はちみつ


「香水?」
「そう!まもちゃんと同じ香水付けてみたいなあって」
マンションに遊びに来て、俺が飲み物を準備していると不意にうさはそう言った。
えへへと笑ってお願いしてくる恋人の手元を見ると琥珀色の液体が入った小瓶がある。
「これね、はちみつみたいな良い匂いなの。おんなじ香りがしたらちょっと嬉しいかもって思ったんだ♡」
その発想が可愛くてマグカップをダイニングテーブルに置くとすぐさま後ろからぎゅっと抱きしめ、世界一安心する温もりに触れる。そして鼻先を彼女の頭に埋めた。
「ま、まもちゃん?」
深呼吸すると大好きなうさの香りがして甘く満たされた後、少しだけ眉を下げる。
「うーん、でも香水付けたらこの匂い消えちまわないか?」
「え?!」
「だって蜂蜜よりいい匂いするよ?うさは」
「ま、ちょ、だっ」
言葉にならない彼女の赤くなった首筋にキスをする。声にならない短い甘い吐息が漏れてもっと聴きたくなり二度三度キスを繰り返した。ここからもうさの香りが強くして止まらなくなる。
「ん?」
「ま、まま待って!嬉しいよ?嬉しいんだけどね?ひゃっ、た、試してみたいのっ」
俺の腕の中で何とか体を反転させると真っ赤な顔をして食い下がるうさ。
その頬を両手で挟んで一度唇にキスをする。
「分かった。いいよ」
「ほんと?わーい!」
ぴょこんとうさぎの耳が生えたみたいに表情を明るくして上目遣いで見てくるうさの不意打ちな表情に今度は正面から強く抱きしめた。

「これ蜂蜜の匂い?」
「トップノートだよ、店員さんに聞いたの。初めはお花の香りがして、その後はちみつの香りになっていくって言ってた」
「へえ」
二人で手首や首筋に付けた後、キツすぎないほのかな甘い香りに素直な感想を述べる。ちょっと自分には甘すぎる気がしたが上機嫌な彼女を前にすると一度くらいはいいかとも思ってしまう。なるほど、香りが変化するのか。
ラグに座る俺の足の間にちょこんと収まるうさは顔だけこちらを向けて得意そうに教えてくれた。頭をくしゃくしゃ撫でると楽しそうに笑う。
「まもちゃん甘い匂いだぁ。いつもまもちゃんのお日様みたいなあったかい匂いも大好きですっごく安心するんだけど、今はちょっとドキドキするなぁ」
「んー、二人して同じ香りだとなんだか世界に俺たちだけって感じがしてくるな」
「えへへ、うん!」
普段なら言わない様な言葉も甘い香りに包まれているせいか口から出てしまう。
さすがに少し気恥ずかしくなり急いたよう唇を重ねる。
そんな風に色んなところをくっ付けたり内緒話の様に近い距離で囁き合ったりしている内にふと香りが変わった事に気付いた。
「あ、まもちゃんだめだよぉ」
「なんだこれ。やばい」
ラグの上に横になるうさの手が俺の頬を包む。その手首にそっと唇で触れると濃厚な蜂蜜の香りとそれと混ざり合う彼女の香りが俺の心を激しく揺り動かした。
「うさ...っ」
本能のままに唇を奪う。すると彼女も普段と違う様子で必死に受け止め、深いキスを返してくる。それが堪らなく甘くてどうしようもなく愛おしかった。
何度も角度を変えてキスを繰り返すと流石にこれ以上は止められなくなると警報が頭の中に鳴り響いて顔を上げる。
「やっ、まもちゃ、やめないで」
しかしうさの蜂蜜のような蕩けた表情と言葉にそんな小さな理性は消し飛んだ。

溶け合って混ざり合って、世界でたった一つの香りは俺たちを見えない甘いヴェールのように包む。

俺とうさは、もうとっくにお互いしか映らなくなっていた。
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