Happy birthday dear…



あれ…?朝…?

頬を差す日の光を感じて身を捩る。


まもちゃんのお布団の中だ。

安心する、お日様の匂い…。


それに混じるラベンダーの香り…。






………え?


ぱちりと目を開けると横にはドアップに見慣れているはずの睫毛が長くて綺麗な顔。

規則正しい寝息が聞こえて、漆黒の髪の毛のはずが少し紫がかっていて、なぜだかいつもの彼よりも随分大人っぽい。


「まもちゃん…?」

私が呼びかけるとそれに反応したようにうーんと小さく唸って、その長い腕を私に絡ませてきた。

「おはよう…今朝は早いね…」

その力強い感覚にドキドキ心臓を鳴らす私に、まだ目を閉じたまま超絶に色っぽい掠れた声で囁かれて額にキスされた。しかも頭を撫でられて「いい子」と、とびきり甘い声も追加される。


何?え、何?

何だか今朝のまもちゃん大人の魅力満載なんだけど……!?



私は朝のぼんやりとした頭の中と、彼の魅力に翻弄されて、全くこの事態を把握することが出来ずにいたんだ。



彼の瞳がゆっくりと開かれて私のことを見つめる。

私も真っ赤な顔のまま見つめ返す。




あ、れ……?



何か、違和感が…。





がばっと二人揃って勢いよく起き上がってもう一度顔を見合わせる。

ぼんやりした意識が一気に覚醒する。それほどの驚異的な事実を目の当たりにした私たち。



「キング!!??」


「セーラームーン!!??」







私たちは互いの顔を見合わせたまま、それ以降何も言葉を発することが出来ずに真っ赤になったり青ざめたりを繰り返していた。

「えーっと、私、どうしてここにいるのか全然分からないんですが…どうしましょう。」

ベッドから取り合えず降りて、上品で高級そうな椅子に促された私は窓辺で思案している様子のキングに問いかけた。

「ああ。私にもまだはっきりとは分からない。それよりもうさぎさん、さっきは…すまなかったね。」

穏やかな声ですっかりキングらしい顔つきに戻っている彼に眉を下げながら微笑まれた。

「い、いえいえいえ全っ然!!全然あの、ホントにありがとうございます!!」

「…え?」

って、私何言ってるの!?

確かに朝からもう訳分からないくらいドキドキしたのは本当だけど、ありがとうございますってお礼言うとか、変すぎるっ!!

「あ、あの、その私もすみませんでした!本当だったらクイーンがして貰うはずの事だったのに…!」

「ああ…いや…」

今度はキングが赤面して頭をかき、窓の外を向いてしまった。

あれ、もしかしなくてもこの反応は、照れてる?キングも照れたりするの?

それにそれに、ちょっと待って。

私とまもちゃんて、30世紀になっても朝とか、あんな感じ…なんだ…?

それって、それって…なんだかすごーーーく…



『いい子』



突然あの時に言われた言葉と声、吐息とかを思い出してボンッと音が鳴りそうなくらい顔が真っ赤になった。

キングは咳払いして「とにかく…」と話し始めた。

「まだ原因は分からないが、プルートのところに行って時空の扉を使えばすぐに君は元の時代に戻れる。だから心配しなくても大丈夫だ。」

「は…はい。そうですよね…!」

「しかし…問題が…」

「え…?」

「今日はプルートはクイーンの誕生日を祝う国を挙げての催しに外部太陽系戦士たちも召集する為にそれぞれの星に赴いていて、帰ってくるのが夜なのだ。時空の鍵はプルートしか持つことが許されていないから、残念だろうけどそれまでは君にこの時代にいてもらう他ない。」

すまなそうに言うキングに、私はさほど不満を抱えなかった。

「大丈夫ですよキング!私、一度ゆっくりクリスタルトーキョーを見てみたかったんです。前に来たときは…」

そこまで言って、かつての廃虚と化していたこの地を思い出して胸が痛む。

「そうだったね。私もあの時は君たちに辛い未来ばかりを見せてしまったから、いつか本来の美しいこの都市を案内したいと思っていたんだ。」

憂いを帯びた表情で優しく微笑まれる。

そんな彼にドキドキしてしまう私は、同時に少しだけ罪悪感。

未来のまもちゃんにドキドキするのは、まもちゃんはいいって言う?駄目って言う?


何となく面白くない顔をした無言な彼が頭の中に浮かんで、苦笑いをすると共にチクチクと心に小さく棘が刺さった。


「衛のそういうところは、きっとこの先も変わらないよ。」

突然私の心を見透かしたような言葉に真っ赤になって驚く。

「君に対してだけは、ね。」

内緒、とサインをするように人差し指を唇に当てて少しだけ意地悪く微笑むキングを見たら、ああやっぱりこの人はまもちゃんなんだ…と、当たり前だけどどこか現実味がなかった事実がすとんと胸に落ちるような気がした。


彼の一挙一動に心臓を跳ねさせて目を逸らせずにいる私の頭をキングはポンポンと優しく叩く。

「君は本当に、いつの時代も可愛いな。」

もう一度大人のまもちゃんがどこまでも優しくて少しだけ色香を含んだ笑顔で私を見つめる。


前に未来に来たときは皆がいたからだろうか。今、私がセーラームーンとしてではなく月野うさぎとして彼の前いにいるからだろうか。決してあの時には見せてくれなかった、おそらくプライベートな表情だ。


彼はテーブルに置いてあったマスクを優雅に取り付けてマントを羽織る。

そしてすっと自然にその手は再び私の頭に伸びてきて今度はゆっくりと撫でてきた。

するとその手は後頭部に移動して、引き寄せられる。目を見開いている私を余所に、耳元に彼の唇がすれすれに近付いて囁かれた。

「準備をしてくるからそこで待っていてくれ。……うさこ。」



キングの口からまもちゃんの呼び方でそう言われて、もう何にドキドキしたらいいのか分からない私は声も出せずにぶんぶん頷いた。

そんな私を見てくすっと笑うと彼はドアの向こうに消えていった。

仄かなラベンダーの香りを残して。



キングは戻ってくると、私の手を取ってクリスタルトーキョーが一望できるパレスの最上部へ連れて行ってくれた。

キングたちの住まいも最上階なのだけど、ここはそれよりも上にある特別な展望室なのだそうだ。



「すっごーーーいっ!!綺麗…!!」

街全体のクリスタルが陽の光を浴びてキラキラ虹色に輝いていて、美しい緑の木々や空と同じ色をした海が街の向こうに広がっていた。

「気に入ったかい?」

「はい!!本当に綺麗!」

私は感動のままに笑顔で答える。すると、キングは顔を綻ばせて「それは良かった」と言った。

この雰囲気は、私に前世でのエンディミオンとの会話を思い出させるものだった。

地球の素晴らしい景色を前にして感嘆の声を上げていた私のことをとても嬉しそうに目を細めて見つめていた王子だった頃の彼と重なる。
キングが纏う気品みたいなものはどこかエンディミオンに似ているのだと、目線を街に移している彼を見てぼうっとした頭で思った。

でも事態はそんなにのんびりとしていられるものでもなくて。この国のもう一人の統治者である未来の私が、私と入れ替わりでいなくなってしまっていることもキングとヴィーナスたちの捜索で分かっていた。

そんな中キングは一つの可能性をさっき教えてくれていたのだけど…



「あの、クイーンはやっぱり過去の地球に行ってしまったのでしょうか?」

「ああ…断定は出来ないけれど銀水晶の何らかの影響で君がここに来たのなら、クイーンの銀水晶も反応しあったはずだ。
その力で妻は入れ替わりに過去の君たちの時代の地球に行ったというのが、現段階では一番可能性が高いと思っている。」

「大丈夫かな…」

「なに、未来の君だ。きっと懐かしさで嬉々として過去の私を連れまわしながら東京を満喫しているさ。それに今君たちの時代にはスモール・レディも修行に行っているから心配要らないよ。あの子は私に似てしっかりしているからね。」

悪戯っぽく笑うキングに私が頬を膨らませて「どういう意味ですか!」とちょっと怒ると朗らかに笑う。その姿は本当に穏やかに見える。

でもその後少しだけ寂しそうな表情になって微笑む彼に私の胸の中がつきんと痛んだ。

「まあでも、今はあの子の時空の鍵も本来の持ち主であるプルートに返してあるから、やはりすぐにはこちらに帰ってこられないな。修行を終えたらこちらから迎えに行くつもりだったから。」


そうだ。キングは娘であるちびうさを過去に修行に出していて、更に妻である未来の私まで急にいなくなってしまった。

寂しくないはず、ないよね。

何だか顔を上げられなくなってしまっていた私だったけれど、意外にもとても楽しげな声が降って来た。

「じゃあ次の場所へ行こうか。今日は幸い公務が無くてゆっくり案内ができるから、要望は何でも言うといい。」

「え、あのキング、本当にいいんですか?何か元に戻る他の方法を考えるとか…」

「いいんだ。きっとクイーンだって羽根を伸ばしている。私も過去の君と過ごせるなんて滅多にないことなんだから楽しまないとね。」

なんだか少し強引な感じ。何となくだけど拗ねているようなこの反応は…

「ひょっとして、クイーンと一緒にいるまもちゃんにやきもちとか、妬いてます?あははは、なんちゃってー…」

冗談で言ったつもりだったのに、目の前にいるキングはすっと表情を消して蒼の瞳で静かに私を見つめていた。

「さっきも言っただろ。君に対してだけはって。」

何も言えずたじろいでいると、突然顎を持ち上げられて逃れようのない視線に思考が止まり、代わりに心臓が信じられないほどの速さで脈打ち始めた。

キングの顔が近付き反射的に目を閉じる。


キングはまもちゃんだけど私の知っているまもちゃんじゃない。未来の私と彼が紡いできた日々を、私はまだ知らない。

だから、これは…こんなことはやっぱりしちゃいけない。

いけないはずなのに動けない。

どうしよう…!!


こんなに戸惑うなら早く逃げればいいのにそれが出来ないのは、きっと余りにも大好きな人と同じだからだ。

キスの前に見つめる静かな蒼い瞳とか、添えられる手の感触とか、ちょっとヤキモチやいて拗ねる顔とか…。


そんな風に思っていた矢先、溜め息のような吐息が聞えてきた。

「何やってるんだ、俺は。」

息が掛かるくらいの距離で呟かれたその言葉は、キングらしからぬものだった。

目を開けると、私から手を離して不器用に微笑んでいる彼がいて。

何だかその姿を見たら胸が焦がれて泣きそうになった。

「君が余りにもセレニティと同じだから…朝といい今といい、本当にすまないね。」

「あ…の、平気です。私…その…」

「うん?」

「私が好きなのはまもちゃんだけです!!
だからキングが、まもちゃんが…この先もずっと私のことを想ってくれているっていうことが…嬉しいんです。すごく…幸せだなって。」

「そうか。」

一言そう返す彼の声は優しさに溢れていて、ちゃんと顔を見たいのに知らずに涙が零れてきて視界がぼんやりしてしまう。

でも。見えない視界の中、頭の中に浮かぶのは大好きな大好きなあの人のことばかりで…

同じ人だけど、同じじゃない。

目の前にこんなに素敵な人がいるのに、今の私にとって、一番隣にいて欲しいのは


『うさこ』


呼ぶ声が同じでも、ただ一人。まもちゃん。
まもちゃんに傍にいて欲しいんだ。



キングは、言葉が出てこない私の思いをきっと分かっているのだと思う。一度だけそっと頭を撫でると、黙って傍にいてくれた。


キングもまた、過去に行ってしまったクイーンのことを想っているのだと、優しい沈黙の中、思った。

「そういえば、君がいた時代では今日は何日だったかな?」

「え?」

突然の質問に私はさっきまで泣いていた表情とはうって変わってポカンとキングのことを見た。

私たちはパレスの東側に広がる海岸沿いを歩いている。30世紀になっても海の美しさは変わらない。もしかしたら私たちがいる時代よりも綺麗かもしれない。

綺麗で素晴らしい景色なのに、それでも灰色の東京湾が無性に懐かしくなってしまうのは、やっぱり自分が20世紀の人間なのだと思ってしまう。


少しだけ前を歩くキングは振り返って私のことを見つめた。

「いや、この時代では今日はクイーンとスモール・レディの誕生日だからね。もしそんな特別な日にこの時代に来てしまったのだとしたら、やはり早く20世紀に返さなくてはと思って。」

「え……っ?あーーー!!!」

大声を上げる私に苦笑するキング。


思い出した。今日は誕生日だった。
突然未来に来てしまってすっかり頭から抜けていた。
自分の誕生日を忘れるなんて我ながらお馬鹿過ぎる。

たしか昨日の夜は、明日は日曜日で学校も無いから一日まもちゃんといられるって、ウキウキしながら寝たんだった。

誕生日が来る前は、まもちゃんに色々おねだりしたり、して欲しいことをしつこいくらいに言ってたんだっけ。

そんな私にまもちゃんは、やれやれって顔をしながらも最後には優しく「分かったよ。うさこの生まれた大切な日だもんな。」って言ってくれた。

その平穏な日常のやり取りを思い出して、またじんわりと目頭が熱くなってしまう。

どんなプレゼントも今はもう望まない。

私は、まもちゃんがいてくれたらそれで…





「衛に早く会いたい?」

やっぱり全てを優しく見抜く目で彼が問う。

「あ…の、えっと……はい…。」

赤くなりながらも素直に答える私に彼は穏やかに微笑んで頷いた。そして溢れてしまった涙をそっと拭ってくれた。

「"俺"も幸せだな。君にこんなに想われて。」

「それは間違い無いです!!」

「はははっ間違い無い、か。」

即答する私にキングは太陽のような暖かな笑顔を向ける。それが眩しくて私も目を細めた。

そしてキングの白いグローブに包まれた手を取りそっと握る。

「キング。私、帰ります。きっと、まもちゃんが道しるべになってくれると思うんです。銀水晶と私を、元の時代に戻してくれる道しるべに。」

「…そうだね。私もセレニティのことを呼んでみるよ。彼女が迷わずにここへ戻ってこられるように。」

キングも私の手を握り返す。

「はい!」

「何だか、君がこの時代に来てしまった原因も分かった気がする。」

「え?」

キングが何かを言おうとしたとき、自分の体が輝き出して徐々に消えていくのを感じて言葉を失う。

「…時間みたいだな。君と過ごせて楽しかったよ。贈り物は用意できなかったけれど…これだけ言わせてくれ。」

「キング…!」

消えていく私の頬を愛おしむように撫でて蒼い瞳は揺らめく。

「15歳の誕生日おめでとう。俺はずっとこれからも…うさこの傍にいるよ。」

そしてその唇がそっと私の額に触れて。

見上げれば、いつも見慣れている大好きな人の控え目な笑顔がそこにあった。

きっとこの笑顔は幾つもの月日が流れても、ずっとずっと変わらないのだと、思った。

もう一度彼を呼ぼうとした時には、私の視界は完全に光に包まれて見えなくなってしまう。

きっと、光が無くても涙で見えなかったに違いないけれど。





――…キング…


……まもちゃん


ありがとう――
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