ただ一人の(90アニまもうさ)
「うさこに会うために、俺は一人で待っていた。そんな気がするんだ。」
そう、俺は君に会うために生まれてきた。遥かな時を超え、ただ一人の君と出会うために。
両親の記憶が無くなってしまっても、君が隣にいてくれるなら、もう寂しくなんてない。俺は、一人じゃない。
―――
孤独が広がる宇宙から、幼い頃の幻かと思っていたかつての友人が再び現れ、地球に、そしてうさこに牙を剥いた。
地球の王子である俺がこの星を守らなければならないのは前世からの使命。この身は、いついかなる時もその為に在らねばならない。それでもその使命を忘れてしまうほどに感情に突き動かされてしまう唯一の存在があった。
「死ねっ!!」
そう叫ぶ憎悪にまみれたフィオレの攻撃が真っ直ぐにセーラームーンへと向けられる。
「やめろーーーっっ!!」
どうしてだフィオレ! やめろ! うさこ……っ! だめだ。お前だけは失いたくない!
胸に鋭い痛みと焼けるような衝撃。口の中にあっという間に広がる錆びた鉄の味。
守れた……? 俺の、うさこ……ああ、また、泣かせた。
ごめんな、特別な技も持たない俺は、うさこをこうして守ることしか、できない。
ずっと年下のお前に、泣き虫のお前に、本当はもっともっとたくさんのことをしてやりたいのに。
俺はこの体と心で守ってやることしかできない。
ごめんな………うさこ。
目覚めると友人の顔があり。俺の友人が俺の大事な人を傷付けようとした、そして再び傷付けようとしているその事実が苦しくて。
俺の言葉よりも、その胸に咲かせている花に同調してしまっているフィオレに自分の無力さを痛感する。
うさこなら、きっともっと彼の心を救うことが出来るだろうに。そんな風に出来ない俺はじゃあ一体どうすれば彼の心を助けてやることができる……?
彼女達もこの小惑星にやってきた。助けに行かなくては。俺の傷なんてどうだっていい。こんなところで休んでいるわけにはいかない。うさこが危ない。フィオレは確実にその花と共に彼女の息の根を止めようと仕掛けてくるだろう。
地球の生物もこの小惑星の花によって皆死に絶えてしまう。そんなことは、絶対にさせない。
俺との約束を果たすために暴走してしまった友人を、友人である俺が止めなければいけない。何をしてでも。
「うさこ……っ」
フィオレがあつらえた治癒装置のクリスタルから抜け出して、戦闘が繰り広げられている場所へと向かう。
まだ癒えぬ傷から噴き出す痛みすら、前に進む力へと変えて。
嫌な予感がするんだ。うさこは誰よりも優しいから。誰よりも強いから。地球や俺達だけじゃない、自分を脅かそうとする存在すら守ろうとして幻の銀水晶を使い、無茶をするんじゃないか。
確かにその力で多くの命を救うことが出来るだろう。だけどうさこ、俺は、その数多の命と引き換えにお前を失うことは……それだけは絶対に……
絶対に――――
ようやく辿り着いたその先。瀕死のうさこにとどめを刺そうとするフィオレ。その光景に血の気が引き、残った力でそれを阻むために一輪の薔薇を投げ付ける。
頼む、もう……やめてくれ。
「衛くんまで、ぼくを一人にするなんて……」
悲痛な友人の声が倒れて尚聞こえてくる。
違うよフィオレ。君を一人にするためにこんなことをしたかったんじゃない。
一人でいようとするその場所からただ救いたかった。俺にはこうすることでしか君のことを止められない。大事な友人と、大切な恋人を守る術は限界に近い俺にとってこれしかない。
もっとちゃんと話をしたかった。幼い頃、病院で孤独と闘っていたぼくにほんの少しの時間だけでも寄り添い微笑んでくれた君と、話を。
しかしフィオレはこの小惑星ごと地球へ落下させる、俺達を道連れにしてと非情にも言い放った。
やはり俺には救えないのか……? このままどうすることもできないままなのか?
「う……さこ……」
うさこ、無事か……? お前の傍に行きたいのに体が動かない。
そんな時だった。彼女の胸元から見覚えのある輝きが放たれ始めたのは。
ああやっぱりお前はその力を解放するつもりなのか?
「やめてくれ……っ」
畜生、何で。頼むからうさこを連れて行くな。その子は一人の女の子なんだ。俺よりも5つも年下で、ドジで、泣き虫で、甘えん坊の……可愛いただ一人の女の子なんだ。
その力を解放させたらその存在は聖なるものとなり、彼女の立つ場所は、俺や守護戦士すらも手の届かない聖域となってしまう。
地球を救い、多くの命を救う為、自らの命をその代償として帰らぬ人となってしまう。
「大丈夫、私、死なないから。みんなで地球に帰ろう。ね?」
俺と等しくうさこに言葉を投げ掛けるセーラー戦士達。それを受けてセーラームーンは微笑みそう言った。
そんな彼女に無情に伸びるフィオレの手。そんな危機的な状況であるのに、何を怖がっているの?あなたはひとりじゃないと、うさこはフィオレに笑いかけた。
そのやり取りはどこか神聖でけれど惜しみない愛が溢れていて。俺たちは言葉を忘れたかのように見守っていた。
銀水晶のパワーが彼女の思いに比例して強くなりフィオレを包み込む。やがて花の形に結晶化した銀水晶を見ると涙を流した彼は、そのまま胸の邪悪な花と共に浄化され消えていった。
うさこ……やはり、お前が俺の友人を救ってくれたんだな。フィオレに本当の愛を教えてくれた。
ありがとう。もう迷わない。今度は俺の番だ。
俺が、最後までお前を守る。
小惑星の軌道は、うさこと銀水晶、そして守護戦士の彼女達と俺皆の力で地球への衝突は免れた。
けれど、うさこは―――
プリンセスセレニティの姿となった彼女は、その細い肩、華奢な体で銀水晶にパワーを送り続けていた。その背中は美しく気高くて、けれど脆くもあって。俺は、彼女が少しの迷いもなくパワーを注げるように支えとなるため地球の王子の姿となり、その聖なる場所に踏み入れた。
同じ星に生まれて、恋人としてかけがえのない日々を過ごす時も、こうして戦いに身を投じる時も、側にいる。一緒にいるから。
だから、絶対に一緒に帰ろう。そう願って。
肩を抱いて笑いかけると少し驚いて、それでも嬉しそうに頷いて、彼女は銀水晶と共に輝いていった。
けれど、それでも運命は非情に彼女へ降り掛かった。
嘘だよな? うさこ。あの日から、うさこは俺の家族だって、言ってくれただろ? ずっと一緒だって。
昨日だって植物園で相変わらずちびうさと子供みたいな言い争いをして、そのあと元気に駆け寄ってきて。
勿忘草の前では可愛くキスをせがんできたじゃないか。
キス、してやればよかった。
こんなことになるのなら、そんな、彼女の女の子らしい、可愛い小さな願いを叶えてやればよかった。
いくらでもしてやれば良かったのに。なんでだ。うさこ。嫌だ。
一人になって辛いのは俺だけじゃない。
お前だって、そっちに行ったら一人ぼっちじゃないか。誰よりも泣き虫で甘えん坊なのに。そんなの寂しいに決まってるだろ…?
本当にショックだと、人は涙を流せない。
感覚が一気に冷え込んで、それが現実なのだと受け止めることすら困難であるからなのだろう。
冷たくなった彼女を腕に抱いてどれくらいが経っただろう。不意に友人の声が聞こえてきて遠ざかっていた意識が戻ってくる。
穏やかな表情をしたフィオレは命の花を俺に差し出しこれ以上ないほど優しい笑顔を向けていた。
導かれるままにその花の蜜を彼女へ。目を開けると、そこには奇跡が。
「まもちゃん、みんな…言ったでしょ?全部、私が…守ってみせるって…」
うさこ……うさこ。本当に、お前はどうしてそんなに―――
愛しくて、愛しくて。溢れたもので彼女の顔がよく見えない。
一度呼吸が止まり、自身を全て投げ出してしまっても尚、変わらない彼女の優しさは、しなやかに強く俺達のことを包み込み続ける。
そんなお前を、俺はこれからも守り続けるよ。
ずっと……この命が続く限り。