愛妻の日(キンクイ)


「ヴィーナス、セレニティを見なかったか?」
「あらキング。ご一緒ではなかったのですか?」
公務の合間、キングは愛しい妻を探していたのだが一向に見つからずマーキュリーに頼まれて書棚の整理をしていたヴィーナスに声をかけた。
何をどう整頓しているのか瞬時に理解した彼は手伝いながら答える。
「いや、セレニティの方が先に奥へ戻ったと思ったんだが……」
「そうでしたか。まあ私が言うのも悲しいことですが、あの『うさぎちゃん』が休憩時間に書庫に来ると思います?」
「……思わない」
「あーーー!クイーンに言いつけちゃお♪」
「やめてくれ」
目元を赤らめてげんなりため息を付くキングは昔と変わらない。
相変わらず衛さんの最大の弱点はうさぎなのね、とヴィーナスは思いながらクスクス笑った。
「ヴィーナス、作業は進んだかしら?」
「マ、マーキュリー!もちろんよ!」
他の仕事を終えた知の戦士の登場に今度はヴィーナスが慌てる番だった。
マーキュリーはキングに美しく礼をすると、彼の心の奥を見透かすように目を細めた。
「キング、クイーンでしたら庭園でお見掛けしましたよ」
「そ、そうか。ありがとうマーキュリー」
持っていた本を書棚に入れて礼を言う。
「いえ。もう次のご公務までお時間が余りないのでクイーンにもお伝えくださいね」
「ああ分かっているよ」
涼やかに笑うマーキュリーであるが。
『イチャイチャしている時間はないんですから我慢してくださいね』という彼女の心の声が聴こえてくるので苦笑するしかないキングだった。
速足で去っていくこの星の王を見送る二人は顔を見合わせて笑う。
「キングの愛妻ぶりは困ったものね」
「でも夫婦円満なのはいいことじゃない」
「それはそうだけど、ほら見てヴィーナス。さっきキングが入れて下さった本」
マーキュリーがふふっと笑って指差す先を見ると吹き出すヴィーナス。
「やあだ!逆になってるー!」
そこには背表紙が逆さになった本がちょこんと収まっていた。



「うさ!」
「まもちゃん!丁度よかったわ」
庭園は寒椿が花開くころで、赤や薄紅色、白。肌寒い空の下も力強く咲き乱れていた。
クイーン以外誰もおらず、キングは二人きりの時だけの呼び名で妻を振り向かせる。
庭園の中心で笑う彼女は月の光のように柔らかな輝きに満ちていて寒椿とのコントラストはまるで絵画のようにキングには映った。
「梅雨の頃、ジュピターを手伝って私も一緒に植えたのよ。ね!綺麗に咲いたでしょう?」
傍らに歩み寄った夫を見上げて得意げに語る。そんな姿はとても愛らしく、幾つもの時を経ても変わらぬ思いにキングは胸を鳴らした。
彼は彼女に恋をする。何度でも。
「知らなかった。そうだったのか。本当に見事に咲いたな」
ふふっと笑ってキングの腕に手を絡ませてとんと頭を預けた。
「良かったわ。無事に咲いてくれて」
「ああ。ありがとう、うさ」
どういたしまして。と笑うクイーンは、ジュピターにもちゃんとお礼言ってね?私はお手伝いしただけなのよ。と念を押した。
もちろんと頷く夫に目元を緩めて隠していた片方の手を差し出した。
「旦那様にプレゼント」
そこには赤の寒椿が一輪。
「ジュピターに教わったのだけど、花言葉がね、あなたにぴったりだと思ったの」
花のように可憐に笑む妻からそれを受け取りうっすらと頬を染めるキングは公では決して見られない表情だった。博識な彼はその花言葉も知っていたから。
「じゃあうさにはこっちだな」
礼を言った後照れた表情を隠すように彼女が用意していたガーデニング用のはさみで、彼女に断ってから一輪切り取って渡した。
「白い寒椿?」
「そうだよ。俺の奥さんへ」
みるみる赤くなる妻の頬にキスを一つ。
そして涙目でありがとうと笑うその姿をマントで包み込み、そのまま優しい口づけを贈った。
マーズが火を噴くように召集をかけるまであと少し。



※花言葉
寒椿(紅色) 控えめなすばらしさ、慎み深い、気取らない優美さ、謙虚な美徳、高潔な理性
寒椿(白) 最高の愛らしさ、申し分ない魅力、至上の美
※2019年いい夫婦の日にサイトに掲載したものでした。
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