第三話 王子の涙

『ついに見つけたんだね。プリンセス』
 不意に背後から呼ばれてそちらに振り向けば、金色の短髪に少年のような笑顔を浮かべた人物が立っていた。マーズと交信をしていた彼である。
『僕は彼らの仲間だよ』
 不思議そうな顔をしていたプリンセスも、向こうにいる白銀の青年たちを示しながらそう言う彼に笑顔を浮かべる。
「うん! 見つけたよ! これでパパを治せるよね!?」
 両手に王子の涙を抱えた彼女は嬉しそうに言った。
『もちろん。だけどそのままじゃだめなんだ。これから最後の場所に行って、僕ら皆でその花を薬に変えてあげる。でも、僕たちだけだと力が足りないから、プリンセスも協力してくれるかい?』
「協力するよ。さっきの泉のお姉さんもそこで待ってるんだよね?早く行こう!」
 そしてプリンセスはポシェットに王子の涙を大切にしまうと花畑の入り口で待っている2人の元に進んで行く。
『あんなに小さなプリンセスがこれほどの奇跡を起こせるとは……驚いた』
 こちらに向かってくるプリンセスと、その背後に広がる光り輝く花々を見ながら白銀の青年は大樹の彼にそう言った。
『花は正直だ。あれだけ純粋に自分たちを必要としてくれることが分かれば姿を現さずにはいられなかったのさ。またひとつ、この森で伝説が生まれたってとこだな』
『そうだな。かつて前世でマスターが幼少の頃に母君にあの花を贈った事を思い出した』
『おう。やっぱり親子だよな』
『血は争えん』
 2人はいつかの幼かった王子とその姿をスモールレディに重ねてとても幸せそうに笑い合っていた。そしてそれに気付いた金髪の彼も嬉しそうに頷いたのだった。


 少し歩いていくと、先程の泉で見たような水晶が輝く洞窟に辿り着いた。といっても洞窟のため、光がなければ暗いまま。白銀の彼が手の平に意識を集中して青白く光る水晶を生み出してそこから発せられる明かりによって、それらは美しく輝いていた。
「ここが最後の場所なの?」
『もうすぐですよ。ほら、あちらに出口のように光っているのが見えるでしょう? そこが約束の場所です』
 白銀の彼の言うとおり、指差した先には光が見えた。そしてその場所まで来るとプリンセスは久しぶりの外の光に思わず目を瞑る。慣れた頃に再び開くと、その光景に目を奪われた。
 そこは出口ではなく、吹き抜けのように縦穴が空へと伸びている場所だった。その天井から陽の光が降り注いで洞窟内のクリスタルを一層輝かせて見せていたのである。
 出たときに眩しいと感じたのはそのクリスタルのせいでもあったのだ。
「すごい……!」
『プリンセス、ほらこの子。直しておいてあげたわよ』
 そこには泉の人が待っていてルナPボールを差し出しながらそう言ってきた。
「ありがとう! お姉さん!」
 ルナPを受け取ると嬉しそうに頬ずりする。
『王子の涙を出してくれるかな?』
 金髪の彼が優しくプリンセスに訊ねる。
「はい!」
 すると彼は、丁度中央にある大きなクリスタルの上にそれを置く。そして四人はそれを囲んで手の平から温かなオーラを出し始めた。
 花はクルクルと回転しながら宙に浮かび、クリスタルと陽の光を一杯に受けて虹色に輝きだす。
『プリンセス、さああなたも一緒に祈ってください』
 白銀の青年の言葉に頷いて、彼女は膝を付いて祈りを捧げた。
 彼女はまだ覚醒していないはずの王女としての力がこの瞬間だけ働いたかのように白く柔らかなオーラが全身を包みだす。
 そして、両親から受け継いでいるヒーリングの力が花へと移動し、王子の涙は変化し始めた。
 花の雫の部分が一箇所に集まり、一つの花のようなクリスタルになる。
 そして美しく輝くそれが五人のオーラに呼応して弾けたかと思えば、砂よりも細かな粒子となって大樹の彼が用意していたガラスのケースにサラサラと落ちていった。
 その様子を見届けたプリンセスは、三歳にしては随分とエネルギーを使ってしまったことと、薬が出来たことの安堵でふっと眠りについてしまったのである。

『よく頑張ったなプリンセス』
『ルナPを大切にしなきゃだめよ?』
『今は安心してゆっくりおやすみ』
『お元気でスモールレディ。これからもキングとクイーンの力になって差し上げてください』
 四人の声が聞こえた気がした。


 沢山の花の香り、頬に感じる陽の光。そして聞き覚えのある声。
「スモールレディ!」
「プリンセス!!」
 はっと目を開けたプリンセスは、大好きな人々の心配そうな顔が視界に広がった。
「ママ……みんな……」
 目を擦りながら起き上がる。
「良かったスモールレディ……!」
 クイーンは最愛の娘をその腕に力いっぱい抱き締めた。
「もお~! 心配しましたよプリンセス!」
 ヴィーナスは少し大げさにたしなめる。
「無事で何よりです。」
 優しく微笑みかけたのはマーキュリー。
 ここは洞窟ではなく、それよりも前にいた花畑だった。しかしその花々は王子の涙では無くなっていて最初に生えていた草花に戻っていた。
「あれ!? お兄さんたちは!?」
 母親の温もりにほっとしていたプリンセスはたちまち思い出して大きな声で尋ねた。
「お兄さんたちは自分の場所に帰って行ったわ。」
 何もかもを知っていそうな雰囲気でマーズは静かに微笑みながら答える。それを聞いて寂しさが胸に広がり、ちゃんとお礼も言えなかった事を悔やんだ。
「それで、王子の涙は見つかったのか?」
 ジュピターはプリンセスの沈んだ表情を見て、気持ちを変えるように明るく尋ねる。するとスモールレディは大きく頷いて「見つけたよ!」と答えるが、あの小さなガラスケースが見当たらなくて慌てだす。
「あれ!? お薬にしてもらったのに! 無いよ!! どこ!?」
 すると今まで傍らにいたルナPがふよふよと飛んで、スモールレディのポシェットのところまでくるとツンツンと鼻の部分で押してみせた。
「え? ここに……?」
 プリンセスは急いでポシェットを開く。すると探していた薬がちゃんと入っていて笑顔になる。そしてそれをジュピターに見せると目を見張られた。
「この調合……!! 間違いない。王子の涙から作った万能薬だ。すごい……初めて見た」
 絶滅した種類の花を使い、特殊な方法で無ければ作れないその万能の粉を見て有り得ないという気持ちと、さっきの美しい光の正体がなんだったのかが分かり、ただ感嘆の声をあげることしか出来ずにいた。
「早くそれをパパにあげて!」
 プリンセスの必死な声に皆は頷いてパレスへと戻っていった。
 パレスに戻る間、並んで歩いていたマーズとジュピターは、ケースの中の万能薬を見つめながら話していた。
「それにしても……今の植物界でこのことを発表しても誰も信じてくれないだろうな」
「そんなに凄い事なの?王子の涙で薬を作ることって」
「ああ。あの花を見つけるきっかけをつくったのはおそらくあいつらなんだろうけど、あの光は、きっとスモールレディが起こした奇跡だったんだ。そう。この薬は存在自体が奇跡なんだよ」
「プリンセスの潜在能力は……私たちが想像しているよりも遥かに高いみたいね」
「そうだな。それに、レイちゃん。プリンセスはあのちびうさだぞ?」
「そうね、そうだったわ」
 2人はまだ小さいピンクのお団子頭のプリンセスの後姿を見て、戦士として共に戦ったかつての少女と重ね、頼もしい気持ちになったのであった。
 そしてマーズは森のほうをもう一度振り返ると、―ありがとう―と心の中で呟いて微笑んだ。


「今……なんて言った?」
 キングの寝室で妻からの言葉を聞いた彼は驚き聞き返した。
「あ、スモールレディがあなたのために王子の涙で作った薬……って」
「あの子が、王子の涙を……」

 キングの頭に過ぎったのは、必死に花を探す姿と笑顔の愛娘。そして…きっと側にいたに違いない四人のことであった。
 見たわけでもないのにそれは手に取るように分かった。穏やかな時の中でゴールデンクリスタルを再び胸の奥にしまい込んでいた彼は、そのクリスタルが四人の存在を示して輝きを増していたのだと悟った。
「エンディミオン!? どこか痛むの?」
「あ、すまない。そうじゃない。そうじゃないんだ」
 キングは頬に滑り落ちるものを慌てて拭った。
「ありがとう。飲ませてくれ」
 掠れた声でそう言う彼は妻から薬を受け取ると、不意に窓の外を眺めてどこか遠くを見つめて少しだけ悲しそうに笑った。
 薬を飲むと、自分でもすぐに分かるくらいの回復に驚く。まるで彼ら四人と娘の力をそのまま注ぎ込まれたかのような気持ちになる。
「エンディミオン!」
 その様子を間近で見ていたクイーンは、両手で彼の手を握ると、あっという間に顔色が良くなった夫のことを嬉しそうに呼ぶ。
「すぐにスモールレディを呼んでくるわ! 誰よりも一番にあなたに会いたいはずよ!」
 大慌てで出て行く妻を見送ると、くすっと彼は頬を緩ませ、やがて彼女とそっくりな顔をしてその扉を開いてやってくる娘の姿を想像する。
 そして今度は父親の表情で穏やかに微笑むと、愛娘の来訪を待つのであった。

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