sweet home(まもうさ四四)
晃とまこと
晃は焦っていた。
付き合い当初はそれこそ想いのすれ違いで喧嘩はしょっちゅうだったが、一度落ち着いてからはまるで夫婦のように安定した関係をまことと築いていた。
結婚前からその状態だったため新婚だからといってもそれは変わらずで、世の中のカップルのような甘さがどうも自分たちには欠けているような気がしてならなかったのである。
晃はそんな思いを胸に、リビングで新聞を読みながら、対面式のキッチンで朝食の準備をしている妻のことをちらちら見ていた。
「なんかこう…盛り上がるようなことしないと駄目か。」
「んー?なんか言った?」
「いや。別に?まこと愛してるって言っただけ。」
満面の笑みでそう言うが、キッチンの彼女はさほど動揺することもなく野菜を刻み続けて苦笑する。
「はいはい。」
そんな反応にどこかカチンと来た晃は殆んど読んでもいなかった新聞を置いてキッチンに無言で近付いていった。
「わっちょっと包丁持ってるときはやめろって言っただろ?!」
「野菜ばっかり見てるまことが悪い。」
背後から初めから強い力で抱き締める晃は、まことが持っていた包丁をやんわりと奪ってまな板に置いた。
「子供みたいなこと言ってないで離してよ!」
「いいだろ。今日は遅いからその分充電だ。」
「今日…遅い、のか?」
彼女の雰囲気が変わったことを感じ取った晃は少し驚き、そして腕に抱く妻をいじりたくなる。
「遅いも遅い。もしかしたら今日中に帰ってくるのは無理かもな。」
「へ…え。そっか。」
明らかにトーンダウンしている彼女が無性に可愛く思えて。彼はそんなまことの頭のてっぺんにキスを落とす。
まことも長身だがそれを感じさせないほどの長身の彼の成せる業である。
「寂しい?」
「馬鹿。そんなわけあるか。」
「ふーん。」
「…嘘。」
小さく呟かれたその言葉に晃は思わず目を見開く。
「お前、存在感がありすぎだから。いないと、この部屋が変に広く感じすぎて…なんか嫌だ。」
ぶっきら棒な言葉の中に確かに彼女の愛情を感じて、晃は声を漏らして微笑んだ。
「わーらーうーなー!」
「ごめんごめん。嬉しくてさ。俺たちもまだまだいけるな、と。」
「何だよそれ!ほらあっちに戻って!」
すっかり真っ赤になった彼女は彼の腕を解きにかかる。
しかしこの時ばかりは一枚上手な晃に、離れる代わりにキスを贈られた。
「早く帰ってくるよ。こんな可愛い奥さん待たせるなんて俺にはできねえや。」
「…!?なっに…言って…」
いつもより遅くなるのは本当だったが、深夜になるほどの予定など無かった。
ただ少しまことをからかいたかっただけで。
けれどそんな彼女に予想以上に可愛い反応を示されたら、彼はどんな手段を選んでも怒濤の勢いで仕事をこなしていつもと同じくらいの時間に帰ってくるだろう。
晃は笑顔の奥にそんな決意を固めて、今度は正面からまことを抱き締めた。
焦る必要など何もない。
特別なことをしなくても妻の愛はこんなふうに感じることが出来るのだから。
強そうに見えて本当は寂しがりな彼女を甘やかすことを彼はおそらくこれからもずっと、やめられないだろう。
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