四章 孤独と抱擁

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『うさこ』
「まもちゃん……?」
 私は思わず振り返る。そんなはずないのに。あの人の声がするはずない。だってここは、太古の昔、私がプリンセス・セレニティであったころに住んでいたシルバーミレニアム。クインメタリアとの戦いで、銀水晶の力を全て解放した時にこの月の王国は甦った。
「うさぎちゃん、ここが祈りの塔がある部屋よ」
 私はルナの声にはっとする。
 ルナには何をするのかまだ言っていない。ただ、この王国のかつての主に聞きたいことがあるから月に行きたいと話してあるだけ。
 まもちゃん、みんな。何も言わずにいなくなろうとしている私を許してなんて言わない。憎んでいいよ。嫌われたって仕方がない。あなた達を失うことに比べれば、そのほうがずっといい。
 私は重そうな扉に軽く手を触れる。するとスーッと音もなくそれは開き、私たちを招き入れた。昔と変わっていないのね。エンディミオンが驚いていた時のことを、まるで昨日のことのように思い出すことができた。
 月でのドームの庭園や、空中に浮かぶ魚、まるで重力を感じさせない扉。
 ヴィーナス達が厳しく見張っていて地球に行けなかった数日間、あなたはこっそり会いに来てくれて、目新しいものを見る度に子どものように興奮していたわ。
『セレニティ 愛してる』
 不意にあの頃のあなたの言葉が、すぐ側から聞こえるように鮮やかに蘇る。そして私は諦めたように静かに笑う。結局、どんな時でも私はあなたの事を考えてしまうの。
 ねえまもちゃん、あなたは私がセレニティでなければ月野うさぎを愛することもなかった? もしもそうだとしたら、これまでたくさんあなたを戦いに巻き込んでしまったこと、謝らなくちゃね。
 まもちゃん、だけど私はたとえあなたがエンディミオンでなくても、地場衛というあなた自身をきっと好きになった。
 かっこよくて頭が良くて優しくて、そんなあなたに笑いかけられたら絶対好きになってたよ。だって、記憶が戻る前から、私達の恋は始まっていたんだって、思うから。
 ねえまもちゃん、うさのこと怒ってる? 嫌いになった? 嫌いになって当然だよ。それでも、今この瞬間も会いたいと思ってしまう私は、本当にどうしようもないくらい自分勝手だよね。
 ねえ、まもちゃん。

 塔の前まで進むと、自分の気持ちを押し込めて、瞳を閉じる。そして、胸のブローチに手を当てて銀水晶に力を込めた。再び目を開けた時には、かつての母、クイーン・セレニティの姿があった。
 白い月の光を反射したかのような銀色の髪は、私と同じ二つのお団子に結われている。コンピューターによる映像と分かっていても、風になびく髪の音がさらさらと聞こえてきそうだ。
『セレニティ』
 そう言って微笑んで、あの時と同じ様に私に慈愛と親しみに満ちた瞳を向けた。
 こんな顔を見てしまったら、これから言おうとしていることを躊躇してしまう。
 でも私には時間がない。皆を守るためにどうしても聞かなくちゃ。
「クイーン」
 私は祈るような気持ちでクイーンを見詰める。今から話すことは、私を地球に転生させてくれたこの人の想いも裏切ることになる。
 ぎゅっと手を固く握り締めて、胸に苦い思いを抱えながら口を開く。
「私と、銀水晶を、完全にこの世界から消す方法を教えて欲しいの」
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