FF7・ヴィンユフィ短編

*ヴィンセントは火打ち石を鳴らす*
※オリキャラ注意


 ヴィンセントは激怒した。必ず、かの天真爛漫な元忍者娘を止めなければならぬと決意した。
 ヴィンセントには昔話はわからぬ。ヴィンセントは、元忍者娘の夫でありガンナーである。妻のサポートをし、愛しい家族と平穏無事に暮らしてきた。けれども子どもらの教育に関しては、人一倍に敏感であった。

「ユフィ」

 最初の三点を省くほど早くに妻の名を呼んだヴィンセントは、巻物にミミズがのたくった様な文字で、何やら必死に綴っているユフィの元へと詰め寄った。

「おわっ! どーした? ヴィンセント」

 対してユフィは、ノック無しに入室してきた夫に怒るでもなく、筆を置いて彼の顔を見上げた。
 それだけヴィンセントの迫力が凄かったというのもあるし、何やら自分に対して憤怒しているのだという事を察したからなのだが、一体何で怒らせたのかは予想がつかなかった。多過ぎて。

「ユフィ……何故アリサにカチカチ山の残酷な方を読み聞かせた?」

 正座をする妻と同じ様に腰を下ろしながらそう切り出したヴィンセントに、ユフィは一瞬にして白けた。心情的には「またソレ~?」である。というのも、この手の話は今に始まった事ではなかったからだ。

「何回も言ってるけどさ~、アタシからすればそれがフツーなんだってばっ」

 幼い頃に寝物語として聞かされた昔話の数々。それらは大陸でいうところのハッピーエンドのものもあれば、バッドエンドのものもあった。というよりバッドエンドの方が多い。何ならハッピーエンドに見せ掛けてバッドエンドという性悪な話もある。「めでたし、めでたし」で締め括る話でもバッドエンドだったりする場合もある。何がめでたしだ。何も目出度くはない。
 そんなウータイの昔話は、近年大陸向けに改変されて出版されるようになった。
 それは良い。幼い頃に読んだ話を知ってもらえるから。話が決まった時はユフィもにっこりしたものだった。だがその改変した部分がユフィには気に食わない部分であり、ヴィンセントと紛争する部分でもあった。

「キョークンとかの意味もあるんだよ? そーいう部分がなくなったの読み聞かせてさぁ、何か意味ある?」

 辛辣な言い方をするが、ユフィとて四つになったばかりの幼子に、残酷な描写を積極的に読み聞かせたい訳ではない。だがそういう部分を知っているかいないかで、将来自身の為になるかどうかがかかっていると、彼女は身を持って知っていた。大きいお宝と小さいお宝、どちらかを選らばなくてはならない時は、舌切り雀の意地悪ばあさんの悲惨な結末を思い出したりして回避したものだ。故に、ユフィにとって外せない部分であった。

「その言い分は理解している。そして同意する部分もある。だがまだ就学前の幼い子どもに読み聞かせるのは些か早いのではないかと、俺は言っている」

 思わず俺と言ってしまう程ヴィンセントは真面目であり、また彼にとって譲れない部分でもあった。
 ユフィの言い分はわかる。教訓は幼い頃から言い聞かせ、時には身を持って学ばせるものだ。それが早ければ早い方が良いのはヴィンセントだってわかっている。
 だが、流石に婆汁だとか皮を剥いだりだとかはまだ早過ぎる。せめて両手の指分の年月を得てからでも遅くはないのではないか? というのがヴィンセントの価値観だった。

「あの憎らしい狸の真似をしながら話す姿を知らないから……」

 婆汁くった! 爺が婆汁くった!! やぁ~い、やぁ~い! 流しの下の骨を見てみなぁ!!

 まだ四つの娘が、何故かこの時だけは大人顔負けの呂律で語っていた。しかも、嘲笑う表情のおまけ付き。そんなおまけは要らない。
 それだけではない。おじいさんとおばあさん、そして兎の役全てをこなしていた。つまり一人四役。

狸によるおばあさんの撲殺
おばあさんが狸の凶行に倒れ儚くなる様
狸のおばあさんの皮剥ぎに肉の削ぎ落とし、そしてついに出た婆汁作り
おじいさんの婆汁賞味。そして最愛の人を殺され嘆き悲しみ、仲の良い兎への泣きながらの相談
復讐に燃える兎
背を燃やされ、辛子を塗りたくられ、殴られ溺れ死んだ狸

──これら全て一人でやりきったのである。

 四つの幼い子どもが、悪どい顔をしたり、過激な行動を真似たりするのを想像してみてほしい。あら上手ね~♪ と、音符でも付いてそうな声音で誉めるのは厳しいだろう。ショックの方が大きいに決まっている。ヴィンセントは先程その衝撃を受けたばかりなのだ。可愛い顔を歪ませて語る娘の様は、お父さんにはちょっと厳しかった。

「……まさかとは思うが、今までユフィが語って来た時も顔芸をしていたのか?」
「そりゃ勿論」

 娘の顔芸の出所が妻であった事に二度目のショックを受ける。
 ユフィは旅の途中、よく仲間に昔話を聞かせていた。非常に迷惑だった。ハッピーエンドならまだしも、何故かバッドエンドしか語らないし、トラウマになるようなものばかりだった。
 そのせいで、クラウドが事ある度に宇宙を背負うようになったり、ティファが『バッドエンドは嫌なのよ!!』と耳を塞いで叫ぶようになったり、ナナキに『人の世も大変なんだねぇ』と要らん同情を向けられたりした。シドとバレットは聞いても然程変化はなかったが、多少普段の行いが変わった。
 一番の悲劇はエアリスだ。『お礼に大陸の昔話、聞かせてあげるねっ』等と言い始め、バッドエンド昔話大陸バージョンを語り始めた。ユフィと同じ人種だと知りたくなかった。そしてそれはユフィとエアリス以外の仲間共通の嘆きである。
 話を戻すが、寝物語という事で寝る直前に語り出すため、その時のユフィの顔をヴィンセントは見た事がなかった。そもそも寝た振りをしていたので顔を覗き見る暇もなく、それは旅が終わり暫くしてからも同じであった。付き合ってからはその口を塞いで黙らせる行為に変わった。というか甘く気怠い雰囲気の中、『眠いの? 何か語ってあげよっか?』なんて始めないでほしい。切実に。
 話が逸れたが、昔話を語る様を明るい場所で見た事は今の今までなかった事に、今更ながらに気が付いた。もしかしたら、毎度顔芸をしながら語っていたのかもしれない……エアリスまでしていない事をヴィンセントは祈った。実際はエアリスもしていたのだが、知らぬが仏とはこの事である。

「じゃあヴィンセントが良いやつってどんなのさ~? 清姫? 火ともし山?」
「それもうきいた~」

 何故またバッドエンドなのか。しかもまた内容的に幼い子どもに聞かせるには早いものしかない。
 そう思い却下しようと口を開きかけたヴィンセントの背に、ボスン、と勢い良く抱き付く存在が現れた。
 そして抱き付くのと同時に何やら答えていた。何を言ったのか、ちょっとお父さんにもう一度教えてほしい。

「アリサ、今何とい「ヘビになるおはなしも、みずうみをバァ~!っておよいでコイビトにあいにいくおはなしも、もうゼーンブきいたよ」……何?」

 被せるように言い放った娘の言葉に驚愕する。
 聞いてしまったのか……あの執念の炎を燃やす話を。そして内容を理解しているのかいないのか、怯えるでもなく平然としている愛娘の様子に心配になった。大丈夫か? 心弔ったりしていないか? と、思わず抱き締めながら聞きそうになった。愛憎なんてまだ知らないでほしい。

「アリサ……誰から聞いたんだい?」
「え~? ゴーリキーだよ!」

 ヴィンセントのお話し合いの相手が増えた瞬間だった。

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