まるで御伽噺のように

『まるで御伽噺のように』

十番中学校の入学式。桜並木を両親と歩くうさぎは舞い落ちる薄桃色の花びらを見て遠い記憶を呼び覚ましていた。

かつての地球国も今のように満開の桜が咲いていて、中でも一際太い幹を持つ立派な老木の桜の下で、かの王子であり恋人でもあった青年が微笑んで手を差し出して、あの頃の自分を花吹雪の中できつく抱き締める。
それはまるで夢物語のようなのに、その時の彼の体温、腕の力強さ、安心できる香り全てを思い出すことができた。

あいたい、な……

もう何度もそう思って今では呪文のように唱えるその言葉。
物心ついた時から当たり前のように心の中に住んでいた前世の恋人。小さい頃はドキドキして、夢の中で恋をして。けれど大きくなるにつれそんな風に想いを抱いて生きているのは自分だけなのだと知った。
他の友人たちは自分よりも前の自分の事なんて知らなくて、もちろん恋人が誰だったかだなんて分からない。
そして何より。今まで十三年弱生きてきて、あれほど愛した人はどこを探しても見つからなかったことがうさぎの心に影を落としていた。
掟を破った果てに悲しい別れをしてしまったから、前世の罪を背負った為に今生では出会えない運命なのかもしれない。そんな風にも思っていた。

中学に上がるくらいの年齢にしてはどこか大人びて達観している様子の我が子を、両親は日頃から少し心配していた。今も憂いすら感じる瞳で桜を見る姿はまるでどこかに消えてしまいそうにも思えて、振り切るように明るい声をかけて記念撮影をしようとカメラを構える父と肩に手を置く母。
そんな二人の様子に追憶から日常に戻ってきたうさぎは、いつも通りの笑顔となってカメラに収まる。前世のように月の光を受けたような銀色ではなくなったが、陽の光に透けるような金色の髪、空色の瞳、桃色の頬はあの頃と変わらず美しかった。
折角だから三人で撮ろうかと話している所に、通りがかる黒髪の生徒が一人。
「よろしかったら撮りましょうか?」
穏やかな声でそう言われて、カメラを持っていた父は礼を言い撮り方を簡単に説明する。うさぎも顔をあげて三人で並び笑顔を向けた。

しかしその瞬間、生徒の手からカメラが落ちる。ベルトが付いていたから直下は免れたが、何も言わず、ただただうさぎのことを凝視していた。
「え?」

二人の時が止まり、そして動き出す。

「セレニティ?」
「エンディミオン?」

呼び合って確信する。その瞳を覚えている。その温かさも、声も、全部、ぜんぶ覚えている。
なのに。
お互いに驚愕し、叫んだ。

「どうして女の子に?!」
「どうして男になったの?!」

セレニティはあどけなさの残る可憐な美少年に。
エンディミオンは背丈こそモデルのように高いが洗練された美少女となって転生していた。

果たしてそれは前世の罪かそれとも天の悪戯か。いずれにしても二人の新しい恋の物語は、まだ始まったばかりである。


おわり
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