Happy birthday dear…

朝目が覚めると、そこには大好きな旦那様がなぜか驚いたかのようにこちらを見ていた。

「おはよう。」

きゅっと抱き着いてそう言うと、ためらいがちに腕を解いた彼が困惑したように目線を逸らして、目元を赤くして言った。

「クイーン、俺、衛……です。」

「え?」

頬を触る。すっと馴染む肌とは少し違って瑞々しい。薄紫のラベンダーの髪色は漆黒の艶やかなそれ。大好きな蒼い瞳はそのままだけれど、赤くした顔は私の知るあなたよりも幼く見えた。

「まもるって……!え、ええええええええーーーーーー!!!???」


私の大絶叫に驚き、バサバサと窓の外の鳥が飛び立つ音。そして耳を軽く押さえて苦笑する、ずいぶんかなり!わかーいころのあなたが私を見ていた。

これはっこれは一体どういうことなのおおお!!??

突然起こった不思議な事態に目を白黒していた私だったけれど、未だに少し顔を赤くしている彼に気付いてまじまじと見てしまう。

か、かわいい…♡

まもちゃん、なのよね?あの頃の。思い出がいっぱい詰まってる20世紀の頃のあなたなのよ…ね?

目を閉じなくてもすぐに思い出せる私の青春時代。きらきらドキドキしていた10代のころの記憶があなたを前にして一気に私の中に戻ってきた。

「あ、あの…どうして私、あなたのところに来てしまったのかしら。」

「それは……僕にも分かりません。すみません、あの僕、うさこだと思ってあなたに何か失礼なことをしてしまったかもしれません。寝ていたので分からないのですが……。」

「あらどうしてそんな事気にするの?私たち夫婦なのだから大丈夫よ。」

「ふ、夫婦……」

赤くなっちゃったわ。かわいい…じゃ、なくて!そ、そうよね。いくらあなただからと言ってまだそんな関係じゃないのだから困るわよね。

「ごめんなさい。あなたには迷惑かけないようにするわ。こうなってしまった事も自分で解決します。だからあなたは…

「迷惑だなんて思いません!」

「まも…る、さん。」

「一緒に考えさせてください。未来に戻る方法を。僕は、あなたの力になりたいんです。と言っても、僕では力不足かもしれませんが…でも、あなたを守りたい。」

真摯な目に胸が高鳴る。いつの時代も、あなたはあなたなのね。

「ありがとう!嬉しいわ。大好きよ!!」

もう一度、さっきよりも強く抱き着くと昂る気持ちのままに、いつも旦那様にするように頬にキスを贈った。

「く、クイーンっあの、とにかく何か服を着てください!!!」

そこでようやく彼が頬を赤くしていた理由を知った。

そうだった、私、シースルーのネグリジェ一枚だったわね……


ごめんなさい、まもちゃん……


真っ赤になって怒るあなたが貸してくれたのは彼のシャツだった。

「こんなものしか無くてすみません。今、ちびうさ…スモール・レディに電話して事情を話してくるので。クイーンはとりあえずそれを着ていてください。」

「スモール・レディに!?」

娘の名を聞いて胸が弾む。再び修行に出してからはもう一年近く会っていなかったから。

「はい。ここに来てもらいます。うさこの着替えも持ってきてもらうように頼みますから。安心して待っていてください。」

そうやって微笑むあなたを見て胸がきゅっとなる。おなじだけど、違う。あの人とは。だけど……あなたの優しさはずっとずっと変わらないのね。


「ありがとう、まもちゃん。」

私がそう呼んだことに目を少し見開いた彼は、今度は寂し気に目を細めて返事をするとドアを閉めた。

きっとあなたも同じことを思っているのだということが分かったわ。

そのあとスモール・レディと再会して嬉しくて嬉しくて声を上げて喜び合った私たちをあの人と同じように笑って見守っている彼の姿を見て、また胸が少女の時のように鳴る。

そうだったわ。私、こんなふうにまもちゃんのこと、どんどん好きになっていったの。



まもちゃん。ここでの彼はまだ高校三年生だった。若いはずだわ!!それを聞いてついでに今何月何日なのか尋ねて更に仰天した。

「6月30日!?」

「はい。そうなんです。だからあっちの俺…いえ、キングもあなたがいなくなってすごく心配しているのではないでしょうか。もちろん、三十世紀の日付が今日と同じではない可能性もあるとは思うのですが。」

「いえ、いいえ!確かに今日は三十世紀でも私とスモール・レディの誕生日よ。」

大変な日にタイムリープしてしまったことに困惑する私は、かつてお気に入りだったワンピースの裾をきゅっと握った。

スモール・レディが持ってきてくれた着替えの中に、まもちゃんがデートの時に選んでくれた大好きだったワンピースを見付けて胸が熱くなって踊るように袖を通したのはほんの数十分前。私の前には彼と娘が用意してくれた20世紀の朝の美味しい食卓が広がっていたのだけれど、エンディミオンの事を思うと心の隙間に風が吹いたように痛んだ。

スモール・レディが今この時代に修行に出ていて、その上私までこちらに来てしまったらエンディミオンは一人ぼっちだ。もちろん、パレスにはヴィーナスたちや、他にもたくさんの人はいるけれど、私たちは三人で家族なの。

きっと、とても寂しい思いをさせているわ……


「ママ…」

「あ、ごめんなさい、スモール・レディ。」

「ううん。パパのところ、戻りたいのよね?」

「ふふ、大丈夫。きっとすぐに戻れるわ。まもちゃんも協力してくれるって言ってくれたしね。やっぱりいつの時代もパパは変わらないわ。とーっても、優しい。」

「もう。ママったら。」

私は大事な娘をぎゅっと抱きしめた。

「私、大事なことを言っていなかったわ。スモール・レディ、お誕生日おめでとう。」

「ママ…っありがとう!ママも、お誕生日おめでとう!!」

「ありがとう。嬉しいわ。こうして今年もお祝いが言えて。」

「良かったな、ちびうさ。」

にっこりと微笑む彼に娘は大きく頷いた。


スモール・レディは、この時代に転生しているプルートのところに相談に行くと言って朝食が終わると早々に出ていった。俺も行くと彼も言ったのだけれど、まもちゃんはママについててあげて!と返されて留まったのだった。

私のいた未来にもプルートは存在している。たた、それは、未来の戦いでその命を落とした彼女を銀水晶の力で再びその生を与えたからなのだけれど、こうしてこの時代に確かに転生し、みんなと一緒にいるのだと知りほっとして涙が零れた。それをそっと拭っていたら、まもちゃんがハンカチを手渡してくれた。私の事を変わらず見ていてくれるその姿に更に涙が溢れてきてしまう。

「ありがとう。」

「いえ。落ち着いたら…もしよければ少し散歩でもしませんか?」

「え?」

「ここにいるよりは気分も晴れますし。雨も降っていません。ここのところ雨続きでしたが、今日は朝からいい天気です。」

「ええ。ええ!行くわ!」

頭に手を置かれて撫でられはっとなる。それは彼も同じようですぐに手を引っ込めて勢いよく頭を下げた。

「あ…っ申し訳ありませんっ!ご無礼を。」

「いいのよ。ありがとう。」

そう言って笑うと、彼も少しだけ困ったように笑って、もう一度謝ると玄関へと案内してくれる。

案内されなくてもちゃーんと覚えているわと話したら、それは光栄ですと、今度は声をあげて笑ってくれた。


「きゃああああ!なつかしいい!!ひゃっ」

「ちょ、クイ…うさぎさん!落ち着いて!!」

十番街を駆け抜ける私が転びそうになったところを後ろからまもちゃんが息を切らして肩を抱き留めてくれた。もしかしなくても、後悔してる?

うるうるした目で後ろを振り向くと「うっ」とした表情で黙る彼。

「だってぇ…」

「だってじゃありませんよ!まったく、うさこはうさこだなあ……」

「聞こえてるわよ!」

「はあすみません。」

「呆れてるんでしょう?クイーンがこんなんでいいのかって。」

「いや、ただ……」

「ただ?」

目をすいっと逸らして頭を掻いた彼は黙る。

これはエンディミオンの照れた時の癖。奥様はお見通しなんですからね!白状しなさい!

「あっちにうさこのお気に入りのアイスクリーム屋があります。行きませんか?」

「アイスクリーム!?行くわ!!」

あっという間に20世紀のあのおいしーい食べ物で頭の中が一杯になってしまってまもちゃんの腕をとると先陣を切って歩き出した。

一の橋公園のベンチで食べるストロベリーのアイスはさいっこうに美味しかった。

「ふふ、まもちゃんはやっぱりチョコなのね。」

「…はい。クイーンはイチゴが今でも好きですか?」

「ええ!…まもちゃんにも食べさせたかったわ…。」

「え?」

「あ。まもちゃんて、私の旦那様の…エンディミオンの事よ。私たち、二人の時は昔みたいに呼び合ってるの。」

「そうだったんですか。」

「あ!スモール・レディにはまだ内緒よ!?」

「どうして?」

「だって、クイーンのいげんが。って、マーズが。」

「ははは!」

「そ、そんなに笑う!?」

「いや、すみません。かわいいな…って、すみません。」

「もう!オトナをからかわないで!」

そうよ、全知全能の女神、月のセレーネの化身、クリスタルトーキョーの女王、ネオクイーンセレニティなのよ私!

だめだわ。彼を相手にしてると、ついつい旦那様と二人の時みたいな素の姿ばかり見せてしまって。

深呼吸を一つして精神を集中させた。

「未来に帰る方法を考えましょう。衛さん、私を時を刻む場所に連れて行ってください。」

アイスを食べ終えて立ち上がると公園の時計を指差してようやく取り戻した女王の空気を纏わせて言えば、圧倒されたように彼は静かに頷いた。




20世紀の地球。本当に楽しかったわ。心の底から。

けれど同時に気付いてしまった。私、未来の地球で待っているたった一人の愛するあの人と一緒に同じ景色を見ていくことがどれほど大切で、どれほど幸せなことなのかということを。

私の銀水晶に呼び掛けて、時を刻む場所の下で時の守り人に願えば戻れるかもしれない。




「クイーン、僕は……」

大きな時計の下。
彼の瞳に心が揺らいだ。ここでのあなたも私にとってかけがえのない存在よ。愛おしくて、泣きたくなるほど温かい気持ちにさせてくれる。

でもだからこそ、あなたにはちゃんと言わなければ。

「衛さん。ここは居心地のいい世界で本当に大好きよ。けれど、あの人がいないわ。それは……私にとっての世界の半分が欠けてしまっているということなの。」

「それは…男冥利に尽きますね。」

「え?」

「そんなに想われて、未来の俺は幸せ者です。」

「ふふ…そうね、だって、私もあの人と一緒に過ごせてとても幸せだもの。」

「はい。俺も、うさと一緒に過ごす時間がとても大切で…彼女を心の底から愛しています。それはこれからも変わりません。」

「ありがとう…」

私たちは静かに両手を重ね合った。

すると、胸の奥が熱くなってあの人が私を呼ぶ声が確かに聞こえた。

銀水晶の力と時の守り人クロノスの加護を私に送り届けてくれている。

「私、そろそろ行くわ。衛さん、本当に色々とありがとう。娘の事も、あともう少しだけよろしくね。」

「はい。しっかり守ります。」

「頼みました。」

彼の芯の通った声に安心して頷いた。

そして私は光の導く方に手を伸ばそうとした時だった。不意に焦った声で彼が私を呼ぶ。

「クイーンっ!俺、大事なことを伝えていません。」

「なあに?」

私も彼もその瞳にうっすらと涙を浮かべている。

「……お誕生日おめでとうございます。」

その微笑みに胸が一杯になってほんの一瞬。唇を重ねた。

「クイーン…っ」

「…ありがとう。」

内緒、ね?

人差し指をそっと唇にかざすと、口元を抑えて小さく頷く彼が白む視界にわずかに見える。



そうして光の洪水が私を元の時代へと運んで行った。



ありがとう。


私の大切な恋人―――






Happy Birthday dear...




おわり
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