FF7・ヴィンユフィ短編
*海を渡る*
「カンパ~イ!」
コンッ、という、鈍い音を立ててマグカップを合わせたヴィンセントとユフィは、ジュノンに住むようになってから良く通ったワイン専門店で、急遽買ってきた渋味のあるワインを一口飲んで、心底楽しそうに微笑み合った。
「ここのフルーツケーキ人気だからさ、今日買えて良かったよ」
そう言って、ユフィは自身の選んだフルーツケーキを口にして、「おいしぃ~!」と頬を包んだ。
ヴィンセントも選んだシフォンケーキをフォークで刺して口に運び、慣れ親しんだ味に舌鼓を打った。
そんな二人のケーキが乗る皿は紙皿で、マグカップ含むそれらを広げているのは、テーブルではなく家具が入った段ボールの上。
場所はいつも二人が寛ぐリビングだが、床に敷いていた絨毯も、今ではぐるぐると巻かれ、部屋の片隅に置かれている。硝子製のテーブルは割れないように梱包されて、同じ様に部屋の隅に鎮座していた。
壁に飾ってあったカレンダーや写真、収納棚の上に飾ってあった、二人の思い出の品の数々も、今では段ボールの中で眠っている。
リビングだけではない。他の部屋も似たような状態で、大きい荷物で片付けていないのはベッドぐらいだった。
「……ホントーに、今日で最後なんだね」
手持ち無沙汰のように、フォークでケーキを突っ付きながらそう言うユフィに、ヴィンセントは何も言わず、一つ小さく頷いた。
「最後ぐらいゆっくりしたかったけど……思い出作りとしてはいーかもねっ」
アンタの誕生日だけど、と笑う愛しい人に、マグカップに口を付けていたヴィンセントは苦笑を漏らした。
ヴィンセント・ヴァレンタインという人間の誕生日である今日は、二人が住んだこの部屋での生活の最後でもあった。
期間にして数えれば数年の居住だったが、それでも数々の思い出が詰まった部屋なのに変わりはない。
心にポッカリ穴が空いたような感覚は、ユフィだけでなくヴィンセントも同じで、今までの生活を楽しんで来た、確かな証だった。
「さみしい?」
覗き込むように様子を窺って来たユフィに、目を伏せる。
確かに、今抱えている感情は“寂しい”というものなのだろう。元々一人で住んでいたこの部屋に、ユフィという色が入ってから今日まで、沢山の色で溢れていた。
目を上げて、周囲を見回す。
目に留まるのは段ボールの山と梱包された家具の数々。ユフィと過ごした見慣れた風景は、既にない。
(……だが)
前を向けば、ユフィは変わらずそこにいる。そしてこれからも、死が二人を分かつ時まで、この原色の風景は何も変わらない。
その愛しい色に微笑んで、ヴィンセントは薄い唇を開いた。
「……門出にお前がいれば問題ない」
ヴィンセントの答えに、ユフィは大きな瞳を数回瞬かせると、頬を染めてニカッ、と笑った。
「門出……確かに、明日からはウータイの生活だもんね~! 門出にアンタがいるなら問題なーし!」
愛する人の好んだ笑顔が戻って、安堵したように目元が緩んだ。
明日、二人は住み慣れたジュノンから、ユフィの故郷であるウータイに移り住む。
ユフィが領主を務めるのはまだ先だが、籍を入れ夫婦となった二人は、来るその日に備え早目にウータイ暮らしを身に付けるべくこの地を去るのだった。
「あっちに行ったらさ、ここで気に入った店みたいに、また色々見付けよーよ! 散歩コースも作ってさ。あっちの海はこことまた違うし、ウータイ山もあるからね! 楽しいこと、いっぱい見付けよ!」
楽しみだなぁ~! と嬉々として話すユフィに、ヴィンセントも「そうだな」と同意して、またケーキを口にした。
このジュノンに住み始めた当初も、ユフィは沢山の楽しみを語り、そして実際見付けていった。だからきっと、ウータイでもそうやって思い出を増やして行けるだろうと、この楽しみの塊のような伴侶に期待しつつ、自分また彼女のために見付けられたらと、ヴィンセントはそう決意した。
「ヴィンセント」
「何だ、ユフィ」
このやり取りも、この部屋から明日全て持っていく。そして新たな場所で馴染んで行くことに、期待せずにはいられない。
「誕生日おめでとっ!アタシと結婚してくれて、ありがとっ!!」
門出の時。最後の祝辞。
明日からその笑顔と新しい日が始まる事の喜びを乗せて、この部屋での最後の口付けを交わした。
*****
ウータイの海は大陸と違い、一人で眺める時は妙に物寂しい気持ちになる事が多い。
季節的なものなのか、それとも地域特有のものなのか定かではないが、旅をしていた時から感じる哀愁が何かに似ていて、ヴィンセントはほんの少し、苦手だった。
だが、今日はそんな感傷に浸っている暇はない。
「うひゃ~!! 寒い!」
もうすぐ冬だ~! と、鼻を赤らめながら、隣でケラケラと楽し気に笑うユフィを見て、ヴィンセントも「そうだな」と小さく笑った。
一ヶ月と少し前、ヴィンセントの誕生日の次の日に、夫婦となった二人はジュノンからウータイへと引っ越して来た。
ユフィからすれば里帰りだが、ヴィンセントにとって、この地が故郷になる。そんな引っ越しをしてから、夫婦としても、既に一ヶ月が経っていた。
「お腹もいっぱいだし、ごちそーさまっ!」
「旨かったな」
「うんっ! ヴィンセントが奢ってくれたから余計にねっ」
そう言って、またケラケラと笑う妻の頭を小突いて、ヴィンセントも釣られ笑った。
ウータイに越して来て、初めての誕生日の夕食にと、二人はかめ道楽で食事をして腹を満たした。
そして「ちょっと散歩」と称して、秋も終わりのウータイの海を眺めに来たのだった。
潮を含んだ風が吹き抜け、酒で火照った頬を撫でて行く。
日も沈んだ海は闇が溶け込み、幾千もの星がちりばめられた夜空の方が明るく見えた。
「帰ったらさ、ケーキ食べよ! 誕生日って言ったらケーキ食べなきゃ!」
どうやら甘いものは別腹らしい。
先ほど「お腹いっぱい」と腹を撫でながら言っていた口は、家の冷蔵庫で眠っている、ティファから贈られたバースデーケーキの話をしている。
「……後悔はしないようにな」
「明日めっちゃ働くから、ダイジョーブダイジョーブ!」
余裕をぶっこいているが、貰った菓子は何もケーキだけではない。
ジュノンにいた時は、周囲の者から一人の女性として扱われていたユフィだが、彼女を幼い頃から知っている者の多いウータイでは、女性というより孫可愛いという見方が強いのか、プレゼントで貰うものの半分以上が食べ物だった。
貰ったおはぎやら月餅やらが、ケーキ同様、家で眠っている。それらも消費しなくてはいけない事を考えると、ユフィの台詞はとても弱い。
一週間後、体重計の上でどんな顔をするかが楽しみだと、ヴィンセントは口の端を上げた。
そんな不穏な未来は知らずに、機嫌良く浜辺を歩くユフィの後ろを歩く。
(……久し振りだな)
ユフィの背を見ながら、しみじみと実感する。
ウータイに引っ越して来てからの一ヶ月。思い返してみれば、二人でこうして散歩をする時間もなかった。
『あっち行ったらさ、ここで気に入った店みたいに、また色々見付けよーよ! 散歩コースも作ってさ。あっちの海はこことまた違うし、ウータイ山もあるからね! 楽しいこと、いっぱい見付けよ!』
不意に、一ヶ月前にユフィが言った言葉を思い出した。
どれもこれもまだ実行出来ていないものばかりで、自分を引っ張り上げた大切な言葉を、何故忘れていたのかと、自分に対してほとほと呆れた。
「……ユフィ」
名を呼べば、黒曜石の瞳がヴィンセントを見上げた。
海よりも黒く、星空よりも美しい……と、そう思わずにはいられない。
キョトン、としているユフィの手を繋ぐと、ヴィンセントは自分の手ごとポケットに突っ込んだ。
『それは冬の定番だろ~?』と言われそうだが、大切な事を忘れていたので、今日だけは許してほしい。
「ユフィ」
「ん?」
「生まれて来てくれて……ありがとう」
いつかユフィに言われた、生涯忘れる事のない言葉を贈る。
パチパチと数回瞬きを繰り返したユフィは、ヴィンセントの手をポケットの中で握り返すと、心底嬉しそうに微笑んだ。
弧を描いた口にキスを落とせば、ユフィの熱がそこに伝わり、じんわりと広がって行く。
「これは冬の定番だろ~?」
「寒いからな」
「じゃあさ、帰って温まろ! そんでケーキ食べよケーキ!」
ポケットに突っ込んだ手はそのままに、二人して歩き出す。
寂しいと思っていた海は、これからは、きっと温かい場所になるだろう。
「ねぇねぇ、ヴィンセント」
「なんだ、ユフィ」
季節が巡り、冬が来る。
二人のやり取りと繋いだ温もりは、変わる事はなかった。
「カンパ~イ!」
コンッ、という、鈍い音を立ててマグカップを合わせたヴィンセントとユフィは、ジュノンに住むようになってから良く通ったワイン専門店で、急遽買ってきた渋味のあるワインを一口飲んで、心底楽しそうに微笑み合った。
「ここのフルーツケーキ人気だからさ、今日買えて良かったよ」
そう言って、ユフィは自身の選んだフルーツケーキを口にして、「おいしぃ~!」と頬を包んだ。
ヴィンセントも選んだシフォンケーキをフォークで刺して口に運び、慣れ親しんだ味に舌鼓を打った。
そんな二人のケーキが乗る皿は紙皿で、マグカップ含むそれらを広げているのは、テーブルではなく家具が入った段ボールの上。
場所はいつも二人が寛ぐリビングだが、床に敷いていた絨毯も、今ではぐるぐると巻かれ、部屋の片隅に置かれている。硝子製のテーブルは割れないように梱包されて、同じ様に部屋の隅に鎮座していた。
壁に飾ってあったカレンダーや写真、収納棚の上に飾ってあった、二人の思い出の品の数々も、今では段ボールの中で眠っている。
リビングだけではない。他の部屋も似たような状態で、大きい荷物で片付けていないのはベッドぐらいだった。
「……ホントーに、今日で最後なんだね」
手持ち無沙汰のように、フォークでケーキを突っ付きながらそう言うユフィに、ヴィンセントは何も言わず、一つ小さく頷いた。
「最後ぐらいゆっくりしたかったけど……思い出作りとしてはいーかもねっ」
アンタの誕生日だけど、と笑う愛しい人に、マグカップに口を付けていたヴィンセントは苦笑を漏らした。
ヴィンセント・ヴァレンタインという人間の誕生日である今日は、二人が住んだこの部屋での生活の最後でもあった。
期間にして数えれば数年の居住だったが、それでも数々の思い出が詰まった部屋なのに変わりはない。
心にポッカリ穴が空いたような感覚は、ユフィだけでなくヴィンセントも同じで、今までの生活を楽しんで来た、確かな証だった。
「さみしい?」
覗き込むように様子を窺って来たユフィに、目を伏せる。
確かに、今抱えている感情は“寂しい”というものなのだろう。元々一人で住んでいたこの部屋に、ユフィという色が入ってから今日まで、沢山の色で溢れていた。
目を上げて、周囲を見回す。
目に留まるのは段ボールの山と梱包された家具の数々。ユフィと過ごした見慣れた風景は、既にない。
(……だが)
前を向けば、ユフィは変わらずそこにいる。そしてこれからも、死が二人を分かつ時まで、この原色の風景は何も変わらない。
その愛しい色に微笑んで、ヴィンセントは薄い唇を開いた。
「……門出にお前がいれば問題ない」
ヴィンセントの答えに、ユフィは大きな瞳を数回瞬かせると、頬を染めてニカッ、と笑った。
「門出……確かに、明日からはウータイの生活だもんね~! 門出にアンタがいるなら問題なーし!」
愛する人の好んだ笑顔が戻って、安堵したように目元が緩んだ。
明日、二人は住み慣れたジュノンから、ユフィの故郷であるウータイに移り住む。
ユフィが領主を務めるのはまだ先だが、籍を入れ夫婦となった二人は、来るその日に備え早目にウータイ暮らしを身に付けるべくこの地を去るのだった。
「あっちに行ったらさ、ここで気に入った店みたいに、また色々見付けよーよ! 散歩コースも作ってさ。あっちの海はこことまた違うし、ウータイ山もあるからね! 楽しいこと、いっぱい見付けよ!」
楽しみだなぁ~! と嬉々として話すユフィに、ヴィンセントも「そうだな」と同意して、またケーキを口にした。
このジュノンに住み始めた当初も、ユフィは沢山の楽しみを語り、そして実際見付けていった。だからきっと、ウータイでもそうやって思い出を増やして行けるだろうと、この楽しみの塊のような伴侶に期待しつつ、自分また彼女のために見付けられたらと、ヴィンセントはそう決意した。
「ヴィンセント」
「何だ、ユフィ」
このやり取りも、この部屋から明日全て持っていく。そして新たな場所で馴染んで行くことに、期待せずにはいられない。
「誕生日おめでとっ!アタシと結婚してくれて、ありがとっ!!」
門出の時。最後の祝辞。
明日からその笑顔と新しい日が始まる事の喜びを乗せて、この部屋での最後の口付けを交わした。
*****
ウータイの海は大陸と違い、一人で眺める時は妙に物寂しい気持ちになる事が多い。
季節的なものなのか、それとも地域特有のものなのか定かではないが、旅をしていた時から感じる哀愁が何かに似ていて、ヴィンセントはほんの少し、苦手だった。
だが、今日はそんな感傷に浸っている暇はない。
「うひゃ~!! 寒い!」
もうすぐ冬だ~! と、鼻を赤らめながら、隣でケラケラと楽し気に笑うユフィを見て、ヴィンセントも「そうだな」と小さく笑った。
一ヶ月と少し前、ヴィンセントの誕生日の次の日に、夫婦となった二人はジュノンからウータイへと引っ越して来た。
ユフィからすれば里帰りだが、ヴィンセントにとって、この地が故郷になる。そんな引っ越しをしてから、夫婦としても、既に一ヶ月が経っていた。
「お腹もいっぱいだし、ごちそーさまっ!」
「旨かったな」
「うんっ! ヴィンセントが奢ってくれたから余計にねっ」
そう言って、またケラケラと笑う妻の頭を小突いて、ヴィンセントも釣られ笑った。
ウータイに越して来て、初めての誕生日の夕食にと、二人はかめ道楽で食事をして腹を満たした。
そして「ちょっと散歩」と称して、秋も終わりのウータイの海を眺めに来たのだった。
潮を含んだ風が吹き抜け、酒で火照った頬を撫でて行く。
日も沈んだ海は闇が溶け込み、幾千もの星がちりばめられた夜空の方が明るく見えた。
「帰ったらさ、ケーキ食べよ! 誕生日って言ったらケーキ食べなきゃ!」
どうやら甘いものは別腹らしい。
先ほど「お腹いっぱい」と腹を撫でながら言っていた口は、家の冷蔵庫で眠っている、ティファから贈られたバースデーケーキの話をしている。
「……後悔はしないようにな」
「明日めっちゃ働くから、ダイジョーブダイジョーブ!」
余裕をぶっこいているが、貰った菓子は何もケーキだけではない。
ジュノンにいた時は、周囲の者から一人の女性として扱われていたユフィだが、彼女を幼い頃から知っている者の多いウータイでは、女性というより孫可愛いという見方が強いのか、プレゼントで貰うものの半分以上が食べ物だった。
貰ったおはぎやら月餅やらが、ケーキ同様、家で眠っている。それらも消費しなくてはいけない事を考えると、ユフィの台詞はとても弱い。
一週間後、体重計の上でどんな顔をするかが楽しみだと、ヴィンセントは口の端を上げた。
そんな不穏な未来は知らずに、機嫌良く浜辺を歩くユフィの後ろを歩く。
(……久し振りだな)
ユフィの背を見ながら、しみじみと実感する。
ウータイに引っ越して来てからの一ヶ月。思い返してみれば、二人でこうして散歩をする時間もなかった。
『あっち行ったらさ、ここで気に入った店みたいに、また色々見付けよーよ! 散歩コースも作ってさ。あっちの海はこことまた違うし、ウータイ山もあるからね! 楽しいこと、いっぱい見付けよ!』
不意に、一ヶ月前にユフィが言った言葉を思い出した。
どれもこれもまだ実行出来ていないものばかりで、自分を引っ張り上げた大切な言葉を、何故忘れていたのかと、自分に対してほとほと呆れた。
「……ユフィ」
名を呼べば、黒曜石の瞳がヴィンセントを見上げた。
海よりも黒く、星空よりも美しい……と、そう思わずにはいられない。
キョトン、としているユフィの手を繋ぐと、ヴィンセントは自分の手ごとポケットに突っ込んだ。
『それは冬の定番だろ~?』と言われそうだが、大切な事を忘れていたので、今日だけは許してほしい。
「ユフィ」
「ん?」
「生まれて来てくれて……ありがとう」
いつかユフィに言われた、生涯忘れる事のない言葉を贈る。
パチパチと数回瞬きを繰り返したユフィは、ヴィンセントの手をポケットの中で握り返すと、心底嬉しそうに微笑んだ。
弧を描いた口にキスを落とせば、ユフィの熱がそこに伝わり、じんわりと広がって行く。
「これは冬の定番だろ~?」
「寒いからな」
「じゃあさ、帰って温まろ! そんでケーキ食べよケーキ!」
ポケットに突っ込んだ手はそのままに、二人して歩き出す。
寂しいと思っていた海は、これからは、きっと温かい場所になるだろう。
「ねぇねぇ、ヴィンセント」
「なんだ、ユフィ」
季節が巡り、冬が来る。
二人のやり取りと繋いだ温もりは、変わる事はなかった。