紫陽花の前で逢いましょう




「あれ…?ここ…」

梅雨の晴れ間のその日。うさぎは衛と手を繋いで歩いていたのだが、不意にそう言って歩みを止めた。

そこはあの日の紫陽花が咲き乱れるあの場所だった。

「毎年ここの紫陽花は凄いんだ。綺麗だろ?」

いつもの道を回り道して衛の住むマンションに向かっていた彼らは付き合ってから初めてその場所を通っていたのだ。
けれど衛の言葉に反応しないうさぎはただじっと何か他のものを見るように遠い目をしていた。そんな彼女を訝しく思って彼はそっと呼びかけたのだが。そうだ、そうだよ…と何やら小さく囁いている。

「でんでんむしの…おにいちゃん…」

うさぎの発した言葉に衛の表情も止まる。

「え…?」

「あのねまもちゃん、違うかもしれないけど、小学校に入ってすぐまで多分私ここの近くのアパートに住んでたの。でね、7歳の誕生日の日に、雨の中でこの紫陽花のところでとっても優しくて色んなことを知ってるお兄ちゃんに会ったんだ。」

「…うん。」

「でもね、なんだかそのお兄ちゃん寂しそうで。私、会えるって約束したのにね、あのあとすぐに引っ越して会えなくなっちゃって。」

「…うさ…」

思い出しながらも少し泣きそうになって悔やんでいる恋人の名を呼んだ衛はそのまま優しく彼女を抱き寄せた。

「まもちゃん…??」

「大丈夫。」

「え?」

「もう―――会ってる。」

「え…?」

衛は、うさぎがこの話をするまであの小さな女の子が彼女であることに気付いていなかった。あの日の出来事を忘れたわけではなかったが、まさか今こうして抱き締めている恋人が、記憶をなくした自分の一番初めの優しい思い出の中にいる少女だったとは。

こんな、奇跡のような、偶然があるだなんて。

「きっと…偶然なんかじゃないんだよな。」

二人のあの出会いもきっと必然。
運命をまだ知らなかったあの頃でさえ、二人の強い結びつきはもう既に存在していたのだ。


「まもちゃん…?まさか…!」

ようやく衛の言わんとすることが分かったうさぎは彼の背中にぎゅっとしがみついて声を上げる。

「あの日も、君は誕生日で。家族が祝ってくれるから早く帰らなくちゃって言ってた。
あの時の俺はそんな君が羨ましくて…ちゃんと言えなかった。だからあの日の分も今日、言わせてくれるか?」

「まもちゃん…」

「おたんじょうび、おめでとう。」

うさぎの耳にはあの時の少年の声も重なったようにその言葉が届いて。

うさぎは切なさと嬉しさで胸がいっぱいになる。

あの頃の淡い初恋のお兄ちゃんが、まさか今ここでこうして抱き締めてくれている大好きな彼だっただなんて。

不思議で、それでも本当に嬉しくて。

「ありがとう!!お兄ちゃん!」

「…お兄ちゃんはやめろよな。」

うさぎの思わず出てしまったその呼び方に何となくいたたまれなくなる衛は、赤くなりながらも思ったままを口にした。

そんな彼の姿がおかしくて、うさぎは笑い、そして再び抱きついた。

「まもちゃん、だいすきっ」

「…俺もだよ。うさ。」

再会を果たしたあの頃の少年と少女は、梅雨の花の色に囲まれて、まるで内緒話をするかのように小さく笑い合ってキスをした。

おわり
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