FF7・ヴィンユフィ短編

*朝日が昇ったら*


 ジュノンの下層部にひっそりと存在するアンダージュノンは、星を救う旅をしていた時に起きたウエポン襲撃の被害からは奇跡的に逃れたものの、度重なる星の危機の影響で多少なりとも町はダメージを受け、修復と復興が進み町は以前と比べ景色もその在り方も大分変わったが、元々持っていた長閑な雰囲気は今でも相変わらず町を温かく包み込み、海辺に住む人々の生活に馴染んでいた。
 そのアンダージュノンの浜辺に赤マントの男は腰を下ろし、白み始めた空とその色を反射させた海の景色を一人眺めていた。
 押しては返す波の音が耳に心地よく、昨晩から荒立っていた彼の感情もいつものように徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

『アタシは…アンタのことが、す……スキ、なんだ‼』

 昨夜のユフィの言葉を振り払うように首を振り、ヴィンセントはそっと目を閉じた。
(許される筈がない……)
 常夏のコスタ・デル・ソルへと繋がっている海を見つめながら、彼は自分自身に言い聞かせるように胸中で呟いた。
 こんな罪に塗れた獣がユフィの傍に居ることを、一体誰が許すというのか…。
 今まで通り仲間として、任務のパートナーとして接して行こう…と心に決めながらも、彼女の悲痛な表情が、頬を伝った涙が彼の脳裏に蘇り、ヴィンセントは深い溜め息を吐いた。

「………やっぱり!ヴィンセントだ」

 夜明け前の人気のない時間には少々賑やかな声に名を呼ばれヴィンセントが振り返れば、そこにはこの町の若き希望の象徴であるプリシラが立っていた。
「そんな溜め息ついちゃって、どうしたの?…もしかして、人魚にでも魅せられちゃった?」
 彼の隣に腰かけ悪戯な笑みを浮かべ冗談を言う彼女に、ヴィンセントは思わず苦笑した。
 出会った当時彼女は十三才の少女であったが、あれから五年の月日が経ち彼女は健やかに成長し、あの頃と比べ大人びた雰囲気を纏うようになった。
 ユフィが十八の頃はプリシラよりも幼い印象だったな…と咄嗟にユフィのことを考えたヴィンセントは、どうしようもないほど情けない己の心に呆れ果て再び溜め息を吐いた。
「………ユフィのこと?」
隣に腰かけたプリシラの不意打ちの問いに、ヴィンセントは表情にこそ出さなかったものの内心酷く驚いた。
「顔に書いてあるよ?」
 何故…と返そうとしたヴィンセントの行動を予想していたかのように、自身の頬に指先を当ててニッコリと微笑みながらそう言い放ったプリシラに、普段周囲から「何を考えているのかわからない」と言われる彼はただただ呆気に取られてしまった。
「図星なんでしょ?この私が聞いてあげるから、ドーンと話してみなさい!」
まるでユフィのような口調と仕草に、そうやって悩みを聞き手を引いてくれた彼女の笑顔と優しさを思い出し、そして同時にその笑顔を涙で濡らしたことにヴィンセントは己の不甲斐なさを痛感し眉間に皺を寄せた。
「あ…別にふざけてるわけじゃないよ?なんていうか…ユフィはここに居ないんだし、悩んでること、話してみなよ。トモダチだし、話し聞くよ?」
慌てたように両手を振って話すプリシラに、怒らせてしまった…と誤解をさせてしまったことに気付いたヴィンセントは首を振って否定した。
「怒ってはいない…誤解を招いてすまなかった。ただ…己の不甲斐なさに嫌気が差しただけだ」
そう言うと、ヴィンセントは少し湿った砂浜に視線を落とした。
 俯いたことによって影が出来た紅い瞳が揺れ、彼がどこか路頭に迷っているように見えたプリシラは、先程とは違い今度は努めて優しく尋ねてみた。
「不甲斐ない?……ユフィと喧嘩でもして泣かせちゃった?」
 何故こうも女性は鋭いのか…と、ヴィンセントはプリシラの問いを聞きながら頭を悩ませつつ、彼女の優しさに応えるべく昨晩のユフィとの出来事をポツリポツリと話し始めた。

「喧嘩、ではない。……昨晩、ユフィに想いを告げられた」

 暗がりでもはっきりと見て取れるほど顔を赤く染め上げた表情で、ユフィは言葉に詰まりながらもヴィンセントに愛の告白をした。
 今にも泣きだしそうなほど緊張した面持ちのユフィの告白に彼の心は喜び、そして絶望した。

「私のような罪に塗れ汚れた獣が、ユフィのような善い人間と一緒にいて良いはずがない」

『駄目だ』
返事を待つユフィに喜ぶ心を抑えながらヴィンセントが即答したのは否定の言葉だった。
『…どうして』
固まった彼女の表情から視線を逸らし、ヴィンセントは言葉を続けた。

「ユフィは、ウータイの未来を担う領主になる人間だ。私のような者が彼女の傍らに居ることを、きっと誰も許しはしないだろう」

『私より他にお前に相応しい者がいるはずだ』
ヴィンセントの言葉に、ユフィは『でも…でもアタシは……』と戦慄く唇を無理矢理動かし話しを続けようとした。
『ユフィ』
それを止めさせるかのようにピシャリと言い放ったヴィンセントに、ユフィはとうとう口を噤んだ。
 眉を八の字にさせ、瞳に溜まった涙が次々と零れ落ち、未だ赤く染まる彼女の頬を濡らして行く。
 そんな顔をさせたいわけではない。ただユフィに幸せになってほしいだけだ…とヴィンセントは強く思ってはいたが、それを言葉に変換する術を持ってはいなかった。
『私が傍に居ても、お前を傷付けることしか出来ない。私と居ても、不幸になるだけだ』
 お前には、もっと幸せな未来が待っているはずだ。
 もうこれ以上ユフィの泣き顔を前にすることに耐え切れず、隠した想いを抱えながらヴィンセントは彼女に背を向けその場を去った。

「…それで、泣かせたの」
「泣かせるつもりは毛頭なかった。ユフィに明るい未来を歩んでほしい…それだけだった」
プリシラの静かな声に、言い訳じみていると思ったがヴィンセントは正直にそう答えた。
「………」
「………」
プリシラは無言になり、耳に届くのは子守歌のような波の音だけでになった。
 いくら友人の悩みだとしてもやはりプリシラにはまだ相談に乗れるような内容ではなく、気の重い話しに何も言えなくなるのも無理はない…とヴィンセントは考え、彼女に話したことを後悔し、また悩ませてしまったことを深く反省した。

「……プリシ」
「あり得ない」

今までプリシラに顔を向けていなかったヴィンセントだったが、不意に聞こえた言葉に己の耳を疑い、隣に座る彼女をハッと見やれば、どこか軽蔑されているような白い目で彼を見る顔と遭遇した。
「あり得ない…」
プリシラはヴィンセントを見たまま再び同じ言葉を口にした。
 なんだこの男は…。
 どこか力の抜けていた彼女の表情は、眉間に皺を寄せ次第に怒りの色を映し出して行った。
 幸せを願っているくせに、泣かせた…?!
「あのねぇ!!」
沸々と沸き上がる怒りは沸点に達し、プリシラはヴィンセントにグイッと詰め寄った。
「好きな人に告白してフラれたら泣くに決まってるでしょ?!」
そんな当たり前のこともわからないの?…と、爆発した彼女の怒りに唖然とするヴィンセントにプリシラは心のままに言葉を続けた。
 二人の問題に口を挟むべきではないことを彼女は十分理解していたが、親友の涙を思うとどうしても我慢ならず、感情が理性に付いて来てはくれなかった。
「ヴィンセントはユフィのためを思ってフッたのかもしれないけど、ヴィンセントのことが好きで告白したユフィにとって何の為にもなってないよ。『誰も許してくれないかもしれない』っていう臆病な自分を庇っただけじゃない!!」
 この人は、決してわかっていない訳ではない。ただ臆病になるあまり、大切なことを忘れてしまっているだけだ…と、ヴィンセントの話しを聞きながらプリシラはそう感じていた。だがそれにしてもユフィの想いとヴィンセント自身の本当の気持ちへの仕打ちが余りにも酷く、それ故に二人のことを大切に思うプリシラはヴィンセントの行動に歯痒さを覚えていた。
「ユフィはヴィンセントの隣にいたいって望んでるんだよ?だから告白したんじゃない。罪に塗れた獣?そんなの気にするユフィじゃないでしょ!」
 本当は「例え獣でも、そんなヴィンセントのことがユフィは好きなんだよ!」と言ってやりたかったが、それはユフィが本人に言わなければならないことで、自分が言うべきではない…とプリシラは思い、口から飛び出しそうになった言葉を飲み込んだ。

 まったく…世話が掛かるんだから。

「それにさ、何かしようとする時って、賛同してくれる人もいれば反対する人もいるのなんて、当たり前じゃない?ユフィはそれを承知の上で告白したんだろうし、反対する人を認めさせる覚悟があるんだよ。ああ見えてウータイの次期領主なんだもの、そのぐらいユフィは考えてるよ」
 何かをするということに対し、反対という障害が生まれることをプリシラは身をもって知っていた。

 町の復興の際、WROの支援を受けるか否かでプリシラは町の老人たちと初めて対立をした。この町の老人たちは、海を汚され太陽の光を遮断されたことを何年にも渡って神羅に対し恨んできており、プリシラも幼少の頃から神羅の所業を聞かされながら育ったため神羅に対し日々憤っていた。だが神羅は度重なる危機にその力の半分以上を無くし、組織の縮小に伴いこのジュノンからも撤退した。
 代わりにやってきたのは、クラウドの仲間がトップに立つ世界再生機構、通称WROだった。彼らは神羅と違い力で屈服させるようなことはせず、町や住民に寄り添うようにしてその存在を定着させて行った。
 神羅とは違う…。始めこそ良くは思っていなかったものの、プリシラはWROの在り方を日々目の当たりにし、考え方も変わって行った。だが昔からこのアンダージュノンに住んでいる老人たちは違った。

 神羅と何も変わりはしない。

 いい顔をしているのも今のうちだけだ。きっと今に神羅のように力でねじ伏せてくるだろう。

 いくらWROのトップが英雄の一人と言っても、元々は神羅にいた人間だ。そんなやつを
誰が信用出来るというんだ。

 老人たちの考えはWRO局長であるリーブ本人から直々に支援の申し出が来ても変わりはしなかった。
 プリシラは海でゴミ拾いをしながら、町の老人たちにWROは神羅と違うことをどうしたら理解してもらえるのだろうか…と考えていた。初めての対立に、プリシラの心は悲鳴を上げ始めていた。
 そんな時だった。

「あれ、プリシラ…だったよね?」

 足元に視線を落としていたプリシラが顔を上げると、そこには妙に露出した自分とほとんど変わらない年齢であろう女性が立っていた。
「……どちら様ですか?」
相手が誰だかわからないので正直に問えば、彼女は「やっぱ覚えてないか~」と頬をポリポリと掻いて苦笑いを浮かべた。
「ユフィだよ。ユフィ・キサラギ!クラウドたちと何回か会ったことあるんだけど…記憶にない?」
クラウドと一緒に…と彼と会った記憶を遡って行けば、確かに彼女に似た人が一緒にいたことをプリシラは思い出した。
「えっと、『ウータイに咲く一輪の花』?」
友だちのイルカを助けようとしてモンスターに襲われたのをクラウドたちに助けられ、混沌としていた意識がハッキリした時にその場にいた彼らと一通り挨拶をしたのだが、ユフィは確かに『ウータイに咲く一輪の花!!』と声高らかに名乗ったのだった。
「そうそう!ウータイに咲く一輪の花!!のユフィちゃんだよっ!」
胸を張って再び名乗るユフィに当時のことを鮮明に思い出し、外見は大分変ったのに性格は当時と変わらぬユフィにほっとし、プリシラは久しぶりに心から笑うことが出来た。
「ゴミ拾いしてるの?アタシもやる!」
プリシラの姿にユフィはそういうと、近くに落ちてるゴミをせっせと拾い始めた。
「えっと…ユフィは、何か用があって来たんじゃないの?」
既にゴミ拾いに夢中になっているユフィにプリシラは唖然としながら声を掛けた。この何もない町にやってくるのは、何か用事があるからではないのか…と思ったからだ。
「ん~…用っていう用はないんだけど、強いて言うなら『海を見に来た』かなぁ」
 ウータイという海に囲まれた国で生きてきたユフィにとって、海は生活の一部だった。そしてこのジュノンに移り住んでからというもの、WROの任務が忙しいあまり身近に海があるのに手の届かないという状況にとうとう我慢ならなくなり、上の階から半ば飛び降りるようにして海を堪能しに来た…ということであった。
「プリシラは?ゴミ拾いにしては随分暗い顔してたけど…」 
 そうして二人でゴミ拾いをしながらお互いに自分のことを語り、日が暮れる頃には二人は意気投合し、心から話せる良き友だちになっていた。
「ユフィ…私、どうしたらいいんだろう」
二人で海を眺めながら、プリシラはポツリと呟いた。初めて味わう対立という名の孤独に、プリシラはどうすれば良いのか迷っていた。

「うーん………まずは、ゴミ拾いをしよう!」

「………えぇっ?!」

 ユフィの思わぬ答えにプリシラは呆気に取られ上擦った声を上げた。町のみんなを説得するにはどうすれば良いのかという話しに対し、何故ゴミ拾いなのか…。
「焦ったってなーんにも変わらないよ!まずは出来ることをコツコツやって行くしかないんだし、任務が無いときはアタシもここに来てゴミ拾いするからさっ」
鼻歌まじりに決定するユフィに困惑しながらも、自分一人ではどうすることも出来ないのも事実だったので、取り合えず彼女の考えに頼ってみよう…と、プリシラはコクリと頷いた。
 それからというもの、ユフィは頻繁にアンダージュノンに来てはゴミ拾いをし、町の老人たちとも積極的に関わった。初めは挨拶から始まり、次は雑談と、ユフィはどんどん町に馴染み、そして老人たちの心を開いて行った。
 その内ユフィはヴィンセントも連れて来るようになり、それに続くようにゴミ拾いにも人が増え始め、町に笑顔が溢れて行った。
 暫くして、ユフィの地道な活動に、町の老人は渋々ながらもWROからの支援を受けることを受け入れた。
 アンダージュノンが生まれ変わる第一歩だった。

「この町も、ウータイも、ユフィは変えて来たんだもん。ヴィンセントが思ってるほどユフィは弱くないし、後はヴィンセント次第だよ」
 ユフィは人を変える力がある。それは幼い頃から苦労してきたユフィが培ってきた力だと、彼女を想いながらプリシラは改めて実感した。
 町だけではなく、ユフィはヴィンセントのことも変えてきたのだ。ヴィンセントがユフィに連れられてゴミ拾いに来た頃、彼は明らかにはた迷惑そうな雰囲気を醸し出していた。だが回数を重ねる毎にヴィンセントの態度も変わり、今では初めの頃には想像も出来なかった笑顔をみせるようになったのだ。
「ヴィンセントのことだって、ユフィは変えたんだもん。だから、大丈夫だよ」
 プリシラは思い出す。ヴィンセントがユフィに対して向ける笑顔は皆と同じものではなく、大切だ…と心から想う者へ向ける柔らかく優しい笑顔だった。
「……ヴィンセントはどうなの?」
あの笑顔を見て今更聞く問いではなかったが、これは彼にとって必要な問いだと思い、敢えてプリシラはヴィンセントに尋ねた。
「…私?」
「うん。ヴィンセントの気持ちはどうなの?周りとか関係なく、ヴィンセントの本当の願い」
プリシラの言葉にヴィンセントは視線を落とした。きっと自分自身に問いただしているのだろう。
 プリシラは二人が幸せに向かうための力になれればと、最後の一押しのためにいつも通りの口調で話し始めた。
「大好きな人と一緒にいれることって、それだけで幸せなことだと思うよ。それに…まだ始まってもいないのに諦めるなんて、自分から幸せを手離すようなこと、してほしくないな」
 二人の幸せを願ってるよ…と願いを込めてそう告げれば、ヴィンセントは逡巡の後、何も言わず静かに立ち上がった。
 見上げた顔には活力が宿り、もう心配はいらない…とプリシラは嬉しく思った。
「…ありがとう、プリシラ」
「それはユフィを笑顔にしてから言ってほしい…かな?」
ここに来た時と同じプリシラの悪戯な笑顔にヴィンセントは笑うと、彼は白い砂を踏みしめながら浜辺を去って行った。

「………本当に獣なのかしらね」

 去り行くヴィンセントを見送りながら、プリシラは呆れたように呟いた。
「ケダモノケダモノっていう割には、匂いに気付かないなんて」
プリシラは自分のベッドで目を腫らしながら眠りに就いているユフィのことを考えながら、自分に滲み付いているであろう彼女の匂いに、驚異的な嗅覚を持ちながら気付きもしなかったヴィンセントに溜め息を吐き、そして笑った。
 昨晩、なんだか眠れなかったプリシラは散歩に出かけ目的の浜辺に着いたその時、膝を抱えて泣いているユフィに遭遇したのだった。
『ど…どうしたのユフィ?!』
 驚いて縮こまっているユフィに走り寄れば、ユフィはグシャグシャになった顔をプリシラにみせ、ヴィンセントとの間に起きたことを言葉に詰まりながら話し始めた。
 ユフィは失恋の痛みも抱えてはいたが、それ以上にヴィンセントが自身の幸せを掴もうとしないことに酷く傷付き泣いていた。
 自分と一緒になってくれなくても構わない。ただ相手のためにと自身の幸せを諦めることはしてほしくなかった。ヴィンセントに、ただ幸せになってほしいだけなんだ…と泣きながら話すユフィに対し、プリシラはもうこの時からヴィンセントに対し沸々と怒りを覚えていた。
 
 好きな人を泣かせて、あの男は一体何がしたいのか…。
 自分と違い、手を伸ばせば届く幸せを掴まずに放棄するなんて…。 

 取り合えずプリシラは泣くユフィを自宅に招き、彼女が眠るまで細い背中をさすっていた。
 泣き疲れてユフィが眠り、その寝顔を確認して再び浜辺に行くと、今度はヴィンセントが心此処に在らずといった体で海を眺めていたのであった。
「まったく……羨ましいんだから、二人とも」
すれ違いながらもお互いを大切に想い合っているヴィンセントとユフィに、プリシラは内心羨ましく思っていた。
 十三才の冬、海でモンスターに襲われた自分を助けてくれたクラウドに、プリシラは今もなお恋心を抱いていた。人工呼吸という致し方ない状況でも、意識が混沌として鮮明に覚えていなかったとしても、あの出来事はプリシラにとって初恋の瞬間であり、大切な思い出であった。
 始めこそプリシラはクラウドに猛アタックを仕掛けてはいたが、時が経つにつれそれは落ち着いていった。だが心は当時のままで、今でもクラウドを真っ直ぐ見つめていた。
 プリシラは唇に触れ、あの時の感触を思い出した。
 当時と比べ自分は変わり、みんなも変わった。クラウドも、初めて会った時はピンク色の服を着た可愛らしいお姉さんと良い感じだった。けれど今は、一緒にいた黒髪の綺麗なお姉さんと上手く行っているようだった。
 自分には望みは無いということはわかっている。だが…それでも……

「この唇の責任は、キッチリとってらうんだから!!」
 
 心が届かなくても構わない。けれど最後まで足掻いてみても良いのではないかと、何事にも諦めず向かって行くユフィを見て、プリシラはそう思うようになったのだった。
「良いよね…それぐらい」 
 日が昇り、温かい光がプリシラを包んだ。
 ヴィンセントが勇気を出してユフィに会いに行ったように、自分もクラウドに会いに行こうか…とプリシラは考え、では何を着て行こうかとクローゼットの服を脳内で並べながら、まだ眠っているであろうユフィが待つ自宅へとプリシラは走り帰って行った。

7/11ページ