六章 絶望という名の果て

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 はるかとみちるが帰国したのは、せつなが連絡してから次の日だった。12時間以上のフライトを考えれば、うさの状況を知って真っ先に飛行機に乗って来たのだろう。
「どういうことだ、うさぎが死んだって!」
 俺の部屋の玄関に入るなり、はるかが掴みかかってくる。
「うさは眠り続けている。死んでしまったわけじゃない」
 俺は、再び流れそうになる涙を堪えて彼女の瞳をしっかりと見つめて言い返す。
「はるかさん、みちるさん。こっちへ」
 美奈が、うさのいるベッドに二人を案内する。うさの側には、美奈、まこと、レイ、ほたるが寄り添っていた。
「これは!」
 はるかがうさの姿を見て言葉を失う。
「銀水晶が、うさぎを包んで……?」
 みちるが俺の方を向いて言う。俺は頷き、うさに何があったのか話し始めた。
「闇の力を溜め込んだ、邪悪な敵。そんなものがうさぎの体内にいるって言うのか」
「他に倒す方法はないの?」
「今、アルテミスやせつな達が調べてる」
 俺はうさを包むクリスタルをそっと触り、ゴールデンクリスタルのパワーを寄り添うように与え続けて応える。
 うさの顔は青白く、瞳は硬く閉じられている。月で交わした言葉も、キスも。遠い昔のように感じてしまうほど現実味がなかった。しかし俺は見失ってはいられない。約束したんだ、うさと。
「他に方法が無くても、俺はカオスを倒す」
 ぐっと拳を握りしめて決意を露にする。その言葉に、この部屋にいる全員の視線がビリッと集まった。
「お前! うさぎごと倒すっていうのか⁉︎」
 再びはるかは俺の胸ぐらを掴んで激しく叫ぶ。横ではみちるが「はるか落ち着いて」と腕を抑えてなだめている。しかしそんなみちるも、俺のことを鋭い視線で見つめていた。「うさに頼まれたんだ。もしものときは俺がカオスを倒すようにと」
「ふざけるな!」
 ついにはるかの拳が飛んできて、俺の頬を赤く染め上げた。痛みは感じても決意は消えない。頬を押さえつつ、ゆっくりと話し出す。
「皆にとってうさは大切な存在で、例えカオスに支配されていようと彼女を手に掛けることなんてできないだろ?」
「そうならない方法を今亜美たちが調べてる!」
 まことも俺を睨んで声を荒げた。
「でも、見つからなかったら?」
「衛さん……」
 美奈が涙を瞳に溜めてこちらを見る。まことは更に前へ出て続けた。
「見つかるさ! あんたは、衛さんはうさぎの恋人だろ⁉︎ 誰よりも大事な存在のはずだろ! よくそんなことが言えるな!」
「恋人だからだ!」
 俺も声を張り上げると皆は静まりこちらを見た。
「愛しているから。俺はカオスを必ず倒す」
「愛しているからうさぎに何をしてもいいっていうのか⁉︎」
 はるかが胸ぐらを掴んで激しく揺らす。
「そうは言ってないだろう」
 言ったところで今度は反対の頬に痛みが走る。
「同じことだ!」
 俺は何も言わず、ただはるかのことを見つめた。今はきっと何を言ってもお互い冷静ではいられないだろう。そう思ったのだ。
 窒息しそうなほど苦しい沈黙が横たわっていた。
「二人とも、もうやめましょう?」
 美奈が俺たちの間に入って泣きながらそう言った。そして、レイも一歩前に出て、泣いている美奈の背中を擦りながら続けて話す。
「今は、仲間内で争いを起こしている場合じゃないわ。うさぎをどうやって救うか……そうですよね?」
「分かってる。俺は今まで、ブラックムーンとの戦いで目の前でアイツにうさが拐われた時も、ファラオ|90[#「90」は縦中横]《ナインティー》にうさが身を投げ出した時も、目の前で失いながらも何も出来なかった」
 言いながら、あの時の辛い気持ちが蘇ってきてうなだれて手を額に当てる。
「そして今度も、うさは俺の目の前でカオスを自ら取り込んで眠りについてしまった」
 自分の非力さを呪った。身代わりになることさえできない我が身を悔やんだ。
「だから、どんなことをしてもうさを絶対に救ってみせる。カオスを倒して、彼女を助ける。できるか、できないかじゃない。やる。それだけだ」
 はるかは何も言わなかったが、俺のことを見る目は、さっきまでのような攻撃的なものではなくなっていた。
 俺はもう一度クリスタルにそっと手を触れる。目を閉じれば、うさと出会った時から今までの幸せな記憶がありありと浮かんできて、涙となって頬を滑り落ちた。
「うさ」
 呼べば答えてくれるならいくらだって呼んでやる。
「うさ……!」
 どうして目を開けてくれないんだ。どうして笑い掛けてくれないんだ。どうして、返事をしてくれないんだ?
「うさ!」
 うさの事を信じて待つ。俺は確かにそう思ったし、今も最愛の彼女を信じている。けれどそれとは別の所で、言葉にできないほどの喪失感に覆われていて。
 うさを抱き締めることすら叶わないこの状況に、俺の心は折れそうになっていた。皆が見ているのも憚らず、何年振りか、初めてか。俺は声を出して泣いた。
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