VY短編【もしも明日があるならば】(+CA,CT)

05.あの日の君へ


 眠る前の輝きを放つ太陽の、そのオレンジ色の光にも似た炎を尻尾の先に灯しながら、朱に染まる大地を風を切るようにして走る、一頭のネコ科の種族がいた。
「ただいまぁ~!!」
 彼の生まれ育った町である、星と機械と、そして生命の真理を伝え学ぶコスモキャニオンの門の前に立つ男に、クラウド一行の仲間であるナナキが走りながら嬉しそうに声をかけた。
 見た目の雄々しさとは違い、まだまだ幼い印象を持つ口調で声をかければ、彼が幼い頃から知っている門番の男はニカッ、と笑うと、走ってきたナナキを両手を広げて出迎えて、風に靡く彼の赤い鬣をぐしゃぐしゃと荒く撫でた。
「おうっ!お帰りナナキ!」
 弟のような存在の数ヶ月ぶりの帰還に、男はその思いを伝えるためこれでもかとナナキを撫で回す。
「ちょっと、くすぐったいよ!」
 ナナキは男の行為に身を捩って訴えるが、目を細めて喉を鳴らす様は言葉とは裏腹で、男はそれを知っているが故に撫でるのを止めずに会話を進めた。
「今回の旅はどうだったんだ?」
「うん。今回はアイシクルロッジの方に行ってきたんだけど、あそこは変わりなかったなぁ。相変わらず雪ばっかりだったよ」
 寒かった~、と身震いするナナキに、男は「そうかい」と、苦笑した。
 比較的気候の高いコスモキャニオンだが、ナナキは暑さに弱い。だからコスタ等の灼熱の地は大の苦手だが、ではアイシクルロッジ等の氷点下の地が得意かと言えば、実はそうでもなかった。
 身体は少なからず毛皮に覆われているため多少の寒さなら凌げはするが、尾の先に灯る炎は降り続く雨や雪に弱いため、悪天候の時には常にそこを考慮しなくてはならず、今回の旅は過酷だったろう、と、男はナナキの耳の裏を掻いて、その労をねぎらった。
「そっちはどうだったの?変わった事とか、ある?」
「いんや、特には……あ」
 久し振りに帰って来たナナキに、何か嬉しい報告でも……と考えた男は、数時間前にこの門を通り町に入って行った一人の男の事を思い出した。
「なに?」
「そう言えば、たまーにナナキと会ってる人が今ちょうど来てるぞ」
 まだ太陽が傾き始めた頃、仕事と言ってこの町にやって来た男がいた。

 夕陽よりも赤い、異国に咲く深紅の花のような赤い色に包まれた男……。

 各々の目的のため、この星の未来を守るために挑んだ名も無き戦いが終わり、仲間は自分達の本来の生活に戻り、日々奮闘していた。
 仲間内で一人……否、一匹だけ種族の違うナナキもそれは同じで、彼もまた自身が持つ宿命のために世界を旅して回っていた。
 カダージュたちとの戦いの後も、ディープ・グラウンド・ソルジャーやツヴィエートとの大戦の後もナナキは旅を続け、故郷に戻るのは年に数回という少なさであった。
 そんなナナキの喜ぶ顔が見たいと、名は思い出せないが、彼が度々ナナキと会っているのを知っていた男は、今日来ているその赤い男の特徴を口にした。
「え~、どんな人?」
「ん~ほれ、赤いマントを羽織ってる、瞳も真っ赤な人だ」
「ふーん……ええ!?ヴィンセント来てるの!?早く言ってよ~!!」
 ゆらゆらと揺らめいていた炎を一段と大きくさせて、瞳に星の輝きを散りばめながら、ナナキは「じゃあまた後でね!」と言って男の脇をすり抜けると、オレンジ色の明かりが包み込む町の中へと走って行った。
「……ハハハッ!やっぱりナナキはナナキだなっ」
 旅の疲れも忘れてすっ飛んで行ったナナキを見送った男は、幼い頃と変わらない彼の行動に心を和ませると、門を守る己の役割に戻った。

  *  *  *

「ヴィンセント!!」
 広場の中心にある、町の象徴とも言えるコスモキャンドルを座りながら眺めていた仲間を見つけて、ナナキはいつもより高い声を上げてその名を呼んだ。
 他の仲間とは少し違い、毎年一回は会う約束をして実際に会っている相手ではあるが、落ち着いた態度と話を聞いてくれる姿勢、そしてたまに声を上げて笑うヴィンセントとの時間が好きなナナキは、彼の来訪を心から喜んだ。
「……帰って来たのか」
 走って来た友人に微笑んだヴィンセントは、隣に座ったナナキに手を伸ばすと、彼が好む鼻筋を指先で掻くように優しく撫でた。
「うん!たった今ね。ヴィンセントは任務?」
 撫でられる心地良さに喉を鳴らしながら、ヴィンセントの横に置かれた、束ねられた本の数々を見てそう尋ねた。
 ヴィンセントがオメガ騒動の後暫くしてから、ユフィと同じようにWROに加入して、リーブの下で活動している事は知っていた。
 だから今回も任務で、しかもヴィンセントが得意そうな資料探しをしていたのだろう、と、考えていれば、ヴィンセントは小さく頷いて肯定の意を示した。
「もしかして、そろそろ帰っちゃう?」
 任務で来たのだ。そしてその任務は達成され、ヴィンセントの傍らに積まれている。
 一刻も早くリーブの下へ戻らなくてはいけないのだろう。そう理解はしているので口に出しはしなかったが、どうしてもっと早くに帰って来なかったのだろう、と、ナナキの心に少しの隙間が空いた……が、ヴィンセントは首を横に振って「まだ大丈夫だ」と言うと、彼の頭を優しく撫でた。
「本当!?まだいられるの??」
 星夜祭の星空のように瞳を輝かせながら、期待と歓喜の声を上げる。
 今回の旅で発見したもの、出会ったもの、話したい事がナナキの中でたくさん詰まっていた。
「ああ……急ぎの任務ではないのでな」
 まだ一緒にいられるという事実に「やった~!」と喜ぶと、苦笑するヴィンセントの隣に伏せて、夕陽にも似たコスモキャンドルのオレンジ色の炎を見つめながら、ナナキは今回の旅の土産話を始めた。
 アイシクルロッジの街はやはり雪に覆われていたが、それを生かしたキャンドル祭りや雪祭りが開かれるようになり、人々の活気が感じれる街に変わっていた事。クラウドと偶然出逢い、忘らるる都に一緒に行って花を供え、星の事や今まで抱えていた想いを語った事。大氷河には行かれなかったが、チョコボ仙人の家には行ってみた事……目に焼き付け肌で感じ、心に刻んだものを一つ一つ話して行く。
 その幾つもの思い出を時折相槌を打ちながら聞いていたヴィンセントだったが、不意に出てきた人物の名前に僅かながらに眉を上げたのを、ナナキは見逃さなかった。
「そうそう!オイラ帰ってくる前にウータイに寄って、ユフィに会って来たんだ!」
 まとまった休みが取れたユフィは、ウータイでの責務をこなす必要もあり、数日の間国に帰省している。
 帰路に就くためにウータイに寄ったナナキだったが、町を散策していると、彼女の父親であるゴドーと、彼の従者であるゴーリキーと共に歩くユフィにばったりと出会ったのだった。
「ユフィ、ヒラヒラした真っ赤なウータイ衣装を着てたから『仕事の服なの?』って聞いたんだ。でもユフィ、すーっごく嫌そうな顔して『こんなの仕事でも何でもないやいっ!仕事の方がまだマシだ!』ってプリプリしてさ~」
 話ながら、ヴィンセントの表情を観察する。
 いつにも増して真剣に聞く様は、先程話したものよりも明らかに特別扱いしていた。
「それでね……少しだけ、ヴィンセントの話もしたんだよ?」
 ヴィンセントの反応を試すように、ナナキは勝負に出た。
 ユフィとヴィンセントの話をしたのは事実であったが、彼のユフィとの出来事を聞き逃すまいと聞いていたあの姿の真意を知りたくて、ナナキは視線を外さずに続きを話し始めた。
「『ヴィンセントとは会った?アイツちゃんと寝てるかな~?ごはん食べてると思う?ホーント、世話のやけるヤツだよなぁ~』って、言ってたよ?」
 失礼だよね~、と言えば、ヴィンセントは特に何も言わず苦笑を漏らしただけであった……が、細めた目元は柔らかく、上がる頬は少し血色が良くなり、目の前の炎を見ている筈の赤い瞳は、ここではない何処か遠くを見ているようで、ナナキは抱いていた疑念に確信を持った。
(ヴィンセントは、ユフィが特別なんだね)
 ユフィと頻繁に会うナナキは、彼女の事をよくヴィンセントに話して聞かせていた。
 始めはユフィとの話で何か反応を示す事はなかったが、それが徐々に、明らかに違う態度を見せるようになった。
 そして今見せた、渋い表情を浮かべる訳でも、ユフィの台詞に憤慨するでもなく、彼女の話しを聞いてただ朗らかに微笑む様は、ユフィへ好意としか受け取れなかった。
(……ユフィ)
 そんな微笑ましいヴィンセントを見ていたナナキだったが、不意に脳内に響いた声に、意識は必然と過去に遡り、当時の記憶を浮かび上がらせた。

──ヴィンセントには、言わないでね

 数年前のオメガ騒動の後、ヴィンセントの居場所が判明した時のユフィの言葉が、ナナキの耳にこだまする。
 セブンスヘブンの裏庭で、膝を抱いて小さくうずくまっていた彼女の背中は、何年経っても忘れる事など出来ず、ナナキはどうすれば良いのかとずっと答えを探していた。
(やっと、この時が来たんだね……ゴメン、ユフィ)
 ずっと願っていた瞬間が訪れた事に、ナナキは小さく笑うと、心の中でユフィに謝りながらヴィンセントに声をかけた。
「ねぇ、ヴィンセント」
 約束を破ってしまう後ろめたさはある。しかしあの日のユフィが救われるのなら、今のヴィンセントの想いが報われるのなら、怒られるのも本望だった。
「ちょっと、話したい事があるんだ……ユフィの事で」
 聞いてくれる?と尋ねると、ヴィンセントはナナキの瞳をじっ、と見つめた後に、ゆっくりと頷いた。
 ユフィとの約束通り、当時の事はずっと抱えて生きて行くつもりであったが、ヴィンセントの変化を目の当たりにして、今なら言っても大丈夫だろう、と、ナナキはそう思い、脳裏に焼き付いたユフィの姿を見守りながら話し始めた。

 *  *  *

「ヴィンセントの居場所が判明しました」

 やっと掴んだ情報を持ってWROからセブンスヘブンに到着すると、カウンター席に集まっていたティファやクラウド、そしてナナキとユフィに向かってシェルクはそう切り出した。
「ホント!?どこにいんの?」
 やって来たばかりでまだ席に着いてもいないシェルクに、ユフィは椅子から飛び降りると食い付くような勢いで彼女に尋ねた。
「ちょっとユフィったら、少し落ち着いて?」
 食器を拭いていたティファが、作業を中断してカウンターから出てくると、気が急いているユフィの肩を叩いて宥めに入る。
 ユフィはヴィンセントがカオスに変身してオメガに突っ込みその後行方がわからなくなってしまった後、任務の合間を使っては休む事なく彼を捜し回っていた。
 ユフィがヴィンセントを心配しているのは周知の事実であり、早く居場所を知りたいと思うのも理解はしていたが、まだ人との付き合い方に触れ始めたシェルクにとって、今の彼女の行為は混乱してしまう元であるのもまた事実で、ティファはユフィを彼女から少し離すと、「いつ発見出来たの?」と、努めて柔らかく問うた。
「それ、ぐ……先程、休憩に入る前に……です」
 きっと『それぐらい自分で考えて下さい』と言いたかったのだろう。
 幼い頃に神羅に拐われ過酷な状況下にいた彼女には、皆の『敢えて聞く』という行為の意味がいまいち理解出来ずにいた。
 しかし他人との付き合い方を取り戻しつつあるのも確かで、シェルクは喉まで上がって来た台詞をぐっ、と堪えると、ティファの質問に不器用に答えた。
「そっか、ありがとう」
 ティファは笑顔を絶やさずに、「大変だったでしょ?」と、シェルクの労をねぎらった。
 WROの混乱が落ち着き、シェルクの姉であるシャルアが目を覚まして復帰するまで、シェルクはこのセブンスヘブンで生活していた。
 初めて会った時は会話というより報告のような、何となく事務的な話しか出来なかった彼女だが、時間が経つに連れ徐々に談笑を交えた会話が出来るようにもなってきた。
「いえ……特に苦労もしていません」
 一見冷たい返事にも聞こえるが、頬をほんのりと赤く染め、視線を泳がす姿はそれの逆で、そんな姿を見せるようになった彼女の成長を、この店でずっと近くにいたティファは心から喜んだ。
「それで、ヴィンセントは?何処にいたの?」
 ティファに制止されていたユフィが、一歩離れたところから今にも飛び出して行きそうな勢いでシェルクに訊ねる。
「はい。ヴィンセントは今……」

──ルクレツィアの祠です

 眉尻を下げながら、いつも以上に忙しなく身体を動かしていたユフィの動きが、電池の切れたラジカセのようにピタリ、と止まった。
「……ユフィ」
 ティファは何とも言えない表情を浮かべながら、急に静かになったユフィの名を呼んだ。
 ルクレツィアの祠……かつてヴィンセントが愛した女性が眠る場所に居ることなど、『何処かで動けなくなっているのではないか』とばっかり考えていた仲間にとって、そこは予想外の場所であった。
「あ~……そっか。うん……そーだよね」
 そっかそっか~、と、笑いながら頭を掻くユフィに頷いたシェルクは、一つの鍵を取り出して、ユフィの前に静かに差し出した。
「移動手段は準備してあります。運転が苦手なら運転手も手配しますが……」
 このセブンスヘブンで生活していた間だけでなく、WROで姉のシャルアと行動を共にするようになってからも、シェルクはユフィの行動を青い瞳に写していた。
 雨の日も嵐の日も、そして任務でヘトヘトになっていようとも、ユフィは短くとも時間が作れれば世界中を飛び回り、何処にいるのか見当も付かないヴィンセントを捜しに行っていた。
 自分を犠牲にしてまで誰かに尽くす様を、身を呈して自分を守った姉に重ね、そしてユフィの意志もシェルクは感じ取った。
 ヴィンセントに対してユフィの中に仲間以上の想いが芽生えている事を、感情や触れ合いを学んでいる最中のシェルクにも、それは十分理解出来ていた。
だが……
「……ユフィ?」
 鍵を受け取らないユフィに困惑する。
 不眠不休で捜し回り、今だって直ぐに向かいたそうにしていたのを見て、シェルクはユフィが行くものだと思っていたが、ユフィから飛び出して来たのは意外な台詞だった。

「あのさっ!アタシここで待ってるから、だから……シェルクが迎えに行ってあげてよ!迎えに来た相手が今にも吐きそうな顔してたらさ、サイアクじゃん?」

 差し出された鍵をシェルクに押し返しながら、笑顔でそう告げるユフィにこの場にいる皆が唖然とした。
 ユフィの今までの行動からしても、誰も予想出来ないものだった。
「ですが、ユフィ……」
「いーからいーから!!ほら早く早く!アイツきっと腹減ってるだろうからさ!」
 お願い!とシェルクの背を押すユフィに、始めこそ動揺していたシェルクだったが、逡巡の後に一つ頷くと「わかりました」と言って、セブンスヘブンを後にした。


「ねぇティファ……ユフィは?」
 マリンと教会へ赴き花の手入れが終わった後、セブンスヘブンに帰って来たナナキは、ヴィンセントが戻って来た時に振る舞う食事の準備をしていたティファに、周囲をキョロキョロと見渡しながらそう尋ねた。
「ユフィ?えっと、何処だったかしら……あ、そうそう!確か、裏庭だった筈よ?」
「裏庭?休んだりしてないの?」
「ええ。『少し休んだら?』って言ったんだけど、『ダイジョーブダイジョーブ!』って聞かなくて……」
 シェルクが来た時のユフィは、まだ動けると言えど、明らかに疲労の色が浮かんでいた。
 マリンの誘いに付いて来なかったユフィに、『きっと少し休むのだろう』と考えていたナナキは、想像していた状況と違う事に、妙な胸騒ぎを覚えた。
「……ねぇ、ナナキ」
「わかったよ。オイラ、ちょっとユフィの様子、見てくるね」
 ティファの不安気な声がその先を言う前に、ナナキは自ら頼まれるのであろう役目を買って出た。
 ユフィの行動は、明らかにいつものユフィとは違う。
 シェルクすら困惑する行動に、仲間が心配しない筈もなかった。
「うん……ありがとう、ナナキ」
 困ったように微笑むティファに頷いて、彼女の視線を後頭部に感じながら、ナナキは店のキッチンを通り抜けて裏に入ると、勢いを付けて後ろ足二本で立ち上がり、前足で器用にドアノブを捻って裏口を押し開け、この家のプライベート空間に足を踏み入れた。
 小さな裏庭は外から守られるように柵で覆われ、倉庫の前には小さい畑ながらも野菜や花が育てられている。
 そのバイクや備品が置かれている倉庫と、周囲を覆う柵の間に出来ている空間に、ユフィはいた。
 ナナキがやって来た事に気付いていないのか、ユフィは彼に顔を向ける事なく膝を抱えて座り込んでいる。
 その姿が、ナナキの心に小さな陰を生んだ。
「……ユフィ」
 ゆっくりと近付きながら声を掛ければ、彼女は肩を跳ねさせて、大きな目を更に大きくさせながらナナキに振り返った。
「なーんだ、ナナキじゃん。なに?どーしたの?」
「ううん……ユフィが見当たらなかったから、捜してみただけだよ」
「ははっ、なにそれ~?」
 空回りの笑顔に、心に生まれた陰が音を立てて軋む。
 今はユフィの笑顔を……そんな無理矢理の笑顔を見たい訳ではないのだと、考えるよりも先にナナキの心が訴えていた。
「……ねぇ、ユフィ」
「ん~?」
「どうして、シェルクに行かせたの?ユフィだって、本当は行きたかったんじゃないの?」
 単刀直入に聞く。今はそれが良いような気がした。
 ナナキの質問に、ユフィは「あ~、う~ん」と唸った後、苦笑いを浮かべながら短く答えた。
「好き……だからかな」
「……ヴィンセントを?」
「うん……ヴィンセントが、好きだから」
 言わないでよ?というユフィの答えを聞いて、ナナキは益々混乱した。
 好きなのに行かないという選択肢が生まれた事に、どうしても理解が追い付かない。
「好きなのに行かないの?」
 ナナキは考える。大好きなブーゲンハーゲンが行方不明になったら、自分は何があろうとも捜しに行って、居場所が分かれば必ず向かう。
 けれどユフィは、ヴィンセントを世界中捜し回ったのに、行きたい気持ちを抑えて行かない選択を取った。ナナキには、その理由がわからなかった。
「……ヴィンセントが居る場所は覚えてる?」
 ユフィの問いに、ナナキは「うん。勿論!」と答えた。
「ルクレツィア博士のところ……だよね?」
 ルクレツィアの祠……そこはヴィンセントが昔慕っていた人が眠る洞窟だという事はナナキも承知していた。
 ナナキ自身はあの洞窟には訪れていないが、以前クラウドから「寂しくもなければ暖かみもない、不思議な場所だった」という事は聞いていたが、それと何か関係があるのだろうか、と、考えていたナナキは、ユフィの口から出て来る言葉を動く唇を見つめながら待ち構えた。
「あそこはね、ヴィンセントだけが許された、博士とヴィンセントだけの空間なんだよ」
「えーと……どうして?」
「……愛し合ってるから」
 その言葉に、ナナキはユフィの言っていたその意味をやっと理解した。
 あの祠は、ヴィンセントとルクレツィア博士の相瀬の場なのだ。ユフィの言う『二人だけの空間』というのはそういう事なのだ、と、ナナキはそれを知ったのと同時に後悔した。

──だって……ユフィだって、ヴィンセントが大好きなのに

 ユフィの恋は横恋慕だ。その事実は変えられないが、それでも身を削ってヴィンセントを捜していたのだ。少しぐらい報われても良いではないか、と、ナナキには思わずにはいられない。
「じゃあ、どうして……シェルクは良かったの?」
 首を傾げるばかりのナナキに、ユフィは「アンタその内首取れちゃうよ?」と笑うと、彼の耳の裏を揉むようにして撫でた。
 覇気のない笑顔が、冷たい手のひらが、ナナキの心の軋みを大きくさせる。
「シェルクはね、あの戦いの中で、博士の想いを受け取って、ヴィンセントと博士のために戦ったの。たとえ断片的な想いでも、二人の想いを知ってるシェルクには、あの場所に行ける権利があるんだよ。それに、アタシが行ってもさ、『どーして連絡よこさないんだ!!』って、ぶん殴りそうじゃん?だから……シェルクが行った方が、ピッタリなんだよ」
 アタシってばチョー有能だよね~!と笑うユフィに、ナナキはもう何も言えなかった。
「だからね……アタシはここで、アイツが帰って来るのを待つんだ。一人の仲間としてアイツを迎えて、これからの人生を応援してやるんだ」
 青空を見上げて、自分の目標のように語るユフィの横顔を見つめながら、ナナキには今、ユフィのために言える本心を、やっとの思いで口にした。
「ユフィ……オイラは、信じてるよ。ユフィの想いが届くこと、ユフィが信じなくても、オイラは信じてる」
 細い肩に顔を乗せて、喉を鳴らす。
 今自分にできる限りの事はこれぐらいしかないが、『悲しい』と訴える本当の自分を押し殺す友人のために、何かせずにはいられなかった。
「ナナキのクセに……生意気だっ」
 憎まれ口を叩くユフィはいつも通りだったが、回された腕は、微かに震えていた。

  *  *  *

 全部話し終わったナナキは、ずっと黙って聞いていたヴィンセントを横目でチラリ、と覗き見た。
 パチッ、パチッ、と音を立てるコスモキャンドルを見つめているヴィンセントの瞳にはオレンジ色の光が射し込み、ここではない何処かへ想いを馳せているような目には力が宿り、霧が晴れたような、どこかスッキリしたような雰囲気に、ナナキは息を吐くように小さく笑った。
「ナナキ……一つ、聞かせてくれ」
「な~に?」
「何故、それを私に?」
 ヴィンセントの疑問にナナキは目を丸くすると、堪えきれずに声を出して笑った。
 自身の変化が表情に出ている事に、当の本人が気が付かない程変わった事に、嬉しさと可笑しさが次々に込み上げて来る。

「それはね……ヴィンセントがユフィのこと、大切に想ってるから……かな?」

 鈍いな~、と笑うナナキを、ポカン、とした表情で見ていたヴィンセントだったが、次第に口元に笑みを浮かべて、「そうか」と笑った。
「ねぇ、ヴィンセント。ユフィの気持ちは、今も続いてるよ。ずっとずっと、ヴィンセントを想ってる」
 ナナキの言葉に、ヴィンセントは深く頷くと、彼の頭を一撫でして、資料を持って立ち上がった。
「ありがとう、ナナキ」
「今度はゆっくりしに来てね」
 ユフィと一緒に、と言えば、ヴィンセントはマントの下に顔を隠すと、門に向かって歩き始めた。

「……良かったね、ユフィ」

 去っていくヴィンセントの背を見送りながら、海の向こうにいる親友を思う。

「ユフィの気持ち、ちゃんと届いてたよ」

 あの日泣いていたユフィの心は、夕陽が沈む頃には喜びに溢れているだろう。もしかしたら、今度は嬉しくて泣いているかもしれない。
「あ……ヴィンセントに、『オイラが言ったって、言わないでね』って、お願いするの忘れちゃった」
 秘密をバラすだけバラして口止めをするのを忘れた自分に唖然としたナナキだったが、大好きな二人がやっと一緒になるのだと思えば、次に会った時にユフィに鼻にデコピンを喰らう事など、とても些細な事に思えた。
「さ~てと!オイラもじっちゃんと父さんに会いに行こうっ」
 ヴィンセントが大切な人に会いに向かったように、ナナキも大切な人に帰省の挨拶をするため立ち上がると、喉を鳴らしながら伸びをして、コスモキャンドルを後にした。

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