VY短編【もしも明日があるならば】(+CA,CT)

02.もしも明日があるならば


「うぇぇぇ……」
 ハイウィンド号やバギーと違い、エンジンの振動を受けにくい、単身で宙に浮いているような感覚を受ける移動機に乗っていたユフィとヴィンセントだったが、それでも乗り物に弱いユフィには厳しかったらしく、地面に降り立った彼女は、まるで瓦礫の山になりつつある周辺の建物のように、その場に膝から崩れそうになっていた。
「あの……ユフィさん、大丈夫ですか?」
 星に近付いたメテオの落下地点だと推測されるミッドガルは、ユフィとヴィンセントが現地に到着した時には、メテオの影響で既に天変地異でも起きそうな、なんとも不穏な雰囲気に包まれていた。
「気にするな。いつものことだ」
「アンタ……それでも、助けてもらったヤツの……言い方かよっ……うぇぇぇ」
 近付きつつあるメテオの引力から引き起こされる強風と、ウエポンが放った攻撃のダメージで、崩壊とまでは行かずとも、徐々に崩れ行く神羅カンパニーのその一角で、何かを見つけたヴィンセントは、ユフィの制止を聞かずにそれに向かって走って行った。
 その後バイク型の浮動移動機に乗って慌てて彼を追い掛けたユフィだったが、無事ヴィンセントと共に集合地点に到達出来たものの、クラウドと同じく……否、それ以上に乗り物に弱い彼女は、込み上げてくる吐き気に倒れる寸前になっていた。
「残りの住民の避難とカームまでの誘導は私たちに任せて、ユフィさんとヴィンセントさんはトラックでお休み下さい。無事クラウドさんの待つ場所までお送りします」
 ユフィたちと共に救助活動をしていた青年が、護送用のトラックに二人を促す。
 ユフィの乗り物酔いが気になったヴィンセントだったが、明日には命を賭けたセフィロスとの戦いが控えている。
 胸中ではユフィのために徒歩でクラウドの待つハイウィンド号まで戻る気でいたが、待ち合わせの時間まで間も無いのも事実であり、未だ気持ち悪がっている彼女には悪いが青年の進言に頷くと、ヴィンセントはフラフラと覚束ない足取りのユフィを支えながら、こぢんまりとしたトラック内へと静かに乗り込んだ。
「よ……よくこんな、グラグラ揺れる中でツーシン、画面……見ようと思うな……うぇぇぇ」
 吐き気に呻きながらも、しっかりとトラック内の様子は確認していたらしい。
 二人の動きと強風に揺れるトラックの中には、ユフィが言った通り小さなモニターやマイク、スピーカーや録音機等の通信機とともに、小型ながらも銃器が搭載されていた。
「……護送機、として使うことにしたのだろう」
「じゃあ……元は違うものって、こと?……ウプッ」
「大方、神羅の中継車だろう。兵の移動車にしては狭すぎる」
「へぇ~、さすが元ター……うぇぇぇ~キモチワルイ」
「いいから目を閉じて休んでいろ。……その忙しなく動く口もな」
「余計なお世話だっつーの!!ッウ、また……吐き気が」
 いつものようにヴィンセントの一言に噛み付こうとしたユフィだったが、襲い掛かる酔いに目眩を覚え、反抗の台詞も言い終わらぬ内に、トラックの壁に沿って付けられている長椅子にドスンッ、と大きな音を立てて倒れ込んだ。
 その様子に、ヴィンセントは「はぁ……」と溜め息を吐くと、横たわるユフィの頭元の席にゆっくりと腰を下ろした。
『急な揺れに気を付けてください』
 先ほどの青年とは違う、まだ経験の浅そうな青年の声がスピーカーから聴こえると、数秒後にトラックは低いエンジン音を立てながら不安定に動き出した。
「アタシ……ケッセンまで、持たない……かも」
 乗り物に弱いくせに、ユフィは苦手なそれらに乗ってでも後を着いて来る。
 今回のミッドガルの住人の避難誘導も、本来なら何の用事もないヴィンセント一人が来る予定になっていたが、ユフィはウータイに帰らずヴィンセントに着いて来たのだった。

──……ウータイに、父親や母親の墓参りに行かなくていいのか?

 ミッドガルに向かう途中、何の迷いもなく隣に付いて歩くユフィにそう問えば、彼女は『終わったら会いに行けばいーから。ダイジョーブダイジョーブ!』と、ヴィンセントの顔を見上げながら親指を立ててニカッ、と笑った。
『避難誘導の後に行く余裕など無いぞ』
 この緊迫した状況下でのんびりしたことを言い出すユフィに若干の怒りを覚えつつ忠告する。
 ユフィのどんな状況でも未来を見失わないところは長所だが、明日の戦いで星の命よりも先に己の命がどうなるかも不明な今、彼女のその長所は軽率過ぎる、と思わざるを得なかった。
『そんなのわかってるっつーの!セフィロスをブッ飛ばしてからに決まってんだろ!?そのぐらいちゃーんとわかってますよ~だっ!』
 失礼しちゃうよまったく!と、ヴィンセントの台詞に笑顔から一転、眉間に皺を寄せてユフィはプリプリと怒り始めた。
──何もわかっていない
 自分の言葉の意味が少しも伝わっていない、と、ヴィンセントは溜め息を吐いて、脳内に出てきた言葉をそのまま口にしそうになった。が、言葉が声に変わるよりも早く、ユフィの不敵な声がヴィンセントの耳に届いた。

『それにアタシ、死ぬつもりないし』

 声と同じく強気な笑みを浮かべている彼女に、ヴィンセントは眉を上げて少女を見下ろした。
 伝わっていない。理解していない……と、思っていたが、ユフィは全て呑み込んだ上で『死ぬ気はない』と宣言していた。
『アンタだって死ぬ気ないんだろ?だから何も問題なーし!』
 そう言ってまた笑う少女に、ヴィンセントは沸々と込み上げて来る感情に捕らわれそうになり、ユフィの想いに同調することも出来ず、ただ黙々とミッドガルを目指したのであった。

「なら、ここで降りればいい」

 ミッドガルに向かう途中、ずっと抱いていた想いを再び思い出したヴィンセントは、その想いを出さぬように細心の注意を払いながら、酔いに魘される彼女にそう進言した。
「はっ、ジョーダン……うぷっ」
 案の定、ユフィは酔いながらも来た時と同じように不敵に笑いながらヴィンセントを見上げた。
 本心としては酔いに負けて降りてくれることを望んだが、どうやらそれは望み薄だと実感し、ヴィンセントは腰を上げて通信用のディスプレイの近くにあった気温調節を弄り、ヒヤリとした冷たい空気を出すと、元いた位置に腰を下ろして、再びユフィの様子を窺った。
「うぅ~……アリガト」
 弱々しく礼を言うユフィに呆れの溜め息を吐く。
 眠ったところで何処か安全な場所に降ろしても、ユフィなら追いかけて来て皆の目前で「なんで置いて行くんだこの根暗男!!」と怒鳴り散らすのだろう、と、容易に想像が出来てしまい、もう置いて行く手段は無理だ、と悟ったヴィンセントは、彼女を残して行く考えを押し留めた。
「いいから。目と口を閉じて、大人しく寝ていろ」
「つめたーい……まぁ、それはそれとしてさ……」
「……何だ」
「アンタ、さっき……なに、見たの?」
 ユフィの問いに、ヴィンセントは何も言わずに横目で彼女を見下ろした。
(やはり聞いてきたか……)
 普段おちゃらけた態度を取るユフィだが、実際には物事の本筋を見極め、真実を見据える力を持っている。
 その彼女が自身の取った不可解な行動に違和感を持つことは予想してはいたが、もしかしたら、酔いのせいで見逃してくれるかもしれない、と、淡い期待を抱いていたヴィンセントだったが、それはやはり甘い望みでしかなく、絶不調ながらもしっかりと聞いてきたユフィに、彼は赤いマントの下で首を横に振った。
「いや……私の、見間違えだったようだ」
 セフィロスとの決戦が控えている今、十六才の少女にまさか宝条のような影を見たとも言えず、余計な神経を使わせないようにそう告げれば、ユフィは「ホントかよ~!ぜーったい、なんか見たんだろ?」と、ケラケラと笑いながら返してきた。
「本当だ。実際、あそこには誰もいなかった」
 ユフィが乗って迎えに来た浮動移動機の後部に飛び乗って、既に酔っていた彼女の手の上からハンドルを握り、ユフィの代わりに操作しながら崩壊する建物から脱出した時、去り際に今一度自身が立っていた周辺を確認したヴィンセントだったが、確かにそこには既に人の影は見当たらなかった。
 一部の真実だけ伝えて、何とかこの場をやり過ごそうとしたヴィンセントは、「アンタの『本当』って信用できな~い」と笑うユフィに身を固くしたが、「でもま、いーや。無事だったし」と言うのを聞いて、どうやらこの場は乗り切ったようだと、ユフィに気付かれないように、ほっ、と胸を撫で下ろした。
「でさぁ、ヴィンセント」
 これで終わりだ、と、安堵したヴィンセントだったが、再び口を開いたユフィに身構える。
 何を言い出すのか予測不可能な彼女の行動に警戒したヴィンセントだったが、飛び出してきた問いに、彼は眉を上げてユフィを見下ろした。

「アンタさ、これから……何したい?」

 質問の意味に答えられずにいれば、ユフィは「おーい。聞いてる~?」と、ヴィンセントの顔の前に片手を伸ばすと、目の前でヒラヒラと振りながら彼の赤い瞳を見上げて来た。
 これから命をかけた戦いが待っている。特に自分達は他のメンバーと違い、休憩など有ってないようなもので、そんな中で何とも気の抜けた考えだ、と、ヴィンセントは二度目の呆れの色を含んだ溜め息を吐いた。
「……今『呆れた』って思っただろ」
「……いや」
「ウソ!ゼーッタイ思っただろ!」
「随分余裕だと頭が痛くなっただけだ」
「やっぱり思ったんじゃん!……んで?呆れたヴィンセントさんには、何かやりたいこと、あるんですか~?」
 振っていた手をマイクを持つように握って向けてくるユフィに、ヴィンセントは不覚にも言葉が詰まった。
「……いや」
「え~?なーんか一個ぐらいあるだろ~?クラウドだって『戦う理由を今一度考えて来てほしい』って言ってたじゃん?これからアイツんとこ戻るんだし、なんか決めとかなきゃじゃん。だからさ、なんかないの?」
「…………」
 ヴィンセントとて、やりたいこと、やるべきことはいくらでもあった。
 死なない自分は旅を続けながら、たまに仲間や、仲間が残したものを見守って、いつか命尽きるこの星の終わりを見届けるのが使命であり、今思い浮かぶ将来したいことだ、と、ヴィンセントはそう考えていた。
 だがユフィが笑顔になる度に徐々に大きくなる感情が、その目的を曇らせて行く。

──この笑顔が、無くなるかもしれない

『今一度、戦う理由を考えて来てほしい』
 仲間にそう告げたクラウドの下を離れ、ユフィとともにミッドガルに向かう途中、彼女の笑顔を見たヴィンセントは、ふと、そう思ってしまった。
 出会った少女はまだまだ未熟な部分が多々あったものの、出会いや別れ、モンスターや盗人、兵との数々の戦闘で心身共に成長していった。
 ユフィの実父であるゴドーとの戦いでは、その成長を身内だけでなく仲間にも見せ付けた。その時に、不器用ながらに娘の成長を喜んでいたゴドーの気持ちに、ヴィンセントは共感していた。
 そう、ヴィンセントはユフィの成長を楽しみにしていた。
 出会った当初から彼女の面倒を見ることの多かったヴィンセントは、始めこそ年長者としての責任からの行為でしかなかったが、いつしかユフィのしなやかに伸びて行く成長を見ることに喜びを覚えるようになった。
 仲間には「お前はユフィの保護者か」と揶揄されるが、そう思われても仕方ないほど、自分は少女の成長を楽しみにしている、と、ヴィンセントは自覚していた。
 それほどまでにユフィに目が行くのは、きっと彼女が持つ輝きの力でもあるのだろう。得意とする分野が同じでも、自分には無いものを持っている者に惹き付けられるのは必然であった。
 その相手が、明日の戦いでどうなるかもわからない。
 最悪なことは考えたくもない。しかし敵が強大である以上、その悪夢は戦いが終わるまで付いて回る。
 セフィロスとの戦いが終結し、メテオ落下を阻止して無事星が救われたとしても、その時に、仲間の誰かが欠けているかもしれない。そしてそれが、今隣にいる、ずっと見守って来たユフィかもしれない。
 戦闘中、この若い芽を守れるならば守りたいと誓ってはいても、自分とて無事でいる保証はない。
 倒れた自分の目の前で、手の届く範囲で、もしかしたらその命が星に還るのを見る羽目になるかもしれない。
 そんな『かもしれない』という例え話を考えていても仕方がないのは重々承知していたが、それでもヴィンセントは考ずにはいられなかった。
「なになに?まーた暗~いこと考えちゃってた?このユフィちゃんが聞いてあげるから、言ってみ言ってみ?」
 急に無言になった相手に何か感じ取ったのか、ユフィはもぞもぞと身動ぎをしてヴィンセントの膝の上に頭を乗せると、俯いていた彼の顔を下から覗き込むようにして見上げて来た。
 真っ直ぐな黒曜石の瞳は、今も、そしてこれからも見ることが出来ないかもしれない満天の星空のように輝いていて、彼女の気持ちがからかいではなく本心なことを表している反面、その恐れのない心が一層詰まっている想いを口にすることを留まらせた。
「……お前は」
「ん?」
「お前は……この戦いが終わったら、何をする予定だ?」
 言えない代わりに逆に問えば、ユフィは「え~?そんなのいっぱいあるよ?」と、指を折りながら夢を数え始めた。
「まずウータイの復興だろ?マテリア集めも止めらんないし。まだまだ強くなりたいし。もっと世界を見てみたいし。それに……」
「……それに?」
「アンタがまーた罪だとか罰だとか言って、あのジメジメしたところで棺桶に引き込もらないように見て行かなきゃだしねっ」
 その前に、アンタがブッ飛ばされないように守らなくっちゃね~、と、さも当たり前のように言うユフィに、ヴィンセントは目を丸くして、まだ見ぬ未来を夢見て輝く黒色の瞳を見つめた。
 どうやら本気で死ぬ気はないようで、それに加え大の大人一人を守ろうとすらしているようで、ヴィンセントは額を片手で押さえると、溜め息混じりにフッ、と小さく笑った。
「まーた『呆れた』って思ったんだろ~?人の夢バカにしたらいけないんだ~」
 シュシュシュ、と、顔に向けてパンチを繰り出すユフィの拳を手の平に包み込んで阻止しする。
「まぁ、棺桶に入らないようにこのユフィちゃんが守ってあげるから?ホーシューとして、戦いの後はおんぶして大空洞登ってくれればいーからさっ」
「……それは願い下げなので、お前を何処かへ置いて行くことにしよう」
「ヒッドーイ!!このユフィちゃんが守ってあげるって言ってんのにナニさその言い方!言っとくけど、アタシは置いてかれてもゼッタイ、ゼーッタイ!付いて行くんだからな!それを許可したのはアンタなんだから、アンタに置いてかれるいわれはありませんよ~だっ!」
 忘れたとは言わせないぞ!と言うユフィに、ヴィンセントは口元に笑みを携えたまま小さく頷いた。

──フッ、勝手に着いて来るがいい

 ゴドーとの戦いの後、確かに自分はユフィにそう言った。その言葉は紛れもなく一緒に来ることへの肯定の台詞だった。
「まさか……いまさら『帰れ』なんて、言ったりしないだろーな~?」
 頬を膨らませながら疑うユフィに、「まさか」と言うと、ヴィンセントは包んでいたユフィの手を解放して、自身の空いた手を彼女の目の上に被せると、うっすらと隈を作っている目を隠した。
「少し、眠った方がいい。……着いたら、起こしてやる」
「置いて行ったら一生恨んでやるんだかんね」
 釘を打ったユフィはそのまま静かになると、暫くして寝息を立て始め、その入眠の早さから「疲れていたのだろう」と、口よりも素直な彼女の行動に苦笑した。
 失う恐怖が消えた訳ではない。けれど「アンタを守ってあげる」とまで言った、未来を諦めない少女がいればどうにかなるだろう……と、そんな「かもしれない」が胸に浮かび、もう迷う必要はない、と、ヴィンセントは決めた心に頷いた。

「……おやすみ、ユフィ」

 寝ている少女に小さく声をかけると、ヴィンセントも赤い瞳を瞼の向こうに隠して、トラックの振動から生まれる睡魔に身を委ねた。
(ユフィをおぶれる体力は残しておかなければ……)
 意識が本格的に夢に落ちる寸前、ふと思い付いた決意にも似た考えに、ヴィンセントはフッ、と、小さく笑った。

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