バレンタインの行方(まもうさ上司部下パロ)

 衛は起きると隣にいたはずの温もりがないことに気付く。ぼんやりしていた頭が途端にはっきりとし、勢いよく上体を起こした。時計は午前11時を過ぎたところだ。そんなに寝ていたのかと心の中で舌打ちする。あたりを見回すと、散乱していたはずの昨夜の服はきちんと畳まれてベッドの隅に置かれている。しかし彼女の物はない。クローゼットから取り出したスウェットを履いて適当にシャツを羽織るとボタンもとめずにドアに手をかけた。
「うさぎ? 」
 一人暮らしには少々広すぎるリビングを見渡し、部下でもあり恋人でもある彼女の名を呼ぶ。だが返事はなく、気配もどこにもない。昨夜はあんなに近くでたくさんの表情を見て、声も聞いていたのに。心を捉えて離さないでいた彼女が、ここまで自分に気づかれる事なくこの部屋を出ていくという器用な真似ができたのか。
「仕事、今週はハードだったからな…… 」
 起きられなかった原因を言い訳するように悔しげに零す。しかし落とした目線の先、ダイニングテーブルの上に見覚えのあるマフラーが置かれていて苛立ちも消えた。
「あいつ忘れていったのか 」
 チェリーピンクのマフラーを持って安心したように笑う。恋人がどこか抜けてるのは相変わらずだ。それにあまりにも彼女の痕跡がなければ昨日の事も夢だったような気がして。
 
 だが彼女が帰ってしまったのも事実だ。
 衛はカレンダーを見つめて眉間に皺を寄せる。

 今日は日曜日で、付き合ってから初めてのバレンタインデーだった。
 
 別に何をするか約束をしたり、決めていた訳ではない。仕事がもしかしたら昨日では終わらず今日も出勤する可能性すらあった。土曜日だって休日だ。流石に二日連続休日出勤はしたくはなかったけれどそれほど逼迫した状態だったのだ。彼女も手伝うとわざわざ出勤して言ってくれたのだが早々に帰ってもらった。システム上あのどうにも面倒な作業が出来る人間は限られており、こればかりは主任の衛がやるしかなかったのである。

 夜も更けたころに漸く目処がつき、疲れた足を引きずりながら廊下に出るとここにいるはずのない人物が袋を提げて歩いて来た。
「月野? 」
「あ!お疲れ様です地場さん。まだ掛かるかなと思って差し入れをそこのカフェでテイクアウト買ってきたんですけど、上がるならこれ、お家で食べてください 」
ここのBLTサンド好きでしたよね?地場さん。そう言って笑ううさぎに、疲れ切っていた衛の体は急速に癒されていく。
「お前、この時間まで待ってたのか? 」
「待ってませんよ!一度家に帰りました!でも、やっぱり何かお手伝いしたくて。これくらいならあたしにもできるかなって…… 」
 袋を持つ手に力がこもる。衛はここが社内である事も構わずに目の前の恋人を抱き寄せた。
「地場さん?! 」
「いいから、黙って 」
 壁際に追いやって逃げ場をなくすと、唇を塞ぐ。
 休日の人気の無い暗い廊下には二人の息遣いしか聞こえない。長く深い口付けと小さく漏れる音にうさぎの頭はクラクラしてくる。

「すまない。差し入れ、ありがとな 」
 性急すぎる自分に居た堪れなくなった衛は短く謝ると、袋を受け取りうさぎの頬を撫でた。けれどキスの余韻で息を上げつつも嬉しそうに返事をする彼女の無意識の色香に衛はもっと深く触れ合いたい衝動に駆られてしまう。

 結局そこからは半ば強引に合意を取って衛はうさぎを差し入れと共に連れ帰ったのだった。



 衛は持っていたマフラーに顔を寄せて唇で触れる。花の様に優しい彼女の香りが僅かにして溜息をついた。いつの間に自分はうさぎの事をこんなに好きになってしまったのだろう。まるで乙女の様な行動に頭をぐしゃりと掻いてそっとテーブルにマフラーを戻した。

「シャワー浴びるか 」

 仕事では百戦錬磨の鬼主任である自分にとって全くもって馴染みのなかった寂しさだとか切なさという厄介な感情を誤魔化すように、わざと声に出して無理やり思考の方向転換をしたのだった。
 

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