sweet home(まもうさ四四)
衛とうさぎ
衛は今日何度目かの溜め息を付いた。といっても彼は仕事をしている最中は決して同僚や患者の前では私生活を匂わせない為、休憩中や、一人で廊下を歩きふと窓の外を見たときなど限定はされているのだが。
彼自身分かっているのだ。誰かの前で少しでもプライベートのことを話そうものならきっと止まらずに、家で待っているであろう愛しい存在のことを臆面もなく語り倒してしまうということを。
人の命を預かる医師という仕事をしている彼にとってそれはやはり避けなければならないと思っていた。
午後二時。昼食にしてはやや遅い時間ではあるが、衛は妻であるうさぎが用意した弁当を人気のない屋上で食べていた。
出会って恋をして、もう何年も経ているというのにずっと変わらずに彼女を想う気持ちは年を重ねるごとに大きくなっているような気がして、愛情のこもったそれを噛み締める。
彼の付く溜め息は決して重くて暗い感情からではなく、思慕。結婚して一層強くなった愛する彼女に対する甘い感情を孕んだものだった。
「私ね、まもちゃんの家族になれてすっごくすっごく幸せ。まもちゃん、大好き!」
籍を入れて式を挙げて二人の新居に帰ってきて開口一番に彼女が言った言葉を思い出す。
前世に縛られるのは好きではない衛は、この時ばかりは感謝した。
あんなに真っ直ぐ自分のことを想ってくれて天使のような温かくて優しい彼女という永遠の人を巡り合わせてくれたのだから。
彼は空に浮かぶ昼の月を眺めて優しく目を細めた。
不変の想いの横で変わるものもある。
出会って間もない頃の彼女の手料理を思い出すと今でもそれだけで数分トリップできるほどの破壊力を持っていたが。
衛に喜んでもらいたい一心で、彼女の頼れる親友や母親、更には料理教室にも通って腕を上げていったそれは、彼の胃袋を捕えて離さないまでになっていた。
その事実が何とも嬉しくて。噛み締めるたびに彼女の笑顔が浮かんでくるようで。
衛は早く家に帰って愛しい妻を抱き締めたい思いに駆られるのだった。
そんな気持ちを抑えてもう一つ卵焼きを頬張る。
「美味しいよ。うさ。」
職場の者達が決して知らない微笑みで誰にも聞こえないくらいの言葉を囁いた彼の表情は、周りの空気をも変えそうなほどの柔らかなもので満たされていた。
「おかえりなさい!お弁当美味しかった?」
「ただいま。ああ、すごく旨かったよ。だけど…」
「まもちゃん?」
「こっちも食べさせて。」
「…!?」
玄関先で繰り広げられる優しい狼と味見をされて為す術もなく赤面する純真なうさぎの甘いひと時は、それから数時間後の話。
.