日常編
夕凪亭が営業を再開して、数日…
昼は食堂、夜はBarとして営業していた夕凪亭だが、従業員が皐月一人という問題を抱えていた。
元々、人をすぐ信用などしない皐月。
そこに職業病が重なり、誰かを頼るぐらいなら、自分でやってしまった方がいいという結論に至っているため、なかなか従業員を増やすという判断にまでたどり着いてはいなかった。
だが、幸いにも宿泊客はそこそこ居れど、食堂やBarとして利用する客は滅多にいなかった。
まだ、夕凪亭が再開した…という話が、広まっていない証拠だろう。
午前の宿泊部屋の掃除・洗濯を終わらせて、のんびりと過去の帳簿をめくっている時だった。
カラン
店のベルが鳴る。
「よぉ!」
一人の男が客として入ってきた。
「いらっしゃい」
皐月は「好きな席に座りな」と、カウンター越しに案内をする。
「へぇ、あんたが新しい店主か!」
「あぁ」
男の名はハルト。ダザンが食堂を経営していたころからの常連客だった。
夕凪亭が新しい店主を迎えて再開したと聞き、様子を見に来たのだ。
ハルトはメニューに目もくれず、
「じゃぁ早速、揚げじゃがとエールをお願いしようかな!」
と、にこやかに注文をかけた。
しかし、皐月の顔は曇る。
「あー…料理はちょっと…」
視線を逸らし、口を濁す。
「前の店長の料理はおいしかったもんね、自信ないのかな?」
「自信ないというかなんというか…」
「大丈夫、気にしないから!」
気にしない…その言葉を少し心に止めて、皐月は考える。
本当に良いのか?と。
だが、せっかく来てくれた客に何も出さずに帰すというのもしのびない。
そう悩んだ結果が、
「じゃぁ、何が出てきても文句言わないでくれよな?」
という保身だった。
ただ、自信がないだけ。
そう思ったハルトは、
「わかったよ!」
とにこやかに返した。
数十分後…
「ほい」
出てきたのは、揚げじゃが以前に料理とは思えない代物だった。
かろうじて、ジャガイモ。イモというのはわかる。わかるが、黒く焦げており、形も大小まばらに切り刻まれている。
どこかしら、プスプスと炭の香りがしなくもない。
これには、さすがのハルトも青ざめた。
「何これ?」
「料理」
「何これ?」
「揚げじゃが」
料理とも思えない代物を出されたハルトにも言い分はある。
「何が出ても文句は言わない」と念を押した皐月にも、言い分はある。
結果は――言い争いになった
その言い争いを、階段の下で一つの赤い目が見つめていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜…
調理場にて、大きな鍋に具材を入れ、ぐつぐつと煮詰めている皐月の姿があった。
色も臭いもどこもおかしくはない、だがしかし味の方は…
「まずっ…」
思わず嗚咽が出るほどのまずさ。
そう、皐月は料理ができないのだ。
正確に言えば、「いつも作っている料理以外」ができない。
味噌汁やおにぎり、サラダなど、簡単なものなら作れる。だが、それ以外の料理はしたことが無い。さらに、皐月は味覚が普通の人間とは違う。そのため、見た目が上手くできていたとしても味の保証ができないのだ。
それは、皐月がおいしいと思ったものが、一般人に受け入れられないのか、はたまたその逆かはわからない。
そうしたすれ違いにより、皐月は料理の腕前が上達しなかった。
「まったく…」
皐月は頭を抱える。
「料理以外はできるのに!!!」
「くそー!どうしてこうなるんだよ!!!」
思考を巡らせても、皐月自身は味覚が人と同じと思っているため、原因の究明には至らないのであった。
「あの~…」
そう悩んでいるとき、突如背後から声がかかる。
背後からの突然の声。
気が他所へズレていたにしろ、多少油断していた皐月。
背後を睨み「誰だ!」と声を荒げる。
そこには、長い金の前髪で右目を隠した赤目の青年が立っていた。
「私は、この宿でお世話になっている者です。」
赤い目…この世界では、赤い目を持つ者は一般的に「魔族」及び「その眷属」として、扱われている。
皐月は、そしてこの者に以前も会ったことがあった。
まだダザンが生きていたころ、よくカウンターの隅で魔族の少女と共に居た青年であった。
「あぁ、あの魔族の…」
「はい。」
青年は、先ほど皐月が作った料理をチラッと視界に入れる。
そして、「失礼」と一言言うと、スプーンでスープをすくい、一口飲みほした。
皐月はその味を知っているからこそ驚いた。
他人の作った料理を躊躇なく食べるという行為もそうだが、突然現れ自分の不出来な料理を食べ、何事もなかったかのような顔をしている青年に驚いた。
「ふむ…」
青年は味に関して何も触れず、少しの野菜と調味料を卓上に並べだす。
「少しアレンジしましょうか。」
そう言い放つと、慣れた手つきで野菜を切り、炒め、出していた調味料と炒めた野菜をスープに入れ、さらに煮込んだ。
時間はさほどかかっていない。
皿を取り出し、スープを盛り付け、皐月の前に差し出す。
「出来ました。どうぞ。」
皐月は警戒しながらも、恐る恐る一口スープをすする。
するとどうだろうか、嗚咽がするほどまずかったあのスープが、舌触りが良く滑らかでクリーミ―な味わいに変化していたのだ。
「いったい何をしたんだ?」
「少しだけ、食材と調味料を入れただけですよ。」
皐月の質問に、当たり前のことのように答える青年。
その赤い目を皐月に向けて、
「貴女…料理出来ないんでしょ?」
と、少し抑えた声のトーンで話す。
「あぁ、そうだ。料理だけは出来なくてな…」
皐月は情けなさそうに顔を下に向けた。
そして、額のバンダナを少し目元へずらす。
「なら…私を雇いませんか?」
青年は、皐月に提案をした。
「は?」
突然の申し出に皐月はあんぐりと口を開ける。
青年は続けた。
「私は、≪あのお方≫のお傍を離れることができません。なので宿の依頼を受けれらないのです。でも厨房で働くのなら、あの方の傍に居られる。そして貴女は料理ができない…。なら、私という料理人を雇うのはいかがでしょうか?」
そう、青年は≪あのお方≫の傍を離れることができない。
何より宿泊客の一人のため、宿代もかかるが、宿にしばしば貼られる依頼を見ても、外へ赴くことができないのだ。
宿内の仕事であれば傍を離れず、何かあってもすぐ駆け付けられる。青年にとってこれはまさにチャンスだった。
「この俺に交渉とはな…面白れぇ…」
皐月は即答した。
食堂としてもBarとしても機能していない夕凪亭に今一番必要なのは青年の存在だったからだ。
「お前は今日から、夕凪亭の≪料理人≫だ!」
青年の交渉(提案)は成立だった。
互いに握手と笑顔を交わした。
「あ、そうだ。お前、名前は?」
「アレンです。」
青年は、礼をする。
「アレン=クライス」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこからさらに数日後…
夕凪亭の食堂は大変にぎわっていた。
調理場にはアレン、ホールには皐月という布陣で、注文を取り料理を作り、運び、大忙し。
アレンの料理の腕は一流だった。
ただ、料理がおいしいだけではない、作る速度も速く盛り付けも綺麗。
なにより食材選びまで完璧だった。
「よう!ねーちゃん!」
料理を運んでいる皐月が呼び止められる。
ハルトだった。
あの日、食堂を訪れたときよりもにこやかな笑顔で
「料理!めっちゃ美味い!」
と、親指を立てていた。
皐月は何も言わず小さく笑う。
ホールには、注文をしたくて皐月を呼ぶ声や、お客同士の賑やかな笑い声などが響きわたる。
そんな中、皐月は、
(次は、従業員を雇う…絶対雇う…)
と静かに決心していた。
第一話 END
昼は食堂、夜はBarとして営業していた夕凪亭だが、従業員が皐月一人という問題を抱えていた。
元々、人をすぐ信用などしない皐月。
そこに職業病が重なり、誰かを頼るぐらいなら、自分でやってしまった方がいいという結論に至っているため、なかなか従業員を増やすという判断にまでたどり着いてはいなかった。
だが、幸いにも宿泊客はそこそこ居れど、食堂やBarとして利用する客は滅多にいなかった。
まだ、夕凪亭が再開した…という話が、広まっていない証拠だろう。
午前の宿泊部屋の掃除・洗濯を終わらせて、のんびりと過去の帳簿をめくっている時だった。
カラン
店のベルが鳴る。
「よぉ!」
一人の男が客として入ってきた。
「いらっしゃい」
皐月は「好きな席に座りな」と、カウンター越しに案内をする。
「へぇ、あんたが新しい店主か!」
「あぁ」
男の名はハルト。ダザンが食堂を経営していたころからの常連客だった。
夕凪亭が新しい店主を迎えて再開したと聞き、様子を見に来たのだ。
ハルトはメニューに目もくれず、
「じゃぁ早速、揚げじゃがとエールをお願いしようかな!」
と、にこやかに注文をかけた。
しかし、皐月の顔は曇る。
「あー…料理はちょっと…」
視線を逸らし、口を濁す。
「前の店長の料理はおいしかったもんね、自信ないのかな?」
「自信ないというかなんというか…」
「大丈夫、気にしないから!」
気にしない…その言葉を少し心に止めて、皐月は考える。
本当に良いのか?と。
だが、せっかく来てくれた客に何も出さずに帰すというのもしのびない。
そう悩んだ結果が、
「じゃぁ、何が出てきても文句言わないでくれよな?」
という保身だった。
ただ、自信がないだけ。
そう思ったハルトは、
「わかったよ!」
とにこやかに返した。
数十分後…
「ほい」
出てきたのは、揚げじゃが以前に料理とは思えない代物だった。
かろうじて、ジャガイモ。イモというのはわかる。わかるが、黒く焦げており、形も大小まばらに切り刻まれている。
どこかしら、プスプスと炭の香りがしなくもない。
これには、さすがのハルトも青ざめた。
「何これ?」
「料理」
「何これ?」
「揚げじゃが」
料理とも思えない代物を出されたハルトにも言い分はある。
「何が出ても文句は言わない」と念を押した皐月にも、言い分はある。
結果は――言い争いになった
その言い争いを、階段の下で一つの赤い目が見つめていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜…
調理場にて、大きな鍋に具材を入れ、ぐつぐつと煮詰めている皐月の姿があった。
色も臭いもどこもおかしくはない、だがしかし味の方は…
「まずっ…」
思わず嗚咽が出るほどのまずさ。
そう、皐月は料理ができないのだ。
正確に言えば、「いつも作っている料理以外」ができない。
味噌汁やおにぎり、サラダなど、簡単なものなら作れる。だが、それ以外の料理はしたことが無い。さらに、皐月は味覚が普通の人間とは違う。そのため、見た目が上手くできていたとしても味の保証ができないのだ。
それは、皐月がおいしいと思ったものが、一般人に受け入れられないのか、はたまたその逆かはわからない。
そうしたすれ違いにより、皐月は料理の腕前が上達しなかった。
「まったく…」
皐月は頭を抱える。
「料理以外はできるのに!!!」
「くそー!どうしてこうなるんだよ!!!」
思考を巡らせても、皐月自身は味覚が人と同じと思っているため、原因の究明には至らないのであった。
「あの~…」
そう悩んでいるとき、突如背後から声がかかる。
背後からの突然の声。
気が他所へズレていたにしろ、多少油断していた皐月。
背後を睨み「誰だ!」と声を荒げる。
そこには、長い金の前髪で右目を隠した赤目の青年が立っていた。
「私は、この宿でお世話になっている者です。」
赤い目…この世界では、赤い目を持つ者は一般的に「魔族」及び「その眷属」として、扱われている。
皐月は、そしてこの者に以前も会ったことがあった。
まだダザンが生きていたころ、よくカウンターの隅で魔族の少女と共に居た青年であった。
「あぁ、あの魔族の…」
「はい。」
青年は、先ほど皐月が作った料理をチラッと視界に入れる。
そして、「失礼」と一言言うと、スプーンでスープをすくい、一口飲みほした。
皐月はその味を知っているからこそ驚いた。
他人の作った料理を躊躇なく食べるという行為もそうだが、突然現れ自分の不出来な料理を食べ、何事もなかったかのような顔をしている青年に驚いた。
「ふむ…」
青年は味に関して何も触れず、少しの野菜と調味料を卓上に並べだす。
「少しアレンジしましょうか。」
そう言い放つと、慣れた手つきで野菜を切り、炒め、出していた調味料と炒めた野菜をスープに入れ、さらに煮込んだ。
時間はさほどかかっていない。
皿を取り出し、スープを盛り付け、皐月の前に差し出す。
「出来ました。どうぞ。」
皐月は警戒しながらも、恐る恐る一口スープをすする。
するとどうだろうか、嗚咽がするほどまずかったあのスープが、舌触りが良く滑らかでクリーミ―な味わいに変化していたのだ。
「いったい何をしたんだ?」
「少しだけ、食材と調味料を入れただけですよ。」
皐月の質問に、当たり前のことのように答える青年。
その赤い目を皐月に向けて、
「貴女…料理出来ないんでしょ?」
と、少し抑えた声のトーンで話す。
「あぁ、そうだ。料理だけは出来なくてな…」
皐月は情けなさそうに顔を下に向けた。
そして、額のバンダナを少し目元へずらす。
「なら…私を雇いませんか?」
青年は、皐月に提案をした。
「は?」
突然の申し出に皐月はあんぐりと口を開ける。
青年は続けた。
「私は、≪あのお方≫のお傍を離れることができません。なので宿の依頼を受けれらないのです。でも厨房で働くのなら、あの方の傍に居られる。そして貴女は料理ができない…。なら、私という料理人を雇うのはいかがでしょうか?」
そう、青年は≪あのお方≫の傍を離れることができない。
何より宿泊客の一人のため、宿代もかかるが、宿にしばしば貼られる依頼を見ても、外へ赴くことができないのだ。
宿内の仕事であれば傍を離れず、何かあってもすぐ駆け付けられる。青年にとってこれはまさにチャンスだった。
「この俺に交渉とはな…面白れぇ…」
皐月は即答した。
食堂としてもBarとしても機能していない夕凪亭に今一番必要なのは青年の存在だったからだ。
「お前は今日から、夕凪亭の≪料理人≫だ!」
青年の交渉(提案)は成立だった。
互いに握手と笑顔を交わした。
「あ、そうだ。お前、名前は?」
「アレンです。」
青年は、礼をする。
「アレン=クライス」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこからさらに数日後…
夕凪亭の食堂は大変にぎわっていた。
調理場にはアレン、ホールには皐月という布陣で、注文を取り料理を作り、運び、大忙し。
アレンの料理の腕は一流だった。
ただ、料理がおいしいだけではない、作る速度も速く盛り付けも綺麗。
なにより食材選びまで完璧だった。
「よう!ねーちゃん!」
料理を運んでいる皐月が呼び止められる。
ハルトだった。
あの日、食堂を訪れたときよりもにこやかな笑顔で
「料理!めっちゃ美味い!」
と、親指を立てていた。
皐月は何も言わず小さく笑う。
ホールには、注文をしたくて皐月を呼ぶ声や、お客同士の賑やかな笑い声などが響きわたる。
そんな中、皐月は、
(次は、従業員を雇う…絶対雇う…)
と静かに決心していた。
第一話 END