VY短編【もしも明日があるならば】(+CA,CT)

03.for the time being


「武器、前の金ピカのゴツいやつから替えたんだね」

 セフィロスの思念体であるカダージュ一味と、神羅が隠し持っていたジェノバの首を手に入れて復活したセフィロスとの激しい戦いが終決し、慌ただしかったエッジに落ち着きが戻り始めた頃、ユフィとヴィンセントは人々が行き交う街の一角を歩いていた。
 カダージュたちに拐われたものの、自力で逃げ出し無事に保護することが出来たマリンに、忘らるる都で皆の連絡手段である携帯電話を持っていなかったことに対して「信じられない!」と、最もなことを言われたヴィンセントは、不覚にも傷付いた心の痛みをそっと押さえながら、携帯電話を購入するべく、街を良く知るティファに店の場所を聞いてショップへと向かっていた。
 そんな彼に、「アタシも行く!」と言って付いて来たユフィが、ホルスターに収まっている今の愛銃を見つめながらそう切り出してきたのであった。
「デスペナルティのことか」
 星を救う旅をしている最中、ヴィンセントが最後に入手したのは“デスペナルティ”という、敵を倒す度に攻撃力が上がる“成長する”銃で、仲間と離れ一人旅に出る際に装備していたのも、ユフィが言った通り、今愛用しているケルベロスよりも一回り大きく、また色も黒ではなくギラギラと光る金色をしたものであった。
「そうそうそれ!ちょっと大きくて重そうだったけど、あっちの方が今のより威力ありそうだったよね。あれどうしたの?」

──良く覚えているな……

 ユフィの鋭い観察力と記憶力に関心しつつ、その話題に触れて来たことに多少の居心地の悪さを覚え、ヴィンセントは思わず言葉に詰まった。
 星を救うため、各々の目的を果たすためにセフィロスを追っていた旅の最中、ユフィはヴィンセントが日課としている銃の整備を度々観察するようになっていた。
 ウータイに銃はあれど大陸の物ほど発達したものもなく、そのため彼女の身近に扱う者も、ユフィ自身手にするどころか見る機会もなかったために、『銃の整備を見るのはなんかシンセン』と、人の手元を黙々と観察していたのをヴィンセントは覚えていた。
 見慣れない整備に興味があっただけで、銃自体に関心がある訳ではないのだろう……と、当時瞳を輝かせて観察していたユフィに対して思っていたが、どうやらそれは間違いのようで、ユフィは形から色までしっかりと覚えていた。
「……一人旅をしながら持ち歩くには些か大き過ぎてな。このぐらいのものの方が私には合っている」
「あれ、捨てちゃったの?」
「……いや」
「じゃあ、どっかに置いてあるんだ」
「……ああ、そうだ」
 実際、デスペナルティよりも一回り小さくなったケルベロスの方が、一人旅をする今の自分には適しているのは事実ではあったが、口に出した言葉が何処か言い訳のように聞こえ、どうしたものか、と考えたものの、ユフィは特に気にする様子もなく「ふーん、そっか」と言うと、二年前と同じように、見慣れない銃を興味深そうに観察し始めた。
「まぁ~、今のやつの方がシンプルでカッコイイから、前のも良かったけど、アタシはこれ好きだな~」
 でもやっぱり重そ~!と言うユフィに『この銃よりも重い大手裏剣を軽々と振り回して投げる腕力を身に付けておいて、一体何を言っているのか……』と思うのと同時に、幾つもの月日を過ぎようともユフィはユフィのままなことに、ヴィンセントは赤いマントの下で安堵混じりに苦笑した。
 一人世界を旅する中で、大型モンスターに遭遇し、やむおえず戦闘に突入することは彼にとっては日常茶飯事で、そうなれば早々に決着が付くデスペナルティーを必然的に使用することになるのだが、ある時から、ヴィンセントはそれを手にすることを避け始めた。

──……デスペナルティはどうした

 ユフィの問いに触発されたのか、一人旅の途中に訪れた武器屋の店主・イバンに言われた言葉と光景が脳裏に蘇った。

  *  *  *

 ミッドガルエリアから少し離れた町にある、一見古びた酒場のような建物に入り、玄関脇にある物置のような小さな扉を開けて、中にある地下へと続く階段をカツン、カツン、と靴音を響かせながら下りて行った先に、イバンの武器屋は存在する。
 ヴィンセントがタークスに配属された時、当時彼の先輩だった者の紹介で通うようになった店は、長い年月を経ても、店主も店も健在であった。
『……懐かしい顔だな』
 ヴィンセントが三十年の時を経て再び世界に出て来た時、武器の装備も道具もまともな物を持っていなかった彼が馴染みの店に頼りに行った際、イバンはヴィンセントの顔を見上げながら、深みのある声音で静かにそう言った。
『……ああ』
 イバンと同じように、ヴィンセントもまた静かに答える。
 店が健在だったことに半ば感動していたヴィンセントだったが、三十年前、数いる客の一人でしかなかった男のことを店主が覚えていたことに内心驚いた。が、「彼はそういう人物だ」ということを思い出し、ヴィンセントもそれ以上何も言わず彼の言葉を待った。
『まぁ、久し振りに来たんだ。新作もあるから、ゆっくり見て行ってくれ』
 右側の口の端を微かに上げると、イバンは何事もなかったかのように途中だった銃の整備へと戻った。
『……整備品を一式揃えたい』
 商品を売るためにやたら距離感の近い他の武器屋の店主とは違う、彼の近からず遠からずの接し方が気に入ってこの店に通っていたヴィンセントは、三十年前と変わらぬイバンの人柄に小さく笑うと、旅に必要な諸々を注文した。


 その行き付けの店にヴィンセントが最後に訪れたのは、ルクレツィアの祠でデスペナルティを入手し、長年放置されていたせいで傷んだ細部の修理と、銃の持つ特性の解析依頼をしに来た時で、デスペナルティの受け取りの際に、イバンは金色に輝く銃を渡しながら「他にない代物だ」と、彼にしては珍しく高い評価をしていた。
 そんな高性能な銃を装備しないヴィンセントの行為に、彼が不可解に感じるのは当然であった。
『モンスターを相手にするなら、あれは最適だった筈だが?』
 イバンの指摘はもっともだった。
 ルクレツィアが眠る、滝の裏にひっそりと存在する祠で見付けたデスペナルティほど、彼にとってモンスターとの戦闘に見合った物は他になかった。
 だがそれでも、ヴィンセントはあの銃を扱うことを避けたかった。
『……私には、合わなくなった』
 真っ直ぐ見上げて来る金色の瞳に、ヴィンセントは一部の事実だけを口にした。
 デスペナルティーは戦いを重ねる度に銃の能力が上がって行く。
 強化されて行く銃に始めこそ手応えを感じていたものの、いつの頃からか、デスペナルティーの力がヴィンセントの身体能力を越えてしまい、そしてその力は自分にではなく他の者にこそ相応しいということを、ヴィンセントは感じるようになっていった。
『なら、誰にだ?』
 イバンの問に口をつぐむ。
 三十年前と見掛けは変わらずとも、中身はおぞましいほど変わっていることなど、タークスと……神羅の人間と長い付き合いのあるイバンにはとうに見抜かれているのを理解はしていても、身に起きた出来事の一端でも口にするのは気が重かった。

 デスペナルティに相応しい者……それは彼の中で眠る魔獣四体のうちの一つ――カオスだった。

 デスペナルティーが強くなるに連れて、その威力にヴィンセント自身に負荷が掛かるようになり、不本意ながらも、デスペナルティの威力に持ち堪えられるカオスに変身する、というループに、いつの間にか陥っていた。
 カオスに変身した際のデスペナルティーは敵なしで、苦戦を強いていた状況を一変させ一瞬にして勝利に導く程、その一体感は抜群だった。
 戦えばデスペナルティは成長し、カオスとの相性が更に良くなって行く。
 しかしその進化がカオスに己を支配されて行くようで、ヴィンセントは人知れず恐怖を覚えるようになっていた。
 カオスに侵食されていく肉体に、いつしか精神まで奪われ、やがてヴィンセント・ヴァレンタインという人格が消滅してしまうのでは……という不安が付き纏い、「そんなことは有り得ない」といくら考え直そうとしても、その負の感情を完全に拭い去ることは出来ずにいた。
 星を救う旅をしていた時は、四体の魔獣を体内に宿し、自らを「汚れた獣」と称していた彼を、『ヴィンセント・ヴァレンタイン』という、一人の人間だと肯定し、受け入れてくれる仲間が側にいた。
 だが今は、誰も彼を人間だと認めてくれる者はいない。
 一度ナナキと偶然再会し、幼い仲間の変わらぬ仕草に癒され、抱え込んでいた闇は和らいだ。だがそれも束の間で、カオスに変身する度に、深傷を負っても脅威的な速さで回復していく様を見る度に、ヴィンセントの中で闇は再び膨れ上がり、唯一剥き出しになっていた右腕も疎ましく思うようになり、いつしか隠すようになっていた。
 そんな状況下で、これ以上デスペナルティーを扱うことも、それに伴ってカオスに変身することも、ヴィンセントはどうしても避けたかった。
『……まぁ、商売人としては、買ってもらった方が金になって助かるけどな』
 無言を貫いていたヴィンセントに、イバンはそれ以上何も言わずに店の奥に一度引っ込むと、ヴィンセントが好んでいるダブルアクション式の銃を二、三丁持って戻り、彼の前に慎重に並べた。
『いや、製造の依頼だ』
 新作だ、と、一丁手に取り説明し始めたイバンの説明を遮り、調子を取り戻したヴィンセントは、この店に訪れた目的をやっと切り出した。
 デスペナルティ程の威力や強度は必要無くとも、市場に出回っている物ではヴィンセントの戦闘スタイルに耐えきれず、デスペナルティより前に入手した銃同様、直ぐに使い物にならなくなってしまう。

 ヴィンセントは『ヴィンセント・ヴァレンタイン』に見合った銃を手に入れるために、彼をタークス時代からよく知るこの店の店主に依頼しに来たのだった。

『高いぞ』
『構わない』
 イバンは目の前の男の、長い髪から覗く赤い瞳を無言で見据えた。
 ハッキリとした迷いのない口調とは裏腹に、その瞳には何かから逃れる術を求めている。
 まったく、この男は三十年前から何も変わらない……と、イバンは溜め息を吐いた。
『まぁ、注文ぐらいはしっかり聞いてやるよ』
『……感謝する』
『礼はお代で返してくれりゃいい』
 そう言うと、彼は薄汚れた古く分厚いノートを取り出して、ヴィンセントの注文と脳内で描いたものを新しいページに書き込ん行った。


 その後暫くして、ヴィンセントが受け取りの日時に店に赴き、用意されていた物を目にしたのが、銃口が三つあるオリジナルの銃、ケルベロスだった。
『何処か不備は?』
 試し撃ちをするヴィンセントにイバンが確認する。ヴィンセントはそれに対し首を横に振って答えた。
(……不備などあるものか)
 ヴィンセントは驚くほど手に馴染むケルベロスとの相性に、またこれを作り上げたイバンの昔からの変わらぬ腕前に感服した。
 デスペナルティよりは一回りスマートになり威力も多少弱まったものの、モンスター相手に十分戦えるだけの強さがあること、そして何より自分自身に見合った銃を手にすることが出来た喜びに、ヴィンセントは十分満足していた。
ただ……
『この装飾は必要だったのか?』
 三つ口の先端に、狼にも似た三つの犬の頭が装飾されているのを指差しながら、彼はこの必要性を製造者に問うた。
『“ケルベロス”だ。アンタにピッタリだろ?』
『……私に?』
「アンタに」という言葉に、ヴィンセントは心の奥で何かが引っ掛かった。
 この銃に似合うというのであればわからなくもないが、自分に似合うというのは一体どういう意味なのか……
 無意味な冗談を言う者ではないことを承知していることもあり、ヴィンセントは彼の言葉が妙に気になった。
『どういう意味だ』
『飼い慣らすか、飼い慣らされるか……。まぁ、その内わかるだろう』
 それだけ言うと、イバンはヴィンセントを射撃場に残して、彼の持ち場へと戻って行った。


  *  *  *


 それ以来、ヴィンセントは彼の言葉を思い出しては頭を悩ませてみるものの、その意味はいまだに分からず終いでいた。
 彼の言葉の真意を得たとき、一体そこには何があるのか……。想像付かない未来を、ヴィンセントはただ待つばかりであった。

「でもまぁ、良かったよ!」

 ユフィの声に我に返れば、ケルベロスを観察していた彼女は何やら満足げに頷いて、何故か一人納得していた。
「……何がだ」
「前のより強い銃じゃなくなったけど、その代わり、アンタが少しでも無茶出来なくなってよかった~、て思ってさっ。アンタのことだから、きっとキケンな場所に一人でフツーに行ってたんでだろ?まったく、危なっかしくて見てらんないっつーの!」
 腰に手を付けながら眉間に皺を寄せるユフィに、ヴィンセントは「人の気も知らずに」と、深々と溜め息を吐いた。
「……バハムートの眼前でもたついて、皆の肝を冷したのは一体誰だったか」
「そ!そそそそっ、その話しはいーの!!ていうかそれ関係ないだろ!?今はアンタの話しをしてるんだよ!!」
 まったくもう!と、顔を真っ赤にしてプリプリと怒るユフィに、内心笑みが零れる。
 そういえばユフィとの共闘も他愛ないやり取りも二年ぶりなのを思い出し、共に旅をしていた当時感じていた温かい感情が、胸の中にジワジワと広がって行くのを感じた。
「すまない……それで?」
「はぁ~、もうっ……アンタだって血の通う人間なんだからさっ。怪我して傷付いたら、何ていうか……シンパイっていうか……」
 先程の勢いは鳴りを潜め、ポリポリと頬を掻き、つま先で地面を突っつきながら、言葉を選び何かを伝えようとするユフィをじっと見守る。
 普段饒舌なくせに、肝心なことには口下手になるのも相変わらずだ、と、思いながら、ユフィの口から出てくる想いの続きを待った。
「なんかその、落ち着かないっていうか……あーもうっ!とにかく、人のこと庇うだけじゃなくて、ちゃんとアンタ自身も守れっていうこと!わかった!?」
 ビシッ、と指を指して言い切った彼女の不器用な言動と優しさに、今度こそヴィンセントは抑えることなく笑った。
 ユフィは気難しいことを考えている訳ではないのだろう、と、ヴィンセントは考える。きっと『アンタは人間だ』と肯定してくれる言葉も、自身の心情を感じ取って言っている訳ではなく、本当にそう思うから出てくるものなのだ。
 だからだろうか、今の今まで抱え込んでいた重苦しいものが、急に軽くなった気がした。

 悩んでいても仕方がない。だって答えはまだ先のことなのだから。

「……お前が敵の正面でもたつかなければな」
「だからそれは言わなくていーの!!も~ムカつく!こうなったら、アタシがアンタを守ってやろうじゃん!!」
 シュシュシュッ、と言いながら、お得意の拳を振るうユフィを横目に歩き出す。
 少なくとも、答えを見付けるその時まで、ユフィの言う通りにこの銃を使って行くのも悪くない。
「待ってよ~!」と、慌てて付いて来るユフィを背後に感じながら、ヴィンセントは携帯電話を手に入れるために、軽やかな足取りでショップへと向かった。
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