日常編
僕の朝のルーティンは、里を出てからも変わらない。
起きたらまず、カーテンを開け窓を開ける。
優しい朝の光と風を体に感じるために。
次に、顔を洗い服を着替える。
すぐに呼ばれても対応できるように。
そして、窓際に椅子を持っていき、読書を始める。
朝の頭の体操である。
これが、予定がある日であろうとなかろうと、僕の朝のルーティンである。
爽やかな朝の陽ざしと、小鳥のさえずり
今日も今日とて、清々しいぐらいに晴天である。
「おーい、刹那!朝飯できてっぞぉ~!」
「はぁい!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕凪亭―食堂―
夕凪亭の従業員一同は、同じテーブルを囲い、アレンの作った朝食をとっていた。
「今日はどうされます?」
柑亥が今日の予定を皐月に伺う。
「あー、そうだな。最近、ずっと依頼受けてばっかだし、宿もずっと営業してたし、今日は休みにすっか。」
確かにここ最近は、皐月は高ランクの依頼へ、刹那や柑亥・アレンは宿の経営で手いっぱいだった。
というのも、刹那が提供価格の見直しと顧客の導線の管理をしたことにより、以前のように大賑わい…というほどでもなくなったのだが、繁盛していることには繁盛している。
皐月も、ギルドで滞ってる依頼をザザから任命されて内外を行き来していた。
「え?休み?いいの?」
刹那は目を丸くした。
「おめぇ、休まなきゃいざってときに『疲れててうごけませんでした~』ってなったらどうすんだ?」
「そうです。休息も仕事の内ですよ。というより、それを以前皐月様におっしゃってたのは刹那様では?」
二人は刹那を諭す。
「でも、あの時はさ、それなりの収入あったじゃない?今は宿の収入があるけど不安定だし、それが心配なんだけど…」
宿は繁盛している。しかしながら、他の宿と比べても安い価格で提供しているため、利益が多いわけではない。
皐月へ回ってくる依頼も、月に数件あるかないかだ。とても安定しているとは思えなかった。
「大丈夫ですよ。俺がそこはちゃんと管理していますし、皐月様も完全に以前の仕事を辞めたわけではありませんから。」
柑亥は宿の経理も管理している。依頼にこそ皐月が向かうが、宿自体が受けた依頼として、報酬は夕凪亭の収入として扱われていた。
そして、皐月自身の以前の仕事・暗殺者としての依頼は、高額な支払いが多い。冒険者が一カ月頑張って稼いだ額が一回の依頼で入ってくることもある。
「そうそう、そこから入ってくるから安心しとけって。って―わけで、今日は休みな~」
朝食を食べ終わった皐月は、手をひらひらとさせながら席を離れた。
「わかりました。」
と、アレンも朝食を終えて、「休業日」と書かれた看板を扉にそっとかける。
本日の夕凪亭は、営業を再開してから初めての休業日となった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
刹那は自室で静かに本を開いていた。
「うーん。」
結局、言われるがまま休みになってしまったが、刹那は読書に集中できずにいた。
(やっぱり何かしてないと落ち着かないなぁ…)
ぺらぺらとページをめくるが、内容が頭に入ってこない。
というのも、営業の手伝いを始めてから、過去の帳簿の整理や新しい書類の作成、顧客の導線の管理・ホールの手伝いなど、やることはたくさんあった。
そのため、常に脳がフル回転している日々が続いていたため、急に休みと言われても、すぐに休業日モードになることができない。
一つため息をつくと、刹那はそっと本を閉じて、部屋を離れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それで?何かしたいと…?」
刹那はアレンの居る食堂のカウンターに来ていた。
アレンがカウンターで食器の片付けをしているのを見て、何かできないかと相談を持ち掛けたのだ。
「そうですね…このあたりだと、闘技場がありますが、さっき皐月さんが行くって言ってましたっけ…」
「姉貴がいるなら、今はいいかな…あはは…」
皐月は皐月で、体を動かすために闘技場に出向いたらしい。
柑亥もおそらく皐月について行ったのだろう。姿は見えなかった。
アレンは少し考えた後、刹那に1枚のメモを渡す。
「これは?」
「おつかいです。今日は、柑亥さんも皐月さんも完全にオフなので宿の買い出しに行ってくれる人がいないんですよ。ほんの少しだけお使いに行っていただけるとたすかります。」
「おつかいですか…。」
メモには、食料品や雑貨などのメモがびっしりと書かれていた。
といっても、一人で持ち運べる程度であろうか。
「これは私の個人的なお願いですので、受けていただけるなら報酬もご用意いたします。」
アレンの言葉に刹那は目を輝かせる。
「やります!これ、報酬でるなら一種の依頼と一緒ですよね!?」
キラキラと目を輝かせる新人冒険者(刹那)に、アレンも困ったように、「そうですね」と言うしかなかった。
「そこに書いてある茶葉は雑貨屋で、野菜類は市場で、ミルクやたまご類はこの通りを少し外れたところにある少し大きめの生鮮市場で購入できます。」
言われたことを忘れないようにメモに追加で書き足していく。
「少々色々と回っていただきますが、その分報酬ははずみますので、お願いいたします。」
「わかりました。買い物に行くだけなら、僕だけでも行けそうなので、行ってきます!」
「夕方までに戻られてくださいね。」
「はぁい!アレンさん、いってきます!」
刹那は、少し、浮足立って宿を飛び出していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「買い物はこれで全部かな。」
少し日が傾いてきたころ、刹那の手には大きな紙袋が握られていた。
辺りの街灯は、だんだんと光がともってきており、刹那の「早く帰らねば」という気持ちを焦らせた。
食器類を持っているため、走るわけにはいかず、人にぶつからないように気を付けながら、急いでいるとどこからか子供たちの激しい奇声のようなものが耳につく。
(夕方の暗くなってくるこの時間なのに、まだ、遊んでいる子供がいるの…?)
と、不審に思った刹那は、お節介と思いながらも、声の聞こえた路地に足を踏み入れる。
するとそこには、一人?の少年が倒れており、それを踏みつけたり蹴飛ばしたりしている数人の子供たちがいた。
「やーい!わすれんぼ!」
「この魔導具め!」
そういって、子供たちは少年に石を投げた。
刹那は見ていられず、
「やめなさい!」
と大声を出した。
子供たちは、その声に驚き、蜘蛛の子を散らすように散りじりに散っていく。
その場に残ったのは、倒れていた少年と刹那だけ。
刹那は、荷物をその場に置き、少年のもとへと駆け寄った。
「大丈夫?」
少年は、ピクリとも動かなかった。
(もしかして…)と思い、刹那は少年の手首を握り脈をとる。
脈が…
無い…
(脈が無い…!?)
(いや待て、落ち着け。さっき子供たちは『魔導具』と言っていた。つまり脈は無くて正解なんだ)
(動かないのは壊れてしまった?この場合どうすればいいのが正解なんだ?)
(修理すれば治るのか?しかしどこへ持っていけば…)
刹那の頭は混乱していた。
刹那がアタフタとしていると、少年はゆっくりと顔を上げて、刹那の顔をじっと見た。
「君は、僕をいじめないの?」
「え?」
「だから、君はみんなと同じように、僕を蹴ったり殴ったり、石をぶつけたりしないの?」
少年は、少し寂しそうな目を落とし拳をぎゅっと握っていた。
刹那は、そんな少年に少し既視感を覚えていた。
【やーい、過去無し!】
【やめてよ!】
【おかしいだろ?十歳より前のこと覚えてないなんて。】
【覚えてないものは覚えてないんだもん!】
【過去無しは黙ってろ!】
【痛い!】
自分も覚えていないのだ。
十歳より昔のことを。
そして、それが原因で周りからいじめられた…
「どうしたの?」
「はっ!」
刹那を現実に戻したのは少年の声だった。
あまりにも状況が似ていたので、昔の思い出に浸ってしまった自分を少年の声が引き戻してくれた。
「君が僕に危害を加えないってのはわかった。」
「うん。」
「それよりさ…」
「じゃぁ、まずは起き上がろうよ。話はそれから。」
少年は、目を丸くして刹那の手を少し見つめた後、手を握り体を起こした。
見た目の傷はひどいが、痛さを感じないのか軽々と起き上がる。
刹那は近くのベンチに少年を案内して、一緒に座った。
「僕ね、真っ白い光に包まれて、気が付いたらここに居たんだ。」
少年は話す。
「それまではなにしてたの?」
「戦ってた。」
「何と?」
「アンノーン。」
「アンノーン?」
「うん、人を襲っちゃう機械兵器のことだよ?知らない?」
少年と話をしていると所々知らない単語が出てくる。
「僕ね、人間じゃないの。アンドロイドって呼ばれる兵器なの。」
「兵器…」
もしかして、転移と呼ばれるもので、少年自身はこの世界の人物ではないのかもしれない。
刹那の頭には、そんな予感がよぎった。
「んでね、クリーチャーと戦ってたら白い光に包まれて、気が付いたらここにいたの。」
「でも、戦いでいっぱい怪我したから回復しようとしてたんだけど、みんなに囲まれて動けなくなってたところに君が来たんだ。」
「…」
少年は刹那からもらったミルクをゆっくりと飲みながら、ゆらゆらとしっぽを揺らしている。
気が付いたら、少年からは傷という傷が消えていた。
(服もマフラー?もボロボロだ…靴…も履いてない。)
(この淡い光は、姉貴の治癒忍術と同じ光だ…。回復って自己回復の事なのかな?)
(この子…僕が思ってる魔導人形よりずっとずっとすごい性能をしてるのかもしれないなぁ…)
刹那は好奇心からか少年に聞きたいことがたくさん生まれた。
「あっ!そういえば、君は名前あるの?」
刹那は、少年に尋ねた。
少年は、首を複数回左右に傾げた後、
「わかんない!」
と元気よく発した。
「わからないの?」
「うん、あのね、実は、あの戦闘より前の記憶がないの。」
「記憶ないの?」
「うん。名前も、どこに住んでたのかも全部ぜーんぶわかんない。」
わからないと言っている割には、少年は困った表情一つ見せなかった。
空を見上げれば、一番星が1つキラキラと輝いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いい?ここからは、こっそり入るんだよ?」
「こっそり了解!」
二人は夕凪亭の宿の前にいた。
夕凪亭は休業日で人もいない。辺りは日も暮れており暗くなっている。
こっそりと中に入るには条件が整っていた。
「こっそりねぇ…」
「そう、こっそり…」
「なんで?」
「姉貴にばれると何を言われるか。」
刹那が少年に耳打ちをした時だった。
「ほぉ?俺にばれると…?」
背後から聞き覚えのある低いトーンの声が聞こえてきた。
「あ!!姉貴!?!?」
宿の前でコソコソしてる二人の後ろに皐月が仁王立ちで構えている。
「刹那が遅いから、探しに行けって柑亥がうるさくってよ。どこいってたんだ・・・ってそいつ誰だ?」
皐月は刹那の後ろに隠れている少年に気が付いた。
「この子のことは入ってから話すよ…」
「あはは~」っと、いつもの愛想笑いを浮かべながら、刹那は宿の中へと入る。
続いて、少年と皐月も宿の中へと入っていった。
宿では、アレンが夕食を準備して待っていてくれていた。
「刹那さんはこの辺り初めてとお聞きして、迷子になってないか心配していたんです。」
アレンが、帰りの遅い刹那のことを柑亥に相談し、柑亥が皐月に探しに行くようにお願いをしたところだったらしい。
二人はカウンターに腰を掛け、刹那が少年のことを皐月たちに説明した。
「なるほど、別の世界から来たかもしれない魔導人形である…と。ほかに隠してることはありませんね?」
「僕が聞いてるのはこれで全部だよ。」
「間違いねぇのかちびっこ。」
「うん。僕が分かってる範囲はこれで全部!」
皐月と柑亥は顔を見合わせる。
唐突な拾われた魔道機械。本来なら魔導ギルドへ届け出るのが普通だろう。
しかし、普通の人間と同じように受け答えし、感情があるようにも見える少年のことを、道具のように扱うことを二人はためらった。
「ちょっと席外すわ。」
「すいません、本当にちょっとだけなので。」
というと、二人して二階へ行ってしまった。
アレンも黙って食堂の方へと姿を消す。
すると、少年は、刹那の袖をぎゅっと握った。
「僕ね、行くところも何もないって知ってるの。」
「うん。」
「でもね、君が来てくれたときすごく嬉しかったんだ!」
「…」
「本当に…嬉しかった…。こんな、何もない僕でも、少しでも誰かの傍に居る事許されるのかなって…。」
「…」
「だからね、無理も言わないし、わがままも言わないよ。」
少年は、それだけを言うと、にっこりとほほ笑んだ。
刹那はそれを見ると、胸の中がほわっと熱くなった。
袖を握っていた小さくて冷たい手をぎゅっと握り返して、伝わるかわからない手の温かさを伝えたいぐらいに強く握りしめて。
「大丈夫!今の説明で、行く当てがないのは伝わってます!」
「それに、行く当てのない人を放っておくような人たちじゃないですよ!」
「だから…そんな顔……しないでください…」
しばらくして、皐月と柑亥が戻ってきた。
「遅くなってすいません。」
不安そうな二人の顔を直視できないのか、皐月が、柑亥の方に視線を向けたまま、肘で小突く。
柑亥は、(俺ですか…)と小声で皐月に問うと、皐月は小さく頷いて、いつもの通り、椅子にだらしなくもたれかかった。
「結論から言いますと、その子を、俺たちの冒険者のパーティとして迎え入れます。」
二人の顔が明るくなった。
「ただし条件があります。」
「条件?」
二人は顔を見合わせる。
「その子と刹那様は同室になってもらうこと。その子の面倒は基本刹那様が見ること。そして最後に…」
「最後に…?」
「その子が戦力とならなかった場合、即脱退してもらうこと。この三つが条件です。」
「…」
「いいですか?」
刹那は少し不安げに少年の方をみつめた。
少年は少し考えた後、元気に
「はい!僕がんばるよ!」
と、挙手した。
「じゃぁ、決まりだな」
「しかし、名前、困りましたね。名前がないと不便です。」
柑亥は、「フム…」と考え込む。
刹那も同様に、「思い出せない?」と問いかけるが、少年は首を振る。
皐月は、少年に視線をやると、少年の左腕に『00』と書かれているのが見えた。
「あー、名前『Zero』で『ゼロ』ってのはどうだ?」
「Zero、ですか?」
「それ、腕に『00』って書いてあんだろ?だからZero。」
皐月は、少年の腕を指さして「ほれ」と言った。
「どう?」と刹那が少年に聞くと、少年は、
「なんか、しっくりくるよ!」
と、満面の笑みで答えた。
「じゃあ、決まりですね。」
少年、改めZeroが加わり、皐月・刹那・柑亥・Zeroの四人で冒険者として活動することとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕の朝のルーティンは、里を出てからも変わらない。
起きたらまず、カーテンを開け窓を開ける。
優しい朝の光と風を体に感じるために。
次に、顔を洗い服を着替える。
すぐに呼ばれても対応できるように。
そして、窓際に椅子を持っていき、読書を始める。
朝の頭の体操である。
爽やかな朝の陽ざしと、小鳥のさえずり
今日も今日とて、清々しいぐらいに晴天である。
「おーい、刹那!朝飯できてっぞぉ~!」
しばらくすると一階から、皐月の声が聞こえてくる。
その声が聞こえてから、刹那はそっと本を閉じ、
「Zero!起きてください、朝ごはんですよ!」
「ん~、おはよぉ~刹那ぁ~」
刹那の朝のルーティンに、『Zeroを起こす』が加わった。
第三話 END
起きたらまず、カーテンを開け窓を開ける。
優しい朝の光と風を体に感じるために。
次に、顔を洗い服を着替える。
すぐに呼ばれても対応できるように。
そして、窓際に椅子を持っていき、読書を始める。
朝の頭の体操である。
これが、予定がある日であろうとなかろうと、僕の朝のルーティンである。
爽やかな朝の陽ざしと、小鳥のさえずり
今日も今日とて、清々しいぐらいに晴天である。
「おーい、刹那!朝飯できてっぞぉ~!」
「はぁい!」
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夕凪亭―食堂―
夕凪亭の従業員一同は、同じテーブルを囲い、アレンの作った朝食をとっていた。
「今日はどうされます?」
柑亥が今日の予定を皐月に伺う。
「あー、そうだな。最近、ずっと依頼受けてばっかだし、宿もずっと営業してたし、今日は休みにすっか。」
確かにここ最近は、皐月は高ランクの依頼へ、刹那や柑亥・アレンは宿の経営で手いっぱいだった。
というのも、刹那が提供価格の見直しと顧客の導線の管理をしたことにより、以前のように大賑わい…というほどでもなくなったのだが、繁盛していることには繁盛している。
皐月も、ギルドで滞ってる依頼をザザから任命されて内外を行き来していた。
「え?休み?いいの?」
刹那は目を丸くした。
「おめぇ、休まなきゃいざってときに『疲れててうごけませんでした~』ってなったらどうすんだ?」
「そうです。休息も仕事の内ですよ。というより、それを以前皐月様におっしゃってたのは刹那様では?」
二人は刹那を諭す。
「でも、あの時はさ、それなりの収入あったじゃない?今は宿の収入があるけど不安定だし、それが心配なんだけど…」
宿は繁盛している。しかしながら、他の宿と比べても安い価格で提供しているため、利益が多いわけではない。
皐月へ回ってくる依頼も、月に数件あるかないかだ。とても安定しているとは思えなかった。
「大丈夫ですよ。俺がそこはちゃんと管理していますし、皐月様も完全に以前の仕事を辞めたわけではありませんから。」
柑亥は宿の経理も管理している。依頼にこそ皐月が向かうが、宿自体が受けた依頼として、報酬は夕凪亭の収入として扱われていた。
そして、皐月自身の以前の仕事・暗殺者としての依頼は、高額な支払いが多い。冒険者が一カ月頑張って稼いだ額が一回の依頼で入ってくることもある。
「そうそう、そこから入ってくるから安心しとけって。って―わけで、今日は休みな~」
朝食を食べ終わった皐月は、手をひらひらとさせながら席を離れた。
「わかりました。」
と、アレンも朝食を終えて、「休業日」と書かれた看板を扉にそっとかける。
本日の夕凪亭は、営業を再開してから初めての休業日となった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
刹那は自室で静かに本を開いていた。
「うーん。」
結局、言われるがまま休みになってしまったが、刹那は読書に集中できずにいた。
(やっぱり何かしてないと落ち着かないなぁ…)
ぺらぺらとページをめくるが、内容が頭に入ってこない。
というのも、営業の手伝いを始めてから、過去の帳簿の整理や新しい書類の作成、顧客の導線の管理・ホールの手伝いなど、やることはたくさんあった。
そのため、常に脳がフル回転している日々が続いていたため、急に休みと言われても、すぐに休業日モードになることができない。
一つため息をつくと、刹那はそっと本を閉じて、部屋を離れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それで?何かしたいと…?」
刹那はアレンの居る食堂のカウンターに来ていた。
アレンがカウンターで食器の片付けをしているのを見て、何かできないかと相談を持ち掛けたのだ。
「そうですね…このあたりだと、闘技場がありますが、さっき皐月さんが行くって言ってましたっけ…」
「姉貴がいるなら、今はいいかな…あはは…」
皐月は皐月で、体を動かすために闘技場に出向いたらしい。
柑亥もおそらく皐月について行ったのだろう。姿は見えなかった。
アレンは少し考えた後、刹那に1枚のメモを渡す。
「これは?」
「おつかいです。今日は、柑亥さんも皐月さんも完全にオフなので宿の買い出しに行ってくれる人がいないんですよ。ほんの少しだけお使いに行っていただけるとたすかります。」
「おつかいですか…。」
メモには、食料品や雑貨などのメモがびっしりと書かれていた。
といっても、一人で持ち運べる程度であろうか。
「これは私の個人的なお願いですので、受けていただけるなら報酬もご用意いたします。」
アレンの言葉に刹那は目を輝かせる。
「やります!これ、報酬でるなら一種の依頼と一緒ですよね!?」
キラキラと目を輝かせる新人冒険者(刹那)に、アレンも困ったように、「そうですね」と言うしかなかった。
「そこに書いてある茶葉は雑貨屋で、野菜類は市場で、ミルクやたまご類はこの通りを少し外れたところにある少し大きめの生鮮市場で購入できます。」
言われたことを忘れないようにメモに追加で書き足していく。
「少々色々と回っていただきますが、その分報酬ははずみますので、お願いいたします。」
「わかりました。買い物に行くだけなら、僕だけでも行けそうなので、行ってきます!」
「夕方までに戻られてくださいね。」
「はぁい!アレンさん、いってきます!」
刹那は、少し、浮足立って宿を飛び出していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「買い物はこれで全部かな。」
少し日が傾いてきたころ、刹那の手には大きな紙袋が握られていた。
辺りの街灯は、だんだんと光がともってきており、刹那の「早く帰らねば」という気持ちを焦らせた。
食器類を持っているため、走るわけにはいかず、人にぶつからないように気を付けながら、急いでいるとどこからか子供たちの激しい奇声のようなものが耳につく。
(夕方の暗くなってくるこの時間なのに、まだ、遊んでいる子供がいるの…?)
と、不審に思った刹那は、お節介と思いながらも、声の聞こえた路地に足を踏み入れる。
するとそこには、一人?の少年が倒れており、それを踏みつけたり蹴飛ばしたりしている数人の子供たちがいた。
「やーい!わすれんぼ!」
「この魔導具め!」
そういって、子供たちは少年に石を投げた。
刹那は見ていられず、
「やめなさい!」
と大声を出した。
子供たちは、その声に驚き、蜘蛛の子を散らすように散りじりに散っていく。
その場に残ったのは、倒れていた少年と刹那だけ。
刹那は、荷物をその場に置き、少年のもとへと駆け寄った。
「大丈夫?」
少年は、ピクリとも動かなかった。
(もしかして…)と思い、刹那は少年の手首を握り脈をとる。
脈が…
無い…
(脈が無い…!?)
(いや待て、落ち着け。さっき子供たちは『魔導具』と言っていた。つまり脈は無くて正解なんだ)
(動かないのは壊れてしまった?この場合どうすればいいのが正解なんだ?)
(修理すれば治るのか?しかしどこへ持っていけば…)
刹那の頭は混乱していた。
刹那がアタフタとしていると、少年はゆっくりと顔を上げて、刹那の顔をじっと見た。
「君は、僕をいじめないの?」
「え?」
「だから、君はみんなと同じように、僕を蹴ったり殴ったり、石をぶつけたりしないの?」
少年は、少し寂しそうな目を落とし拳をぎゅっと握っていた。
刹那は、そんな少年に少し既視感を覚えていた。
【やーい、過去無し!】
【やめてよ!】
【おかしいだろ?十歳より前のこと覚えてないなんて。】
【覚えてないものは覚えてないんだもん!】
【過去無しは黙ってろ!】
【痛い!】
自分も覚えていないのだ。
十歳より昔のことを。
そして、それが原因で周りからいじめられた…
「どうしたの?」
「はっ!」
刹那を現実に戻したのは少年の声だった。
あまりにも状況が似ていたので、昔の思い出に浸ってしまった自分を少年の声が引き戻してくれた。
「君が僕に危害を加えないってのはわかった。」
「うん。」
「それよりさ…」
「じゃぁ、まずは起き上がろうよ。話はそれから。」
少年は、目を丸くして刹那の手を少し見つめた後、手を握り体を起こした。
見た目の傷はひどいが、痛さを感じないのか軽々と起き上がる。
刹那は近くのベンチに少年を案内して、一緒に座った。
「僕ね、真っ白い光に包まれて、気が付いたらここに居たんだ。」
少年は話す。
「それまではなにしてたの?」
「戦ってた。」
「何と?」
「アンノーン。」
「アンノーン?」
「うん、人を襲っちゃう機械兵器のことだよ?知らない?」
少年と話をしていると所々知らない単語が出てくる。
「僕ね、人間じゃないの。アンドロイドって呼ばれる兵器なの。」
「兵器…」
もしかして、転移と呼ばれるもので、少年自身はこの世界の人物ではないのかもしれない。
刹那の頭には、そんな予感がよぎった。
「んでね、クリーチャーと戦ってたら白い光に包まれて、気が付いたらここにいたの。」
「でも、戦いでいっぱい怪我したから回復しようとしてたんだけど、みんなに囲まれて動けなくなってたところに君が来たんだ。」
「…」
少年は刹那からもらったミルクをゆっくりと飲みながら、ゆらゆらとしっぽを揺らしている。
気が付いたら、少年からは傷という傷が消えていた。
(服もマフラー?もボロボロだ…靴…も履いてない。)
(この淡い光は、姉貴の治癒忍術と同じ光だ…。回復って自己回復の事なのかな?)
(この子…僕が思ってる魔導人形よりずっとずっとすごい性能をしてるのかもしれないなぁ…)
刹那は好奇心からか少年に聞きたいことがたくさん生まれた。
「あっ!そういえば、君は名前あるの?」
刹那は、少年に尋ねた。
少年は、首を複数回左右に傾げた後、
「わかんない!」
と元気よく発した。
「わからないの?」
「うん、あのね、実は、あの戦闘より前の記憶がないの。」
「記憶ないの?」
「うん。名前も、どこに住んでたのかも全部ぜーんぶわかんない。」
わからないと言っている割には、少年は困った表情一つ見せなかった。
空を見上げれば、一番星が1つキラキラと輝いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いい?ここからは、こっそり入るんだよ?」
「こっそり了解!」
二人は夕凪亭の宿の前にいた。
夕凪亭は休業日で人もいない。辺りは日も暮れており暗くなっている。
こっそりと中に入るには条件が整っていた。
「こっそりねぇ…」
「そう、こっそり…」
「なんで?」
「姉貴にばれると何を言われるか。」
刹那が少年に耳打ちをした時だった。
「ほぉ?俺にばれると…?」
背後から聞き覚えのある低いトーンの声が聞こえてきた。
「あ!!姉貴!?!?」
宿の前でコソコソしてる二人の後ろに皐月が仁王立ちで構えている。
「刹那が遅いから、探しに行けって柑亥がうるさくってよ。どこいってたんだ・・・ってそいつ誰だ?」
皐月は刹那の後ろに隠れている少年に気が付いた。
「この子のことは入ってから話すよ…」
「あはは~」っと、いつもの愛想笑いを浮かべながら、刹那は宿の中へと入る。
続いて、少年と皐月も宿の中へと入っていった。
宿では、アレンが夕食を準備して待っていてくれていた。
「刹那さんはこの辺り初めてとお聞きして、迷子になってないか心配していたんです。」
アレンが、帰りの遅い刹那のことを柑亥に相談し、柑亥が皐月に探しに行くようにお願いをしたところだったらしい。
二人はカウンターに腰を掛け、刹那が少年のことを皐月たちに説明した。
「なるほど、別の世界から来たかもしれない魔導人形である…と。ほかに隠してることはありませんね?」
「僕が聞いてるのはこれで全部だよ。」
「間違いねぇのかちびっこ。」
「うん。僕が分かってる範囲はこれで全部!」
皐月と柑亥は顔を見合わせる。
唐突な拾われた魔道機械。本来なら魔導ギルドへ届け出るのが普通だろう。
しかし、普通の人間と同じように受け答えし、感情があるようにも見える少年のことを、道具のように扱うことを二人はためらった。
「ちょっと席外すわ。」
「すいません、本当にちょっとだけなので。」
というと、二人して二階へ行ってしまった。
アレンも黙って食堂の方へと姿を消す。
すると、少年は、刹那の袖をぎゅっと握った。
「僕ね、行くところも何もないって知ってるの。」
「うん。」
「でもね、君が来てくれたときすごく嬉しかったんだ!」
「…」
「本当に…嬉しかった…。こんな、何もない僕でも、少しでも誰かの傍に居る事許されるのかなって…。」
「…」
「だからね、無理も言わないし、わがままも言わないよ。」
少年は、それだけを言うと、にっこりとほほ笑んだ。
刹那はそれを見ると、胸の中がほわっと熱くなった。
袖を握っていた小さくて冷たい手をぎゅっと握り返して、伝わるかわからない手の温かさを伝えたいぐらいに強く握りしめて。
「大丈夫!今の説明で、行く当てがないのは伝わってます!」
「それに、行く当てのない人を放っておくような人たちじゃないですよ!」
「だから…そんな顔……しないでください…」
しばらくして、皐月と柑亥が戻ってきた。
「遅くなってすいません。」
不安そうな二人の顔を直視できないのか、皐月が、柑亥の方に視線を向けたまま、肘で小突く。
柑亥は、(俺ですか…)と小声で皐月に問うと、皐月は小さく頷いて、いつもの通り、椅子にだらしなくもたれかかった。
「結論から言いますと、その子を、俺たちの冒険者のパーティとして迎え入れます。」
二人の顔が明るくなった。
「ただし条件があります。」
「条件?」
二人は顔を見合わせる。
「その子と刹那様は同室になってもらうこと。その子の面倒は基本刹那様が見ること。そして最後に…」
「最後に…?」
「その子が戦力とならなかった場合、即脱退してもらうこと。この三つが条件です。」
「…」
「いいですか?」
刹那は少し不安げに少年の方をみつめた。
少年は少し考えた後、元気に
「はい!僕がんばるよ!」
と、挙手した。
「じゃぁ、決まりだな」
「しかし、名前、困りましたね。名前がないと不便です。」
柑亥は、「フム…」と考え込む。
刹那も同様に、「思い出せない?」と問いかけるが、少年は首を振る。
皐月は、少年に視線をやると、少年の左腕に『00』と書かれているのが見えた。
「あー、名前『Zero』で『ゼロ』ってのはどうだ?」
「Zero、ですか?」
「それ、腕に『00』って書いてあんだろ?だからZero。」
皐月は、少年の腕を指さして「ほれ」と言った。
「どう?」と刹那が少年に聞くと、少年は、
「なんか、しっくりくるよ!」
と、満面の笑みで答えた。
「じゃあ、決まりですね。」
少年、改めZeroが加わり、皐月・刹那・柑亥・Zeroの四人で冒険者として活動することとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕の朝のルーティンは、里を出てからも変わらない。
起きたらまず、カーテンを開け窓を開ける。
優しい朝の光と風を体に感じるために。
次に、顔を洗い服を着替える。
すぐに呼ばれても対応できるように。
そして、窓際に椅子を持っていき、読書を始める。
朝の頭の体操である。
爽やかな朝の陽ざしと、小鳥のさえずり
今日も今日とて、清々しいぐらいに晴天である。
「おーい、刹那!朝飯できてっぞぉ~!」
しばらくすると一階から、皐月の声が聞こえてくる。
その声が聞こえてから、刹那はそっと本を閉じ、
「Zero!起きてください、朝ごはんですよ!」
「ん~、おはよぉ~刹那ぁ~」
刹那の朝のルーティンに、『Zeroを起こす』が加わった。
第三話 END