sweet home(まもうさ四四)
要と亜美
要は戸惑っていた。
目の前には体を強張らせて若干震えている亜美がいる。そんな彼女に突然の謝罪の言葉を聞かされたから。
「何よ急に。驚くじゃない、顔を上げなさいよ。」
首を横に振ってそれを拒む彼女は目も固く閉ざされている。
要は謝られる理由が全く分からなかった。
彼女に何か非があるとは思えなかったのだ。だとすれば原因は自分なのだろうか。
要は自身のことを振り返る。ひょっとしたらこんな天邪鬼で我儘な自分と共に生活することが耐えられなくなってしまったのだろうか。
そう思い始めると、それしか原因が無い様な気がしてきて彼の表情もどんどん曇っていった。
けれど彼は確かに亜美と暮らして幸せを感じていたし、今更手放そうだなんて考えは全く無かった。
「嫌だ。別れたりなんか、しないからな。」
「え!?」
突然低い声が頭上から降ってきて、亜美は驚き顔を上げた。
要は珍しく荒々しい動作で彼女を引き寄せて、力強くその胸に収めた。
「今更性格が嫌だって言われても直せないから。それに、亜美はもう私のものよ。逃げるだなんて許さない。」
「あ…の…?」
「何よ。それが理由じゃないの?」
「ち…違います!!」
「じゃあ何。」
「私、仕事も家事も両方きちんとやりたいのに全然出来ていなくて。料理もなかなか上手にならないし掃除も行き届かない。医者という仕事を理由にそれらを疎かにしたくなんてないのに。
こんな私が西園寺さんの妻でいていいのかって思ってしまったんです。だから…」
「本当に馬鹿ね。亜美は。」
顎をくいっと持って要は彼女の瞳を覗き込む。
その声は、さっきまでのピリピリした緊張感は全く無く、ただ柔らかな響きとなって彼女に降りてきた。
彼の言葉と行動に静止していた亜美の唇にそっと包むような口付けが落とされる。
目を見開く亜美だったがゆっくりと瞼を閉じていった。
「完璧なんて求めてない。私だって欠陥だらけの人間だもの。だから、亜美も亜美らしくいて欲しい。それに、いざとなったら前田さんにも頼るしね。」
ウインクして赤くなっている彼女に言い切る。
前田というのは西園寺家に長年使えている家政婦で、要が結婚して家を離れた後もたまに母親のように世話をしてくれている存在のことだった。
「それともこの家は気が休まらない?」
「そんなこと、ありません!私…西園寺さんがいるだけで…」
最後まで言えずに真っ赤になって口ごもる彼女に微笑する。
「私も同じ。それが一番大事だと思わない?」
「…はい。」
再び腕の中に大人しく収まる彼女は漸く安心しきったように口元を綻ばせた。
「ところで。」
しばらくそうしていた後で不意に要が口を開く。
「…え?」
「そろそろ下の名前で呼んでくれない?あなただって西園寺なんだから。」
「それはあの…」
「うん?」
「善処します…。」
彼のいつもの翻弄させる笑顔と要求に許容量を超えた彼女はトマトのように赤くなり、小さくそう言うのが精一杯だった。
その様子をさも楽しそうに傍らで彼女の夫は微笑んでいて、亜美は結局顔すら上げられなくなってしまうのである。
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