二章 決意と思い

 1
 
 衛さんとうさぎがそんなことになるなんて全く想像もしていなかった。あの時感じた不安は、このことだったんだ。
「じゃ、アルテミス! 行ってきまーす!」
 十番高校の制服を翻して、司令室のあるクラウンの前で相棒に手を振る。
「待てよ美奈! ボクも行く!」
 いつもはここで別れるはずなのにアルテミスは慌ててそう言った。
「アンタ、学校でおべんきょしたいの?」
「違う! ルナが!」
 と言った後、顔を真っ赤にして目を逸らす。
「あーはいはい、デートね。お好きにどーぞ」
 口をへの字に曲げて軽くひと睨みしてやった。
「何だよその嫌味ったらしい言い方は!」
「べっつにー?」
 私はぶんっと体を向き直して、道を蹴るように先に進んだ。
 いいわねーラブラブな彼女がいて! あーあ。地球も平和になったし、私も彼氏欲しいなぁー!
 そう考えていた時だった。一つ先の曲がり角からうさぎが出てくるのが見えた。
「うさ、……ぎ……?」
 呼ぼうとして、何かとてつもなく大きな不穏の影を見たような気がして全身が粟立つ。けれどもう一度目を凝らしてみても、そんなものはどこにも無かった。
「うさぎ?」
 呼び直したけれど、それは殆んど囁きに近くて彼女の耳には届かなかった。
「美奈? どうした? うさぎ行っちゃうぜ?」
 アルテミスの言葉にはっとなり、さっきの不安は気のせいだと振り払ってうさぎの元に駆け寄る。
「うさぎ! おっはよ!」
 後ろから抱き付くと、うさぎの体がビクっと強張るのが分かった。
「あ、美奈P」
 振り返ったうさぎは泣き腫らした目をしていて顔も青白い。ここまで酷く影を落としている彼女を見たのは初めてで、私は言葉を失った。
「おはよ」
 対するうさぎはそう言って、口の端を僅かに上げる。笑っているつもりかもしれないけれど、私にはその表情はまるで命が宿らない彫刻のように見えた。動転する心をなんとか落ち着かせてピリッと緊張感を持たせてうさぎの両肩を掴む。
「何があったの?」
 うさぎは答えない。
「衛さん?」
 ここまで打ちのめされるとしたら原因は彼である可能性が高い。けれどその名を聞いた瞬間、うさぎは瞳を揺らしてただ地面を見詰めるだけだった。その目はからっぽに見えた。
「Vちゃん」
 久しぶりにその呼び方をされ、変な胸騒ぎがする。うん?と私が返事をすると、うさぎは一言一言確認するかのようにゆっくりと話し出した。
「Vちゃんは、今、幸せ?」
「私? もちろんよ。どうして?」
 押し黙る元気をなくした大好きな親友に笑いかける。
「みんなに毎日会えて、戦いも無くて平和で。でもね、」
 私の言葉にゆっくりと視線を上げてくれて少しだけほっとした。
「私も、皆も、うさぎが幸せでいることが一番の幸せなの。うさぎが笑顔でいてくれること。それだけで本当に嬉しくて、幸せなのよ?」
「美奈P」
「ねえ、何があったの? うさぎが困った時こそ私達がいる。そうでしょ?」
 うさぎは何か話し掛けようとしたけれど、また口をつぐんでしまった。
「ありがとう」
 しばらくたってからそう一言だけ言うと、歩き出す。それを追って肩を並べて歩くけれど、どうしようもないほどうさぎが遠く感じた。
「うさぎ、ボクらはいつだってキミの味方だよ?」
 アルテミスは下から覗き込むように言った。うさぎは少しの間何かを思い出したかのようにふっとガラス玉のような目で虚空を眺める。
「うん。ありがとうアルテミス」
 そしてまた力なく笑った。
 ねえうさぎ、私が側にいるのにそんな顔しないでよ。悔しいよ。私達にも言えないことを抱えているの? お願い、うさぎ。もっと私達を頼ってよ。
 けれど無理に聞き出すこともできず、何も話すこともできずに、二人で学校へ向かった。

 イツダッテ、キミノ ミカタダヨ
 いつだって。そう思っていたのに。ギャラクシアとの戦いの時、おぼろげだけど確かに残る記憶。私達を救うために来たセーラームーンを、敵となって恐ろしい力で攻撃した。
 僅かに残る意識で必死に抵抗したけど止められなかった。あんな感覚、もう二度と味わいたくない。死んだ方がマシ。そう思った。
 あの言い様の無い悔しさ、悲しさを思い出して私は唇を噛み締める。
 そして私は、あの時と同じような思いをうさぎの瞳の中に見たような気がした。言い知れない不安が再び襲ってくる。やっぱり彼に聞くしかない。
 午後一つ目の授業中、迫真の演技で腹痛を訴えて保健室に行きたいと先生に申し出る。心配そうな視線を向けるクラスメイト達に弱々しく手を振り、教室を後にすると、すぐにスマホを取り出して液晶画面に衛さんの番号を映し出した。授業? 講義? それどころじゃない。うさぎのピンチを救えるのは悔しいけど、あなたしかいないのよ。
1/3ページ
スキ