第一章 記憶のカケラ編

見慣れた天井…

心地よい揺れ…

ゆっくりと体を起こすとそこは見慣れた自分の部屋だった。

「…なんでここに?…いつ帰ってきたんだろう…」

のどが痛い…。呟いたその声もかすれていて、自分でさえも聞くに堪えない声だ。水を飲めばのどの痛みも消える。そんな気がした刹那は台所へと足を運ぶことにした。
意識が朦朧としているのかハンモックから降りる足取りがおぼつかない。よろめきながらも部屋から出て慣れた廊下を歩く。誰もいない廊下。通り過ぎる部屋を1つ1つ覗いていくが誰も居ない。

「当たり前か…。」

一言呟くと台所に向かう。
しんとしていて物音どころか人の気配すらも無い。無駄に広い家。刹那の部屋からは大分歩かないと台所には辿り着かない。そんな距離にも慣れたのか黙々と歩く。場所を覚えなけば確実に迷ってしまうだろう。

広い中庭に沿っている縁側を通り過ぎる。空には月が昇っていた。
今宵は満月。昼間の明るさには程遠くても夜には少し明るすぎる。

「もう夜だったんだ…。気がつかなかったな。」

きれいな月についつい見とれてしまう。縁側に腰掛けてうっとりとした表情で月を見つめる。

「きれいな月ですね。今宵は満月でしたっけ?」

そっと刹那の横に腰をかける。
その優しい雰囲気に刹那は振り向きもしなかった。長年一緒に居るのだから声で誰なのかぐらいは判別できる。

「柑亥さん起きていたの?」
「えぇ、刹那様の様子が心配になったので見に来ました。元気そうで何よりです。」

二人は月を見つめたまま会話する。互いの顔を見ようともしないのは、それほど月が美しいからなのだろうか。満月の光が2人の影を照らす。

「ねぇ、柑亥さん」
「何ですか?」
「僕…またやっちゃったのかな…」

刹那の弱弱しい声。柑亥は刹那のほうへと視線を送った。
今にも泣き出しそうなその表情が月明かりに照らされる。刹那の白い肌がさらに白く照らし出される。
柑亥は心に不安を覚えた。今、目の前に居るのに…どこかに消えてしまいそうな気がして…。

刹那の背後に回ると、そっと、やさしく…でもどこか力強く体を抱きしめた。

「大丈夫です。ちょっと気を失ってしまっただけですよ。」
「本当に?でも…なんで?」
「琴葉にタックルされて、転んだ拍子に頭でも打ったんですよ。」

納得がいかない様子の刹那の体をさらに強く抱きしめる。

「痛いよ、柑亥さん!!」
「あぁっ!!すいませんっ!!」

慌てて刹那から手を離す。
おろおろとした表情の柑亥を見て、刹那は笑った。

「柑亥さん、面白い顔になってるよ。」
「面白いとは何ですかっ!!それよりも、明日は試験なのでしょう?休まなくて大丈夫なのですか?」
「うん…。」

その言葉の後に「まだ、大丈夫だよ」と続けた。柑亥は、そんな刹那の横に腰を下ろす。
そして、柑亥が口を開いたと同時に二人の目の前に降り立つ人影。
その人影は、刹那の前に躊躇なく近づくとあきれた声で一言つぶやいた。

「しょうがない奴だ…」

そう言い残すと、そのまま家へと上がり奥のほうへと消えていった。
刹那は、とても寂しい表情を抑え切れず、うつむき拳を握り締める。

「気にしなくて良いですよ。」

柑亥はさらっと流す。しかし、その言葉も刹那の拳を緩めるまでにはいたらなかった。
さらに、強く握り締める拳。その手は、小さく震えていた。

「………くっ!」

刹那は、何も言わず自室へと戻って行った。
そんな二人にもなれたのか、柑亥はひとつため息をつくと腰を上げた。

「まったく…。たった二人の家族なんですから、仲良くすることを覚えれば良いのですけれども…」


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「おきてください。刹那様。」

刹那が目を覚ますと、まず、目に飛び込んできたのは天井と柑亥だった。
どうやら、なかなか目を覚まさない刹那を柑亥が起こしにきたらしい。

「お…おはよう。柑亥さん。」
「おはようございます、刹那様。仕度はしておりますので、ご用意なさったら、まずは朝食を。」
「ありがとう」

寝ぼけ眼でハンモックから体を下りる刹那を確認すると、柑亥はその部屋を後にしようとした。

「あ…それと…」
「何?」
「皐月様は、早朝より次の任務に向かわれました。」

「そんなこと聞いてないよ!!」と返す刹那に、柑亥はにっこりと笑みを浮かべ何も言わずにその場を後にした。

「全く…。今日は聞いてないのに…」

刹那は、身支度を整えると朝食をとり、試験会場に向かった。柑亥はそれを玄関先で見送る。

「居るんでしょ。皐月様。」

刹那の姿を確認できなくなるまで見送った後、背後に居る何者かに振り返ることもなく、声をかける。

「…居るよ。」

ふてくされて姿を現したのは、刹那と瓜二つ、違いをあげるとしたら女性らしい豊満な体つきと刹那より少し鋭い目つき、あとは髪色くらいだろうか。
腕を組み、壁に気だるそうにもたれかかる。

「あなたと言う方は…。いつまで刹那様に冷たく当たるつもりですか…」

頭を抱えながら、あきれている柑亥に興味を示すこともなく視線をそらす。

「お前が甘やかすから、あいつはいつまでもあんななんだぞ。」

柑亥は皐月に近づくと、皐月の両頬を軽くつまみ引っ張った。
目に軽く涙を浮かべ「いひゃぃ」と言う皐月にそのまま頭突きを食らわす。
皐月はその場に崩れ去った。

「ってぇ!!!何すんだよっ!!!!」
「皐月様が刹那様と距離をとられているんですよ。」

「っんだと!!」と今にも殴りかかってきそうな勢いの皐月を、柑亥はいつもは見せない険しい表情で睨みつける。

「もう少し、やさしくしてあげてください。刹那様は、ただ純粋にあなたと対等に居たいだけなのですから。」
「な…なんで、てめぇがそんなことわかんだよ…」

いつも見せない柑亥の表情に、すこし怖気づいたのか、皐月は一歩後ずさりする。
柑亥も皐月と争おうと思っているわけではなかったため、皐月が一歩引いたのに気が付き、いつもの表情に戻る。そして、皐月の問いに対し「何となくですよ」と返答する。

「何だそれ。適当じゃねーかよ…」

思っていたより適当な柑亥の返しに、どうでも良くなったのか、皐月は時計を確認する。
時刻は9時を回っていた。

「やばい」と皐月は柑亥の手を取り外に出る。

「な!何ですか!?皐月様?」
「お前も呼ばれてんだよ!!行くぞ!」
「え!?」

柑亥は、そのまま皐月に引っ張られていった。


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『お前らで最後か…』

大宮の前、大門の前で黒炎の前に立っているのは、刹那。
そして、その少し後ろに数葉と琴葉も立っていた。
緊張しているのか、3人の表情は硬い。そんな3人に黒炎は「楽にして良いぞ」と、書類に目を通しながら片手を振った。

『えーと…、よし。』

書類の確認を終えたのか、黒炎は3人に視線を向ける。相変わらず、硬い表情のまま3人は黒炎を見つめていた。
コホンを咳払いをし、姿勢を正した。

『これより、龍牙 刹那の卒業試験を開始する。試験補助として、音野 琴葉、白雪 数葉の同行を許可する。』
「「「はい!!」」」
『試験の内容についてだが、お前たちには少し過酷な内容を用意した。』

息をのむ3人。
黒炎は容赦なく、その内容を3人に告げた。

『ターゲットの所持している【秘水晶(ひすいしょう)】の確保。ターゲットは倒してもかまわん。秘水晶を確保するための手段は任せる。それ以外にルールは無い。制限時間は日没まで。日没までに、ここに持ってくることが出来なければ失格だ。』

三人の表情は、さらに硬くなる。一瞬、沈黙が辺りを包んだが、その沈黙は、琴葉によって破られた。

「あのっ…質問いいですか?」

手をあげる琴葉に、黒炎は「いいぞ」と答える。

「その…ターゲットって、一体誰なのでしょうか?」

その質問にあきれた表情を浮かべる黒炎。ハァ…とため息をつくと、重い口を開いた。

『お前たちは、卒業した後のことをすこし、なめすぎじゃないのか?』

首を横に振る黒炎に口を挟むかのように、刹那が答える。

「必ずしも、ターゲットについての情報があるとは限らない。そんな状況の中から、ターゲットを探して、秘水晶を手に入れる…。卒業したら、先生とか居ないし、誰も手取り足取り教えてなんてくれないよ。」

刹那は琴葉にニコっと笑いかける。琴葉の口からは、「す…すみません…」と小さな声がこぼれた。
一通りのやり取りを終えたのを確認すると、黒炎は、咳払いをして仕切りなおした。

『よし…。刹那…。よく言った。多少のヒントをやろうかとは思っていたのだが…必要なさそうだな。』

ニヤリと不適に笑う黒炎。数葉と琴葉は、刹那を軽くにらみつけた。「ご…ごめん…」と申し訳なさそうにする刹那をよそに、黒炎は試験内容について、引き続き語りだした。

『ヒント無しの試験…ということで、難易度はさらに上がるわけだが、試験補助の二人にも、今回の試験合格のあかつきには、卒業試験免除の資格を申し渡す。さすがに、2回も卒業試験をするのもあほらしい話しだしな。』

先ほどまでの、刹那へのかるい怒りはどこへ行ったのか、二人は拳を握り締めてよろこんだ。
はしゃぐ二人を刹那がなだめようとしている姿からは、緊張感のかけらもない。
しかし、黒炎は心の底から安堵した。それは、表情に出てしまうほどに。

いつもの調子に戻った3人は、黒炎の「開始!!!」の合図と共にその場を去った。

3人を見送った黒炎は、大門の扉の前に向かうと、立ち止まる。

『試験は、始まった。しかし、ヒントもなしに奴らは大丈夫なのか?』

扉越しに話しかけると、大きな扉が音を立てて人1人がようやく通れるほどの隙間が開く。そして、その隙間から現れた3人の人物は、1人を除いて黒炎に深々と頭を下げる。

「すこし、心配ではありますが…。彼らなら、必ず俺たちのところにたどり着くかと思います。」
「そうか、柑亥が言うのであれば、一先ずのところは安心…言うわけか。」

黒炎は、頭を下げている2人に「楽にしろ」と続ける。
柑亥は姿勢はおおむねそのままだが、2人は下げた頭をあげた。

「諸刃(もろは)。刹那様にお会いするのは、何年ぶりですかね。」

柑亥は、自分の隣で頭を下げていた青い瞳の男性に声をかける。
年齢は柑亥とさほど変わらない。少したれ目なその瞳は、まるで深海のように深い青色をしている。青空のように綺麗な青い髪は、襟足が少し長く後ろで括られている。

「さぁ。前に会ったときは、まだ皐月も刹那も小さいころだったからな。お互いにあまり覚えていないかも。」

クスッと笑うと、後方で腕を組み難しい顔をしている少女に「ねっ、皐月」と話を振った。
しかし、皐月と呼ばれた少女は、ふてくされたまま「フンッ」と、視線をそらした。

「素直じゃないのは相変わらずか?皐月」
「どうだっていいだろ。こんなことに付き合ってあられるほど、俺も暇じゃねーんだよ。」
「えっ?今日って俺たち、試験の監督っていうか、試験補助って言うか…」
「試験官ね…。」
「あっそれそれ。試験官をまかされたから、今日はそれ以外の任務入れてないだろ?」
「そうですよ。皐月様。たまには可愛い弟を可愛がってあげてください。」
「あーもー!!!うるせぇな!!!」

年甲斐も無くギャイギャイ騒ぐ3人を見て、黒炎はただ一人(今日も平和だな…)と青空を見上げた。
そして、深呼吸をすると、皐月達に向かって大声を上げた。

『いいからお前たちっ!!!試験は始まったのだぞ!!さっさと行かんかっ!!!』

「へいへい」とぶっきらぼうな返事をする皐月に対し、2人は深々と頭を下げて謝り、その場をあとにした。

ようやく煩いのから開放されたからか、黒炎は大宮の中へと戻っていった。


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「さてと、これからどうしようか?」

村の入り口付近にある小さな演習場へと赴いた3人は、近くの木陰に腰をおろす。
村自体は、大きな山の頂上にあり、面積的には、広くはない。一部の住民たち以外は、山の中をくりぬいて作られた地下街へとすんでいる。
そのため、地上のほとんどは、森で覆われており、所々に地形を生かした演習場が作られている。
その中でも、比較的初心者用に作られたこの演習場は、木々を切り取られて平坦なグラウンドのように整備されている。

その演習場まで来たのには、わけがあった。

「刹那…。どうしてここまできたの?」
「そうですよ。村の入り口付近なんて、そもそも大宮から離れすぎてますし、入り口を通過する人なんてほとんど…。」

「それが理由だよ。」

刹那は、重々しく口を開いた。

「理由?」
「そう。」
「でも、ターゲットについて聞き込みとか…」

琴葉がもっともな意見を出したが、刹那の考えは違った。

「いいから聞いて。まず、村に出入りする人が少ないということは、もし仮に戦闘になったとしても、巻き込まれる人はいないということ。そして、ターゲットが外部からの進入や、外部への脱出を図ったとしてもjここで阻止できる。」

2人は頷く。

「けど、ターゲットが自らここに来るとも考えられないんだけど。」
「うん。それに、ターゲットは私たちのことを知っていたとしても、こちらは分からないよ。」

「確かに」と刹那は頷く。

「2人の意見も分かるよ・・・。けど…」

「「けど?」」


















「僕、ターゲットの目星が付いてるんだ」


















第四話へつづく…
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