第三話 王子の涙

「キングがご病気ですって!?」
 ここはクリスタルパレスの最上階にあるネオクイーン・セレニティの私室。そこに通された彼女の守護戦士リーダーは、思わず声を上げて彼女の主の言葉を繰り返した。
「ええ。ここの所の不眠不休が一気に体にきたみたいなの。銀水晶の力ですぐに回復するとは思うのだけど……」
 クイーンはそう言いながらも不安の色が隠せないでいた。ヴィーナスはその表情をすぐに読み取って手早く判断を下す。
「でも万一のことがあるわ。すぐにマーキュリーを呼んできます」
 信頼できるもう一人の守護戦士の名を聞いてセレニティはほっと息を吐く。
「頼むわ」
 短く頷いたヴィーナスが部屋を去ろうとした時だった。閉じていたはずの部屋の扉が僅かに開いているのに二人は気付き息を呑む。たいした病状では無いにしろ、出来ればキングの病のことは混乱を招かないためにも伏せておきたかった。だから自ずとヴィーナスの口調は険しいものとなる。
「誰なの!?そこにいるのは!出てきなさい!」
 するとドアの隙間に小さな影が動くのが見えた。見覚えのあるシルエットに二人はいくらか安堵する。
「スモールレディ。怒らないから、こちらへいらっしゃい」
 そう。それはこの星の第一皇女であり、ネオクイーン・セレニティとキング・エンディミオンの一人娘。プリンセス・うさぎ・スモールレディ・セレニティであった。
 その幼子は母の言葉に隠れていた身を現して、涙目で二人を見てくる。
「ママ!!」
 そして両手を伸ばしてクイーンに駆け寄った。
 ヴィーナスはプリンセスに一度拝すると、ここは親子二人で話したほうがいいと考えたのと、己の役割を果たすためにそっと扉の向こうへと消える。

 ソファーに腰掛ける母親の膝の上に向かい合うように座り、抱きしめてもらっているプリンセスは、まだ三歳になったばかり。
 聞いていた話の内容を十分把握していたわけではなかったが、自分の母親の不安げな口調から、父親に何か悪いことが起きている事だけは察知していた。
「ママ、パパは『ごびょうき』なの? とっても悪いの?」
 先のヴィーナスの言葉を真似て泣き出しそうな顔をして母に尋ねる。
 娘の不安を取り除くようにクイーンは優しく、可愛らしいピンクの髪を撫でて微笑む。
「大丈夫よ。マーキュリーがすぐに治してくれるわ。それに、この星を守っている銀水晶に、ママも祈りを込めるから」
「あたしも! あたしもパパのために何かしたい!! パパの側に行きたいよ!!」
 娘の必死な表情にそうさせてやりたい気持ちになるが、まだ原因が何か分からない病がこの小さな体に移る事も考えられる。クイーンは眉を下げて口をきゅっと結ぶと首をゆっくりと横に振った。
 その様子に再び泣き出しそうになったプリンセスに、次の言葉を掛けようと思った矢先。
「あ! そうだ!」
 何か思いついたスモールレディは、母親の膝の上からぴょんと飛び降りて振り向く。その表情は笑顔だった。
「あたしにできること、見つけたよ♪」
 娘の明るい様子に驚きながらもクイーンは聞き返した。
「ヒミツだよ☆でも、きっとこれでパパも良くなるから!」
「スモールレディ?」
「じゃあお部屋に戻ります!」
 先日教わったお辞儀を小さなプリンセスは母親にしてみせると、不思議そうな顔をしたままのクイーンを残して嬉しそうに去っていった。

 スモールレディは自室に戻ると絵本がたくさん並ぶ本棚の前でガサゴソと何やら探していた。その周りをふよふよと黒猫の顔の形のボールが飛んでいる。
「あ! あったあれだ!」
 一冊の絵本が目に入り彼女は嬉しそうに叫ぶ。しかし本棚の高い位置にあるためなかなか届かない。
「ルナP!」
 助けを求めるように呼ばれた先ほどの猫のボールは、スモールレディを乗せるとゆっくりと浮遊する。
 三歳の体重はまだ軽いとはいってもルナPにとってはかなりの重量だったようでなかなか上に届かない。
「がんばって~あとちょっと……!」
 スモールレディも必死に手を伸ばす。
「取れたあ!……っと、とと…っ!きゃあああっ!!!」
 取れた瞬間体のバランスを崩し、活動限界だったルナPの失速も相まって彼女は見事にクッションの上へと落下した。
「いたた…もお~!ルナPのバカ!」
 ロボットに表情があるわけではないけれど、もしもあるとすれば、そんな殺生な…という顔を浮かべていたに違いない。実際は目をグルグルにして弱々しく転がっているだけだったが。
「この前パパに読んでもらったんだよね♪♪」
 ベッドの上に座り直したスモールレディがそう言って広げた絵本の表紙には『おうじのなみだ』と書かれていた。

 その絵本の内容とは、愛し合う一組の若い男女が幸せに暮らしていたのだが、女性のほうが悪い魔法をかけられて病気になってしまう。
 恋人である若者が村の噂で、どんな病気でもたちどころに回復してしまう不思議な花のことを聞き、意を決して魔物も棲む森に花を捜しに行くというものだった。
 その花の名前は王子の涙という。
 スモールレディはその花がどんな色や形だったかを確認するためにこの絵本を手に取ったのだ。
「これだあ!よし!探しにいこう!ルナPも行くよ!」
 ウキウキとした気持ちを胸に、未だ弱り気味なルナPを抱えると、開いたままの絵本を置いてお気に入りのポシェットを肩に掛ける。そして勢いよく部屋を飛び出していった。

 彼女に忘れられた絵本の開かれているページには、小さな花が描かれていた。
五枚の薄いピンク色の花びらに内側は濃いピンク。本来なら花粉が付いているそこには一滴の美しい雫が花を濡らしている。花が泣いている様に見えることから『王子の涙』と名づけられたと絵本の中では説明されていた。


「心配掛けてすまなかった。」
 マーキュリーの往診を終えたキングは、傍らで心配そうに見つめる妻にそう言った。
「いいえ。謝ることなんてないわ。私のほうこそごめんなさい。無理をしているのをちゃんと気付くことができなくて……」
 クイーンは彼の手を両手で包み込んで目を伏せた。
「寝てればすぐに回復するよ。仕事だってまだまだ残っているんだ」
「仕事は当分禁止よ」
 妻の言葉に目を見張って体を起こす。
「バカなことを言うな。俺はこの星のキングなんだからそんなことはできないよ」
「駄目。大きな病気じゃなかったけれど、あなたには休息が必要なの。私やヴィーナスたちが仕事を引き受けるから、何も心配しないでゆっくり休んで?」
 そう言って夫の体を再びベッドに戻した。
 銀水晶の力でもヒーリングの効果がない事に、クイーンは心の内ではひどく動揺していたのだが、なるべくそれを悟らせないようにいつもよりも厳しく夫に言い聞かせていた。
 物腰は柔らかいけれど決して折れることの無い彼女の信念のようなものを感じたキングは、今度ばかりはそれに甘えることにする。
「ありがとう。良くなったらその分しっかり返すから」
「はいはい。キングは真面目なんだから」
 困ったように微笑むクイーンにキングは少しだけ意地悪な顔をする。
「そう。誰かさんとは違ってね」
「もう!ひどい人!」
 そう言いながらもいつものような会話ができるようになったキングにほっと胸を撫で下ろして、嬉しそうに微笑んだ。
 その表情を見た彼は安心したように瞼を閉じて、クイーンの手を握る。それから程無くして規則正しい寝息を立て始めたのであった。
「おやすみなさい」
 そう小さく言ったクイーンは握られている手にそっとキスを落として離すと、静かに部屋を後にした。

「スモールレディ? 入るわよ?」
 娘の部屋の前まで来たクイーンはノックをして声を掛ける。やはり先ほどのスモールレディの様子が気になったのだ。
「ここにいらしたのねクイーン。さあ仕事が待ってますよ。」
 ドアノブに手を掛けたところでマーズが催促する。
「あ、でも……」
「クイーンが仰ったんですよ。『私がエンディミオンの分まで働くわ』って」
 有無を言わさない調子で促す火星の守護戦士に、「相変わらず意地悪ね!マーズは」と小さく抵抗する。
「何か仰いました?」
「いいえ。今行くわ」
 そして二人は執務室へと向かっていった。
 
 このちょっとした行き違いで、プリンセスのたった一人の行動に気付くのがかなり後になってしまうのである。

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