FF7・ヴィンユフィ短編

*アダージョ*

 十三才という、思春期真っ盛りの年齢で生まれ育った国・ウータイを出たユフィにとって、恋愛とはピンクのリボンを着けたり、またヒラヒラとしたミニスカートを履いたりするぐらい縁遠いものだった。
 神羅との戦争に敗れ、長きに渡る戦いに疲弊したウータイ。立ち上がろうとしない父親に怒りを抱きつつ、だったら自分がウータイに活気を取り戻すと、下手すれば自分が真っ二つになりそうな大手裏剣と、旅をするのに必要な多少の荷物だけを持って海を渡り、何処までも続いていそうな大陸へと降り立った。
 そんなものだから、ユフィには恋をする暇もなければ、頭にあるのは国の事だけ、国に生きる人々の事だけであった。一国の領主の娘として、国と民を思うその行動は正しいと言えよう。しかし一人の少女として見ればそれはとても異様で、年頃の娘を思えば到底首を縦に振れるものではなかった。
 
 そんながむしゃらに生きてきた──思春期に体験する筈のものをすっ飛ばして来てしまったユフィは、二十歳を過ぎた今、初めて経験するムズムズするような緊張と羞恥と……そして後戻り出来ない失態に、冷や汗なのかなんなのか分からない汗をダラダラと流していた。
 
(や……やっちゃった……)
 
 待ち合わせ場所であるWROから少し離れた公園の、その中に存在する噴水前に先に到着していた想い人を凝視する。
 赤いマントに同じ色のバンダナ。黒のレザースーツに鈍く光るガントレット。そして太ももに付けたホルスターには、彼の愛銃ケルベロスが収まっている。
 
 今日行く場所は訓練所だ。だからヴィンセントのいつもの服装は何も間違っていない。間違っているのは自分の方だ。しかもその間違いは数日前に既に犯している。
 
──こ、今度の休み!ククク、訓練所行かない!?
 
 皆帰った後の、二人きりの諜報員室に響く己の声が思い出される。
 旅の途中、ゴールドソーサーでクラウドをデートに誘った時とは比べ物にならない緊張を抱えながら、自分には絶対に振り向きそうにない男をあろうことか汗と火薬の臭いが漂う訓練所に誘ってしまった。
 本当は仲間として、気心知れた仕事のパートナーとして誘う時のように「どっか行かない?たまにはご飯以外の場所行こうよ」と言いたかった。けれど赤い瞳に見詰められて、何度も練習した言葉は頭の中から消失してしまい、よく回る口から出てきたのは、デートに行くにはまず選びそうにない訓練所だった。
 
(こんなはずじゃ……こんなはずじゃ!!)
 
 きょとん、としたヴィンセントの表情と、半開きになっている妙に艶やかな口から返ってくる回答を見守りながら、ここぞという時に躓いてしまう自分を呪う。
 好きな人……それも一生を捧げてしまうほど想う人がいる相手を、ユフィはいつの間にか好きになってしまった。そしてそんな哀れな自分の末路はとうに決まっている事も理解している。その結末が儚い桜のようにはらはらと散る……のであればまだ夢があるが、実際には首が落とされたようにボトッ、と散る椿のような終わりしかない。そんな終わりしかないのであれば、嵐に吹かれて散りながらも、その存在を主張する紅葉の様に見事に散りたい、と、頑張り始めた矢先の出来事だった。
 
(訓練所はさすがにないよな~……アタシでもオコトワリだよ)
 
 何処の世界にデートに訓練所を選ぶ女がいるのか……そして恐らく、自分はその一人目になってしまったと、ユフィは内心頭を抱えた。
 仲間としての食事などではなく、異性として、意中の相手として初めてデートに誘った。クラウドにも自分から誘ったが、よくよく考えれば、あれは兄弟の「遊びにいこーよ~」に近かった気がする。だから緊張こそすれど、頬にキスの一つ落とす事が出来た。しかし、ヴィンセントにそれをしようと考えれば、緊張だけでなく恥ずかしいやら照れ臭いやらで出来る気がしなかった。故に、今回の誘いは異性相手に初めての事だと、ユフィは結論付けたのだった。
 その初めての誘いで思いっきり躓いてしまった……出直そうにも後戻り出来る雰囲気でもなければ「なーんちゃって!どっかご飯行こ!」と誤魔化す事も出来そうにない。
 
(訓練所とかホント恋とか無縁のものえらんじゃったよぉ~!いや楽しいけど、でもデートじゃ行かないっつーの!)
 
 こんなにも色気も女を主張するものも何もない場所に誘われたヴィンセントだって、そんなデートをするような対象には見てくれないだろう。ただですら子ども扱いをされるのに、これでは女として認識される事なんて夢のまた夢だ。
 ヴィンセントも呆れちゃったよなぁ~……と、散る前に枯れそうになったユフィの耳に届いた言葉は、枯れ始めた彼女を再び生き生きさせるには十分であった。
 
『……承知した』
 
 ポツリ、と呟く様に返って来た返事に、ユフィは目を瞬かせる。
 これはデートへの返事なのか、普段の付き合いとしての返事なのか判断がつかない。
『あ、あのっ』
 言いかけて、口をつぐむ。
 ヴィンセントの本心を確認したくて聞こうとしたが、もしデートとして受け取っていた場合、ユフィを想って応えてくれた彼の心を信用していないように感じてしまうし、ダメ元で誘ったように思われるのも嫌だった。
 恋愛対象なのか仲間なのか、どちらにしても、確かにヴィンセントは誘いを受け入れた。仲間としてだったら地味に凹むが、ここは前向きに捉える事にした。
『じゃ、じゃあ!その日はアタシにどーんと任せなさいっ!』
 声高らかに宣言すれば、『ああ……楽しみにしている』という、柔らかい声が返って来た。
 
 ユフィは春の訪れを喜ぶ植物の如く喜んだ。頑張ろうと努力しようと、ヴィンセントには届かないと思っていた想いが、ほんの一部ではあるが受け取ってもらえたのだ。もう喜ばずにはいられない。
 ユフィはデートのために苦手な報告書もさっさと終わらせ提出し、与えられる任務にも積極的に取り組みこなした。
 頭の中はヴィンセントとのデートでいっぱいで、当日二人で並んで歩くのを夢見ていた。
 
……そう。夢を見すぎて、ユフィはやらかしたのだった。
 
 赤い人から目を離し、自分の服装に視線を落とす。
 Aラインの少しふわりとした白のショートパンツに、少しでも大人に見える様にと選んだ緑色のブラウス。靴もいつものロングスニーカーではなく、踵の低い紐サンダルだ。
 決して悪くない組み合わせだと自負しているが、今日この状況に今回の服は最悪過ぎた。
 
(訓練所に行くんだって言ってんじゃん!!)
 
 訓練所に行くには有り得ない服装に、ユフィは固まった。
 デートという夢に呑まれ過ぎて、自分で指定したにも関わらず、ユフィはこれから向かう場所を失念していた。
 ミニスカートやワンピース、踵の高い靴でないだけマシかもしれないが、訓練所で身体を動かし武器を扱うには今日の服は絶対に選ばない。
(しかもヴィンセントは律儀に普段の服で来ちゃったじゃんか~!!)
 訓練に行こうと誘ったために、ヴィンセントはいつもと同じ、モンスター討伐や諜報任務、また普段と同じ赤マントとレザースーツ姿で、自分の今の服装とは大分差が出来てしまった。
 訓練所に無事到着した後、自分が空気の読めない女に見られるのであればまだ良いが、下手するとそれまでの道のりでヴィンセントがそういう目で見られてしまう可能性がある。おまけにこれではデートではなく仲の良い兄妹のお出かけと思われてもおかしくないし、これで手を繋いで歩けば尚更そういう風に見られてしまう。
(うぅ~自分のせいだけどサイアクだぁ~)
 終わりのない後悔に苛まれていれば、遠慮しがちな声が「ユフィ?」と名を呼んだ。
「え、あ……な、なに?」
「……固まっていた」
「そ、そんなことないって!じ、じゃあ早速行こっか!」
 いつまでもここで立ち止まっていても仕方がない。
 やらかしてしまったものをどう挽回するか己と相談しながら、ユフィはヴィンセントを連れて訓練所へと歩き出した。
 
 
  *  *  *
 
 
(……やってしまった)
 ヴィンセントは少し先を歩くユフィの背を見つめながら、本日二回目の台詞を脳内で呟いた。
 思い出すのは数日前、皆帰った後の諜報員室で見せたユフィの顔。耳まで真っ赤に染め上げながら、鼻息荒く「訓練所行かない!?」と誘って来た時、場所はともかく彼女のその行動と仕草に、感動のあまり直ぐに返事が出来なかった。
 本当は、自分から何処かに誘おうと考えていた。仲間でもなく仕事のパートナーでもなく、心から想う人としてユフィを誘うつもりであった。
 いつからユフィを異性として意識していたのかは自覚がない。しかし彼女の持つ生きる輝きや人を明るい方へ誘う力に、いつしか惹かれていたのは確かだ。
 命の循環の外にいた、不老不死という身体を持った自分が、その運命から逆に弾き出され路頭に迷っていたとき、「このユフィちゃんが一肌脱いでやろうじゃん!」と、人の手を引っ張り歩き出した、その小さくも強い力に救われたのは真実だった。
 だが同時に、そこから芽生えた想いに悩みもした。果たしてこの想いは本物なのかどうか。
「感謝」を「男女の愛情」と履き違えて甘えているだけではないのか……過去の甘く苦しい記憶が、何度も何度も己に問いかけて来た事もあった。だが考えれば考えるほど、その想いは感謝では語れるものではない事を突き付けられ、その変わらぬ想いに、ヴィンセントは降参したのだった。
 そんな人知れず孤軍奮闘していたヴィンセントにとって、誰もいない諜報員室にユフィと二人きりという状況はチャンスであった。
 彼女の報告書の作成に付き合わされているという、以前であればため息を吐いていたこの状況に感謝する。
 初めての誘いだ。最初ぐらい誰にも邪魔されず、二人の世界の中で誘いたい。
 ユフィの作業の手が止まったタイミングで声をかけようとしたその時、「あ、あのさ!」と、ユフィが切羽詰まった声音で口を開いたのであった。
 
 そして年甲斐もなく期待と甘酸っぱさを感じながら迎えたデート当日。ヴィンセントは激しく後悔していた。
 
 後悔の種はユフィではない。しかし待ち合わせ場所に到着した彼女が身に纏う服装から目が離せない。
 いつも「もう少し肌を隠せ」と注意する、胸だけが隠れていればそれで良いとでも言いたげなチューブトップと、スラリとした脚が惜し気もなく晒されるホットパンツは何処へやら……。今日のユフィは腹が隠れるブラウスと、脚は出ているが太腿の付け根が十分隠れたショートパンツ姿で、肌の露出が激減した分、二十歳を越えた年相応の大人の女らしい色気を放っていた。
 きっと朝から──否、昨晩からあれこれ悩んで決めたのだろう。いつもは風に自由に靡いているショートヘアーも、今日はそれとなく纏められている。
 
 落ち着いた雰囲気を放つユフィに感動を覚える。だからこそ、ヴィンセントは己のいつもの服装にうんざりした。
 
(……考え過ぎたな)
 
 デートだという自覚はあった筈だった。ユフィが訓練所を選んだのも、彼女が必死になって考えて決めたのを察すれば可愛いものだ。しかしその訓練所と普段のユフィを重ねすぎて、デートだという意識が薄くなっていたのは否定出来なかった。
 
 訓練が終わった後は食事に行こう。
 食事を済ましたら、今度はユフィの行きたい場所に行こう。
 ユフィが満足したら、ジュノンの海が見渡せる公園に行こう。
 そこで寄り添いながら、色んな話をしながら散歩をしよう。
 
 心が弾むというのは正にこの事なのだろう。苦笑する事すら楽しく思えるほど、ユフィとのデートを考えていた。
 しかし今朝、その思いの中で芽生えた疑問に、ヴィンセントは服を選んでいた手を止めた。
 
──ユフィはそんな中途半端な訓練をするだろうか……
 
 手に取ろうとしていた服を見つめる。
 黒のワイシャツにこれまた黒のスキニーパンツだが、いつもの赤マントとバックルが多いレザースーツでない。最近の自分にしてはお洒落に気を使っている方だが、果たしてこの格好で行ってユフィはどう思うだろうか……。
 
『そのカッコでも勝てるってこと!?まーた人のこと子ども扱いして!!』
 
 すんなりと浮かんだ怒るユフィの姿に、ヴィンセントはさ迷っていた手をいつものレザースーツに伸ばした。
 ユフィの事だ。もしかしたら本気で一日訓練所にいそうな気がするし、それがユフィにとってのデートな気もしてきた。そして何より手を抜いたと思われて怒られるのも真っ平御免だ。
(初めてで失敗はしたくない)
 ヴィンセントはルームウエアからレザースーツに着替えつつ、装備やら持ち物の中身を改めたのだった。
 
(一周回って余計な事をしてしまったな)
 
 ヴィンセントの予想に反して、ユフィは訓練所には不向きな服装で登場した。
 自分と同じ様に考えていたのだろうか……。訓練所で射撃の練習を少しした後、食事にも行けるような小洒落た姿に、どうして最初の浮かれた想像を振り払ってしまったのだろうと、後悔してもし切れずのにいた。
 自分がデートなのに空気の読めない男だと思われるのは一向に構わない。しかし訓練所でユフィが場違いな目で見られるのだけは我慢ならない。おまけに、これで手を繋いだとしてもデートには見られず、良くてお嬢様と従者、最悪父と娘に見られる可能性も否定出来なかった。
(この服装で今更何処に誘えるか……)
 ヴィンセントは訓練所行き回避のためにあれやこれやと思考を巡らせた……その時だった。
 
「あ……」
 
 声を上げたのはユフィだったが、異常を訴えたのは彼女の腹であった。
 彼女の胃袋事情を訴えるように、ユフィの腹からグゥ、ググゥ~、と、立て続けに鳴る音と、赤面しながら気不味そうに苦笑いを浮かべるユフィに、ヴィンセントは気付かれぬよう口元を歪めてマントの下で笑った。
「……近くにホットドックの露店があったな」
 腹を押さえるユフィの隣に並び、細い腰に手を回す。その手はガントレットでガッシリと装備されているにも関わらず、見上げて来たユフィは驚きに目を見開き、湯気が立ちそうなほど顔を赤らめた。
 歓天喜地とはこういう心の事をいうのだろう。彼女の自分にだけ見せる姿に、ヴィンセントの心は踊った。
「私も何も食べていなかったのでな……先ずは腹を満たそう」
「え、う……うん!そーだねそうしよっ!」
 我に返ったユフィが、挙動不審になりながらも必死に答える様に、ヴィンセントは今度は隠しもせずに口角を上げて微笑んだ。
 このチャンスを逃す事は出来ない。ユフィのために、そして己のために、今日という日を後悔で終わらせてはならない。
 だからヴィンセントは、まだ言えていない想いを伝えるために、徐々に熱くなる彼女の体温を感じながら、大切な名を声に乗せて呼んだ。
「……ユフィ」
「うぇ!?う、うん、なに??」
「よく、似合っている」
「あ……あぅ……ありがと」
 いつもなら「とーぜん!!」と自慢気に言い放つユフィだが、そんな余裕もないのだろう言葉に、浮かれるのも悪くはないだろう。
 この気持ちが続くようなデートにするために、ヴィンセントは今日の予定を組み直し始めた。

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