FF7・ヴィンユフィ短編
*blow a kiss & catch the kiss*
太陽が地平線に近付き橙色の光を発する様になった頃、大きなリュックを背負ったユフィが、シエラ号に乗り込む前にヴィンセントに振り返った。
「見送りありがと、ヴィンセント!」
屈託のない笑顔を浮かべながら、後ろに立っていた今は上司である仲間に、そう礼を述べた。
三度目の星を守る戦いの後、ユフィは暫くの間WROに留まり、隊員に混じって任務をこなしていた。それは行方不明になっていたヴィンセントを捜す為でもあったが、彼が戻って来てからは、自身の持つ忍の技を発揮して、諜報員として活躍していた。
全て過去形なのは、本日、ユフィがWROを抜けたから。
まだ旅をしていた頃、ウータイが誇る五強聖のトップである“総”の地位を持つ、彼女の父・ゴドーを倒したユフィは、その名を受け継ぐ筈であった。
だが世界に平穏は訪れず、星痕症候群の蔓延や、神羅の負の歴史であるDGソルジャーたちとの戦いが幕を開けてしまった。
中々落ち着く暇もない日々が続くのと同時に、ユフィは仲間の手助けと称して再び国を出てしまい、修行どころではなくなってしまった。
しかし、そんな騒動から数年経った今、世界は落ち着きを取り戻し、今までの様な混乱はなくなった。
そんな頃合いを見計らったかの様に、ウータイから知らせが届いたのだった。
『修行をしに戻って来い』
ウータイ語でそう書かれた手紙を、ユフィがヴィンセントに気まずそうに見せに来たのは三ヶ月前。
『多分……いつ帰って来れるかわかんない』
決して戻って来れない訳ではない。しかし、いつ戻って来れるのかも不明で、一旦ではあるが、ユフィはWROを抜ける事になった。
「…………ああ」
ユフィの礼に、数秒の間を開けてヴィンセントが答えたのはそれだけだった。
しっかり学んで来い。こちらの事は気にするな……伝えたい事は、もっと沢山ある筈だった。それなのに、胸に詰まった想いが、なかなか外に出てこない。
「そーんな今生の別れみたいな声出さないでよ! ほんのちょっと、帰るだけだからさっ」
「…………」
「なになに? もしかして、寂しかったりしちゃう?」
「…………」
「ウソウソ! ジョーダンだってジョーダン! そんな顔すんなよ~」
バシバシと背を叩いて来るユフィだが、その表情はいつもと違う反応を見せる仲間に対し、不安の色を浮かべている。
(見送りに来たのに不安にさせるなど……有り得ないな)
己の不甲斐なさに、ヴィンセントはマントの下で小さく息を吐いた。
普段なら、もっと気安い台詞が飛び出して来る。なのに今はそれすら出てこず、数年ぶりに味わう一方通行のやり取りに、流石のユフィも困っていた。
(人の気も知らずに……)
それもこれも、ユフィが言った事が全て事実だからだ……と、何とも理不尽な言い分だが、そう思わずにはいられなかった。
(私にとって、お前が……お前の存在が、どれだけ大きいか、気にした事もないだろう?)
初めこそ、じゃじゃ馬娘に対し、年長者としてただ保護者意識が働いただけであった。だが旅をする中で気心知れたバディになり、カダージュたちとの戦いでその意識は再認識された。
その仲間意識が徐々に変わって行ったのは、ヴィンセントが不老不死から解放され、再び限りある命を得てからだった。
幾つになってもおぶさって来る重みが、体温が……生きている、と実感出来る彼女の全てが、ヴィンセントの中で、とても大切なものになっていった。
ユフィが彼に教えたのは温もりだけではない。
街での生活に馴染めずにいた彼を、ユフィは根気よく街へと誘い出し、数々の発見や興味を惹かせた。
『ねぇねぇ、ヴィンセントッ』
名を呼んで、時代に取り残されていた彼の存在を認める彼女に想いが向かうのは、今となっては必然な様な気がしている。
(だからこそ、何も言えずにいるものを……)
このままずっと一緒にいるものだと、心の中で思っていたのと同時に、それが当たり前だと、当然の事のように感じていた。
だからユフィがいなくなってしまうという現実が、ヴィンセントには衝撃的だった。彼女が気まずそうに報告してきた時は、心臓が止まってしまうのではと思うほど焦燥感に駆られていた。
そんな拒否と困惑と寂しさが、ヴィンセントの感情を揺さぶり、今も尚続いている。
(このままでは、ユフィは……)
恐ろしい想像に、ヴィンセントは拳を握る。
ユフィは戻って来ると言っている。だから永遠の別れではない事は理解している……が、それでも不安は不安なのだ。
そんな心配をする立場にないのは、ヴィンセント自身重々承知している。その立場を欲しいと願っている自分がいることも、彼は認めていた。
だが、これから学びに行くユフィに、そんな一方的な想いを告げる事は出来ない。おまけに断られるかもしれない可能性が、更にヴィンセントの口を固く閉じさせていた。
「……あ、あのさ!」
情けない感情に浸っていたヴィンセントは、ユフィの決意した強い声に我に返った。
見上げて来る漆黒の瞳は輝き、ヴィンセントの姿を写している。
「……なんだ、ユフィ」
今日初めて呼んだ名の柔らかさに、心を震わせながら問う。すればユフィは、シエラ号のエンジン音に負けない声で言い放った。
「も、戻って来たら! アンタに猛アタックするから! だから……か、彼女、作んないでよね!!」
言い切ったユフィは、唖然とするヴィンセントを置いて、シエラ号に乗り込んで行った。
ユフィの顔や耳が真っ赤になっていたのは、きっと夕陽に照らされていたからだけではないだろう。しっかり目撃してしまった今、そうあて欲しいとも願う。
(……まったく)
何に対してなのか、ヴィンセントにもわからない。しかし心は晴々としている。
(お前の他に、惹かれる女性など居はしない)
三十年もの間、慕っていた人との思い出に浸るために闇の中にいたヴィンセントを、明るい場所に引っ張り出したのは、他でもないユフィだった。
立ち上がる気もなかった筈なのに、気が付けば引かれる手に従っていたその勢いと心地良さに酔いしれていた。
二度目の人生は、他でもないユフィと過ごしたい……と思える程には、他の者に目を留める気にはならない。
「……お前も、他の男におぶさるなよ」
思わず出てきた嫉妬の言葉に、ヴィンセントは苦笑した。
待つことは、本音を言えば辛いものがある。しかし戻って来るユフィのために、ヴィンセントにはやることが出来た。
「待っている……」
指先を唇に当て、想いを込める。
徐々に浮かび上がるシエラ号に向かって、指先に乗せた想いを飛ばした。
*****
「ねぇ見た!? 見たよね今の!! ヴィンセントが投げキスした!! しかもアタシに向かって!! 奇跡? これは奇跡?? 夢とかじゃないよね!?」
「うるっせーな!! んなこと聞いて確かめるもんじゃねーだろ!!」
見られていない安堵から行われたヴィンセントの行為は、しっかりユフィとシドに目撃されていた。
気まずい台詞を言い切り、それに加え逃げ出したユフィは、羞恥と後悔に頭を抱えて身を捩っていたが、たまたま見えたヴィンセントの仕草に抱えていた不安は一気に吹き飛び、夢にまで見た幸福に吐き気すら忘れて小躍りしていた。
「そっか~! そっか~!! ヴィンセント、アタシのこと」
「いやあれは『頑張ってこい』とかの意味だろ」
「現実に戻すんじゃないよオヤジ!!」
一気に夢から覚める事実を指摘されて、ユフィは膨れっ面をした。
ヴィンセントが自分に女としての興味がないのは十分理解していた。だからこそ、ユフィは先ほどヴィンセントに宣言してきたのだ。
(でも……好意的に受け取られたのは確かだよね?)
声高らかに告げた時も、ヴィンセントは突然の事に驚きはしていても、拒否する姿勢は見せなかった。それに加え、今の投げキスである。
シドが指摘した通り、「頑張ってこい」という意味なのかもしれない。けれど、拒否されなかったという結果だけでも、ユフィには十分だった。
「んで?」
「は?」
「は? じゃねーよ!! お前は受け取ったのか聞いてんだよ!!」
「あったり前じゃん! 受け取らない選択肢なんてなーい!!」
どんな意味であれ、あの投げキスを受け取らないという考えはユフィには存在しなかった。
どんな見送りの言葉よりも、ユフィのやる気と心に火をつけた。それだけで、この先待ち受ける苦難にも耐えられる気がした。
「受け取ったんなら、しっかり応えないとなっ」
「へへっ……とーぜーん!」
離れて行くジュノンを見つめながら、再びこの地へ……ヴィンセントの下へ戻る事を強く誓う。
待っていてくれるであろう彼の気持ちに、全てを賭けてでも応えたかった。
「ヨ~シ! やっるぞー!!」
「うるっせーって言ってんだよ!!」
シドの訴えを無視して、ユフィは気合いを入れて、握り拳を振り上げた。
太陽が地平線に近付き橙色の光を発する様になった頃、大きなリュックを背負ったユフィが、シエラ号に乗り込む前にヴィンセントに振り返った。
「見送りありがと、ヴィンセント!」
屈託のない笑顔を浮かべながら、後ろに立っていた今は上司である仲間に、そう礼を述べた。
三度目の星を守る戦いの後、ユフィは暫くの間WROに留まり、隊員に混じって任務をこなしていた。それは行方不明になっていたヴィンセントを捜す為でもあったが、彼が戻って来てからは、自身の持つ忍の技を発揮して、諜報員として活躍していた。
全て過去形なのは、本日、ユフィがWROを抜けたから。
まだ旅をしていた頃、ウータイが誇る五強聖のトップである“総”の地位を持つ、彼女の父・ゴドーを倒したユフィは、その名を受け継ぐ筈であった。
だが世界に平穏は訪れず、星痕症候群の蔓延や、神羅の負の歴史であるDGソルジャーたちとの戦いが幕を開けてしまった。
中々落ち着く暇もない日々が続くのと同時に、ユフィは仲間の手助けと称して再び国を出てしまい、修行どころではなくなってしまった。
しかし、そんな騒動から数年経った今、世界は落ち着きを取り戻し、今までの様な混乱はなくなった。
そんな頃合いを見計らったかの様に、ウータイから知らせが届いたのだった。
『修行をしに戻って来い』
ウータイ語でそう書かれた手紙を、ユフィがヴィンセントに気まずそうに見せに来たのは三ヶ月前。
『多分……いつ帰って来れるかわかんない』
決して戻って来れない訳ではない。しかし、いつ戻って来れるのかも不明で、一旦ではあるが、ユフィはWROを抜ける事になった。
「…………ああ」
ユフィの礼に、数秒の間を開けてヴィンセントが答えたのはそれだけだった。
しっかり学んで来い。こちらの事は気にするな……伝えたい事は、もっと沢山ある筈だった。それなのに、胸に詰まった想いが、なかなか外に出てこない。
「そーんな今生の別れみたいな声出さないでよ! ほんのちょっと、帰るだけだからさっ」
「…………」
「なになに? もしかして、寂しかったりしちゃう?」
「…………」
「ウソウソ! ジョーダンだってジョーダン! そんな顔すんなよ~」
バシバシと背を叩いて来るユフィだが、その表情はいつもと違う反応を見せる仲間に対し、不安の色を浮かべている。
(見送りに来たのに不安にさせるなど……有り得ないな)
己の不甲斐なさに、ヴィンセントはマントの下で小さく息を吐いた。
普段なら、もっと気安い台詞が飛び出して来る。なのに今はそれすら出てこず、数年ぶりに味わう一方通行のやり取りに、流石のユフィも困っていた。
(人の気も知らずに……)
それもこれも、ユフィが言った事が全て事実だからだ……と、何とも理不尽な言い分だが、そう思わずにはいられなかった。
(私にとって、お前が……お前の存在が、どれだけ大きいか、気にした事もないだろう?)
初めこそ、じゃじゃ馬娘に対し、年長者としてただ保護者意識が働いただけであった。だが旅をする中で気心知れたバディになり、カダージュたちとの戦いでその意識は再認識された。
その仲間意識が徐々に変わって行ったのは、ヴィンセントが不老不死から解放され、再び限りある命を得てからだった。
幾つになってもおぶさって来る重みが、体温が……生きている、と実感出来る彼女の全てが、ヴィンセントの中で、とても大切なものになっていった。
ユフィが彼に教えたのは温もりだけではない。
街での生活に馴染めずにいた彼を、ユフィは根気よく街へと誘い出し、数々の発見や興味を惹かせた。
『ねぇねぇ、ヴィンセントッ』
名を呼んで、時代に取り残されていた彼の存在を認める彼女に想いが向かうのは、今となっては必然な様な気がしている。
(だからこそ、何も言えずにいるものを……)
このままずっと一緒にいるものだと、心の中で思っていたのと同時に、それが当たり前だと、当然の事のように感じていた。
だからユフィがいなくなってしまうという現実が、ヴィンセントには衝撃的だった。彼女が気まずそうに報告してきた時は、心臓が止まってしまうのではと思うほど焦燥感に駆られていた。
そんな拒否と困惑と寂しさが、ヴィンセントの感情を揺さぶり、今も尚続いている。
(このままでは、ユフィは……)
恐ろしい想像に、ヴィンセントは拳を握る。
ユフィは戻って来ると言っている。だから永遠の別れではない事は理解している……が、それでも不安は不安なのだ。
そんな心配をする立場にないのは、ヴィンセント自身重々承知している。その立場を欲しいと願っている自分がいることも、彼は認めていた。
だが、これから学びに行くユフィに、そんな一方的な想いを告げる事は出来ない。おまけに断られるかもしれない可能性が、更にヴィンセントの口を固く閉じさせていた。
「……あ、あのさ!」
情けない感情に浸っていたヴィンセントは、ユフィの決意した強い声に我に返った。
見上げて来る漆黒の瞳は輝き、ヴィンセントの姿を写している。
「……なんだ、ユフィ」
今日初めて呼んだ名の柔らかさに、心を震わせながら問う。すればユフィは、シエラ号のエンジン音に負けない声で言い放った。
「も、戻って来たら! アンタに猛アタックするから! だから……か、彼女、作んないでよね!!」
言い切ったユフィは、唖然とするヴィンセントを置いて、シエラ号に乗り込んで行った。
ユフィの顔や耳が真っ赤になっていたのは、きっと夕陽に照らされていたからだけではないだろう。しっかり目撃してしまった今、そうあて欲しいとも願う。
(……まったく)
何に対してなのか、ヴィンセントにもわからない。しかし心は晴々としている。
(お前の他に、惹かれる女性など居はしない)
三十年もの間、慕っていた人との思い出に浸るために闇の中にいたヴィンセントを、明るい場所に引っ張り出したのは、他でもないユフィだった。
立ち上がる気もなかった筈なのに、気が付けば引かれる手に従っていたその勢いと心地良さに酔いしれていた。
二度目の人生は、他でもないユフィと過ごしたい……と思える程には、他の者に目を留める気にはならない。
「……お前も、他の男におぶさるなよ」
思わず出てきた嫉妬の言葉に、ヴィンセントは苦笑した。
待つことは、本音を言えば辛いものがある。しかし戻って来るユフィのために、ヴィンセントにはやることが出来た。
「待っている……」
指先を唇に当て、想いを込める。
徐々に浮かび上がるシエラ号に向かって、指先に乗せた想いを飛ばした。
*****
「ねぇ見た!? 見たよね今の!! ヴィンセントが投げキスした!! しかもアタシに向かって!! 奇跡? これは奇跡?? 夢とかじゃないよね!?」
「うるっせーな!! んなこと聞いて確かめるもんじゃねーだろ!!」
見られていない安堵から行われたヴィンセントの行為は、しっかりユフィとシドに目撃されていた。
気まずい台詞を言い切り、それに加え逃げ出したユフィは、羞恥と後悔に頭を抱えて身を捩っていたが、たまたま見えたヴィンセントの仕草に抱えていた不安は一気に吹き飛び、夢にまで見た幸福に吐き気すら忘れて小躍りしていた。
「そっか~! そっか~!! ヴィンセント、アタシのこと」
「いやあれは『頑張ってこい』とかの意味だろ」
「現実に戻すんじゃないよオヤジ!!」
一気に夢から覚める事実を指摘されて、ユフィは膨れっ面をした。
ヴィンセントが自分に女としての興味がないのは十分理解していた。だからこそ、ユフィは先ほどヴィンセントに宣言してきたのだ。
(でも……好意的に受け取られたのは確かだよね?)
声高らかに告げた時も、ヴィンセントは突然の事に驚きはしていても、拒否する姿勢は見せなかった。それに加え、今の投げキスである。
シドが指摘した通り、「頑張ってこい」という意味なのかもしれない。けれど、拒否されなかったという結果だけでも、ユフィには十分だった。
「んで?」
「は?」
「は? じゃねーよ!! お前は受け取ったのか聞いてんだよ!!」
「あったり前じゃん! 受け取らない選択肢なんてなーい!!」
どんな意味であれ、あの投げキスを受け取らないという考えはユフィには存在しなかった。
どんな見送りの言葉よりも、ユフィのやる気と心に火をつけた。それだけで、この先待ち受ける苦難にも耐えられる気がした。
「受け取ったんなら、しっかり応えないとなっ」
「へへっ……とーぜーん!」
離れて行くジュノンを見つめながら、再びこの地へ……ヴィンセントの下へ戻る事を強く誓う。
待っていてくれるであろう彼の気持ちに、全てを賭けてでも応えたかった。
「ヨ~シ! やっるぞー!!」
「うるっせーって言ってんだよ!!」
シドの訴えを無視して、ユフィは気合いを入れて、握り拳を振り上げた。
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