探していた

―6:00 起床―



―銀水晶を……

   幻の銀水晶をお願い……――


長い髪の毛、透き通るような美しい声が切なく俺に訴えてくる。

誰だ?君は一体、誰なんだ…!

手を伸ばしても声を上げても届くことは、ない。


もどかしい気持ちを抱えたまま目が覚める。

うっすらとかいた汗で冷やりとした体。整わない頭の中。ゆっくりと身を起こして息を長く吐く。


「また……あの夢か。」


ひとり呟く言葉には諦めと、何か甘い毒に侵されたような。熱に浮かされている時同様の響きがあった。

同じ夢を見ることに疲労は感じていても、嫌悪が沸くことは無いのはなぜだろう。

銀水晶を見付ければ、答えは出るのだろうか。




―8:00 登校―

中学の時から変わらない通学路を参考書片手にそれなりの速度で歩く。

視界の端にふっと長い金色の髪が映った気がしてはっとなる。

しかし目を上げた時にはもうどこにもその姿は見えなかった。



―13:45 5限目―

数学の授業で問題を当てられて黒板に向かう。
図形の面積比を求める問題でメラニウスの定理を用いて解を導き出せば、教室内がざわめいていた。

窓際の席に戻って空を見上げる。
青空に飛行機雲がまるで世界を二つに分けるように線を描いていった。

別れた二つの世界

記憶と共に欠けてしまった自分の心

夢の中の髪の長い、美しい声をした少女


何かが分かりそうで、何かが掴めそうなのに。頭の中で深い霧がもやをかけて全て隠してしまう。

探している


誰を?



会いたい




誰に?



何度考えても答えは出ない。

黒板に視線を戻し、すぐに答えが用意されているそれらに頭を切り替えた。



ー16:00 下校ー


「あのっ!!」

校門を出ると急に人影が飛び出したかと思えば見たこともない女生徒が前に立っていた。

「何?」

「私、あの。登校の時にいつもあなたを見掛けていて、あの、お友達からでもいいので私と付き合ってもらえませんか?!」

こっちはほぼ初対面だというのに。俺の何を知っていてそんな風に言えるのだろうか。自分ですら、こんな中身のない男なんてつまらない。そう思っているのに。

「ごめん。俺、誰とも付き合う気はないんだ。」

引き止める声がしたが、じゃあと一言で振り切ってその場を離れる。

君じゃない。

俺が探しているのは君じゃない。


じゃあ、誰だと?

自嘲の笑みが浮かぶ。
俺はどこまでバカだ。考えても不毛だと、分かっているだろう?



気を取り直し、図書館への道を僅かな期待を込めて歩く。

先日、少しでも銀水晶の手掛かりを見つけたくて取り寄せた水晶の大辞典が入荷されたと昨日連絡があった。

自分の記憶のたった一つの手掛かりなんだ。分からないことばかりだからこそ、諦めたくはない。



ー18:00 帰り道ー

足取りが目に見えて重い。
結局……何も分からなかった。

一体どんなものなんだ?幻の銀水晶は……

こうなったら宝石店を端から端まで当たるしかないか?色や形、大きさなどの特徴が分からないことには探せないと思っていたが、実際足を運んでこの目で見て探した方がここまできたらいいのではないか。

しかしショーケースに売られていればどうにか買えるかもしれないが、金庫や保管庫…そういう場所だったら?

……やるしか、ないか。

ここまできたら刑法に触れるし何より病的だ。けれど俺は他人がどう思おうと、どうしても見つけ出したい。

クローゼットに眠る黒の衣装の出番が来た。俺はもう探すしかない。そうすることでしかこの空虚は埋められない。


決意を胸に空を見上げる。
暗い夜空にぽっかりと穴を開けたかのような丸い月。その淡い光は、俺の胸を何故か切なく、苦しく震わせる。

「待っててくれ。」

誰に?

何を?


分からないままに口から出たそれは、果たして俺の言葉だったのだろうか。
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