第五話 そうして輝きの未来へ

「ママ」
「なあに?」
 中庭の噴水の近くにある一角でお茶の時間を一緒にしていたママに呼びかける。そしたらママはいつもと変わらない大好きな柔らかな笑みで聞き返してカップを置いた。
 そんなママに微笑み返して、ずっと思っていたことを告げる。
「あたしを、過去の地球に修行に出してくれてありがとう」
「どうしたの? 急に」
「あたしね、うさぎや皆が戦っている姿を間近で見て、一緒に戦って。すっごく成長できたと思うの」
「あら? それだけだった?」
「え?」
 何か間違ったことを言ったかなと顔を上げてママのことを見ると、ふふっと笑ってウインクされる。
「戦ってばかりでは、なかったでしょう?」
「あ……! うん! 学校に通って友達がたくさんできて、うさぎとまもちゃんや皆に色んな所に連れてってもらったし、育子ママも謙之パパも優しくしてくれた。すっごくすっごく楽しかった!! いろんな人に出会っていろんな気持ちに触れて……あたしが成長できたのは、たくさんの出会った人たちのお陰なんだよね。だから……」
「だから?」
「あたしに『普通』の経験をさせてくれてありがとう」
「ふふっどういたしまして」
 ママは目を丸くした後、とっても嬉しそうに笑ってそう言った。
 でも次に浮かんだ色は少し寂しげで、一瞬、ママが消えそうに見えて身を硬くする。
「忘れないでね。一つ一つの出会いを。その中で得た小さな幸せを」
 目を閉じて言うその言葉は、どこかママ自身の胸にも刻んでいるようだった。
「あなたはいずれクイーンになる。それはもう遠くない未来の話です。苦しいことや、迷うこと、孤独を感じることもあるでしょう。
でも、人の間に流れる温もりや、誰かと分かち合った幸せを思い出せば、きっとどんなことでも乗り越えてゆける。
そういう経験をたくさん積んで欲しかったから、私は私が一番それを感じていた時代にあなたを修行に送ったの」
「ママ……」
 そこまで話した時、背後から肩を叩かれた。
 振り返ると穏やかに微笑むパパがいて、ママの話を聞いていたようでゆっくりと頷いた。
「このパレスでの生活だけでは、どうにも私たちがお前を甘やかしてしまうからね」
「もう、キングったら」
 パパの言葉にママはくすくす笑う。
 そしてパパはママの隣の空いている席に「私も仲間に入れてくれ」と言いながら腰を掛けた。ママはうさぎの時と変わらない表情で「どうぞ♪」と可愛らしく微笑んでパパを見た。
 それを見つめ返すパパの顔も相変わらずとても甘くて、あたしは二人の永遠の愛を感じずにはいられない。
「こんなに立派なレディにお前がなれたのも衛やうさ達のおかげだ。彼らには本当に感謝しているよ」
「あ! あなたのうさって呼び方、久しぶりに聞いたわ!!」
「セレニティ、話の腰を折るなよ」
「いいでしょう? ほら、私のこともうさって呼んでみて?」
 うきうきしながら促すママは女王というよりも完全に旦那様をからかう奥さんの表情。「さあどうぞ?」と両手を広げながら言う様子は準備万端だ。
「おいおい、レディの前だぞ。クイーンとして娘と大事な話をしていたんじゃないのか?」
「もーまもちゃんのイジワル!」
 とても自然に言うから流しそうになったけれど、ママのまもちゃん呼びを900年以上生きてきて、今初めて聞いた。パパも何だか呆気に取られて、ついでにちょっと赤くなってる。
 本当にこの人たちは言葉通り『万年ラブラブ』だ。
「マ……ママ?」
 両親に当てられつつも、私はママに探りを入れる。「あ、ごめんなさいね。あなたがもう立派な大人になったからつい気が緩んでしまって。ほら、あなたが小さいうちは理想の女王、女性にならなくてはと思って必死に自分を磨いていたから。
もちろん、それも本当の私だけど、これからはもっと身近な相談者としてあなたの傍にいたいから少し肩の力を抜いたほうが話しやすいかと思ったの」
「それにしたって、急にそこまで素を出したらいくら娘でも驚くだろう」
 ママのにこやかな表情を見つつやれやれと言った調子でパパが釘を刺す。
 でも私ほどは驚いていないから、きっと二人の時にはママはこんな風にあどけなく笑ったり『うさぎ』に戻って話したりしているのだろうと思った。
 両親が子供に見せていなかった顔を見ることが出来て、少し戸惑いもあったけれど、それでもあたしはようやく対等の大人として接してくれているのだということが分かって嬉しかった。
「だって、いつまでも完全無欠の姿ばかり見せ続けたら、この子も安心して女王に即位できないでしょ? この子はあなたに似て真面目だから誰にも言えない様な不安を抱えて一人で悩んでしまうんじゃないかと思うのよ。だからいつでも安心して素直な気持ちで相談できる相手に私はなりたいの」
「セレニティ……」
 感慨に耽っているパパは心なしか涙目だ。でも、そういうあたしもママの想いに泣きそうになっているのだからパパのことは言えない。
 ママはあたしが不安で泣きそうなことをきっと誰よりも気付いてくれていたんだ。
 やっぱりママはうさぎだ。
 誰かが泣く前に笑顔になれるように包み込むような優しさを注ぐのを惜しまない。

「ありがとう……ママ」
 泣き笑いのあたしに、ママもくしゃりと顔を綻ばせて優しく頭を撫でてくれた。
 パパも咳払いを一つして。
「まあ、お前には……エリオスもいることだしな。二人で助け合ってこの星を守っていってくれ。もちろん私もサポートするよ」 
「あ、ありがとう……」
 パパがエリオスとのことを認めてくれている言葉に胸が熱くなる。
 日ごろはなかなか言ってくれないことだったから余計にあたしは嬉しくなった。
「キングったらやせ我慢しちゃって♪ ホントは寂しいんでしょ?」
「君は……! 父親の威厳を形無しにする気か!」
「大丈夫。レディがエリオスと夫婦になっても私がいるわ!」
「夫婦……」
 ニコニコ言うママの言葉に目に見えて落ち込むパパ。
 そんな二人の様子がおかしくて笑みがこぼれる。
 こうして見ると、まもちゃんとうさぎの頃と何も変わらない。
 それがとてもあたしを安心させた。

「約束するわ! あたし、二人が大切に守ってきたこの星を、これからもずっとずっと、守っていくからね!」
「ええ」
「ああ」
 
 あたしはこの時初めて、両親から託されたもの、自分の使命を重責ではなくて何よりも大切なものとして手にしたのだと思ったの。
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