
真摯な態度で静かに言う彼に疑う心はほとんどなくなっていた。
「おちちうえって……パパのこと?」
『はい』
父親のことをよく知っているのならば自分にとっても知らない人にはならないのではと考えたプリンセスは頷いた。
さっきのデジャヴのような不思議な感覚と、以前会ったことがあるという言葉から、彼が悪い人物では無いという自分の直感を信じたのである。
「お兄さん! あたしをその人の所に連れてって!!」
『かしこまりました』
彼は一礼するとプリンセスと共に歩き出した。しかしその足取りは不確かで、時折彼の向こう側にあるはずの木が透けて見えていることに、幼いプリンセスはとうとう気づかなかったのである。
絵本の中で森と聞いてプリンセスの頭の中に真っ先に浮かんだのは、以前親子三人でピクニックに出掛けたこの場所だった。この森はパレスの敷地内にあるため、ほとんど人間が出入りすることもない。そのため自然の姿がそのまま残されている。
「きっとここにあるよね」
プリンセスは一人呟く。そしてルナPをぎゅっと抱えるとその地へ足を踏み入れたのだった。
以前両親と来たときに美しい花畑があったことを思い出す。しかしまだこの小さい彼女にとって、記憶を辿ることは難しく、ただ思いつくままに直感で歩いていくしかなかった。
「ねえルナP、こっちでいいんだっけ?」
しばらくして、段々不安になってきたプリンセスはルナPを離すと向かい合って聞いてみる。しかし、先ほどの浮遊で力を使いすぎたのかいまいち反応が悪い。その様子にスモールレディは一層の不安の色を浮かべた。
「どうしよぉ……わかんなくなっちゃた……」
その瞬間、カラスのような鳴き声が大きく響き渡る。それから逃げるように大量の小鳥の羽音も続く。
プリンセスは普段あまり聞いたことの無い音にビクリと体を揺らして驚いて空を見上げていた。
見上げて気付く。森に入る前はあんなに広がっていた青空も、鬱蒼と生えている木々によって少ししか見えないことを。
それによって、今自分に置かれている状況が酷く危険なのではないのかということを若干三歳にして本能的に理解したのである。
「戻らなきゃ……!」
急いで森を駆け抜ける。もと来た道を全速力で。
しかし走っている間にも向こうの茂みが何かで動いたような気がしたり、得体の知れない何かに追われているような気持ちになってしまう。
そしてとうとう自分が今どこを走っているのかが分からなくなってしまったのだった。
「えぇ~んっ! ママ~!!」
(探したかったのに。パパのためにお花を探したかったのに…分からなくなっちゃたよ……!
お花畑にも行けないし、パレスにも行けない。どうしたらいいの……?)
枯れ草の上にしゃがみ込んで涙をポロポロ流して動けなくなってしまったスモールレディ。
どれくらいそうしていただろうか。始めは辺り一面が闇のように暗く感じていたはずなのだが、少し経つと、視界の隅に温かい光が灯るのを捕らえる。不思議に思い涙に濡れた顔のままそちらを見た。
そこには見たことも無い人物が彼女を見つめて微笑んでいた。
「だれ? あなたは……だれなの?」
呼びかけた彼女の心の中に恐怖は無かった。知らないはずなのに何故か知っているような。自分の意識ではなく体中の細胞が記憶しているような、そんな感じがどういうわけだかしていたから。
その人物は一歩、また一歩と彼女に近づいていった。
スモールレディの部屋の前に、木星の守護者であるセーラージュピターが明るい表情で立っている。
彼女の手には、以前プリンセスが興味を持った植物についての資料が抱えられていた。
「プリンセス、失礼いたします」
コンコンとノックをした後ドアを開いた。
「プリンセス、この前知りたがっていた花の……?!」
言いかけたところでスモールレディが部屋にいないことを確認する。彼女の表情は蒼白に変わる。
「プリンセス?! どこいったんだ……?!」
彼女は部屋の中をざっと見渡す。すると一冊の絵本が目に入った。
「これは……まさか!」
王子の涙という花のことはもちろんジュピターも知っていた。けれどこれはもう絶滅してしまった花で、研究すれば蘇るかもしれないが野生では到底見ることが出来ないものであることも知っていた。
キングの病のことは守護戦士である彼女にも知らされていたため、プリンセスがおそらくとったであろう行動も、この絵本を見た瞬間に理解した。
「大変だ……! スモールレディは一人で森に!!」
それからの彼女は持っていた資料と絵本を持ち帰ると、それこそ電光石火のような速さで彼女の仲間たち、そして主のもとへと向かっていった。
「何ですって!? スモールレディがいなくなった!?」
執務室で公務を行っていたクイーンは勢いよく立ち上がってそう言う。机上の書類がその振動でバラバラと床に落ちていく。
「探しに行くわ!!」
「クイーン落ち着いて!」
ドレスを翻して行こうとする彼女の前を金髪の守護戦士リーダーが制する。
「だってあの子はまだ三歳なのよ?!」
「クイーン、とにかく私は心当たりのある森をマーズと捜索部隊を作成して探してきます!」
ジュピターはそう言って直ちにマーズと去る。
「私も行くわ! 行かせてヴィーナス!!」
「クイーン、私たちと一緒にパレスの中をまず探しましょう」
ヴィーナスはクイーンを宥めるように落ち着いた調子でそう促す。
「パレス内をくまなく探して、それでも見つからなければジュピターたちに合流したほうが皆で初めから同じ場所で探すよりも効率がいいと思います」
マーキュリーも続けて言った。
「そうね……」
クイーンはそう答えるものの、やはり動揺した心は収まらない。
ヴィーナスがそんな主の肩を優しく叩く。
「大丈夫。きっと見つかるわ。だって私たちセーラー戦士が探すんだから♪」
Vサインをしてみせるヴィーナスは愛野美奈子の時のままの笑顔で目の前の友人を勇気付ける。
そこでようやくクイーンも笑顔を見せて落ち着きを取り戻していった。
主と守護戦士という関係である前に彼女たちは強い友情という絆で結ばれている。
「キングにもお伝えしますか?」
マーキュリーはクイーンに尋ねる。しかしクイーンは首を横に振った。
「今はあの人には休んでいて欲しいの。心配は掛けたくないわ。だから……一刻も早く私たちであの子を探さなければ」
「そうね」
ヴィーナスも同意してマーキュリーも頷く。そして三人は執務室を出るとそれぞれ分かれてスモールレディを探しに向かった。
『道に迷われましたか?スモールレディ』
スモールレディの目の前に現れた人物は穏やかな声でそう尋ねる。白銀の髪に長身で整った顔立ち。口元には笑みを浮かべていて瞳は優しく揺れていた。そこでプリンセスはこれまでのことをたどたどしくも一生懸命に話す。
『そうでしたか。その花ならば私の仲間がよく知っていたはずです。よろしければ連れていって差し上げましょう』
「ホントに!? じゃあ……」
彼の言葉に嬉しそうに首を縦に振ろうとしたところでプリンセスは黙り込んだ。知らない人には付いていってはいけない。両親はもちろん、パレスにいる大人たちに耳にタコができるほど聞かされていたことを思い出したからだ。
「お兄さんは……誰なの?」
『今は答えることはできません』
「じゃあどうしてあたしの名前を知ってるの?」
『以前あなたにはお会いしたことがあるのですよ』
「そうなの? あたし、おぼえてないよ?」
その言葉に眉を下げて笑う彼は、それにと続けた。
『あなたのご両親、とりわけお父上の事をよく知っています。その方がご病気とあらばなんとしてもお助けしたい。そう思いました』
真摯な態度で静かに言う彼に疑う心はほとんどなくなっていた。
「おちちうえって……パパのこと?」
『はい』
父親のことをよく知っているのならば自分にとっても知らない人にはならないのではと考えたプリンセスは頷いた。
さっきのデジャヴのような不思議な感覚と、以前会ったことがあるという言葉から、彼が悪い人物では無いという自分の直感を信じたのである。
「お兄さん! あたしをその人の所に連れてって!!」
『かしこまりました』
彼は一礼するとプリンセスと共に歩き出した。しかしその足取りは不確かで、時折彼の向こう側にあるはずの木が透けて見えていることに、幼いプリンセスはとうとう気づかなかったのである。
